日記107日目
ブローフの月8日。
今日はクロエと一緒に「サティ」を見に行く。
でも絶対、名前と花に負けそうな気がしてならない。
これも皇女なら当たり前、なのかな……
少しの不安を抱えながら太陽宮の庭園へ向かったサティリナ。
そこには皇女を見つけ元気良く手を振るクロエの姿があった。
今日も今日とて痛々しい外見と裏腹に元気な彼は「庭師に聞いてきましたよ!」と意気揚々とその『サティ』の咲く場所までサティリナを案内したのだった。
「これって……」
そして見た感想を言いかけたサティリナははっと口を噤んだ。
「はい! これが“サティ”です!」
そう自信満々に頷いたクロエを見て、「そうなんだ」と思わず愛想笑いを向けてしまった。
眩しい笑顔から改めてその“サティ”に視線を移す。
白い花弁に黄色い額。
それは前世でも春の花としてよく手入れされた庭先や園芸で見かけた――マーガレットであった。
物体を目にした途端、自分の中で虚しい敗北の鐘の音が聞こえる。
しかしそれはあくまでサティリナの中だけであり、隣で共に花を眺めるクロエは違った。
綺麗ですよね、可愛いですよね!と嬉しそうに花の感想を言いながら、花と皇女を交互に見続けていた。
そんなにも首を動かしていては痛めている右腕とかに影響が出るのでは。そう明後日の方向に舵を切ったサティリナが口を開く前に、クロエが「そうだ!」と声を上げた。
「姉に花言葉も聞いて来たんですよ!」
「えっ!?」
こっちにもそんなものがあるとは。そんな驚きと、わざわざ聞いてきたクロエのお節介さに大きな声が出てしまった。
「えっと確か……なんだったけか」
しかしどうやらこの手の知識を覚えることを、クロエは苦手としているようだ。
意外だなと思いながら待っていれば、ほどなくして「そうそう!」とクロエが顔を上げた。
「『真実の愛』『信頼』――全てサティ様にぴったりですよね!」
「へ、へぇー……」
恥ずかしさしかない。それを堂々と言えるのは騎士だからなのかクロエだからなのかはわからないが、とにかくもの凄く恥ずかしい。花の意味にも負けた。
もう愛想笑いすら出来ず、きっと赤い顔でなんとも言えない顔をしているのだろうなあ。等と明後日の事を思っている間にもクロエが動く左手で一輪の花を摘んだ。
持つには少し茎の短いそれをどうするのだろうと見ていれば、その大きな手が静かにサティリナの側頭部を掠めた。
軽く髪に触れられた感触と、何かひんやりとした感覚もする。
「クロエ?」
何してるの? という意味を込めて名を呼ぶ間にもクロエの手が静かに離れ、満足そうに彼が笑った。
「お似合いですよ。サティ様」
「……えっ!?」
その言葉の意味するところに思い至り、まさかと恐る恐る手を側頭部に近づけた。
……ある。先程クロエが摘んだマーガレットが綺麗に髪に付けられている。
一気に顔が青ざめたのが自分でもわかった。
「い……痛くないコレ!?」
「えっ!? もしかして髪が絡まりましたか!?」
「違う! そうじゃなくて! ……ええと、に、似合ってるの!?」
「はい、勿論!!」
きっぱりと自信満々に言い切られてしまった。
「天使に花とか……
もうこの世の物とは思えないぐらいに愛らしいです!!」
「えっ……それは、流石に……」
言い過ぎだ。子供相手に歯が浮きすぎて大気圏を突破しそうなほどの台詞をどうしてそう簡単に言えるのか……
クロエの天然?な部分に引き気味に首を振れば、クロエは少し不思議そうにした後「ああ」と何かに納得したようだった。
「大丈夫ですよ。
貴族のご令嬢であれば生花を飾ることはそう珍しくありません。
ですのでこの辺りの花は虫などの対策も万全です!」
「あ、うん……そっか」
そこは別に気にしていない。どちらかと言えばそこら辺の貴族女子よりも虫に抵抗がないことも自負している。
全く見当違いな説明をされ、脱力したサティリナは話題を根本から変えようと、わざと「お腹空いたからお昼にしよう」と言ってその場を強引に切り替えたのだった。
~~~~~~
この世界の人たちにとって、お花は飾りの一つらしい。
クロエもそうだったけど、お土産にって髪に挿してたのを外してお姉ちゃんに渡したら、お風呂上りに髪を整えられて、気づいたらまた髪に付けられてた。
いや、確かに鏡で見てみたら「サティリナ」は可愛い顔してるから似合ってたけど…
でもやっぱり自分だって思うと……一気に自信なくなる。
あれかな、前世が庶民だったから貴族の感覚に付いていけてないのかな……
あ、「サティ」は前世でも知ってた「マーガレット」だった。
花言葉は流石に調べたことなかったから比べようがないけど……そういうのも同じなのかなあ。
サティはお姉ちゃんが「押し花にして、栞にしてあげる」って言ってくれた!
髪に飾るのは苦手だけど、栞だったら日記にも使えるし、思い出に残しておけるから嬉しい!
明日もクロエと会うことになってるから、早めに寝る!
おやすみ!