日記202日目
サーフラの月12日。
来週に「夏候の宴」があるらしくて、昨日から会場設営のために太陽宮の庭園にはいっぱい人が来てる。
昨日は場所の確認が主だったのか、貴族っぽい人が多かった。
後で聞いたら月明宮で働いてる役人さんたちだったんだって。
今日からは資材の搬入らしくて、庭師の人とかいろんな人が庭園であれこれするらしい。
そんな中でもちろん勝負なんてできるわけなくて……今日も勝負の舞台は黎明宮の庭園。
昨日と同じでルリィが迎えに来てくれるみたい。
あの花も見たことない! そう思って身体を向けた途端に後ろ襟が掴まれ持ち上げられた。
「真っ直ぐ歩け」
いつもの如く勝負に負けた後で、かつそんな文句を言われてしまうと自分が囚人か捕虜にでもなったような心境になってしまう。
実際、自分を掴む男にとっては自分はその程度の存在であり、暇つぶしのための玩具だ。反論はどうせ聞いてもらえないと分かっていながらも元来の性格から言わずにはいられなかった。
「えー。ちょっとぐらい良いじゃん。ほら、時間もまだあるし」
そう言いながら懐から銀の懐中時計を取り出す。
時計はまだ正午前であると示しており、少しの寄り道は許される事を現していた。
「…………」
男は無言でサティリナを見ていたが、やがてそのまま花壇に向かって歩き出した。
そして花壇の手前で落とすように下された。少し乱れた服を直しながらサティリナはちらと男を見た。
どうやら最近の男はサティリナで何か実験しているらしく、追い掛け回す時間や行動をつぶさに観察しているようだった。
そしてその収集結果が一昨日出たらしく、追い掛け回される時間が大体二分程度に固まり、その後は下されて東屋まで歩かされていた。
けれどその東屋までの道も“歩く事”が条件であるらしく、前に走ろうとしたらその瞬間に持ち上げられて『歩け』と怒られた。解せない。
今も寄り道分をカウントしないために運ばれたわけだ。
気になっていた花には近づけたのでいいや。と男のよく分からない行動から気持ちを切り替えて花を見た。
花壇に植えられていたのは小さくて白い花だ。
可愛らしい花だが黄昏宮の庭園にはなかったな、と思いながらじっと見つめた。
「ただの薬草がそんなにも珍しいとはな」
そうため息と共に聞こえた声に、「え」とサティリナは後ろを振り返っていた。
その先にはいつもと変わらない無表情の男。しかし頻繁に会っているサティリナにはそこに呆れのようなものが浮かんでいると理解していた。
その顔には腹が立つが、今はそれよりも別のことだ。
「これ、薬草なの?」
「アデアだ。……それの根を煮詰めたものが腫れに効く。
葉は磨り潰して傷薬に、種は煎じて飲めば胃薬になる」
つらつらと出てきた説明にサティリナはぽかんと口を開けて男を見ていた。
説明内容がこの男らしくはあるが……聞いていて何故か楽しいと感じる。
レーティアと共に庭園を回ったときに聞ける説明は大抵女性らしい“花言葉”や開花時期などで、それも聞いていて面白い。
しかしこちらはこちらで実用的な内容で、違う方向性に興味を惹かれた。
「じゃ、じゃああっちのあれは!? あれも薬草なの?」
「……この庭園のほとんどが薬草だ」
それで合点がいった。
つまり観賞用の植物じゃないから、黄昏宮になかったのだ。
薬草。つまりは覚えればいざと言うときに役立つということだ。
たくさん知っておきたい! そう思ったサティリナの行動は早く、男に駆け寄るとコートのような服の裾を掴んでいた。
「おじさん、おじさん! あっちのも教えて!」
「おい。引っ張るな」
煩わしかったらしく、払いのけようと組んでいた手を解いてきた。
その隙を逃さず、サティリナは下りてきた手を素早く掴んだ。
驚いたように目を丸めた男に「えへへ」と笑う。
「つーかまーえた! ねっ、まだ時間あるから教えてよ! ね!?」
「……放せ」
「教えてくれたら放すー!」
手を繋いだまま、全体重をかけて男を動かそうとする。
勿論それだけで男が動くとは思っていないが、これは自分の本気度を伝えるための行動だ。
結局サティリナの勢いに負けたのか男はその後二種類の薬草を説明した。
そこで強制的に「時間だ」といってサティリナを抱えて連行し、昼食となった。
程よく動き、薬草で頭も使ったのかこの日のサティリナは男がデザートを追加しても全て食べきり、エルリアが小さく拍手を送る中「どうよ!」と胸を張ったのだった。
「……明日からは倍にするか」
「そ、それはやめて……!」
そして本気としか思えない男の発言に、慌てて首を振るサティリナの姿があったとかなかったとか……
~~~~~~
今日は薬草についてちょっとだけ詳しくなった!
中には魔術で効果を発揮するものもあるらしくて、この世界の薬草は奥が深そう!
アイツが詳しいことには少し驚いたけど、でも実用的なことに詳しいのはなんからしいなって思った。
今日は勉強もしたからか、アイツのマシマシデザートも食べきってやったし!
ドヤってやったらアイツも悔しかったのか何も言わなかった! ザマーミロ!
でも次の瞬間に「倍にしてやろうか」って脅してきたのは、やっぱアイツだなって思った……
明日も薬草について教えてくれないかなー