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日記145日目

リリベルの月16日。

黄昏宮も徐々に雨季に向けて準備してるみたい。
妃たちの気を紛らわせれそうな本とか、服とか宝石とかもいっぱい搬入してた。

こもる気満々の妃たちに対して、私は…っていうかアイツはやっぱり休む気ないし。

一応尋ねたら「お前はバカか」って言われたし!!

雨天決行だと思ってたよ!!

そう言えば最近は妃たちがちょっと大人しい気がする。
前までは皇帝が呼ばなくなってイライラし続けてたのに。

妃たちが皇帝に愛想尽かした……とか??

~~~~~~

今日も今日とて男との勝負に負けたサティリナ。
最近の男は皇女を小脇に抱えるのが楽しいらしく、しっかりと捕縛して東屋まで連行していた。

当初はサティリナも捕まる度に暴れていたのだが、そのうち諦めが勝って暴れなくなった。
しかしそれはそれで男にとっては物足りないらしく、すぐに絞めて来るので結局幼い抗議の声は一度も止んだことがない。

本日の東屋は大きな池に近く、白亜の太陽宮がよく見える。
サティリナにとってはラスボスとも言える皇帝の住む宮だが、ここまで近寄れるのはこの時間の皇帝は政務のために月明宮へ行っているためだ。

鬼の居ぬ間に、ではないが遠目からでも美しく輝く太陽宮は美術的価値もありそうな程に外観も凝っており、見ているだけで楽しい。
前世で例えるなら海外の世界遺産だろうか。建築様式が日本とは全く違うので内部の構造も気になるところだがサティリナがそれを知る日はたぶん来ない。

そもそも太陽宮へ向かうには大きな池をどうにかして渡らなければならず、一度クロエや男にその方法を尋ねてみたものの男が『さあな』と言って教えてくれなかったのだ。

「サティ様」

仕方なく太陽宮の姿を目に焼き付けておこうと見続けていればクロエに呼ばれた。
振り返ればそっと手を差し出され、それを取りながら東屋から陽の下へと出た。

「こちらを着てみましょう」

そう言ってクロエが取り出したのは一枚の深緑のマントだった。

「それ、何?」

マントであればサティリナはもう一枚持っている。
レーティアがくれた枯れ草色のマントだ。少々薄手ながらも保温性が意外とある優れものだ。今は自室に畳んで置いているが、冬は大活躍してくれた。

「こちらは雨除けです」

つまりは雨具であるらしい。
確かに良く見れば表面に少し光沢があり、触れてみれば少しつるつるとした布地であることが分かる。「へー」と感嘆の声を上げるサティリナにクロエが素早く着せた。

マントだと思っていたがどうやら袖があるようだ。
袖を通し前を首もとの紐で閉めれば完成の簡素な造りだが、意外と軽く通気性もあるようだった。

付いているフードを被り、その場で一度くるりと回る。

「こんな感じ?」
「はい! とても可愛らしいです!」

そうにこにことクロエは笑顔で頷いたが……これが用意された理由は言わずもがな男との勝負のためだ。

「大きさも丁度良いようですし、本日お持ち帰りください」
「うん。そうだね……」

もう持ち帰らせるということは、雨季は目前なのだろう。
雨の中の勝負を考えると気が重くなるので、これ以上深くは考えないようにした。

着ていた雨除けをすぐに脱げば、クロエが簡単に折りたたんでくれた。

「残りの三枚も明日お持ちしますね」
「え、一枚じゃないの?」
「一枚じゃ足りませんよ。
 長時間使うと徐々に滲みてきますし、乾きも通常の服より少々早い程度ですから」

畳まれた雨除けを受け取り、もう一度見た。
どうやら前世で知っている雨具より機能性は落ちるようだ。

「明後日には雨除け用の靴も仕上がる予定です」

どうやら長靴?もあるらしい。
そう言えばこの前足の大きさを計っていたっけか。とその時は謎だった事の用途がここで判明した。

ふーん、と相槌を打ちながらサティリナはもう一度雨除けを撫でた。
明日渡される分を合わせると四枚。しかし雨季は一ヶ月ぐらいは続くと聞いている。

じーっと見ながらそれを考えていたサティリナはくるりと踵を返し、書類を読む男に駆け寄った。

「ねえねえ、おじさん。前みたいに壊れない魔術かけて!」
「ええっ!? さ、サティ様!?」

男はちらと視線だけをサティリナに寄越しただけであったが、彼が口を開く前にクロエが盛大に驚いた。彼は慌ててサティリナに駆け寄り、屈むとその耳元に口を寄せた。

「だ、大丈夫です!
 それは騎士も使っている素材と同じもので耐久性に富んでおります!
 製造も簡単なので消耗品と考えてください!」
「えー」

前に貰った懐中時計は純銀製だった。
『高価なものは持てない!』と交換を訴え続けたサティリナに渋々男が『壊れ難くなる魔術』をかけて所持させているが、今も毎日布で磨く事は欠かしていない。

今もらった雨除けも皇族に持たせるものなら高価な可能性が高いと思った。

「でも、絶対パンより高いじゃん」
「パ……!?」

金銭感覚が前世に引きずられている皇女は庶民的な価値観になっているのだが、その事を知るものは皇女自身だけの話である。

サティリナと同じ年齢で物に掛かっている費用を考える子供は少なく、貴族の子女となればその感覚は更に鈍くなるものだ。その常識を知っているクロエが絶句するのは当たり前なのだが、そのことにサティリナは気づいていなかった。

「……それにはレーヴィア湖にのみ生息する蛙の皮が使われている」

そう静かに話を切り出したのは男であった。

「へー! それってどんなカエル?」
「お前ぐらいの大きさだ」
「でかっ!?」

思わずもう一度雨除けを見てしまった。

「周辺の町や村はその皮や肉を使った産業を生業としている。
 そしてその巨大な取引先が騎士団や貴族相手だ」

つまりその取引先である騎士団や貴族たちが消費しない限り、その産業も成り立たないということなのだろう。

「でもその湖だけの生物なんでしょ? 貴重なんじゃ……?」
「それは繁殖力が強い。
 増えすぎれば水質の悪化を招き、近隣の農作物も食い荒らし始める」

元々は近隣を荒らす有害生物だったのを、先人たちが有効活用しようと苦心した結果見つけた産業なのかもしれない。

薄々男が何故突然こんな話をし始めているのか、サティリナは察していた。
たぶんだが遠まわしに『消費しなければ周辺地域の経済が滞る』と言いたいのだろう。

たかが子供一人の消費量など知れていると思うが、事情を知っているのと知らないのとでは見方はだいぶ変わってくる。

最後の判断材料を聞こうとサティリナは「はい!」と挙手していた。

「じゃあ、大人一人分作るのに必要な枚数と、毎年の収穫量!」
「……二十枚前後。平均二万匹」
「に、二万匹!? 気持ち悪っ!」

思わず想像して顔を引きつらせれば、男が小さく笑った。
いつもの癖でその笑みに少々苛立ちながらもサティリナは自身の中で結論を出した。

「……うん。やっぱりそのままでいいや。教えてくれてありがと。おじさん」

もちろん最初にクロエが言っていた『耐久性に富んでいる』という言葉も考慮しての答えであった。

聞きたいことは聞けたし、きちんとお礼も言った。
他に用はないので男がまた短剣やらを持ち出す前にと席に戻った。

「って、クロエ? どしたの?」

そこでクロエがずっと固まっていることに気づいた。
声をかければ弾かれたかのようにクロエが「いえ、何でも!」と首を振った。

そんなクロエの前に男が書類の束を差し出した。

「突き返せ。下らん戯言を並べるなと言っておけ」
「し、承知致しました」

束を受け取ったクロエは礼をするとすぐに駆け出して行った。
その背を見送ったサティリナは膝の上に置いたままだった雨除けを手に取った。

男は蛙の皮だと言っていたが、匂いを嗅いでも両生類の独特の臭いはしない。
生息環境が良いのか加工している人たちの手間隙のおかげなのかは分からないが、前に貰ったマントと変わりない布の香りがする。

もう一度じっくり触ってもみたが、聞かない限りこれが生物の皮であったなどとはわからないだろう。

元の蛙が自分と同じ大きさというところが少々怖いが、一度ぐらいは見てみたいものである。そう考えていたサティリナはふと男が自分を見ていることに気づいた。

また何か腹の立つことでも言うつもりなのか。自然とサティリナの眉間に皺が寄った。

「お前は……それを気味悪がらないのか」

それは質問とも納得とも取れるような声音であった。
どっちよ。と内心で突っ込みながらも一応質問として捉えた。

「まあ、そりゃ……別に目玉付いてるわけじゃないし」

目玉や蛙に直結できる何かが付いていたのなら、流石の自分も纏うのは気が引けたであろう。しかしこれは普通にマントにも見える雨除けであり、臭いだってない。怖がったり気味悪く思う要素はないと思った。

「他の女どもは皆それを嫌うぞ」

それは貴族女性と言うことだろうか。
確かにこの後宮に住む妃たちは虫の一匹にも過剰反応を示すほどだ。なのでそうなのだろうと勝手に過程しておく。

「ふーん。みんな暇なんでしょ」

おじさんみたいに。という部分は飲み込んでおいた。
自分だって空気は読む。要らん事を言って藪蛇を出すつもりはない。

「そうだな……無能な癖に着飾ることだけは人一倍躍起になる」

男が手に取っていた次の書類を見て嘲笑を浮かべる。
そこに何があるのだろうか。そう思って何もかかれていない裏ではあったがサティリナも書類へと目を向けた。

「みんな無駄遣いしてるってこと?」

なんとなくだが、それが財政に関わる書類なのだと思った。

「無駄か……確かにな」

クツクツと喉で笑い始めた男の声を聞きながら、サティリナは前と同じ倦怠感を覚えテーブルに腕を組み、その上に顎を置いた。

その行動に男が小さく溜息を吐いたのが聞こえたが、反論する気にはなれずそっぽを向くように陽を浴びて輝き続ける太陽宮を見た。

妃たちが無駄遣いだと自分に言われても尚着飾ろうとする理由。

それが今自分の眺めている宮の主の目に留まるためであることは明白だ。後は妃同士の張り合いなどもあるのかもしれないが、すべては後宮の一番の華となり、支配者の愛情を射止めるためなのだろう。

噂で聞いた程度だが、未だ皇后はいないのだという。
皇女である自分を厭っているのだから、当然と言えば当然のような気もした。
たとえ皇后に選ばれたとしてもあまり良い事にはならないと思うのは自分だけなのだろうか。

「みんな、皇后になって何がしたいんだろう……?」

我が子すら殺そうとする狂人の妻に納まりたいと思うほど、妃たちは皇帝を愛していると言う事なのだろうか。それとも愛情などなく、ただその座が持つ地位と権力が欲しいだけなのだろうか。

もし後者だとするのならば、それはとても虚しいものだと思った。

「……さあな」

サティリナとしては小さく呟いていたつもりだったのだが、男には聞こえていたらしい。
彼の声にもまた哀愁のようなものを感じながら、太陽宮の眩しさから目を逸らすように瞼を閉じたのだった。

~~~~~~

今日はカッパを貰った!

なんでも大きなカエルの皮を使ったものなんだって。
明日にはもう三枚ほどくれるらしくて、しかも長靴?もあるみたい。

ってことは、それだけ雨が近いってことだよね……ユーウツ。

いやいや! 雨に負けるな、私!!

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たとえ相手がイラっと来る大人であってもお礼はきちんと言う…
それが皇女様。

>20200723

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