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日記86日目

チールの月18日。

ようやくあの時のケガのかさぶたが、痒くなってきた。
早く剥がしたいけど、それで血が出たらまたお姉ちゃんのお世話になっちゃうし、そうなったらまた心配されちゃうから我慢!

探索は現在難航中。
あっちの庭園にチャレンジしたい気持ちもあるけど、それでアイツに捕まってまた踏まれるのだけはイヤ。

剣向けられるのだってイヤだけど!

また新たな抜け道探して、探索できるようにしないと。
そのためにも今日も庭園を隅々まで探索だ!

~~~~~~

そして一時間後。
あの魔穴の前で悩む皇女の姿があった。

今日も今日とて他の抜け道を探して彷徨ったが、結局この穴以外に見つけることができなかったのだ。ここを担当している庭師はよほど丁寧にここを管理しているのだろう。

あとは見張りの騎士が立っている二つの出入り口だけだが、堂々と通るような勇気は皇女にはない。

穴を改めて見れば、何か獣が掘り進んだような感じだ。
その獣がもう一度やって来てくれないだろうか。などと途方もない事を願っていれば賑やかな声が聞こえてきた。

「ん?」

顔を上げて、その方向を見る。
その先は……確か宮の玄関に続く方の入り口だったはず。

「誰か来たのかな」

毎週一度、宮に物が搬入されることは皇女も知っている。
けれどそのときもこれほど騒ぎ声が聞こえることはなかったはず。

興味本位で立ち上がった皇女はその方向へと歩き出しながら、きちんと魔術を発動させた。

そして人だかりが見えてきたところではたと止まった。

もし、もしその“来た者”が皇帝であった場合、見つかれば即人生終了なのではないか。

しかしあの日、宮へ戻ってからもう一度慎重に妃たちの前に出たが、やはり誰も皇女には気づいていないようだった。

レーティアにも一度聞いて確認しているが、最近の皇女の魔術は更に精度を増しているらしく、声を出しても全く姿は見えないようになっていた。
だからあの時あの男に見つかったのは皇女が魔術を解いてしまっていたからで、自分の油断が招いた事態だったということだろう。

一度静かに深呼吸をして落ち着かせてから皇女はゆっくりと人だかりに近づいた。どうやらわらわらと集っているのは妃たちのようだ。

「騒々しいわね。何事かしら?」

場を制するような圧のある声が響き、慌てて足を止めた。
そのすぐ傍らを通り過ぎたのは目に刺さるような赤で、鼻腔をツンとした匂いが刺激してきた。

うわ、と声を上げず顔を顰めてその不快感を露にするが、その表情も誰にも見えていない。
一際大きく石畳をヒールが打ち鳴らし、その音に気づいた妃たちの壁が彼女の存在に気づき、綺麗に左右へと割れた。

その海を割ったかのような一体感に『おおー』とある意味感心していた皇女は、その奥に見覚えのある騎士を見た。

茶髪にオリーブ色の目をした騎士。
目は少し垂れているようにも見え、どこか柔らかな印象を持つ、整った顔立ちをしていた。

深緑だが豪華な飾緒の付いた騎士服を着ており、青いマントの艶からも彼がそれなりの地位に属する者であると示していた。

……しかし、一体自分は何処で彼を見たのか。記憶を漁ってみても明確な答えは出て来なかった。

騎士を目に留めた彼女――アーグレフト妃は「まあ」と扇で口元を隠しながらわざとらしい驚愕の声を上げた。

「まさかこのような場所にローバント卿がお見えになるなんて……
 常日頃より卿率いる近衛の皆様に守っていただいているからこそ、わたくしたちも安心して過ごせているというもの。
 本当に陛下のご厚意と恩恵には感謝のいたしておりますわ」

アーグレフトの口上を聞く騎士――ローバント卿と呼ばれた騎士は笑顔を湛えているが、どこかその笑顔が寒く感じられるのは皇女だけなのだろうか。
皇女自身も大仰過ぎる口上に引いている中、アーグレフト妃が「して」と本題を切り出した。

「本日はこの“黄昏宮”に何の御用なのでしょう?
 何か陛下よりわたくしたちに言伝でございましょうか」

アーグレフト妃の言葉に、他の妃たちの期待の眼差しがローバント卿へと注がれた。
圧がもの凄いだろうにローバント卿は表情一つ崩さず「いえ」と小さく首を振った。

「今現在、月明宮を含めすべての宮の警備の見直しを行っているのです。
 つきましてはこちらの“黄昏宮”の安全も一度確認させて頂きたく本日伺いました」

その返答に何人かの妃が肩を落とす中、アーグレフトが「そうですの」と笑みを崩さず頷いた。

「では早速宮の中を案内いたしますわ」
「いえ。お気遣いなく。
 宮の造りは把握しておりますので、確認は私の方で遂行いたします。
 ああ、あと確認は私一人で行いますので、数日はこちらに出入りすることになると存じます。その辺りもご容赦を」

ローバント卿の言葉にアーグレフトは小さく間を置き、「承りましたわ」と頷き、他の妃たちを尻目に先に宮へと戻っていこうと踵を返した。

事の成り行きを見ていた皇女が『ふーん』と納得してローバント卿をもう一度見たときだった。

目が、合った気がした。

「ホントにいた!」
「!?」

その瞬間急にローバント卿が皇女の方を見て叫び、その言葉を聞いた瞬間――皇女は反射的に走り出していた。

その背に慌てたようなローバント卿の声や妃たちの困惑した声が聞こえたような気がしたが、それすら遠ざけるように庭園内を走り、ぐるりと大きく一周する形で庭園の端の植木の間に隠れた。

乱れた呼吸を整えながらもう一度先程の事を思い出す。

「え、ま、まさか見られてた!?」

慌てて自分の手を見るが、この術は自分では発動しているのかどうかも確かめられない。
前に一度鏡を使ってみたときも、しっかりと自分の目には鏡に映る自分が見えていたのだ。
だから今発動させていたとしても自分では確認のしようがなかった。

しかし彼以外に自分に気づいていた人はいなかったはず。
ローバント卿の声で数人の妃も皇女の方を見たが、目は合わなかった。

「ま、まだあの人に見られたって証拠はないし!
 落ち着け私! 落ち着――」

「殿下!」

聞こえた声に息を呑んで慌てて口に手を当てる。

幾らなんでもあの距離からここまで早すぎると思った。
庭園の造りは既に把握しきっている。そしてその距離は大人の足でももう少し時間がかかると分かっていた。なのにもう彼は自分に追いついて――?

やはり彼は自分が見えているのでは。そう思った瞬間、胃の底が一気に冷えた。

息を殺した皇女の視界に、ローバント卿の姿が映った。
そして彼は真っ直ぐ自分の元へと駆け寄ってきた。

バクバクと心臓が煩くなる中、人一人分を空けたところでローバント卿が膝を付いた。
ここは植木の間であり、下は勿論地面だ。そんなところへ膝を付けば制服が汚れるだろうに、そんなこともお構い無しにローバントは恭しく礼をすると優しい笑みで顔を上げた。

「……先程は驚かせてしまい、申し訳ありません。
 私は近衛隊隊長のクロエ・ヴァン・ローバントと申します。
 皇女殿下。そちらに……おられるのです、よね?」

声音は先程アーグレフト妃と対峙したときよりもずっと優しく、そして不安そうに尻すぼみしていった声に少し警戒心が解けた。
今彼は自分を“近衛隊長”だと名乗ったが……その物言いはかなり自信がなさそうだ。
もっと自信を持って堂々とした方がいいのでは。などと考えてしまった皇女は恐る恐る手を口から放した。

「……ええっと、で、殿下?」

かなり不安そうな声は、どこか哀愁さえ感じさせる。
意を決して皇女は口を開いた。

「……ローバント、卿?」
「は、はいっ! どうか私のことはクロエとお呼びください!」

小さく声をかけただけだというのに、途端にローバント卿――クロエの表情が弾けるように華やいだ。

一瞬、犬の耳と尻尾のような幻覚が見えた。いや、大の大人相手にその幻は失礼だろう。いやしかし……

一気に警戒心を削がれた皇女は自ら魔術も解いた。
彼が何のために自分に会いに来たのかはわからないが、話をする以上は姿を見せなくては失礼だと思ったからだ。

徐々にクロエの目が見開かれ、息を呑む音が聞こえた。

「っ! ほ、本当だった……!」
「え?」

クロエの言葉を聞き返せば「ああ、いえ!」とクロエが頭を振った。

「皇女殿下はとても素晴らしい魔術の才能があるのだな、と」
「……それって、見えてなかったってこと?」
「はい。お姿は元より、そこにいるのかどうかもわかりませんでした」

罰の悪そうに頬を掻くクロエ。
その言葉に皇女は「でも」と首を傾げた。

「クロエは、ここまで真っ直ぐ来た……よね?」
「えっ!? あ、ああ……それは……
 その、今は少し“ある物”を借りてまして……それで見えていると言いますか……
 光……そう! 姫殿下の尊き光が見える物をお借りして、ここまで来たんです!」
「……」

かなり苦しい説明に感じるのは、皇女だけなのだろうか。

半信半疑でクロエをじーっと見つめれば、クロエが誤魔化すように「あ、あはは!」と笑い始めた。その姿がどこか哀れに見えたため、言及はしないでおいた。

代わりに自分の手を見つめて、先程クロエが言った『光』という言葉を考えた。
もしかしたらあの男も、その光が見えていたのかもしれない。そう思った。

「はあ!? い、今!?」
「えっ……」

突然クロエが素っ頓狂な声を上げ、皇女はクロエを見た。
はっと我に返ったらしいクロエが「こほん!」と無理矢理すぎる咳払いをした。

「殿下。これからお時間はございますか?」
「え、う、うん……」

頷けば再びクロエの顔が笑顔になった。

「良かった! 実は皇帝陛下が――」

その単語を聞いた途端、自分の顔からさっと血の気が引いたのがわかった。

「殿下に是非ともお会いしたいと――」

その言葉は、自分にとって死刑宣告と同義だ。

『毒酒』――前に聞いた侍従たちの会話が、脳裏をよぎる。
しかしあれは自分が大人になった時だと聞いていた。

まさか、何か怒りを自分は買って――?

思い出されたのは先日会ったあの男だった。
もしかしたら彼から皇帝に皇女が出歩いていると知られたのでは。

何が理由でも、自分はまだ死にたくはなかった。

「い……や……――いや!!」

気づけば大きく叫び、呆気に取られるクロエを前に皇女は震えだしていた。
全身が寒く、背中から嫌な汗が噴出しているのがわかる。

明らかに皇女の様子が豹変したことにクロエも気づき、その小さな手を慌てて取った。

「お、お待ちください! 今度は以前のような――」

クロエが何か言いかけたが、それよりも掴まれたことで更に恐怖が倍増し、その内容も入って来なかった。とにかくここから逃げ出したい。その一心だった。

「いやあああ!! 放して! わたっ私はまだ死にたくない!!」
「ええっ!?」

皇女の言葉に驚いたクロエの手が、一瞬緩んだ。
その隙を見逃さず、一気に手を引いて彼の手から逃れた。

「殿下!」

呼び止めようとするクロエの声を無視し、魔術を発動させながら一目散に逃げた。

途中、他の妃たちと幾度もすれ違ったがそんな事を気にしている余裕もなく、丁度開いていた玄関から滑り込むように宮の中に入った。

行き交う侍従と妃たちの間をすり抜け、たどり着いたのはレーティアの部屋。
服の下に隠していた鍵を使い、ドアを開けて中に入り、すぐに鍵も含めて閉めた。

「どうしたの!?」

いつもと様子が違うことはレーティアもすぐに気づいたらしい。
丁度ソファーから立ち上がったレーティアを目に留めた瞬間、皇女の緊張の糸が切れたらしい。

「お、お姉ちゃん……っ」

ボロボロと大粒の涙が零れていくのを感じながら、レーティアに駆け寄れば、それに合わせて屈んだ彼女が優しく両腕を広げた。

腕の中に収まれば、大好きな仄かに甘い香りに包まれた。

「うっう……うああああっ」

怖かった。あの男に捕まったときよりも恐怖が何倍にも押し寄せていた。
けれどそれを言葉にする余力はなく、ただ少し声を抑えて泣くことしかできなかった。

レーティアは無理に聞き出そうとはせず、ただ皇女が泣き止むまで待ってくれた。
そして「しばらく泊まりなさい」と言う言葉に、素直に従うことにした。

一人では不安に圧し潰されそうで、少しでも安心できる人の側にいたかった。
けれどクロエに会ったことや『皇帝が会おうとしている』事を伝えるのは怖くて、伝えることができないまま、再びレーティアの部屋に泊まることとなったのだった。

~~~~~~

今日、クロエっていう騎士の人が私に会いにきた。
魔術で隠れていたはずなのに私の光?を頼りに来たって言ってた。

来た理由は、皇帝が私に会うって言ったから。

会いたくない。死にたくない。殺されたくない。

イヤだったから私は夢中になって逃げて、今はお姉ちゃんの部屋に来てる。
お姉ちゃんは優しくて、理由も聞かずに私が泊まれるように色々と準備してくれた。
本当は部屋の外にも出たくないはずなのに、私の代わりに日記まで取りに行ってくれた。

私が申し訳なさそうにする度に、すぐにそれに気づいて

「気にしないの」

って笑ってくれた。とっても優しくて大好きなお姉ちゃん。

ありがとう。

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