作品オリジナル小...転生皇女の... >日記7日目

日記7日目

昨日は丸一日寝たっきりだった。
お昼にはもう熱も下がってたけど、体がだるかったからそのまま寝てた。

昨日も今日も、朝起きたら机に薬と食料があった。
たぶんお姉さんだと思う。本当にありがたい。

一昨日は「私」についてまた少し分かった。
どうやら「私」は実の父親から命を狙われてるらしい。
今すぐ殺されるってことはないみたいだけど、大きくなったら毒を飲まされて殺されることになっているらしい。

そんなの絶対に嫌だ。

死にたくない!

生きたい!!!

本当に命を狙われてるのかも、どうして殺されなきゃダメなのかもわかんないけど、とにかく殺されないように早くなんとかしなきゃいけなくなった。

そのためにも、まずは治さないと。

~~~~~~

ギシッ。

そこまでを書き終えたときだった。
突然ドアが軋み、徐々に開き始めた。

「!?」

慌てて少女は日記を開いたままベッドの下に隠し、インクの瓶と羽ペンも転がすように下へと入れた。
そして顔を上げた先、開かれたドアの向こうにいたのはワインレッドのローブを頭から被った女性であった。

女性は廊下を気にしているのか顔を少女に向けることなく、滑り込むように部屋へと入ってきた。

その背格好と、そしてローブの中からちらと見えた金髪に、少女は見覚えがあった。

「……お姉さん?」

小さな声だったが聞こえていたらしく、女性が振り返った。

さらりと零れるようにローブから明るい金の髪が反動で落ちる。
少女を見つめるのは宝石のような深緑の瞳だ。

化粧は薄く施されているようだが、それがなくとも整った顔立ちで十分に“綺麗”と言える女性がそこにいた。

名前は知らない。
けれど彼女こそ、少女が少し前に知り合った“お姉さん”であった。

知り合ったのは少女が前世を思い出した日だった。

前世を思い出して、混乱して。 状況を把握するにつれて自分の環境に不満を感じた少女は、人気の少ない夜の内に部屋を出て、歩き回った末にたどり着いたのが彼女の部屋だった。

女性は勝手に入ってきた少女に見向きもせず、その日は一言二言交わしただけだった。

次の日になって、再び夜に探索していた少女を女性が呼び止め、お腹を空かせていた少女にパンとお茶をご馳走し、更にはブランケットまでくれた。

女性は少女に『ここは危険よ。勝手に出歩いてはいけない』と忠告し、以降、今日に至るまで毎日少女にパンとスープを差し入れてくれていた。

「良かった。お姉さんだったんだ……」

そうほっと胸を撫でおろしていれば、女性が少女の前に屈んだ。
白く綺麗な手が、そっと首元に当てられる。

「お、お姉さん……?」
「熱は下がったみたいね」

温かい手に驚いて固まっている少女を他所に、小さく頷いた女性が手を引っ込めた。

立ち上がり、部屋を見回すとベッドに乱れたまま置かれているブランケットを手に取った。

「あ、ご、ごめんなさい! 後でちゃんとしようと思って……」

貰った物なのに雑に扱ってしまっていたことに気付き、慌てて弁解し始めた少女。
しかし女性はその言葉に反応することなく、ブランケットを広げると少女に羽織らせた。

え、と少女は目を瞬かせ、女性を見上げた。

「今のうちに移動しましょう」
「え? ど、どこに?」

慌てて目的地を尋ねたが、それに答えは返ってこなかった。

「……何か持って行きたい物は?」

女性が狭い部屋の中を見回し始めたことで、少女は自分の移動がほぼ確定事項なのだと悟った。

このまま目的地を聞くために駄々を捏ねてみてもいいが、ここに留まる理由も無ければ女性を困らせる理由もない。
行き先が不明である不安は勿論あるが、それを差し引いても『この人なら大丈夫』という信用があった。

「あ。じゃあこれ! これ持ってってもいい?」

そう言いながら少女はベッドの下から隠していた日記を取り出した。

「それは……」
「お姉さんがくれた本だよ。
 真っ白だったから、今は私の日記にしてるの!」

そう。この本もある日、女性がくれた物の一つであった。
中が真っ白な本とインク瓶と羽ペン。これが部屋の中に置かれていた日から、少女は日記を書き始めたのだ。

「日記……? あなたの?」
「うん!」

笑顔で頷けば、女性が少しだけ考える様に口元に手を当てた。
何だろう? と首を傾げていたが、その答えが出るよりも先に廊下でガタン、という音がした。

「「!」」

はっと女性が一度ドアを見て、部屋の中に緊張が走った。

『――よ。ほら、早く――』
『は、はい! すみませ――』

くぐもった声がドアの向こうで数人分聞こえた後は、再び静かになった。

少し間を置いて振り返った女性の視線が、少女の持つ日記へと向けられる。

「わかったわ。それをちゃんと持って来るのよ」
「うん。――あ、インクとペンも……」
「それは私が貸すわ。さあ、早く行きましょう」

女性に促され、少女は頷いた。

すぐにドアが静かに開かれ、最初に女性が廊下の様子を伺い始めた。
誰も通っていなかったようだ。気配がないと分かると女性が先に外に出て「こっちよ」と自身のローブを小さく広げた。

ちょうど子供一人であれば入れるような空間に、日記を抱えたまま入る。
すぐにローブが少女の視界を覆い、仄かに甘い香りがした。

「私の服を掴んでいて。決して離れないで」
「う、うん」

言われた通りに女性のスカートを掴み、歩き始めた女性に合わせて小走りで進んだ。
視界はほぼ黒で、時折隙間から薄明かりが見える程度だ。

不安にならない、というのは嘘だが女性のものだろう手が時折ローブの上から触れてきて、その優しい感触があったから恐怖はなかった。

この人は自分を気遣ってくれている。
その事実が少しくすぐったく、そして嬉しかった。

***

程なくして錠の開閉音と、ドアの開く音がした。
バタン、というドアの閉まる音がして、視界が一気に明るくなった。

眩しさに眩んだ目が慣れてくれば、そこは少女も知っている場所だとすぐにわかった。

「お姉さんの……部屋?」

正確には少女の記憶にあるのは“夜”の風景だ。
あの時はパチパチと静かに爆ぜながら燃えていた暖炉も今は付いておらず、重厚なカーテンが閉められていた窓も今はレースのカーテンが冬の柔らかな光を通している。

暗くてあまりわからなかった家具や調度品は、どうやらアイボリーなどの柔らかだがシンプルな色合いをしていたようだった。

部屋自体の装飾もかなりシンプルだが、赤を基調とした壁や青い起毛の床は落ち着いた豪華さを感じさせた。

わあ、と少女が部屋に見とれている間にも女性がドアに鍵を掛けていた。
少し遅れて振り返った少女の手を自然と取った女性は静かに暖炉の近くに置かれたソファーへと少女を導いた。

木枠に赤い布の張られたソファーに座らされた少女の隣に、女性も腰かけた。

「こっちを見て」

少女を振り向かせた女性が、再びその白い手を少女の首元に当てた。
何だろう? と目を瞬かせる少女を他所に、女性は少ししてから顔全体を触り始め、手を開かせたり手首に触れて脈を取ったりし始めた。

その動きはどこか前世の医者を彷彿とさせる。

「お姉さんはお医者さんだったの?」
「……いいえ。少し知っている程度よ」

知識として少しある程度、ということだろう。
簡潔に答えながらも女性が少女の目を覗き込み、「口を開けて」と開けさせるとその中も覗き込んだ。

それでどうやら女性の診察は終了であるらしく、少女の羽織っているブランケットをもう一度きちんと羽織らせるとソファーから立ち上がった。

「私が色々しているけれど、あなたは気にせずここにいなさい」

その声音は淡々としていて、感情の起伏はほぼ見られない。
けれどそれがこの女性の素の声であると知っているため、少女は怯えることなく「うん」と頷いた。

「もし苦しくなったり、具合が悪くなったら必ずすぐに言うのよ」

早口で言い切り、女性は隣の部屋へと消えていった。

どうやらここには隣接する部屋が他に三つあるらしい。
隣室に何があるのかはわからないが、女性の消えていったドアの向こうからは微かに水音がしているような気がした。

一体何だろう。好奇心から上半身をずらしてそのドアを凝視した。

じーっと見つめること数十秒、ガチャリとドアが開いたかと思えばローブを脱いだ女性が現れた。
何か作業をしているらしく、薄い緑のワンピースの袖が捲くり上げられており、その長い金髪も動きやすいようにか頭の高い位置で一つに結われていた。

女性は足早にベッド近くのチェストに近づくと引き出しを開け、中から何かを取り出すと再び隣室へと消えていった。

「お掃除……じゃないよね?」

一応、女性が何をしているのか予想してみるが、今の自分は並みの子供より知識はあってもこの世界の文化や常識には疎く、結局『これだ!』と思えるような予想にはたどり着けなかった。
仕方なく、少女はソファーに座りなおすとフカフカとした背もたれに凭れかかり、大きな窓から空を眺めることにした。

女性が再び少女の元へやってきたのは、丁度窓の外を飛ぶ三羽目の鳥を視認したときだった。
どのくらい経ったのだろう。そう部屋にある前世の世界と同じような壁掛け時計を見れば、大体二十分くらい経過していた。

「こっち」

少女が何かを問う前に女性が小さな手を取り、立ち上がらせた。
ソファーから立ち上がった少女はその手に引かれるまま進み、女性が何かをしていた隣室へと足を踏み入れた。

入った最初の印象は、“生暖かい”だろうか。

むわりと湿気を伴った温かい空気と、それに混じる花の香りに少し眠りかけていた意識が一気に覚めた。

部屋を見回せば、どうやらそこは洋風の洗面所と風呂が一緒になったような部屋だった。
ただ前世のようにきっちりと分けられた場所ではないようで、ユニットバスに近いような作りだと思った。

へー、と感心しながら見回している少女の手を更に女性が引き、白い陶器で出来たバスタブまで連れてこられた。
近付くと、どうやらここが湯気の発生源であったようだ。湿気が増した。

「あ……」

そして中を覗き込むとそこには薄桃色の花びらが、張られた湯船に浮かんでいた。
花弁の色が反射しているのか中の湯も仄かに桃色になっている。

それは前世ではテレビの向こう側でしか見た事の無い光景であった。

「す、すごーい! お花が浮かんでる!」

初めて生で見る花びらの風呂に、少女は顔を輝かせて女性を見上げた。
丁度屈んだ女性は輝く少女の目を見ながら僅かにほほ笑んだ。その手は自然とブランケットを抜き取っており、丁寧に畳まれて傍に置かれていた篭の中に入れられた。

「そうね。ほら、手をあげて」
「え? うん……」

言われるままに両手を上げる。
すると下から一気に服を捲り上げられ、ポン! と効果音が鳴りそうな程呆気なく少女の服が脱がされた。

元々少女の着ている服は誰かのお下がりなのか着丈が合っておらず、全て大きめだ。
そして形もワンピース型なのでそうされればすぐに脱げてしまう。

後は薄汚れた白い下着の上下だけであり、羞恥から少女は顔を赤らめながら女性を見た。

「お、お姉さん!?」
「じっとして。ほら、早く脱ぎなさい」

理由が聞きたかっただけなのだが、どうやら駄々と捉えられたらしい。
初めて見る女性のじとっとした視線に少女は謎の威圧を感じた。そして騒ぐことも出来ずに、訳も分からないまま全て脱がされ、気づけば花の浮いている湯船に浸けられていた。

湯は熱くないのだが、浸かった瞬間に全身が温まるのを感じた。

「ふぃー……あ、花びら!」

可愛くない一息ついた少女はすぐに近くに浮かんでいる花びらに興味を示し、その間に女性は脱がした服を集めて何処かに持って行ってしまった。

花びらをそうっとかき集め、腕に乗せて遊んでいれば女性が「かけるわよ」と言い、途端に上からお湯が降り注いだ。

「わぷっ」

慌てて目を閉じ、息を止める。
ほどなくしてお湯が止まり、慌てて顔に掛かった水滴を手で拭った。

一体何が。そう上を見上げれば女性がお湯を入れていたのだろう陶器瓶を置くところであり、それによって湯も少し嵩が増していた。

そしてその色が……最初の頃より濁っている事に気付いた。

「お、お姉さん! お湯が……」

慌てて女性を呼んだ。

「大丈夫よ。溺れたりしないわ」

そうじゃない。そっちじゃない。
何だったら前世の記憶もあるので頑張れば泳げる気もしているのだ。そこは心配していなかった。

訂正しようにも女性が「目を閉じて。沁みると痛いわよ」と言いながら何かを掌で伸ばし、少女の頭を優しく揉み始めた。
それが洗髪であるとすぐにわかった少女は目を開けることも話す事も出来ず、その後も女性にされるままに洗われ続けた。

頭も体もしっかり洗われた後は柔らかなタオルで拭かれ、少し大きめの真新しい白のワンピースのような服を着せられた。

再び部屋に戻ってソファーに座れば女性からグラスを手渡された。
見れば中には透明な少し温い水が入っていた。

「……甘い! 美味しいこれ!」

口を付けてわかったのは、それが甘みのある果実水だという事。
桃のような香りに感激しながら飲み干し、グラスを目の前のローテーブルに置いた。
女性は満足そうな少女を見て「そう」と小さく微笑みながら、少女の髪をタオルで拭き始めた。

今日は転生して一番幸せな日じゃないだろうか。
そう温まった心身で思った。

そんな少女にようやく女性が訳を話してくれたのが、髪も乾ききった後であった。

「しんがのうたげ……?
 えっと、新年のお祭りってこと??」

女性が淹れてくれたお茶を飲むため、ティーカップを両手で持っていた少女は首を傾げた。

「ええ。宴の期間は今日の夜からよ。そして年が明けた明後日まで続くわ」

つまり今日から前夜祭で宴が始まり、明後日まで館はお祭り騒ぎと言う事なのだろう。

「へー。
 あれ? でも静かだよ??」

それは今もそうだ。
時折廊下で侍従たちだろう足音と声が聞こえるぐらいで、とてもお祭りが行われるような雰囲気とは思えなかった。

「宴は別の場所で行われるの。
 侍従たちも皆そこへ行くことになるから、この後は更に静かになるわよ」
「へー……あれ、“みんな”??」
「ええ。
 だから宴の間は誰も来ないわ。……あなたの所にもね」

それはつまり、宴の間は食料の供給が完全に止まるという事か。
元々大したものも来ていなかったので、あまりそこは気にならない。

「その間であれば、あなたがここで過ごそうとも誰も気付かないわ」
「え……私、ここにいても良いの?」
「……宴の間だけよ」

女性の言葉に、その優しい声に胸が熱くなるのを感じた。
自分の居た寒い部屋ではなく、少しでも暖かな場所に。そう思いやってくれて、この女性は自分を連れて来てくれたのだろうか。

「あ、ありがとう! お姉ちゃん!」

感謝の心のままに笑顔を向ければ、女性が無言のままティーカップに口を付けた。
けれどその雰囲気は決して自分を否定している訳ではないような気がして、照れ隠しなのだと勝手に思う事にした。

「あ……でも……
 お姉ちゃんはその……私のパパ? のこと、怖くないの?」

侍従たちでさえ知っていることを女性が知らないとは思えなかった。

少女の質問に女性は静かにカップとソーサーをテーブルに置いた。

「……逆に聞くけれど、
 あなたは自分の父親の事をどれだけ知っているの?」

まさかの質問に少し固まったが、訊かれたことを答えようと頭を働かせた。

「えーっと……うーん。
 たぶん私、知ってること少ないと思う。
 私にはパパがいて、でもパパは私が嫌いで……
 私が大きくなったら……殺す気なんだって。

 ……そのくらいだよ」

実父に殺される。その事実を口にするのは気が引けたがそれが答えだ。
だから意を決して口にすれば、ちくりと胸が痛んだ。

「顔や名前は?」
「ううん。全然知らない」

だれも実父の名も、どこかで顔写真を見た記憶だってない。
そういえばこの館で見かけるのは女性ばかりで男性を見た記憶が無いことに気付いた。

……ここに父がいる、というのはやはり間違いなのでは?

そう疑問を抱き始めた少女を前に、女性は少し間を置いて静かに自分の膝の上で手を組んだ。

「……この大陸には二つの帝国が存在しているわ。

 一つは太陽と空に抱かれし“アンバルスト帝国”。
 もう一つは大地と緑に育まれし“アバロネスト帝国”。

 ここはその二大帝国のうちの一つである“アンバルスト帝国”。
 その中心にして皇帝の住まう宮殿――後宮の一つがここなの」

……一体何の話をしているのだろうか。
突然の説明に頭が追い付かず、少女は「ちょ、ちょっと待ってね!?」と上ずった声で女性を制止した。

つまりここは欧風の文化を持つ帝国の一つで、ここは国を治める皇帝が住まう後宮の館の一つ、ということなのか。

それならばたくさんの侍従たちがいてもおかしくはない。そこは納得できた。

ただ何故自分がここに居るのか。そして目の前の女性は一体何者なのか。
そんな疑問が次に浮かんだ少女はちらと女性を見た。

女性は茶請けとして用意したクッキーを一つ摘まんでおり、その所作を見て閃いた。

「あ! も、もしかしてお姉ちゃんは皇女様……?」

気品ある立ち振る舞いが出来るという事は、それだけしっかりとした教育を受けている証だと思った。
そして女性は“皇女”と言う肩書にぴったり当てはまると思った。

ただ、何故自分をあれこれ世話することも上手なのかはわからないが。もしかしたらどこかに彼女の弟か妹でもいるのだろうか。

「……いいえ」
「え、でも――」
「確かにこの国にも皇女はいるわ。でもそれは私じゃない。
 ……あなたはどうしてあなたがここにいるか、考えたことはある?」

自分が、ここにいる“意味”。
少女の脳裏に嫌な考えが過った。

ここが皇帝の住まう宮の一つだとして、どうしてそこに“捨て子”がいるのか。
侍従ですら厭うような子を、どうして置いたままにしているのか。
普通であれば警備も厳重にしなければならないような場所で、こんな薄汚い子供を野放しにするとは思えない。

ならば、自分が置かれている理由とは――

「それって、もしかして……」

手は震えていたが、それでも止まることなくのろのろとある一点を指差していた。

「皇女様は……私?」

冗談であると願って欲しい少女と裏腹に、女性が静かに頷いた。

「あなたが現皇帝陛下のご息女――つまりはこの国の皇女よ」

…………信じられない。最初に思った事がそれだった。
けれどそれならば厄介な存在である自分を周囲が容易に排除できない理由もわかったし、前に聞いた『毒酒による処刑』も何となくわかる。

どこかの作品でそんな処刑方法で王族を処刑しているのを見た覚えがあった。

しかしだからと言って納得出来るものではない。
自分を殺そうとしているのが革命軍とかではなく、身内であり実父の“皇帝”とは。

「…………」

息が苦しい。胸が痛い。胃が痛む。空気を求める様に天井を見上げた。

もしかして女性の大袈裟過ぎる嘘では。――いや、彼女が自分に嘘を吐く理由がない。嘘を吐いたところで得られるものもないだろう。

ならばこれは……紛れもない現実なのだろう。

「……私、生きられないのかな」

非情な現実に小さく零せば、女性が「それはわからないわ」と小さく返した。
視線を戻せば、どこか辛そうな視線がテーブルに向けられていた。

「過去、皇帝が赤子のあなたを殺そうとしたというのは聞いたことがあるわ。
 けれど私がここへ来てから、この宮で皇帝の姿は見たことがないの」
「え……でも、皇帝は生きてるんだよね?」
「皇帝の住まいはこことは別の宮よ」
「じゃあここは? ここは何の宮なの?」
「ここは妃のための宮。つまりここにいる貴婦人たちは皆皇帝の妃よ」
「きさき……

 ――えっ!?
 え、き、妃!?
 じゃ、じゃあまさかお姉ちゃんも!?」

前のめりになりながら尋ねれば、女性が嘲笑を浮かべた。

「私は……妃ですらないわ。価値すらない哀れな女よ」

その悲し気な視線は女性自身の組んでいる手へと落とされていた。

「お姉ちゃん……?」

悲し気な表情を見ていると自分まで辛くなる。どうにかしたいと思って声を掛ければ女性が弾かれたように顔を上げた。

「……レーティアよ」
「え?」
「私の名前。ティアでいいわ」

それはずっと教えてもらえなかった名前だった。
今のはきっと話題を逸らすためだったのだろう。けれど純粋に教えてもらえた喜びの方が強かった。

「そっか! ティアお姉ちゃんって言うんだね!」
「……」

顔を輝かせた少女に対し、レーティアは小さく顔を顰めた。

「あ。ちゃんとわかってるよ!
 私の“お姉ちゃん”は、親愛の証なだけなの!」
「親愛って……私は……」
「いーの! 私の一方的なものだし、お姉ちゃんは気にしないで!
 私って皇帝陛下から狙われてるから、みんな嫌がってるでしょ?
 でもお姉ちゃんは色々優しくしてくれて、とっても嬉しかったの。
 だから、私の『ありがとう』で、その……――私が勝手に呼ぶのです!」

最後は無理やり胸を張った。
そんな少女にレーティアが目を瞬かせた。

変な沈黙が間を作り、徐々に居た堪れなくなる。

「あ、あれ?
 皇女様って、こんな感じじゃない……?」

ちょっと高飛車で高慢な感じを演出したつもりなのだが、上手く伝わっていなかったらしい。

「――ふふっ」

少し遅れて、レーティアが口元を抑えながら小さく笑ったのが見えた。
どうやら笑わせることは出来たようだ。その事に胸を撫でおろしながら「えへへ」と少女も笑ったのだった。

~~~~~~

今日からお姉ちゃんのお部屋でお泊りすることになった!
新年のお祭りで、この宮の人たちが出払ってる間に、こっそりお泊り。
この日記も、お姉ちゃんにインクとペンを借りて書いてる。

あ!ずっと気になってたお姉ちゃんの名前がわかった!

「レーティア」って言うんだって。
「ティアって呼んでいい」って言ってくれた!
ここには皇帝の妃の一人としてやってきたんだって。凄く悲しそうな顔をしてたから、絶対に来たくなかったんだよ、本当は。
お姉ちゃんには腹違いの弟がいたらしくて、それで私の面倒見るのが上手だったみたい。

「私」についてももう少しわかったことがある。
どうやら「私」は皇女様らしくて、「私」の父親はなんと皇帝なんだって!
……その皇帝に命狙われてるとか生きてく自信なくすんだけど。
だって大国の王様だよ?命令一つで国全部が私の敵になるってことでしょ!?
無理ゲーじゃん!バッドエンドの未来しか見えない!!

でも生き残るために頑張る!
せっかく生まれ変わったんだもん。
10年も経ってないのに死ぬとか、絶対にいや!

生き抜いてやるんだから!

Back Story List Next


次話から少女→皇女になります。
一応次の話の中でも説明する予定ですが、先に書いておきます。

>20200509
>20200623

© 2004-2020 aruaiβ . *Powered by NINJA TOOLS .