日記102日目
ブローフの月3日。
今日はクロエと約束した日だ。
そう言えば時間のことを話すの忘れてたなーって、寝る前に気づいた。
クロエはいつも早めに庭園にいるし、今日は朝ごはん食べたらすぐに行ってみようと思う。
案の定、彼は昨日会話した生垣の間にいた。いたのだが――
「殿下ー? そこにおられるのですかー?
……うーん、まだ来てないのだうか……」
皇女からはクロエの背しか見えないのだが、彼は昨日と同じように屈んで目の前に声を潜めて話しかけている。
若干声が猫なで声に近いこともあり……傍から見るとかなり変質者じみていた。
幾ら顔が良くてもこれでは台無しである。
ここに来るまで皇女はいつものように魔術を使ってきたので、未だクロエが振り返ったとしても彼女の姿は見えない。だからまだ自分が到着したことは知られていないのだが……これは声をかけるのが躊躇われる情況だ。
一瞬『帰ろうかな?』とも思った皇女であったが、脳裏を過ぎったのは悲しそうに犬耳と尻尾を垂らすクロエの幻影だった。大の大人相手にそんな妄想は良くないのだろうが、昨日の彼があまりにも印象強すぎて頭から離れないのだ。
仕方なく、小さく息を吸い込んで覚悟を決めた皇女は後ろからクロエのマントを引っ張った。同時に魔術も解いておく。
「クロエ。私はこっちだよ?」
「っ姫様!」
声をかければもの凄い勢いでクロエが振り返ってきた。
しかもいつの間にか姫様呼びである。
目に見えて顔を輝かせたクロエに顔が引きつるのを感じながら、それでも後退しなかった自分を内心で褒めた。
「良かったぁ……もし姫様が来られなかったら私の心が折れるところでした!」
……帰らなくて正解だったようだ。
もう少しで一人の騎士が精神的に死ぬところだった。
「そ、そうなんだ……
クロエ、もうお仕事は終われそうなの?」
末期なら、もうその原因となっているここには来ない方が良いはず。
そう労わりを込めて聞けば、ピタリとクロエが固まった。
そして少し置いて罰の悪そうな顔で視線を逸らされた。
「その……そこはこれからの私の頑張り次第と言いますか……」
「え? でもクロエはいつもちゃんと仕事してたよね?」
それは日ごろ彼の態度を見ていた自分が知っている。
彼は一度もサボっているような素振りは見せておらず、どちらかと言えば遅延しているとしても妃たちの所為であった。
しかし、仕事と言うものは本人の頑張りよりも結果が重視されるもの。
どれだけクロエが妃に絡まれている事実があろうとも、彼の上司が途中で放り出す事を許さないのだろう。
どこの世界も労働は大変だ。そう頷いていればクロエが「そうだ」と懐から一つの包みを取り出した。
白い紙に近い布に包まれたそれはピンクのリボンで可愛らしく結ばれていた。
これは……昨日クロエが言っていた『渡したい物』だろうか。
「どうぞ殿下。私の姉が焼いてくれたクッキーです」
「クロエ、お姉さんがいるの?」
受け取りながら聞けば「はい」とクロエが嬉しそうに頷いた。
「私は騎士として、姉は侍従として共にへい――帝国に仕えております」
途中何かを言い換えたような感じがしたが、とりあえず姉弟で勤めていることだけはわかった。
「そうなんだ……クッキー、ありがとう。クロエ」
貰ったのなら、お礼はきちんと言わなければ。
そう思い、笑顔と共にお礼を言った。
「喜んでいただけて光栄です」
そう笑ったクロエは、やっぱり格好良い騎士であった。
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今日はクロエからクッキーをもらった。
お姉さんが焼いてくれたクッキーは、とっても美味しかった!
本当はお姉ちゃんと一緒に食べたかったけど、きっと見せたら「誰から貰ったの」って聞かれるから出せなかった。
勝手に別の人と知り合ってたらお姉ちゃん、心配しそうだしなあ……
クッキーだったらケーキとかより日持ちしそうだし、少しずつ食べようと思ってる。
明日もクロエいるだろうし、会ったらもう一回お礼言おうっと!