日記95日目
チールの月27日。
かなり暖かくなってきて、夜も暖かくなってきた。
おかげで今日の朝起きたらお姉ちゃんから「きちんと布団を被りなさい」って怒られた。
どうやら寝てるときに暑くなって、勝手に蹴ってたみたい。
でもなあ……寝てる時だから気をつけようが……
クロエは相変わらず庭園をうろうろしてる。
時々窓から覗いたら、他の妃たちとかオバサンに絡まれてて大変そうだった。
なんか最近みんな少しピリピリしてるっていうか、なんかイライラしてる。
だから相手するとか大変そう。
昨日もどこかで他の妃が怒ってるのが聞こえた。
春になってきたから、猫みたいに発情期迎えてるとか?
今もずっとお姉ちゃんの部屋に泊まってるけど、一応他の人にはバレてないみたい。
お姉ちゃんがこっそり夜に私の部屋に行って、枕とかの位置を変えたりして誤魔化してるみたい。
入り口に置かれてるご飯もその時に回収してくれてるみたいだけど、すぐにお姉ちゃんが捨てちゃってる。前に中身が酷すぎたらしくて怒って帰ってきた。
でも、そろそろ私も部屋に戻らないといけないって思ってる。
お姉ちゃんは「ずっとここにいなさい」って言ってるけど、やっぱりバレた時にお姉ちゃんが怒られるのはイヤ。
だから今日はお姉ちゃんにきちんと話して、部屋に戻ろうと思う。
あと久しぶりに外に出ようかなって思ってる。
クロエがいるけど、この前は私の事見えてなかったみたいだし、たぶん大丈夫だと思う。
今日も一日頑張るぞー!
などと気合を入れて出たはずの皇女は、再びレーティアの部屋に戻ってきていた。
いや、本当に彼女はきちんと理由を説明して部屋に戻ったのだ。
その証拠として大事な日記は自室にある。
そして今現在頬を膨らませている皇女ソファーに並んで座っているのは、そんな幼い皇女を見て目を瞬かせているレーティアであった。
「お姉ちゃん。何でお部屋から出たの!」
「そ、それは……」
その雰囲気はいつもと逆である。
最近気を許しすぎて節操のないことまで言うようになった皇女の方が、いつもこうやってレーティアに怒られている。
けれど今怒っているのはその皇女であり、そして怒られているのがレーティアであった。
その原因はつい先程の件だ。
皇女が自室に戻り、そしてクロエを観察するために外に出ている間に起きた。
少し離れた場所から彼を観察していた皇女は尾行する形で庭園を歩いていた。
そこに聞こえてきたのは妃たちの喧騒で、クロエと共に向かえばその渦中にレーティアがいたのだ。
驚く皇女の目の前でレーティアは妃たちに散々嫌味を言われ続け、更にはサル山のボス――ではなく、宮の支配者面をしているアーグレフト妃まで現れ、彼女も加わってレーティアを精神的に追い詰めようとし始めたのだ。
きちんと皇帝に認められている皇女であればもう少しやりようはあったのかもしれないが、今の皇女は真逆で皇帝から命を狙われている身だ。
何も出来ない自分に歯がゆく思いながら、レーティアの手を掴んだとき、彼女を庇ってくれたのがクロエであった。
クロエは『エリジェナ妃の体調が悪いようなので送る』と遠まわしに告げ、少々強引ではあったがその場から引き離してくれた。
どうしてレーティアが標的にされているのか、クロエもある程度は知っているのだろう。彼は何も聞くことなく、レーティアを部屋に送り届けてくれた。
しかしその時にレーティアが『用事ならもう済んだわ』と言ったことと、同時に繋いでいた手に力が込められたことで皇女は彼女が自分を探して出てきたのだと悟った。
確かに少し前に自分はこの部屋へ泣きながら飛び込んできた。今もまだ心配されてしまう理由はわかり、そして心配してくれているのは嬉しい。
けれどそれが理由でレーティアを危険に晒したくないという気持ちもあった。
自分はまだ良いのだ。どちらかと言えば皆が忌諱するような存在であり、そして何より隠れられる魔術があるのだから。いざとなればそれを使って逃げることが可能なのである。
「……ごめんなさい」
初めて聞くレーティアの謝罪の言葉にはっと我に返った皇女は、色々とこみ上げるものを「うう」と唸りながら堪えた。そして隣で肩を落とすレーティアに抱きついた。
「朝! 朝ならみんなまだ寝てるから、その時に一緒にお散歩しよ!」
「え……」
この宮の妃たちはとにかく朝に弱いのだ。
きちんと朝と呼べる時間帯に起きているのは侍従か自分たちだけだ。だから彼女たちのいない時間であれば、自分たちが自由に外を歩き回っていても誰も咎めない。そう思っての提案であった。
真剣な目で見上げれば、レーティアが少し瞬いた後に「そうね」と優しく微笑みながら頷いた。
そしてここ最近レーティアの癖にもなりつつある抱擁と頭の撫でが始まったのだった。
~~~~~~
やっと部屋に戻ってこれた!
ハグもなでなでも嬉しいけど、最近のお姉ちゃんがもの凄く甘やかしてくるから油断ならない。
今日もそのまま泊まる流れになりかけて、慌てて帰ってきた。
今日はクロエが助けてくれた。
私じゃなくてお姉ちゃんをだけど、すごくかっこ良かった。
あれぞ正に騎士! って感じだった。
前に見たときはもっとなよなよしてる感じだったけど、やっぱりちゃんとした騎士だったんだなーって思った。
お礼は言ったつもりだけど、私は魔術使ってたし、声も小さかったからたぶん届いてない。
気まぐれで助けてくれた可能性もあるけど、でも助けてくれて嬉しかったから、きちんと何かでお礼したいと思う。
でも姿を見せるのはまだ怖いから、そっと何かを置いておこう。
庭園は花がいっぱいだし、それにしよっかな。
きっと明日もいるだろうし、可愛いお花を花束にして贈ろうっと!