「ウム……。 何が起こるかな?」
「来た時は異様な低気圧に遭遇しましたが…、現在は観測されていません。
しかし、ここが次元の歪みの "入り口" で、まだそれが存在しているなら現代へ帰還出来るかも…」
「その時……、あの艦隊はどうなる?
本艦前方200km先を日本へ帰還する、葬列の様な大艦隊は?」
「我々が脱出したとすれば、レーダーから消失すると思われます」
「では……、救助したあの男やと言う娘はどうなる?
彼女は我々と共にここへ来た訳ではない」
「分かりません……。
あの男や彼女にも何らかの変調が現れるかもしれませんが……」
「よし…………。 機関停止!!」
艦長梅津の号令で、停止する "みらい"。
エンジン音が止まった艦内では乗組員達が、無事自分達の時代に還れる事を祈りながら、その時を待った。
月明かりだけが照らすこの大海原で、ただ波の音だけが聞こえている中、角松や尾栗達も祈る様な気持ちで、夜空に浮かんでいる月を見上げた。
「こんな所で停船か……。 何があった? …………………月?」
草加も何が起きるのかと、彼らの見詰めている月を見上げた。
――――しばらくの間静かに見詰めていたが、何も変化が起こらないので焦り出す。
「くっそう…………、満ちないぜ!」
苛立った様に呟いた尾栗の言葉に、角松も桃井も次第に諦めの表情に変わってゆく。
それはこの "みらい" の乗組員も同じであった。待ち望んでいた変化が何も起きない事に焦り出し状況を知る為、皆次々と甲板へと出て来た。
「あ…あ……。
何故だ!! 何故何も起こらん!!
雪はどうした!? 雷は? 低気圧はこないのか!!!」
「柏原………。」
乗組員の悲痛な叫び声に角松達は振り返った。
そこには不安に駆られた者達が、夜空に浮かんでいる月を見上げながら、口々に叫んでいる姿がそこにあった。
「これは神が与えた罰だ! やはり新ガイドラインが間違っていたんだ!
僕らは出港すべきじゃなかったんだ!!」
「………法案とは関係無い。来た時と何かが違ってるんだ……!」
「え!? 何がです、柏原 一尉!?」
柏原は不吉な物を見る様な目で、角松達の向こうに立っている草加を指差し、こう言った。
「あいつだよ……、あの軍人は来る時は居なかった……。
条件が違ってるんだ、だからオレ達は入り口に入れないんだ!!」
「しかし……、たかが人間一人で!?」
「それ以外考えられるか?
俺達がここにいるのは、何かの間違いなんだよ!!」
「!!!」
そう言うと柏原を始めとする十数名の者達は、草加を何とかしようと角松達のいる甲板へと下りて来た。
だが、それを庇う様に、角松や尾栗が彼らの前に立ち塞がる。
「どうした、柏原!? 当直の者は持ち場へ着かんか!!」
副長である角松の有無を言わせぬ勢いに、思わずひるむ乗組員達。
「そ…その前に、その男に話しがあるんです!!」
「何言ってるの、この人は重病人。 面会謝絶だよ!」
「フッ。 面白ぇ、副長の命令が聞こえんのはどいつだ? ぁあ?」
草加を庇う角松に続いて、桃井と尾栗も彼らの前に立ちはだかった。
だが―――
「聞こう……。」
緊迫した状況の中、尾栗の言葉を遮る様に草加が毅然とした態度で前に進み出て来た。
これには皆、少し驚いていた様である。
柏原はそんな草加に少し戸惑いながらも、自分達の置かれたこのありえない状況を訴えた。
「あ…あんたはあの水上機で死んでる人間だった……歴史上ではすでにいない人間なんだよ!」
「よせ、柏原!!」
「だってそうじゃないですか! あの大戦に本艦も我々もいなかった………。
だったら、この男を誰が助けるんですか!?」
「くっ……。」
柏原の言葉に、角松は思わず言葉を詰まらせた。
彼の言う事は間違ってはいなかったからだ。
それを聞いて草加は、驚いた様に少し目を見開いた。
だがそれも一瞬の事で、すぐに彼は感情を押し殺した能面の様な表情に戻っていた。
草加は何かを考えているのか少しの間目を閉じた。
彼はこの艦で目覚めた時から、何か言い知れぬ違和感を感じていた様だ。
――― 自分とは、何かが違う ―――
目の前の者達は、見た目は同じ日本人なのだが、決定的に何かが違うのだ。
この艦の構造も、設備も何もかも……。
そしてそれは、今彼らの発した言葉でその謎が解けたのだった。
『…………まさかとは思ったが、
そして深く息を吐いた後、ゆっくりと話し出しす。
「人間の精神は……、作り出したモノに宿る…………。」
「 !? 」
「レオナルド・ダ・ヴィンチの人工翼が……、西洋ルネサンスの精神を象徴するごとくだ………。
あなた方は確かに日本人……だが、私と同じ日本人ではない。
この艦は我が帝国の作ったものではない、別種の精神から作り出されたものだ!
あなた方は… "どこ" から来た日本人だ!?」
いきなり出た草加の質問に、戸惑う角松。本当の事を言うべきかどうか、彼はまだ迷っていた。
「……それを聞いてしまったら あんたに……二度と祖国の土を踏ませられなくなる。
俺達と一緒にこの太平洋を彷徨う、漂流者になるぞ!!」
角松の苦悩の末に出した言葉を、草加は事も無げにあっさりと答えた。
その答えは彼の計算された言葉であった。こう答える事によって、彼らはきっと真実を語るだろうと…。
「……………その覚悟無く、この艦に乗る人間がいるのか?」
「………………。」
そんな時、他の隊員から一部の乗組員が騒いでいると知らされた、菊池と梅津艦長が上甲板にやって来た。
下の甲板では、十数名の乗組員達が救助した男と対峙しながら、何かを叫んでいた。
彼らの表情は皆、今の混乱した状況でかなり感情的になっている様である。
「皆、感情的になっている…、止めなければ!」
「ならば言ってやろう…。
聞いても信じられんだろうが俺たちはな…21世紀の日本からやって来たんだ!!!」
――― 草加の考えは当たっていた………
――― その頃、もう一人の救助された人間……の方はと言えば、
シャッターの閉まった格納庫の陰から、角松達の方を覗いているところであった……(笑)。
あの時、慌ててボートを探しに行ったものの、よく考えてみれば艦長の許可無く使えるハズのない事に気が付いた様だ。
それを伝えに戻ろうとした所、いきなり "みらい" が停止したのを見て驚いてしまったのだ。
そうこうしている内に波の音に混じって、何やら聞き覚えのある声が聞こえて来る。
何だろうと覗いてみれば角松達や他の乗組員達ががそこにいて、草加と何か言い合っている姿が見えた。
『あ…! 角松さんだ♪
………………でもなんだか、出て行きにくい雰囲気みたい………(汗)』
しばらく彼らの言葉を聞いていたが、その内容は首を傾げてしまうものばかりであった。
『な……さっきから聞いていたけど、
みんなの言っている内容じゃ、あの草加さんって人は軍人で、戦時中の帝国海軍…って事なのかな?
んでもって、角松さん達は21世紀からやって来た……
――― って、何言ってんの! 今だよ、21世紀は!!』
思わず、自分の考えに自分で突っ込みを入れてしまう。 元関西人の悲しい
そんな彼女は次にある事を思いついた。
『あ!そうか!!! これって、もしかして映画の撮影なのかも!!/////
きっと、あの草加さんって人は、この "みらい" に助けられる役で、
この "みらい" もあの昔しにあった映画"戦国自衛隊"みたいに
タイムスリップしちゃうって話しなんだ! 絶対そうだよ!!!////』
それは彼女が学生の時に見た好きな映画であった。
なのでその映画が又、第二次世界大戦版としてリメイクされるとなればファンとして嬉しい限りである。
そう考えたは興奮しながら、邪魔にならない様にこっそりと見守る事にした様だ。
だが ―――――
「おい……。」
―――― そんな時、トン トンと誰かがの肩を叩いた。
だが彼女は、夢中になっていてそれ所では無い様だ。
何度か呼ばれていたのは知っていたが、滅多にお目にかかれない撮影現場を少しでも見ていたいと思い、無視していたのだ。
「おい、あんた!」
「し ――― っ、静かに! 今いい所なんだから、静かにしないと監督さんに怒られちゃいますよ!」
現場の方を見たまま、肩を掴んでいる手を鬱とおしそうに振り払いながら、しっ しっと声の主を追っ払っている。
そんな彼女を見て、声の主はかなり苛立った様にの腕を掴んで引っ張った。
「監督…?(汗) 何を言っている!? いい加減、こっちを向け!!!」
「もう! うるさいスタッフね!
ちょっとくらい見させてくれても………………って…えっ?」
振り向いたが見たものは、映画のスタッフ等では無く、ここの自衛隊員達であった。
彼らの様子は残念ながら、とても友好的な態度には見えない。
その、とぉ―― っても気まずい雰囲気に、さすがのも冷や汗をかいている。
「えっと………………やっぱ、タダ見は……ダメなの…かな?(汗)」
「はぁ?? ………さっきから言ってる事か分からんが、おとなしく来てもらおうか!」
「やだ―― っ! ご、ごめんなさいッ!!(汗)」
「…………ならばその時代、日本は存在しているのだな?
21世紀に大日本帝国が存在する……という事は、
この戦争を有利な条件で早期講和に持ち込めた…という事か。」
がそんな事態に陥っている時、こちらでも緊迫した状態が続いていた。
草加は柏原から教えられた事実に動揺するどころか、信じられない事に、少し安堵の表情さえ浮かべていたのだ。
そして思ってもみなかった彼の言葉に、驚きを隠せない隊員達。
「早期………講和!?」
「私は現実を認識している。 それ以外日本が生き残る道は無いはずだ。」
「ちょっと待て!
俺の言う事を信じるってんだな!? だったら教えてやる!日本はなッ!!」
「もうその辺で、良かろう!」
「「「 !!! 」」」
皆が驚いて見た先には、この艦の艦長、梅津 一佐と、砲雷長の菊池がいつの間にか立っていた。
梅津は柏原の言葉を遮ると、まだ興奮している隊員達を宥める様に言葉を続ける。
「艦長の梅津だ。…………国が滅んだ訳では無い、それだけで十分だろう。」
「……ようやく艦の最高責任者に、お会い出来ましたな。 光栄です、梅津艦長…」
「いやぁ――――― ッ!!!!」
草加が梅津に向かって敬礼をした時、突然、艦の後方から女の悲鳴が聞こえた。
驚く一同。 皆、後方甲板に注目する。
「やだ やだ!来ないでよ― っ!! さっき、ちゃんと謝ったじゃない?
それに…静かにしないとホントに監督さんに怒られちゃうでしょ――― っ!!!」
「何を訳の分からん事を……!!!」
うわーっ! という叫び声と共に、何かが地面に叩きつけられる音がする。
何が起こっているのか分からないまま、呆然とした角松達が注目していると、パタ パタとスリッパで走る音がして、見慣れぬ者がいきなり建物の陰から飛び出した。
手すりを軸に方向転換すると、そのままこちらに向かって走って来たのだ。
「あ……! あれは!?」
それは、ここにいる草加少佐と一緒にいなくなった、もう一人の脱走者であった。
「ああっ!! 副長ぉ――― っ! その娘を捕まえて下さ――― い!!!」
「へっ……??(汗)」
少しの間、皆呆然としていたが、隊員の大声に、いち早く我に返った尾栗と後二名の隊員が、捕まえようと前に出て構えた。
「よっしゃあ、任せとけッ!! 鬼ごっこはこれで終わりだぜッ!!!」
「やだ!どいて どいてェ――――― っ!!!」
相手が女の子とあって甘くみていた彼らは、余裕の表情でに向かって行った。
――― だが次の瞬間、その場にいた者達は信じられない光景を目の当たりにしてしまうのだった。
「「「「「 !!!!!!!!! 」」」」」
―――― それは一瞬の出来事であった ――――
まず、一人目がに抱き付いたのだが、それをバスケット選手の様に紙一重で見事にかわし。
続いて二人目の腕をすり抜け、その大きく開いていた股の下をスライディングでくぐってかわした。
そして、最後にそれを見て咄嗟に低く構えていた尾栗が、を押さえ込もうと飛びついた所、素早くジャンプでかわし、なんと!彼の背中を踏み台に、さらに高く飛んだのだ。
「なっ!? このオレを踏み台にしやがったぁッ!!!!」
………だが、驚いたのはそれだけでは無かった。
彼女はジャンプしたその後、なんと艦の手すりの上に着地して、そのまま普通の地面を走る様に駆け出したのだ。
一歩間違えれば、海へ真っ逆さまだと言うのに……。
「「「「「 !!!!!!!!!! 」」」」」」
そんな曲芸師さながらの信じられない技を見せられ、度肝を抜かれた一同。
今まで表情を崩さなかった草加でさえ、驚きの余り目を丸くして口を開いているのである。
皆、これ以上無い程驚いていた為、金縛りにあった様にを見たまま動けなかった。
そんな中、当の本人は周りの反応も気にせず、角松の側に飛び降りると、いきなり抱き付いた。
「角松さん!!!」
「うわっ!!!」
角松の上げた驚きの声に、それまで金縛りになっていた周りの者達も、やっと動く事が出来た様だ。
「おっ、おい! あんたは一体……」
今の技を見ただけあって、自分にしがみ付いている、この正体不明の謎の女性にかなり戸惑っている。
の方は、上目遣いで角松を見上げ、申し訳無さそうにしている。
「ご、ごめんなさい角松さん!
せっかく上手く撮影出来てたのに、NGにしちゃって………。」
「……はあっ???」
一向に話しが噛み合わないので、角松達の頭の上にはハテナマークがいくつも浮かんでいる。
そうしている内に、後部甲板からを捕まえようとしていた隊員達がやって来た。
「副長! 捕まえてくれましたか! 助かりましたよ。
只の女の子だと思っていたら、いきなりやられちまいましてね。
補給科の山本なんか、まだ目を回して伸びてますよ!」
それを聞いて信じられない顔をする角松達。
は角松の後ろに隠れる様にして、まだしがみ付いている。
「……確かあんた、…とか言ったな? 一体何をしたんだ!?」
「え!? ………その…。ちょ…っと、投げ飛ばした…だけですよ?
でもっ! それは、あの人達が無理矢理捕まえようとするから、仕方なく……
そう!これは正当防衛ですから!!!」
「仕方なく…って、あんたなぁ…(汗) 6人も投げ飛ばしてよく言うよ!!」
その言葉に驚く尾栗。
感心した様に溜息を吐いた後、の側にやって来て、少し訝しげに顔を近づけた。
「大の男を6人も!? …………マジかよ(汗)
さっきの身軽さといい、洋介の名前を知ってる事といい、あんたホントに何者なんだよ?」
「へっ? 何者……って言っても、私は普通の一般市民……日本人ですけど??」
「いや……。
普通の一般市民は、艦の手スリの上を平気で走ったりしねェ― よ!!(汗)」
すかさず尾栗の突っ込みが入る。他の者達も尾栗と同意見なのか、一様に大きく頷いていた。
「ああ! あれは逃げるのに夢中だったし、それに裸足だったから出来たんですよ♪」
なぜか得意そうに人差し指を立てながら、説明する。
が言う様に、最初履いていたスリッパはいつの間にか脱ぎ捨てられており、彼女は確かに裸足であった。
だが、例え裸足であろうが無かろうが、手スリの上を走る芸当等、普通の一般市民は出来ねェよ!
……と、誰もが心の中で突っ込んでいたとか…(笑)
真面目な雰囲気から一変して、何とも言えない空気が漂っている中、突然があ!っと声を上げた。
「そっ…それよりも皆さん、ごめんなさい!! 撮影の邪魔しちゃって!!!」
そして思い立った様に角松から離れ、いきなりみんなの見てる前で深々と頭を下げた。
だが、角松達の反応は先程と同じく呆気に取られているだけであった。
「へっ……? 撮…影???」
「はい! これって、何か映画の撮影してるんですよね?
さっきの内容からして "戦国自衛隊" みたいなお話しなんですか!?////」
ワクワクした目で見られ、思わず戸惑うが、角松はやっと女性が大きな勘違いをしているのだと、気が付いたのだった。
そう……、彼女は自分がタイムスリップしてしまった事に、まだ気が付いていない。
最初、角松達も彼女と同じく、これは映画の撮影だと思っていたのだ。
だが、目の前でミッドウェーの海戦を見せられては、いくら現実的な彼らでも信じざるを経なかった。
出来れば夢であってくれと…、これは何かの間違いなのだと願ってみても、現実は彼らの願いを聞き入れる程、優しくは無かったのだ。
目の前の女性も、自分達の様に何かの見えない "力" によってこの時代に飛ばされたのなら、彼女にも真実を伝えなければならないだろう……。
その真実を知った時、彼女のショックはどれだけのものだろうか…?
そう考えると、かなり胸の痛みを感じたが、意を決して伝える事にしたのだった。
深く息を吐いた後、の肩に手を置いた角松。そして少し辛そうな真剣な表情で彼女に語り掛けた。
「………よく聞いてくれ。 あんたはこれが映画だと思っている様だが、本当は………」
現実なのだと今にも説明しようとした…その時! いきなり艦内に響き渡る警戒音と共に
CICから艦内放送が鳴った。
「感2! 左舷後方210°より魚雷2! 接近感知!!
雷速44ノット!距離……3千200を切りました!接触まで2分20秒!!」
「何っ!?」
「ぎ、魚……雷!!!」
その報告に驚く角松! その場は一気に緊迫した状況へと変わっていった。
魚雷と聞いて、初めての不測の事態に竦み上がっている隊員達。
瞬時に頭を切り替えた角松は、そんな隊員達を見て "みらい" の副長らしく、すかさず渇を入れた。
「馬鹿野郎ォ!突っ立ってる場合かッ!! 訓練通り、かわして見せろ!!!」
「ア……
慌しくそれぞれ自分達の持ち場に駆け出して行く隊員達。
角松も魚雷接触まで後わずかに迫っている中、悠長に説明等している場合ではなかったので、一言短く言い残して自分も艦橋へ駆け出して行った。
「詳しい話はまた後だ! あんた達も早く艦内に非難しろ!!」
「あ……は、はい! 行ってらっしゃい角松さん!!」
結局本当の事は説明して貰えず、はこれも映画のワンシーンなのだと思い込んでいた様だった………。
『凄ぉ―― い! 何か真に迫った演技ね、角松さんも他の人達も!////
魚雷だなんて、なんだか本当に戦争してるみたいにドキドキしちゃうな♪』