日記188日目
ロゼライアの月28日。
勝負は一応アイツの気まぐれルールってことで……いいんだよ、ね?
いや分数やアイツに捕まったら負けってのは変わってないんだけど…
なんか、アイツが待つか待たないかは気分次第って感じ。
いやそうだろうとは思ってたけどさ…
もう捕まってからアイツにじーっと見られるのにも慣れた。
その後ほっぺ抓ってくるのはイヤだけど!!
アイツ手加減知らないし! 超痛いし!!
昼食のデザートの押し付けもホント止めてほしい。
そんなに食べれないって言ってんのに押し付けてくるし、助け舟出そうとしてくれるクロエには「黙れ」とか言って怒るし!
アイツは私のお腹を壊して何がしたいんだー!!
そして昼食。
いつものようにデザート増量を阻止するため、お皿を抱えていたサティリナであったがこの日は情況が少し違った。
静かにフォークに刺したままだったカットフルーツを口の中に放り込む。
噛むことなく果汁を吸い始めたサティリナの目の前では、男が鋭い眼光をクロエに向けたまま謎の沈黙が場を支配していた。
「「「…………」」」
どうしてこうなったのか。
発端はいつものようにデザート増量の危機を察した自分が皿を持ち上げたときだったか。
『ぶふっ』
そう誰かが噴出したような音が聞こえ、視線を移せばクロエが肩を震わせていた。そしてそれを見た男の表情が一気に零下のものへと変わり、それに気づいたクロエが顔を青ざめさせ――今に至る。
そう言えば今までも何度かクロエが身体ごと背けていたときがあったが……あれももしかしたら笑いを堪えていたためかもしれない。
今までなんとか堪えていたが今回耐え切れずに吹き出し、男に睨まれてしまったということなのだろう。
クロエも流石に男に睨まれては笑い続けることは出来ないらしく、今は降参の意として両手を上げて固まっている。その顔も引きつっており、重心も引き気味だ。
「……そう言えば、お前向きの任が丁度あったな」
そう静かに口を開いた男に対し、クロエの肩が小さく震えた。
果汁がなくなりパサパサとした実を噛み始めたサティリナはとりあえず見守ることにした。
「城下、四日……後はドナールに聞け。以上だ。行け」
「ええっ!? お、お待ちください!
私には姫殿下の護衛という大変重要な任務が――」
「要らん。五日に伸ばしてやる。とっとと行け」
「ええええ!?」
何故か一日増えた。
何のことか分からないが、増えるだけ損するような仕事なのだろうか。
十分に噛んだフルーツを飲み込み、顔面を蒼白させるクロエを見た。
「クロエ、何かお仕事するの?」
「調査だ。近頃、目を刳り抜かれた不審死が多数起きている」
そう代わりに答えたのは男であった。
そしてその内容はいうなれば怪奇事件と言うことか。
思わず想像してしまったサティリナは一気に顔を顰めた。
「うわー……痛そう」
「こいつはこう言っているぞ」
「うっ……し、しかし既にある程度の調査は進んでいるのでは……」
「進んではいたが止まった。
担当の者がそれまでの資料ごと消えた。腕の一本だけ残してな」
つまりは犯人からの挑戦状を残された上で振り出しに戻されたということなのだろう。
その犯人が外部によるものなのか内部協力者がいるのかはさておき、妨害に対抗できるほどの実力者が求められているということだ。
「記録は残っていたらしい。見たいか?」
そう男は尋ねたが――その視線の先はクロエではなくサティリナであった。
内容はかなり血生臭いが、ちょっと見てみたい気もする。
怖いもの見たさでサティリナは「う、うん」と頷いた。
「そうか」
男が小さく笑い、傍らに置かれていた書類の束を取り出した。
もう見せる気でいるらしく、昼食の上を通る形で差し出されたそれにサティリナはフルーツの皿を置いて手を伸ばした。
「――お待ちください!」
しかし小さな手が届く前にクロエの手が束を掻っ攫った。
すぐに束はクロエが皇女の手の届かない位置まで持ち上げた。束を目で追いながらサティリナは「あー」と落胆の声をあげ、男はわかっていたのか怒ることも無く、いつもの無表情でクロエを見た。
「その任務、私がお受けいたします。……一つだけ質問の許可を」
「許可する」
「はっ。……私の代わりは誰が……?」
クロエの質問を受け、男がゆっくりと動いた。
手にフォークを持つと自らの皿に乗っていたカットフルーツの一つに突き刺した。
「当てならもうある」
そしてそれを自身の口――ではなく、前へと差し出した。
束を見続けていたサティリナがその動きに気づいた時には既に遅く――
「お前の姉だ」
そう言うと同時に男が小さくフォークを振り、抜けたフルーツは綺麗にサティリナの皿の中へと落ちていった。
~~~~~~
明日からクロエは事件の調査に向かって、代わりにずっと前から話に聞いてたお姉さんが来るんだって。
ってかホントアイツ嫌い!!