彼らは "みらい" が先のミッドウェーの海戦で、本隊から落伍した故障艦だと思い込んでいた様だ。
故障でもなければ普通、海の真ん中で機関停止する艦等いないのだ。
格好の獲物だと思った彼らは、その弱った獲物に止めを刺すべく、攻撃を開始したのだった………。
その弱った獲物…こと "みらい" では、間近に迫った魚雷を避ける為、大急ぎで艦を発進させていた。
緊急の警報音が鳴り響く中、
「これ程接近させやがって!! なぜソナーに引っかからなかったんだ!?」
「は! 水中雑音が多い表面層の
それに…この海域の水温・潮流・海水密度のデータ不足です!!」
「馬鹿者!! それは、お前らの錬度不足だッ!!!」
CICのモニター画面には、くっきりと二つの魚雷のマークが映し出されていた。
直接見えない分、余り実感は湧かないが、21世紀最新鋭の優れた機能は確実にそれを捕らえ、その接近音は余計に、その場にいる者達への緊張感を高めていった。
「距離2千!!」
―― その緊迫した状況はここ、艦橋でも同じであった。
CICとは違い、肉眼で確認出来る場所であるが故、否応無しに動揺と緊張感が高まる。
航海長である尾栗は、双眼鏡で月明かりに反射して見辛い海面を監視していた。
「……くっそう! 水面の反射でちゃんと見えねェ!!」
「航海長! あ、あれは!?」
「!!! ……雷跡! 視認!!」
尾栗の双眼鏡が捕らえた先には、くっきりと魚雷が映っていたのだった。
そんな緊迫した状況で、まだ甲板にいたや草加達は、その場に残っていた看護士の桃井一尉に背を押され、艦内へと大急ぎで非難しようとしていた。
「さっ! ぐずぐずせず早く医務室へ!!」
桃井の慌て振りに、まだキョトン としているは首を傾げながら質問した。
「え……? で、でもこれって映画なんでしょ?
だったら私、魚雷って生ナマで見るの始めてだから、見てみたいんですけど…」
「なっ…!? 何言ってるのよ、あんた! これはねぇ……」
一瞬呆れた顔をする桃井だったが、今はそれよりも安全確保が第一だと、無理にでも引っ張って行こうとした。
……だがそんな時、せっかく開けていたドアをいきなり草加が閉めてしまったので、それに驚いた桃井は慌てて彼に抗議した。
「な…何すんの!? 魚雷がすぐそこまで来てんのよ!! こんな所にいたら……」
「私も………。 私もこの艦の戦闘能力を外から…この眼で見たい。」
その信じられない草加の言葉に、思わず呆れた様に言葉を詰まらせた桃井。
「……な、なる程ね。 軍人らしい興味の持ち方だけど、その好奇心が命取りになる………」
「え!?それじゃ私と一緒にここから見学しましょうか!草加さん♪」
桃井の言葉を遮り、嬉しそうにが割り込んで来た。
彼女は桃井の忠告を聞く気が全く無い様で、甲板から見学する気満々だったのだ。
呆れて再び絶句する桃井。
「…………………………(汗)」
そんな時、機関始動!!の合図と共に "みらい" が急発進する。
その急な動きに桃井は反応出来ず、後ろによろめき、もう少しで壁に頭をぶつけそうになってしまった。
――だが、その寸前でいつの間にか側に来ていたに支えてもらい、なんとか助かった様だ。
「大丈夫ですか!? ごめんなさい、無理言っちゃって……。
今から中に入っても、また急に揺れるかもしれないから、しばらくこのヘリに掴まってて下さいネ?」
「あ……//// ありがと……。」
少しは悪いと思っているのか、申し訳なさそうにしているを見て、少し彼女に対しての考えが変わった様だ。
彼女は確かに正体がまだ分からない上、無茶な事をやったりもしているが、人を気遣う気持ちをちゃんと持っている娘なのだと……。
『それにしても…この揺れでも平気なんて、何て娘なのかしら……。』
桃井の安全を確認した後、は魚雷を見ようと、手スリから身を乗り出して暗い海面を凝視した。
すると、それは肉眼でも見えるくらい近くまで迫っていて、二つの白い航跡を引きながら向かって来た。
も草加同様、振り落とされない様、手スリに掴まりながら注目していた。
魚雷を回避しようと、いつもより大きな機関音を響かせながら発進する "みらい"。
21世紀現在の最新イージス艦だけあって、機関始動から少ししか経っていないのにもかかわらず素早く移動し、その魚雷を見事ギリギリのところで回避したのだった。
「す…凄ぉ――― い!!!/////」
――― その様子を、信じられない目で見ていたのは敵のアメリカ軍も同じであった。
故障艦だとばかり思っていた艦が、いきなり機関始動させたかと思うと、すぐに動き出したのだ。
誰もが魚雷は命中すると思い込んでいただけに、驚きの色は隠せない様だ。
[ 機関始動からたった、30秒で……!! くっ!こうなったら………。
魚雷管3・4・5・6全門発射! どちらに舵をきってもヒットする、放射線で射て!!]
[ アイ・サー!!]
正体不明の艦に、言い知れぬ不安感が湧き上がってくる……。
潜望鏡を覗いていた男の額には、冷や汗が流れていた。
[ あんな艦を日本ジャップが…………?]
一方、"みらい" では、辛うじて魚雷をかわす事が出来たので、皆一応胸を撫で下ろしていた。
だが、まだまだ油断は出来ない。
魚雷がどこから発射されたのか、正確な位置を知る為、角松はCICと連絡をとっていた。
「魚雷発射位置、報告―― っ!!」
「……方位1・9・2 深度10メートル! 距離……3千800!!
5ノット前後の微速でなおも、追尾して来ます!!」
そんな時、敵潜水艦からまたもや魚雷が発射される。 CIC内に再び緊張と不安が走った。
「感4……魚雷です! 4本接近!! 広がって来ます!!!」
「取舵いっぱい!!!」
急激に左舷方向に曲がる "みらい"。
甲板から見ていた達の肉眼でも、その放射線状に広がった4つの魚雷の航跡をとらえていた。
「あっ! 今度は魚雷が4つも来てる!!」
「何っ!?…………あっ!!!」
草加が魚雷の航跡を見て、これはまずい!と思ったその時であった。
いきなり "みらい" の前方から白い煙が上がり、それと同時に凄まじい音に続き、何かが発射されたのだ。
それはこの艦に装備された、垂直発射式の追尾型ミサイル…『アスロック』であった。
その見た事も無い型のミサイルと、盛大に舞い上がる白煙に、草加は被弾したと思ってしまった様だ。
驚きの余り手スリから手を放し、バランスを崩してしまう。
「うわっ!」
「危ない!!」
後ろの壁に頭を打ち付けそうになる所、寸前でに支えられる。
「大丈夫ですか、草加さん?」
「あ…ああ、助かったよ。」
さっきまで少し離れた所にいたというのに、いつの間にか彼女は側にいた。
その動きの機敏さに、改めて感心した様にを見る草加。
『……………さき程の事といい、今といい、どうやら彼女は並の者では無いらしいな…。』
「前甲板、
「なにッ!?」
「魚雷発射ポイントに向かっています!」
「誰が発射ボタンを!? ……………!!!」
CICの中を見渡す菊池、信じられない顔をしている。
それもそのハズ。砲雷長である自分が命令しない限り、こちらから攻撃は出来ないハズなのだ。
――― だが、室内に一人だけ呆然としてモニターを見ている者がいた。
菊池は一目それを見て彼が犯人だとすぐに分かった。
「お前か、
きさまァ!一人で戦争おっ始めるつもりかァ!? 発射命令は出しておらんぞ!!!」
菊池は米倉の胸倉を掴み上げる。彼はまだ動揺しているらしく、震えながら小さく呟いた。
「や…殺らなければ………殺られます、砲雷長………。」
「なっ…………!」
突然のアスロックの発射に艦橋にいた角松達も、その様子を目の当たりにして驚いていた。
すぐさまCICと連絡をとる角松。
「バカヤローッ!! 誰も攻撃を許可しとらんぞ! CIC 現状を即刻 報告せよ!!」
副長からの連絡に菊池も急いで答えた。
「
「はっ!」
「魚雷接近! 本艦との距離、20メートル!!!」
「ダメだ! 接触するぞ!!!」
海面を向いていた草加の視界の端に、魚雷の姿が入ってきた。
これでは間に合わないと判断した瞬間、彼はまだ手スリから海面を覗き込んでいたを咄嗟に引き寄せ、自分の体で彼女を庇うように壁の下に伏せたのだった。
「危ない!!!」
「きゃあ!!!」
―――― しかし、魚雷は命中しなかった。
"みらい"にいる誰もがダメだと思っていた。
だがなんとかギリギリの所でかわした様で、予想されていた最悪の事態から免れたのだった。
甲板でも、床と壁の間に押し付けられ、その上から覆い被さる様に草加に庇われているも呆然としていた。
それは危険を回避した事からではなく、目の前の男性の行動からであった。
微かに震える体と、早鐘のように鳴り響く彼の鼓動を感じて、時が止まった様な感覚に陥っていた。
初めて直接触れた、異性の温かい素肌に戸惑いを覚えて、の心臓も大きく鳴り響いている。
「く……草加…さん?/////」
少し顔を赤くして戸惑いながら上を見上げると、草加は海面の方を見詰めていた。
もつられて同じ方を見る。すると、そこにはパラシュートで落下してきた『アスロック』が、丁度着水するところであった。
そして、少し経った後、突然海面が盛り上がったかと思うと、大きな爆発が起こり辺り一帯水しぶきが降り注いだ。
それは『アスロック』が敵潜水艦の直前で自爆し、艦にある程度の損傷をもたらした証拠であった。
その威力の大きさを目の当たりにして、甲板にいた達は驚いている。
「うわ…、凄い………。」
「…神の企てか? 悪魔の意思か? これが……21世紀の戦闘…………。」
その戦闘能力の余りの違いに、草加はしばし唖然として海面を見詰めていた。
………だが、どこかで自分の名を呼ぶ声で、ハッ と我に返る草加。
それは、すっかり忘れていたの声であった。
「………加さん。 ……あのぉ、草加さん? ……草加さんってば!」
「……………え?」
ふと声のする方を見ると、自分の顔のすぐ下にの顔があった。
瞬時に先程自分のとった行動を思い出す草加。
咄嗟の事だとはいえ、超至近距離に異性の顔があったので、思わず顔を赤くする。
……どうやらその冷徹な性格とは裏腹に、異性に対する咄嗟の反応は、他の男達とそう変わらなかった様だ。(笑)
「すっ!//// すまない!! うっ……!」
慌てて起き上がろうとしたのだが、胸部骨折の重体だという事を忘れていた彼は、その急に襲った痛みに思わずうずくまってしまった。
「くっ……!」
「だっ! 大丈夫、草加さん!?」
草加の様子に慌てて桃井も寄って来る。
「ちょっと、大丈夫!? 気分は…?」
「大…丈夫だ……。
自分がケガをしていたのを、すっかり忘れていたよ。はは……。」
冷や汗を流しながら、少しおどけて見せる彼を、桃井は呆れた様に肩を竦めた。
「何言ってんの!全くもう……。
どうやら戦闘も終わった様だし、さっさと医務室に戻るわよ!
今度はちゃんと言う事きいてもらいますからね。」
「分かった。すまない……。」
「あんたもよ、さん!」
「は、はいッ! すみませんでしたぁッ!!……(汗)」
桃井の勢いに思わずビシッ と敬礼をする。なぜか冷や汗をかいている。
そして草加を安静にさせる為、彼を運ぶ手伝いをするのだった。
"みらい"がその海域から離脱中、海上の遥か後方では、アメリカの潜水艦が浮上していた。
ミサイルの直撃は免れたものの、至近距離だった為、潜水不能となった様だ。
「艦橋セイル水密壁に亀裂!
通信アンテナも破損! 修理に時間がかかります! 修理出来次第……」
「パールハーバーへ帰港だ。」
「はっ!」
遠く去っていく不明艦を見詰めながら男は、敵国に対する恐怖を感じていた。
あの艦の存在は、母国アメリカにとってこれから脅威に成り得るものであろう…。
「太平洋艦隊司令部に、全てを報告せねばならん!
容易には信じてもらえまいが……、日本ジャップが恐るべき、超近代兵器スーパー・ウエポンを作り出した………と…。」
戦闘が終わって、なんとか一息吐いた "みらい" では、仕官室で再び幹部達が集まり、これからの事について会議を開いていた。
「……各科員達は初めての実戦で浮き足立っている。
味方はゼロ、…しかも二度と帰れないかもしれないと言う不安……からだ。
このストレスが続いた所へ、新たな戦闘が起これば…危険だ………」
そう言うと菊池は、深刻な面持ちでテーブルの上で組んでいる手を握り締めた。
その隣にいた尾栗はそんな友人に、少し皮肉めいた言葉を掛ける。
「米倉の誤射は、ケガの功名ってやつか……?」
「ケガの功名なんぞ、軍隊にあってはならんのだ!!」
「やめろ、菊池!……それに、尾栗も軽はずみな事を言うな。」
胸倉を掴んで睨み付けている菊池を諌める角松。
副長にそう言われ、菊池はまだ何か言いたそうだったが、仕方なく席に戻ると深い溜息を吐いた。
「…………そうだな。
今のままではいずれ菊池三佐が言う様に、取り返しのつかない事態が起きるかもしれんな……」
艦長の梅津がそう言って考え込んだ時、士官室のドアをノックする桃井の声が聞こえた。
「桃井一尉です。 を連れて参りました。」
「おお、来たか…。 入りたまえ。」
それを聞いた尾栗や、それまで余り会話に参加していなかった他の幹部達も、少し身を乗り出す様にドアに注目している。
桃井の後から入って来た謎の女性は、桃井から借りたのか、あの時のTシャツの上に海曹士用の作業服装を着ていた。
そしてその容姿は、後ろにまとめたポニーテールと明るい場所にいるせいか、救助の時や甲板で見た時よりもかなり若く見えている。
彼女の顔を見た時、艦長の梅津は一瞬 おやっ?と言う顔をした。
『はて? どこかで見た様な……。』
そんな角松達に注目され、さすがのもかなり緊張してたのか、耳まで真っ赤にしたまま、隊員でもないのに敬礼をしてしまう。
「えっと…… であります!/////
こ、この度は、た…助けて頂き、ありがとうございましたッ!!!」
の余りの緊張した様子に、角松達は一瞬呆気に取られた顔をした後、笑いを堪え肩を震わした。
梅津もそんな彼女の初々しい姿に、思わず顔が綻ぶ。
「…さんと言ったかね?
そんなに緊張せんでもいいよ。 別にあんたを取って食う訳じゃ無いんだし……、
それに…自衛隊員でもないんじゃから、敬礼はせんでいいよ。」
「ああっ! そ、そうでしたね……。
す、すみません!私ったら……/////(汗)」
「ぶあっはっはっは!
あの時、大勢の前であんな大技を披露したのに、今更なに緊張してんだよ?」
バンバン と膝を叩きながら、可笑しそうに大笑いする尾栗。
はその時の事を思い出して更に真っ赤になってしまう。
彼女は緊迫した状況や本番に強いタイプの様で、普段はいつもどこか抜けているらしい。
角松も菊池も、そんな彼女のギャップに少し戸惑いながらも話しを進める為、取り合えずを席に着かせた。それから改めてゆっくりと角松は話し始める。
「………それでは何点か質問したいんだが…さん。
あんたは俺を知っている様だが、どこで会ったのかな?
悪いんだが、ちょっ…と思い出せないんだよ。」
「え!? ああ…ごめんなさい!
……………えっと、覚えて無いのも無理ない…ですよね。 あはは……。」
は角松があの時の事を覚えてないと分かり、やっぱりそうだったか…と、寂しそうに笑った。
『仕方ないよね…?
だって、あれから随分経つし、角松さんにとって私は救助した民間人の一人に過ぎないもん……。』
諦めたように短く溜息を吐いた後、少し言いにくそうに話し始める。
「……………えっと、あの『阪神大震災』って覚えてますよね?」
「ああ、もちろん! あの時、俺も救助隊として派遣されていたからな。」
「………覚えてないと思いますが、その時に角松さんに私、助けてもらったんです。」
「何だって!? そう…だったのか。 それで俺の事を知っていたんだな?
ん………? そうだとしても一介の自衛隊員の名前なんか、よく知ってたな? どうやって………」
「おおっ!思い出したよ!さん。あんたあの時のお嬢ちゃんか!?」
会話に割り込むように、今まで腕を組んで何か考え込んでいた艦長が、いきなりポンと手を打って大きな声を出した。
それを聞いて、も角松達も目を丸くして注目する。
「え……? 梅津艦長…私の事、覚えてたんですか!?////」
「ああ!あの当時子供なのに、海上自衛隊阪神基地まで何度も来て、副長を探しに来ておったからな。
とうとう根負けして、内緒で名前を教えたのもワシだったしな。はっはっは!」
「か…艦長………。(汗)」
隊員のプライバシーを守るべき上官が、そんな事をしても良いのかと、呆れた様に横目で見ている一同。
……まあ、当時は緊急事態の最中でもあり、小さな子供が隊員に感謝したいから名前を教えて欲しいと何度も詰め寄られれば、誰でも教えていただろうとこの件は不問に伏すことにした。
「しかし…あのお嬢ちゃんが、こんなに別嬪べっぴんさんになるとはな。
最初分からんかったのも仕方が無い。」
「そ、そ、そんな事ないですよ!////」
『 う…上手いッ!!!』
女性に対してこんなに口が上手かったのかと、艦長の知られざる一面を見て、目を丸くしている角松達。
菊池に関しては、開いた口が塞がらない…と、言った感じである。
そんな和やかな雰囲気の二人だったが、ふと表情を変え、梅津は少し心配そうにに尋ねた。
なぜ彼がそんな態度をとったのかと言うと、その震災の時、彼女が天涯孤独となった事を知っていたからであった。
「……ところであの震災の後、どうしてたんだね?」
「え? えっと……。
あの後、高校の途中から施設を出て、すぐにアメリカに留学したんです。
それで今はちゃんと就職もして、アメリカの戸籍も貰いました♪」
「ほぉ……。 さん、あんた良くがんばったんだな。」
「は…………はいッ!ありがとうございます!!/////」
余程梅津の言葉が嬉しかったのか、少し涙が出そうになりながらも、は本当に嬉しそうな笑顔を見せた。
それは見ていた者達が、思わず見惚れてしまう程の笑みであった。
尾栗なんかは、興奮したのか思わずヒュー と口笛を吹いた程である。
だが、角松はそんなの笑みに少し胸が痛んだ。
さっきもそうだったのだが、自分が知らないと言った時、一瞬だったが彼女の表情が悲しそうに見えたのだ。
まるで見捨てられた子供のような…そんな寂しげな表情であった。
艦長との会話には一言も出てきてなかったが、あの震災で彼女は肉親を失った一人なのでは…?
そんな思いが角松の頭を過る。 だが、それを確認する事は出来なかった。
それは彼女の過去の傷口を抉る結果になりそうで、怖かったからだ。
『情け無いな俺は……。
彼女があんなに頼ってきていたのに、突き放す様な事をして……。』
不器用な自分に憤りを感じながら、角松は深い溜息を吐いた。
次に菊池が、少し間を空けて質問をしてきた。
「………ゴホン!//// 話は変わるが……さん。
君が我々と同じ時代の人間と言うのは分かったが………一人でどうやってここに来たんですか?」
「え? どうやって…って??
………えっと。 あの時私は、友達…仕事仲間と一緒にクルーザーに乗ってたんです。
そしたら急に嵐に遭って…その船に雷が落ちて………目が覚めたら一人遭難してました。」
「その時に、不思議な現象が起こりませんでしたか?」
「あ…、はい!
ハワイ沖なのに雪が降ってました!周りみんな真っ白い霧だったし……。
………でも、よくご存知ですね?」
不思議そうにしているに尾栗が真面目な顔をして答えた。
「そりゃあ、そうさ! オレ達も同じ目に遭ったからな。
あんた、あの時から何か勘違いしてるみたいだから教えてやるがな
……ここは1942年の太平洋戦争の時代なんだぜ?」
「……………えええっ!? ウソぉッ!!!」
少し間を空けて驚きの声を上げる。 目の前の大の大人がいきなりそんな事を言い出したので、驚いても仕方が無い。
一瞬からかっているのかと思い、他の者に目をやると、皆、真剣な顔でこちらを見ていた。
梅津でさえも腕を組んで眉間にシワを寄せているのである。
「……すまんがこれは本当の事だ。
映画の撮影でも、夢でも無いよ。残念じゃが………。」
「で…でも、なぜ……!?」
かなり戸惑いながら身を乗り出して問い掛ける。その問い掛けに菊池は苦しそうに答えた。
「それは我々にも分からない。
我々もあの5日前にエクアドルへ出航した時……その時に戻れるものなら戻りたいんだ!」
「え……………?」
菊池の答えた言葉に、一瞬耳を疑った。
彼は今、自分達はあのエクアドルに向けて出航した5日前…と言ったのだ。
恐る恐るもう一度聞いてみる。
「あ!あの……。今、5日前……って言いましたか?」
「ああ、それが……?」
「あ………あの!
すみませんが、皆さんがその……タイムスリップした日…っていうのはいつだったんですか!?」
「横須賀港から出航して4日目……2004年6月6日………だが?」
「に……2004年!? そ……そんな………」
その答えに呆然と立ち竦む。自分のいた年代は2014年であって、決して2004年では無い。
混乱する頭の中で、一つだけ分かった事があった。
それは――― 目の前にいる人達は皆、自分とは違う世界の人間なのだと……。
「どうした!?さん。 顔色が悪いみたいだが…?」
「あ……あの…、私……………。」
が言葉を発したのはここまでであった。
視界が歪んだかと思うと、次の瞬間には目の前が真っ暗になり、床に倒れてしまったからだ。
「さん! おい、しっかりしろ!! おい!!!」
角松達の必死に呼び掛ける声が聞こえる中、の意識は次第に薄れていくのだった…………。