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日記106日目

ブローフの月7日。

昨日一日庭師さんたちが頑張ってくれてたおかげもあって、庭園はほぼ元通りになってた!
私もちょっと手伝ったけど、散らばってた木の枝とかを集めるのをこっそり手伝った程度だったし。

でも花はほとんど散ってた。
残ってたお花も痛んでるものが多かったし、昨日のうちに刈り取られたみたい。

お姉ちゃんは「仕方ないわ」と言ってたけど…やっぱりちょっと残念。

今日は太陽宮の庭園に言ってみるつもり。
昨日もこっそり見ようと思ってたけど、鍵が閉まってた。
今日も閉まってたら諦めるけど、開いてたら行ってみようと思ってる。

前にクロエが「太陽宮の調査もする」って言ってたし、たぶんいるんじゃないかなって思ってるから。

クロエに会って「嵐大丈夫だった?」って聞きたいし。

~~~~~~

そして太陽宮の庭園にて。
同じく花の少なくなった生垣の迷路の向こうに探していた影を見つけた。

「クロエー!」

おーい、と手を振りながら駆け寄った皇女にクロエが気づき、ゆっくりと振り返った。

「クロエ――ぇええええっ!?」

そしてそこに見えた白く輝く三角巾を見た途端、そんな叫びが飛び出していた。
会わなかった間に一体何があったというのか。

慌てて駆け寄った皇女にクロエは「姫様!」と変わらない笑顔を見せたが、それすら格好と合わせると痛々しいものがあった。
しかも近づけばケガはそれだけでなく頬にも大きな布が貼られ、今日はだらしなく開かれたシャツの隙間からも包帯らしきものが見えていた。

ただの怪我ではなく、大怪我である。
よく見れば羽織っているものもマントではなく騎士の制服だったようだ。

「え、ど、どうしたの!? 何があったの!?」
「ああ、これですか? ちょっと嵐のときに外に出てたら……ははは」

飛んできた物に当たったとか、そう言うものだろうか?

「それより、今日は姉に頼んでサンドイッチをご用意いたしました!
 一緒にあちらで召し上がりませんか?」

そう言ってクロエが前に出したのは藁で編まれたバスケットだった。

「わ、わかった! 食べるから! それも私が持つ!」
「大丈夫ですよ。怪我をしたのは利き手ではありませんし……」
「だめー! ケガ人はもうちょっと自分を労わるの!!」

大声で怒ればクロエは落ち込むどころか「生きてるって素晴らしい」とか呟いて感動しているようだった。精神的に末期な上に肉体的にも重傷とか……大丈夫なのか近衛隊。

バスケットは結局持たせてもらえなかったが、着いた東屋では率先して皇女が昼食の用意をした。

クロエの姉が作ってくれたというサンドイッチはどれも美味しく、具材もよくあるサラダやチーズ、ハムなどを挟んだものからフルーツを挟んだものまで種類豊富に用意されていた。

更にお茶の入った水筒やお手拭まで入っていて、用意してくれた人の気配り度を見て、『これが出来る女性!』と未だ見ぬクロエ姉に皇女は人知れず慄いたりもした。

とはいえ、日頃昼食を取っていない皇女がすぐに食べきれるはずもなく、ほとんどはクロエに吸い込まれるように食べられていった。
それでも一応一種類ずつは食べられたので満足だ。……途中からはクロエと半分こして食べていたが。

「嵐、本当に凄かったね……街も被害が凄いってみんな言ってたよ」

食後のお茶を貰いながら、皇女は昨日庭師たちが話していた内容を聞かせていた。

「あはは……そうですねー」

その当の嵐の中で出ていた一人でもあるクロエは思い出したのか、乾いた笑いを漏らした。

今の皇女はクロエの手伝いがすぐに出来るよう、彼の隣に座っている。

最初はクロエが『恐れ多い!』と恐縮していたのだが、そこは皇女が押し切る形で座った。怪我人はそんなこと気にせず楽にして欲しいものだ。相手は子供なのだし。

ちらと見れば、そこには痛々しい三角巾に吊るされた右腕。

分厚い制服ではなく薄いシャツだからか鍛えられた腕の形がわかりやすく、白手で包まれていた手も今日は素手だ。節くれだった男の手――と言うよりは、本物の剣を扱う人の手が少し気になった。

グラスをテーブルに置いた皇女は好奇心に勝てず、「花、散っちゃいましたね」と少し残念そうに言うクロエの声も聞かずにその手を両手で掴んだ。

「ふへっ!?」

そんな締りのない声と共に、小さくクロエが飛び上がった。

「クロエ、痛かった?」
「い、いいいいえ! 痛くはないです! ないですけど……!」
「そっか」

痛くないならいいや。とそのまま調査を続行する。
親指や人差し指、中指と順に握りながら、その暖かく大きな掌も触って確かめる。

そして同時に前世の父を思い出しながら、違う部分を割り出していった。

「ひ、姫様……?」
「んー?」
「何をなさっておいでで……?」
「えっとね、剣を握ってる人の手って初めてだから、調べてる!」
「んんんっ!?」

変な声が聞こえたので不思議に思って見上げれば、クロエが開いている左手で口元を覆いながら顔を顰めていた。
けれど見えている頬が微妙に赤いような……もしかしてくすぐったかったのだろうか。

「た……」
「た??」
「足して二で割った感じ!!」
「え」

それはどういう意味だ。
何と何が足されて割られれば今のこの状況と類似するのか。

訳のわからないクロエに目を丸くしていれば、目の前に左手が差し出された。

「た、確かに両方とも使えるようにはしておりますが……
 私の利き手はこちらの方ですので、たぶんこちらの方が明瞭にわかるかと……」
「そっか!」

確かに多く使われている分、手にもその跡は残りやすいだろう。
それに右手よりは左手の方が近く姿勢的にも楽だ。だから断る理由もなく、すぐに左手に目標を変更した。

もう一度親指や人差し指、掌など色々と握ったり触ったりして確かめる。

「あ! ここ硬くなってる!」

それは掌の指の付け根に当たる皮膚だった。

「ははは。そうですね。
 そこは重要な部位ですし、自然と硬くなってしまうんですよ。
 あ、もしよろしければケガが治った後で実際にお見せ――」

言い終わることなく、そこでクロエが突然無言になってしまった。

「ん? クロエ??」
「――け、“剣術の”練習風景を! お見せできればと思うのですが!?
 いかがでしょうかっ!?」
「え、う、うん」

突然『剣術の』のところを強調して再度尋ねてきたクロエに、呆気に取られながらも頷いた。

「やっぱり硬いですよね!? 手の胼胝(たこ)!!」
「う、うん……クロエがいっぱい練習した証だよ、ね?」

どこか泣きかけているクロエがなんだか哀れになって、よく分からなかったが頭を撫でておいた。

「ううっ……ありがとうございます、姫様ぁ……」
「クロエ、もうここは“こうこん宮”じゃないから、大丈夫だよ……?」

ここまで受けた傷が酷かったのか。かなり不安定じゃないかこの騎士。
前世も今世も女として生まれたので男の人の気持ちはわからないが、かなり彼の傷は深そうだ。そう同情しながら騎士の頭を撫で続ける皇女の姿がしばらく続いた。

クロエを落ち着かせるためにお茶を注ぎ、それをクロエが飲んでいるのを見届けていた皇女は「そうだ」と気づいた。

それは彼を慰めている間に少し気になったことだった。
慰めの言葉をかけるたびに『姫様は天使だ』だとか『女神』と神格化され始めたことに危機感を覚え、けれど言い返そうとしてはたと止まったのだ。

未だ皇女は自分のことであるはずなのに、自分の名前すら知らないのだ。
ずっと周囲は『皇女』や『殿下』としか呼ばず、クロエも『姫様』としか言わない。

一番仲の良いレーティアでさえ皇女の名前は知らず、教えてもらうことはできなかった。

「クロエは私の名前、知ってる?」
「姫様の名、ですか?」
「うん。……あのね、私ね、自分の名前知らないんだ」

それは何て奇妙な話だろうか。
名前は生まれた瞬間に大抵付けられる。多くいる子の中からその者がわかるように。

親から子に与えられる、自分を認識するための大事な言葉。

「姫様……その――」

何かを言いかけたようだが、突然クロエが固まった。
どうしたのだろうか。そう思い、クロエを見上げた。

「サティリナ……」

ぽつりと零れ落ちるように告げられたそれが、一体何なのか分からなかった。

「え?」
「ひ、姫様のお名前です! サティリナ……サティリナ様です!」

急に興奮したかのようにクロエが皇女の手を握り、そう告げた。

『サティリナ』

それが、ずっと知りたかった自分の名前。
静かに染み入ったその音が、自分に溶けて嬉しさに変わった気がした。

――いや、凄く嬉しい!

「そっか! 私、サティリにゃ――あ」

あまりにも興奮しすぎた所為か、盛大に噛んだ。
初めて自分の名前を言うつもりだっただけに、その恥ずかしさはもの凄い。

顔が一気に熱くなる中「うー!」と唸って悔しさを現していればクロエが「姫様」と優しく皇女――サティリナを呼んだ。

けれど恥ずかしさから振り向くことは出来ず、視線だけでクロエを見上げた。

「サティ、はどうでしょう?」
「サティ?」
「はい。姫様の愛称です。
 リナでも良いと思ったのですが、花の一つに“サティ”がありまして……
 それがとても可愛らしい花なんです。姫様の愛称に相応しいかと!」

自身ありげにそう言い切ったクロエにサティリナは「そうなんだ」と頷きながら、少しむず痒く思っていた。

愛称はいいのだが、まさかそれが花と関連付けられるとは……前世の感覚が強い身としてはかなり気恥ずかしい。名前負けしていないだろうかと不安になってしまう。

「あ! 確か今が開花の季節だったと思います!
 場所は……ええと今日のうちに庭師に聞いておきますので、明日見に行きましょう!」
「わ、わかった」

クロエに押し切られる形で明日の約束も取り付けられた。
それでも庭園の花を見れるのは嬉しいので、気恥ずかしさよりもそちらを優先した。

その後は遠まわしに『サティ様と呼びたい』と訴えてくるクロエに『いいよ』と許可を出せば、再び犬の尻尾が大きく振られているような幻影を見たりと少し賑やかな時間を過ごしたのだった。

~~~~~~

今日は大ニュース!
ようやく私の名前がわかった!
でも不思議なのは、クロエは最初私の名前知らないかもって思ってのに、まさかの知ってたことだった。焦らしてたのかなあ?

私の名前は「サティリナ」で、愛称はクロエが「こっちが良い!」って言って「サティ」になった。

名前がわかったのは嬉しかったから、お姉ちゃんに早速報告した!

そしたら「きっとサティルが元ね」って教えてくれた。
「サティル」はこっちで言う昼に見える月のことなんだって。
お姉ちゃんは「アバロネストでは瑞兆」って言ってた。

でもここはアンバルストだし…皇帝が付けた名前だろうからあんまり良い意味はなさそう。

「サティ」って言う名前の花もお姉ちゃんは知ってて、「すごく良いわね」って褒めてくれた。早速お姉ちゃんから呼ばれて、すごくくすぐったい気持ちになった。

明日はクロエと一緒にその「サティ」を見に行って来る。

可愛い花って言ってたけど、どんなのかなー

楽しみ!

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名前を伸ばすと某複合店?になるので、単体で発音するときは短く!とか思ったりしながら書いてました。

>20200613

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