日記67日目
リージアの月28日。
昨日は帰りが遅くなったから、暗くて書けなかった。
だから今日昨日の事を書くんだけど……全部あのオバサンの所為だ!
いきなりお姉ちゃんに絡んできたかと思ったら、色々言ってお姉ちゃんを泣かせた!
あのオバサン大嫌い!
お姉ちゃんを泣かせたこともそうだけど、何で嫌がってるお姉ちゃんを女好きの皇帝に近づけなきゃダメなの!?
お姉ちゃん嫌がってるんだからそっとしておいて欲しいのに!
あのオバサンに会わせたくないから、今日からお姉ちゃんには部屋にいてもらうことにした。私一人だったら、私の「かくれんぼ」でどうにかできるだろうし、みんなも嫌がる「皇帝に狙われる皇女様」だからね!見つけてもわざわざ絡んでこないでしょ。
あ、でも顔見せないとお姉ちゃん心配しそうだから、時々会いに行こうっと。
窓から出ることも考えてたけど、「かくれんぼ」があるならドアからでも出れるし、宮の中も色々探検してみよう!
早速自分用のマントを羽織った皇女は部屋を抜け出した。
常に『見つかりたくない』と思いながら宮の中を探検すれば、どれだけ堂々とすれ違おうとも誰も皇女に気がつかなかった。
少しの緊張感と未知の場所へといける期待感が皇女の足を更に進める。
どこに行こうか。そう逸る気持ちのままに足を向けた先にあったのは、侍従たちが多く行き交う部屋だった。
そうっと覗き込めばそこが厨房であるとわかった。
「やっぱり、皇后様の最有力はアーグレフト様よね」
侍女たちが忙しなく動く厨房の端で立っていれば、野菜の皮を剥いていた三人の侍女たちがそんな話をしていた。
「昨日も今日も陛下の閨へと上がられるのでしょう?
これなら新たな御子がお生まれになるのもすぐなんじゃない?」
「それは……どうかしら。
私月明宮の友人から聞いたのよ。
陛下と一夜を共にした人は、全員“アレ”を飲まされてるって」
「あれって……?」
「薬。子が出来ないように、予め飲まされてるって言ってたわ」
「まさか! だって今陛下の御子って言えば――」
「そこ! もう野菜の下ごしらえは出来たの!?」
どうやら彼女たちから話を聞けるのはここまでのようだ。
誰にもぶつからないように細心の注意を払い、厨房を後にした。
廊下をぶつからないように気をつけながら歩き、先程の話を整理する。
皇帝は妃たちとは寝ているが、子が出来ないように予め薬を飲ませているらしい。
理由は知らないが我が子である皇女も殺そうとしているほどなのだ。もしかすると皇帝は子供嫌いなのかもしれない。そう思った。
そして皇帝がよく閨に上げているという『アーグレフト妃』。
その名前は昨日聞いたばかりだ。
あまり聞きたくなかった名前に人知れず顔を顰めながら、皇女は思考を切り替えるためにも次なる探索場所を考え始めたのだった。
次に向かったのは、まだ行った事のない宮の二階であった。
丁度侍女の一人が「失礼いたします」と断りながら入ったのに合わせ、とりあえず近くにあった一室へと体を滑り込ませた。
中は個室――ではなく、どうやら談話室のようだった。
テーブルごとに分かれた数グループが、思い思いにお茶を楽しんでいる。
一つのグループはこれから咲くらしい花の話題を。
一つのグループは都で今流行のファッションについて。
そして三つ目のグループの近くに移ったとき、その一人に見覚えがあった。
「それで、陛下とのひと時はいかがでしたの?」
そうどこか蒸気した顔で一人が尋ね、他の妃たちも一人を食い入るように見つめた。
彼女たちからの羨望とも取れる眼差しを受けていたのは――少し前にレーティアに絡んできたあの妃であった。
彼女がわざとらしく口に茶を含み、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「そのような……わたくしからはとても」
そう焦らすように、頬を染めながら言葉を濁した。
まったくもってあざとい演出である。それでも他の妃たちには刺激になるらしく、皆一様に「まあ!」と同じように頬を染めた。
「ただ……一つだけ申し上げるなら、至上のひと時であったと」
結局喋るんかい! とは皇女だけの突っ込みだろう。
盗み聞くこと自体が阿呆らしく思えた皇女が入り口でドアの開閉を待っていれば、外から誰かがドアを開けた。
出れる! と思ったのも束の間、入ってきたのはあまり会いたくなかった人物――アーグレフトであった。今日もデザインは違うが深紅のドレスに身を包んだ彼女からは、あのツンとした香りが漂った。
げっと顔を顰めて鼻を押さえた皇女はもちろん誰にも見られておらず、アーグレフトにも一瞥すらされなかった。
見つかっていない事をいい事に、その背に向かって舌を出して挑発をしていれば、突然アーグレフトが後ろを振り返った。
「!」
「どうか、なさいましたか?」
「……いえ。何でもないわ」
侍従の問いにアーグレフトは一瞬目を細めて室内を見渡した後、昨日と同じように扇を広げて口元を隠した。
その間にも談話室に集っていた妃たちが席を立ち、皆一様にアーグレフトに対して恭しく礼の姿勢を取った。
『皇后の最有力者』。
その存在はこの宮の妃たちの上にたつ、『女主人』のそれであった。
小さく見渡したアーグレフトが、小さく笑った。
「皆様、お顔をお上げになって。
歓談を邪魔してごめんなさいね。どうかわたくしのことは気にせず、お続けくださいな」
その声は昨日聞いたものとは違い、とても柔らかい。
背を向けられている皇女からその顔は見えないが、きっと声に合わせて柔らかく微笑んでいることだろう。
しかしその気配は変わっておらず捕食者のそれだと思った。
その後はどの席にアーグレフトを招くかの妃たちのアピール合戦となり、皇女は彼女たちの気が逸れている間に追加のお茶と菓子を持ってきた侍従と入れ替わるように部屋を出たのだった。
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女の巣窟、超怖い。
いや、スリル満点だったからある意味おもしろ…やっぱ怖かった。
あのオバサンはこの宮で一番権力ある人みたい。
他の妃たちがみんなオバサン相手にへつらってた。
オバサンがよく皇帝に呼ばれてるってことは、皇帝の趣味ってあんな……いや、確かに胸とか尻とかデカかったけどさあ。
もういいや。私を殺そうとする人の趣味を考えるのはよそう。
明日は今日行けなかったところを探索して、終わったら外の方に行こう!