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第6話

蝋燭の仄かな明かりがゆらめく薄暗い部屋の中、太師・聞仲(ぶんちゅう)は深い溜息を吐いた。


「聞仲様……」

傍らに控えていた霊獣・黒麒麟(こくきりん)が心配そうに身を屈め、主の顔を覗き込んだ。


今は真夜中。
本来なら、ここ太師府には文官達が一日中往来しているのだが、今夜は静まり返っている。

それは昨日の昼間の事。仙人による惨事で建物のほとんどが破壊され、太師府としての機能を失った為、急遽別の場所に移動していたからであった。

この部屋も辛うじてその惨事からはまぬがれていたものの、朱塗りの柱は斜めに歪み白い壁に、幾筋もの亀裂が走っていた。

この地を殷の都に定め、太師府を建設した当初からの由緒ある建物であった。
今もその当時の事は聞仲の脳裏にも残っている。

三百年かけて築き上げてきた物でも、壊れるのは一瞬。

それも乱心していたとは言え、己れ自身で最後に引導を渡してしまったのだから怒りのやり場が無い。

聞仲の深い溜息は何度となく吐かれた。



「それにしても、あの娘は……」


今は眠りについているであろう、娘のいる室へと聞仲は視線を向けた。

あの惨事の後、四聖(しせい)を始め黄飛虎(こうひこ)、聞仲や黒麒麟。通訳として呼ばれた霊獣・烏煙(うえん)を前に、娘は自分が何者であるのか語った。

霊獣の彼らは実際言葉を喋らない。
特殊な鳴き声と同時に、その気持ちを直接、相手の脳に伝えるのだ。
所謂、超能力のテレパシーと言うものであった。


最初、娘は異国の言葉で捲くし立てていたのだが、通訳しきれていない霊獣達に気付き少しの間、顎に手を当て悩む素振りを見せた後、手短に説明をした。

自分は『日本』という国の仙人だと……。


最初出会った時に見た、人並外れた脚力。
直接は見ていないが、四聖達の話では腕力も相当なものだと聞いている。
いくら手加減していたとは言え、あの王魔をここまで手こずらせるのは普通の人間には到底無理な事だろう。


「聞仲様……。
 あの娘…とやらは、自分が異国の仙女だと申しておりましたが、本当なのでしょうか?
 私には娘がまだ何か隠している様な気がしてなりません」

「私もそう感じている」


やはり、仙人を使った異国からのスパイなのだろうか?

娘の態度にはあからさまな違和感を感じていた。
こちらに来た経緯や自国の事を話す際、娘は皆の顔色を伺いながら、慎重に言葉を選んでいた。
知る人のいない異国に来て、敵か味方か分からない者達に囲まれ、様子を窺っている……と言う様にも見れない事もない。だが偽りの可能性の方が高い。

尋問の中で一番気がかりだったあの『本』。

まるでその場で描き写したかの様な見事な絵は、感嘆しつつも脅威を感じた。
それは異国にいながら、こちらの状況が絵を通して細部まで知られていたからであった。

その点を問い詰めた所、絵は自分が描いた物ではなく、今は亡き弟が描き残した物だと寂しそうに答えていた。



「さて……」

聞仲は側にあるお茶を口にし、再び娘、について考え込んだ。


『修行中、誤って相手の術で飛ばされ、気が付いたらここにいた』
と言うのがの言い分である。
これは果たして本当なのだろうか……?

何の目的でこの地へやって来たのかは分からないが、もし仮に本当のスパイとするなら、こんな陳腐な言い訳は使わないであろう。

それに娘はスパイに向いていない。

経緯について答えている間、娘の挙動不審な振る舞いが目立っていたからだ。
大袈裟なジェスチャー。その顔色は傍目から見ても分かるくらい焦りの色が見えていた。

娘の説明が支離滅裂なのか、通訳に当たっている黒麒麟や烏煙が首を捻りながら、訳すのに苦労していた様だ。

その時の様子を思い出し、聞仲は思わずフッと鼻で笑った。


「聞仲様……?」

「いや、何でもない……」


咳払いをしてごまかす聞仲。
黒麒麟は彼の様子を不思議そうに見ている。



本当にあの娘には、出会った当初から調子を狂わされる。

この黒麒麟を恐れる理由を聞いた時もそうだった。
理由は分からないが、娘は小さい頃のトラウマで、カブト虫が大の苦手なのだそうだ。
そのカブト虫に似ているから……と言う理由であった。

沈黙して微動だにしない黒麒麟の代わりに、それを遠慮がちに烏煙が訳す。
訳した途端、皆、黒麒麟に注目した後、動きが一瞬止まり、それぞれが呟いた。

『『『 カブト……虫…… 』』』

そして――



『ぶあっはっはっは!!!』


飛虎が大爆笑したのをきっかけに、皆一斉に吹き出したのだった。

腹を抱えて膝を叩きながら大笑いする飛虎。
それに続いて四聖達は最初こそ吹き出したものの、流石に本人がいる手前、笑うに笑えず必死に背を向けて堪えていた。

普段、どんな時でも動じない聞仲ではあったが、この意表を突かれたの言葉に不覚にも吹き出してしまった。

ほんの一瞬だったとは言え、口を押さえ、笑いを堪える主の姿を見た黒麒麟を大いに落ち込ませたのは言うまでもない。




尋問はその後も続けられたが、娘の答えは所々曖昧であった。

通訳に黒麒麟や烏煙を間に入れている為、細かい部分は訳し切れず互いに話す内容も全て正確には伝わっていないのだろう。
言葉が通じるのなら娘のウソも直接、追及出来るのだが……。

言葉が通じないとは不便なものだと聞仲は思った。


そうかと思えば、教えてもいない挨拶が出来たり、自分の名を書く事も出来た。
文字に至っては、発音や文法こそ違うが、どうやらその意味は分かるらしい。

それらを見てもこの中国にほど近い国だと推測出来るが、自国から出た事の無い娘はその位置がどこなのか分からないと答えていた。

「迷子の異国の仙女か……」


スパイの可能性は低いにしろ、異分子の疑いを持つ娘をこのまま野放しには出来ない。

自分の目の届く範囲ならば、もし正体を現し行動を起こしたとしても、処断出来る……
聞仲はそう考え、しばらくの間はを手元に置く事に決めたのだった。




コトッ……

「誰だ?」

「あ……」


小さな物音に気付き、聞仲は部屋の戸口を振り返った。
そこには、戸口の影から遠慮がちにこちらを覗いているがいた。













――が目覚めたのは今日の昼過ぎだった。

惨事の後の聞仲達の尋問が終わり、ホッと一息吐いた途端、眠気が襲ってきてそのまま丸一日近く寝ていたと言う訳だ。

なにせこの二日間は今まで生きて来た中で、最大と言えるピンチの連続だったのだ。
精神的にも肉体的にも疲れは極限状態に至っていてもおかしくはない。


充分に休息出来たのか、若さ故の回復力なのか、目覚めは爽やかであった。

大きく伸びをしたは辺りを見回し、少し考えた後、盛大な溜息を吐きながらガクリと力なく項垂れた。


【 …………やっぱり、夢じゃなかったよ 】


亀裂の入った朱塗りの柱、所々ひび割れた白い壁。
寝台こそ清潔に保たれてはいるが、床に至っては小さな壁の欠片や砂が散乱していた。

昨日の惨事を思い出すと同時に、は焦った様に何かを探す。
周りを見渡し、慌てて立ち上がろうとした時、バサリと掛け布から何かが床に落ちた。

【 あ!あった! 】


床に落ちたそれは小さなスケッチブックであった。

急いでそれを拾い上げ、ホコリを払った後、嬉しそうに抱き締める。
の顔に安堵の表情が広がった。

【 良かった…………(のぞむ)…… 】


少しの間そうしていたは、次第に落ち着きを取り戻し、スケッチブックを抱き締めたまま寝台に寝転がった。

の口から深い溜息が漏れる。


【 昨日の説明……あれで良かったのかなぁ? 】


昨日の説明……とは、聞仲達が行った尋問での回答の事。

最初は、この世界の人間は誰でも当たり前の様に奇跡を起こせるのだと思っていたなので異世界や別の惑星から来たと言っても、さして驚かないだろうと考え、素直に答えていたのだ。




【 え、えーっと、私!
  太陽系第三惑星 地球の日本から来ました、 といいます! 】


だがその後、彼らの反応……特に霊獣と呼ばれている二人(?)が、すぐに訳せない所を見る限り、この現象は特異な事なのだと察した。

今の自分の立場は非常に危うく、怪しい態度を見せればすぐさま殺されるだろう。
そんな中で異世界がどうの、異星人がこうの言えるハズが無い。

目の前の『聞仲くん』は、怒った時は流石に怖かったが、どうやらここにいる者達の纏め役らしく、そんな立場の者なら、問答無用に人を処断する事はしないハズだ。
自分に言葉を教えてくれた人の良さそうな『おじ様』も同じくである。

だが、後ろに控えている四人。特に王魔と呼ばれた青年だけは油断ならなかった。
他の者達は、各自差はあっても一応は聞く耳を持ってくれていた。

しかし彼だけは出会った初っぱなから、ミサイルで容赦無く攻撃を仕掛けて来たのだ。

あの時は運が良かったが、今度同じ事をされても超人的身体能力があるとは言え、正直生き残る自信が全くない。

チラリと王魔へ視線を向けると、あからさまな不信の目で睨まれる。
きっと今でも何かあれば、殺る気満々なのだろう……。
は冷や汗を掻いた。

慎重に行動しなければ……そして、何とかしてこの場だけでも切り抜け、自分の世界に戻らなければ……。

は顎に手を当て、ここへ来た経緯を捏造するべく脳をフル回転させた。
そして――



【 あ! ご……ごめんなさい!
  ちょーっと分かりにくかった……かな? あは……あはは!
  私、日本と言う国から来ました、仙人のといいます♪ 】

「「『仙人』……!? 」」

黒麒麟と烏煙は驚いた様に、互いに顔を見合わせた。


が考えに考えた末、はじき出した回答はこれだった。

自分の超人的な身体能力が当てはまり、かつ、ここの人達に分からないものにしなければ深く突っ込まれたら、ウソだとバレてしまうからである。

別の候補に『忍者』もあったのだが、これは忍術を使えないと言う理由で却下されていた。

『だって私、今まで忍べてなかったし……』



中国語が通じると言ってもここは異世界なのだから、仙人というものは存在しないと高をくくっていた。だが………


「なんと!娘よ。お前は異国の仙人だったのか!?」




【 ………………へっ? 】


黒麒麟の意外な反応に、驚く。それに続いて烏煙も感心した様に深く頷いた。

「なんや嬢ちゃん。わてらのご主人と同じ仙人やったんか!
 道理で王魔はんらを手こずらせたハズや~。ホンマ奇遇やなぁ」

【 ご、ご主人と一緒……?? 】

「そうや。
 わてのご主人、張奎(ちょうけい)様もやけど、ここにいはる皆さん仙人なんやで~♪」

『う、うそぉぉ――――っ!!!!』


の顔色が一気に青くなる。
そしてもう一度、仙人の定義というものを思い出してみた。



―― 仙人とは ――
山中に住み、不老不死で神通力をもつという人、無欲で世間ばなれした人 etc……


目の前の者達はどう見ても、人里離れた地に住んでいない!
(たまたまこの場所にいるだけなのかもしれないけど……)

確かにこの館に往来する人々と比べて見れば、世間離れしている事は確かだった。
(服装的に見ても絶対、時代錯誤でしょ!?)

あのミサイルとかビーム、それに伸縮自在の石をも砕くムチも、神通力の成せる技……と無理矢理当てはめて見れば、仙人の定義にギリギリ入る……のかもしれない。
(いやいや、アレは無理!
 アレはどう見ても近代兵器しかありえないっスよ!!)

――仙人ッテ 一体何者デスカ?(汗)




が脳内で格闘(つっこみ)している間、この事を聞仲に通訳した黒麒麟が、再び問いかけた。

「おい娘。
 その『日本』という国はどこにあるのだ? 聞仲様が聞いておられるぞ」
【 へっ? 】


悶々と悩んでいた所、いきなり声を掛けられ、は慌てて答えた。

【 あ、でも別の世界だから、ここからは…… 】

「「 別の世界……?? 」」


黒麒麟と烏煙が聞き直した時、ここで初めて自分が変な事を口走ったのに気が付く。
一瞬の間を置いて、は慌てて訂正した。


【 え? や、やだぁ。また言い間違えちゃった!
  ごめんなさい! あは……あははは♪
  そ、そう! 別世界の様に遠い場所……かも? って言いたかったんです。はい!

  その……実は仙人って言ってもまだ半人前で、国の外に出た事が無いんです。
  今回の事も、修行中誤って……そう! 対戦相手の術で飛ばされちゃったんです私!

  相手が北斗百烈拳をあたたたたぁッ!
  って繰り出してきたので、私はすかさずか~め~は~め~波あッ!
  って、対抗したんです。だけどズドォ――ン!と
  元気玉で返されちゃって、気が付いたらここに飛ばされてた……って訳なんですよ 】

「「 ……………… 」」


本当にドジですよねぇ~★と困った様に笑う
一気に捲し立て、愛想笑いを振りまく娘を目の前に、霊獣二人は呆気に取られている。

『……黒麒麟はん、今の何ゆうてるんか分かりました?』

『いや……。
 全部は分からんが、要は……自分の国から出た事が無いと言いたい様だ』

二人はボソボソと耳打ちしながら相談し、取り合えず要点だけを聞仲達に訳したのだった。


その後も尋問は続けられ、その都度、大袈裟なジェスチャーを取り入れたの回答を目の前に、意味は分からなくとも、聞仲達は少し引き気味であったのは言うまでもない。

上手く誤魔化せていると思っていたのは本人だけで、余計に不信感が増してしまったのに気付く事無く、この日の尋問は終了したのだった。





――と言う経緯で、一夜明けて今に至っている訳だが……。



【 これから、どうしよう………… 】


呟きと共に、深い溜息を吐く

昨日のその場しのぎの捏造話しを、このまま押し通し続ける事は出来ない。
なぜならは嘘を吐くのが苦手で、すぐに顔に出てしまうからだ。
(もうすでに、遅かったのだが……)

【 それに…… 】


このまま本当の事を隠したままでは、自分の世界に戻る手段を見逃してしまう確率が高いのだ。

この世界に来てしまったきっかけは、今、自分が抱き締めているスケッチブックの中に描かれている仙人の様な老人、それに最後のページの宇宙人の様な人物が関わっているのは確かであった。

この世界の事を何一つ知らない自分だけでは、限界がある。
ならば何とかして協力者を見付けなければならない。

【 聞仲くんなら本当の事を話しても…… 】


彼は果たして協力してくれるだろうか?

見た所、ここの人達を統括している立場に就いているらしい事が窺えた。
そんな立場の人に、異世界等という胡散臭い話をしても信じて貰えるだろうか……?


いや……だからこそ。
そんな立場の人だからこそ人を見る目は確かなハズだ。

彼は自分の命の恩人。

それにあの時……不安に押し潰されそうになった自分を優しく抱き締めてくれた。
なけなしの勇気を振り絞って謝った時も、大きな手で頭を撫でて、頷いてくれた……。

【 聞仲くん………… 】


は抱き締めているスケッチブックに、愛しそうに頬を寄せた。
そして信じてくれようが、くれまいが、彼にだけは真実を話そうと決心したのだった。













「……どうした。眠れないのか?」

特殊な『気』だけに、物音がするまで近くに来ているのを感じさせない娘に、内心聞仲は感心するのと同時に、ヒヤリと感じた。

もし、この異国の仙人達と敵対する事になれば、かなり厄介な相手になるだろうと……。



【 あ、あの……。お話しがあるのですが、今、良いですか? 】

「ん……?」

遠慮がちに言った娘の言葉が分からず、聞仲は側に居た黒麒麟の方を見た。
黒麒麟は慌てて訳した。


「どうやら娘は、聞仲様に話しがある様です。今、良いかと聞いておりますが……」

「話? ……分かった、良いだろう」

聞仲はを部屋に招き入れた。
スケッチブックを大事そうに抱き締めている娘。その表情は昨日見たそれではなく何かを思い詰めた面持ちであった。


「それで……話とは何だ?」

「話は何だと聞仲様が聞いているぞ?」


【 あの……これを見て下さい 】



パラパラとスケッチブックをめくり、あるページを開いて聞仲の目の前に差し出した。
そこには直接会った事は無いが、崑崙山(こんろんさん)の総統・元始天尊(げんしてんそん)が描かれていた。

「……これは崑崙山の元始天尊だが、これが一体何だと言うのだ?」


聞仲の反応を見て言葉が分からずとも、やはり彼はこの老人の事を知っているのだと感じ取った。
そして、黒麒麟の通訳を待たずには話し続けた。

【 ……実は私をここへ連れて来たのは、この人です。
  すみません。今まで黙ってましたが私……、別の世界……つまり異世界の人間なんです 】

「な、何だと!?」


の告白に黒麒麟は驚きの声を上げた。
だが話しが飛躍し過ぎて、にわかには信じられず、もう一度聞き直す。

「昨日……皆の前では異国の仙女だと答えていたではないか!
 あれは嘘だと言うのか!?」

【 はい……。
  あの時、ああでも言わなかったら…こんな突拍子もない話なんて、誰も信じてくれなかった……。
 だから、だから……本当にごめんなさい!! 】


「なんと……」


深々と頭を下げ謝罪するに、これ以上何も言えず、黒麒麟は主に判断を求めた。

聞仲は先程からの会話の流れと娘の態度から、言葉は理解出来なくとも、何か重要な事を話していたのだと察した。

「……で、黒麒麟よ。は何と言ったのだ?」

「は、はぁ。
 にわかに信じ難い事なのですが、その……娘は異国の仙女などではなく、別の世界……異界の者だと言っております」

「何!? 異界の者……だと?」


聞仲は訝しげに眉をひそめた。

昨日、自分を異国の仙女だと言った娘の態度には『嘘』があった。
今、その娘自身の告白によって、その嘘が明らかになったまでは良かったのだが、更に信じ難い真実を突きつけられるとは、思っても見なかったのだ。

『異界の人間だと……?』


確かにこの地上でも世界は一つでは無く、人間界や仙人界等に分かれている。
異空間に等しいその隔たりは、異界と呼んでもおかしくはない。

娘はその事を指して言っているのだろうか?


もし、それとは別の異世界というものが存在したとして、その間を行き来する……。
そんな事が本当に可能なのだろうか……?

聞仲は、普段は使う事の少なかった金ゴウ島で得た知識をフルに活用し、その疑問に当てはまる答えを探した。


「……そう言えば先程、元始天尊の絵を私に見せていたが、アレは……?」

「はい。娘をここに連れて来たのは、その元始天尊なのだそうです」

「何だと!!!」


ガタンと勢いよく立ち上がる聞仲。
その声に驚いたのか、は深々と下げていた頭を上げた。

【 あ…… 】


聞仲の額の目が開いている。

真っ直ぐに自分を見据える三つの目は、氷の様に冷たかった。
その敵を見る様な鋭い視線から、目を逸らす事が出来ずには体をブルッと震わす。

自分は何か、まずい事でも言ってしまったのだろうか?
後悔してもすでに遅いのかもしれない……。

ゴクリと息を飲み込み、震えながら胸の前で組んでいる手を握り締めた。



卓上に手を付き、聞仲は目の前の娘を見据える。

異界から……それも聞仲の属する金ゴウ列島とは対を成す、崑崙山の総統・元始天尊に連れて来られたと、娘・は言った。

ならば、やはりこちらの動きを探る為のスパイか……!

元始天尊の名を聞いた瞬間、再びその事が頭を過ぎった。
だが、それでは矛盾が生じてしまう。なぜ、そんな自分の立場を不利にさせる情報を、今わざわざ教えに来るのか?

もしやこちらを油断させる為か……?

いくつもの疑問が聞仲の頭を占める。
金ゴウ島の三強とまで呼ばれた聞仲であったが、何千年も生きている三大仙人の一人を相手に、頭脳で太刀打ち出来るのか分からなかった。

そして何の為に異界の者を、この世界に召喚したのかも……。





「あの……聞仲様?」


最初にその長い静寂を破ったのは黒麒麟だった。

第三の目まで開き、ある一点を見据えたまま動かない主を見て心配になり、たまらず声を掛けた様だ。
その声に聞仲はピクリと反応し、黒麒麟を見上げた。


「……すまん、考え事をしていた。どうした黒麒麟?」

「聞仲様が余りにも見据えるものですから、その……娘が怯えております」

「!」


黒麒麟に言われの方を振り返ると、傍から見ても分かるくらい青い顔で震えていた。
しまった……と聞仲は内心焦った。

自分の考えに没頭して、目の前にがいる事を忘れてしまっていたのである。
考え事の内容が内容だけに、かなり自分は険しい顔をしていたのだろう。
娘の怯え方を見れば、それも容易に想像出来た。

聞仲は慌てて額の目を閉じた。


「……別にお前に向けて怒っていた訳ではない。恐がらせてすまなかった……」


娘に威圧感を与えない様 気を使い、再び椅子に深く腰掛ける聞仲。
そして目を伏せて溜息と共に、かぶりを振った。

その言葉を黒麒麟が訳し、聞仲の態度を見てからやっと安心したのか、娘も安堵の溜息を吐いたのだった。


自分の話を聞いて欲しいと、せっかく娘から歩み寄って来たのに恐がらせては意味が無い。

それでなくても聞仲の額の目には威圧感がありすぎるのだ。
それを自覚している聞仲は、直接には娘の方を見ないよう努め、中断されていた話を進めたのだった。


「……それではよ。改めてこの世界に来た経緯を話してくれるか?」





元始天尊がこの娘を召喚した理由。それと、なぜ崑崙山ではなく、王墓にいたのか?

聞仲からの質問に、黒麒麟を介して、ゆっくりと今までの事を説明する
ここへ来るまでの経緯。それにの世界との違いを、手持ちの道具を見せて説明してみせた。

一日の時間の長さの違い。重力の違い。物質の密度の違い……等々。

異界……と一言でいっても、もしかしたら次元の違い等ではなく、別の惑星ではないか?
にそう言われた時は、流石の聞仲も彼女の知性の高さに関心していたのだった。

この世界より文明が進んでいるのにも関わらず、仙人界よりも科学は進んでいない世界。
そして言葉や文字等、類似している部分が多いのに、決定的な違いがそこにはあった。

それは目に見えない力 ――『奇跡』―― が起こりにくい事であった。


ここでは当たり前に使う宝貝(パオペイ)の力も、の世界ではあり得ない事。
それに霊獣等の知性を持った生き物は、人間以外存在しないのだと言う……。


のいた世界とは、何と不便なものか……。

 そうか……分かった。もう遅いので今夜はこの位にしよう。
 ……すまんがもう少し私に、考える時間をくれるか?」


黒麒麟に訳されたその言葉を聞いて、はコクリと頷き、深々と頭を下げた後、自室へと戻って行ったのだった。







が戻るのを見届けてから、聞仲は深い溜息を吐く。


改めて聞いた話の中で、明らかになった点がいくつも上げられた。

娘・は亡くなった双子の弟と間違われて元始天尊に連れてこられた事。
その時に彼女のスケッチブックの最後に描かれている、謎の人物も深く関与している。
それもはこの人物に殺されそうになったのだと言っていた。

確かに人間の形体を成してはいるが、人とは掛け離れた容姿をしている。
髪の長い所を見ると女なのかもしれないが……。
その構図。それに色使いだけで彼女(?)の禍々しさを表現している所は流石だと言えよう。

元始天尊は彼女を恐れている様だったとは言う。
三大仙人を恐れさせる程の人物とは、一体如何なる者なのか?金ゴウ島のデータにもないこの人物を、聞仲は密かに警戒したのだった。


他にも娘の夢での事だが、緑の髪の少年も出て来たと言う。
見た目は少年の容姿をしているが、彼は三大仙人の一人、太上老君(たいじょうろうくん)であった。

流石に聞仲でも会った事はなかったが、金ゴウ島のデータの中に重要人物として挙げられていたのを記憶している。



最後に一番驚いた事は、この世界へ召喚される際、大きな雷が落ちたという事あった。
それも信じられない事に、それは地面から天に貫いたのだと言う。


『地面から雷……? 雷…………まさか!』


が召喚されたのは二日前。

丁度その時、この世界でも大陸を揺るがす雷が轟いていた。
その雷の発生源は最強の道士と言われている申公豹(しんこうひょう)の使う宝貝、『雷公鞭(らいこうべん)』であった。
あれだけのパワーを放つ雷公鞭なら、その力が異界に届いても不思議ではない。

これで謎だった点と点が繋がった。

元始天尊の目論みは未だ不明だが、申公豹が意図的にそれを阻んだに違いない。
もしかするとその謎の人物の事も、彼は知っているのかもしれない……。

元始天尊・太上老君・申公豹……。



――世界の裏側で何かが動き始めている


そんな考えに至った時、事の重大さに聞仲はブルッと身を震わせた。



「聞仲様……?」

「いや、何でもない……すまんが黒麒麟。
 崑崙山の動きを密かに探る様、配下の者に申し付けてくれ。それと……申公豹にもだ」

「分かりました聞仲様」


黒麒麟はそう言うと、早速命令を遂行する為、その場から立ち去った。

後に残った聞仲は席を立ち、中庭へ続く廊下に出る。
あの惨事から辛うじて免れたその一画に立ち、木立の間から夜空を仰ぎ見た。

空はいつの間にか白み始めて、小鳥の囀りが聞こえていた。
後、数刻で夜が明ける……。

通天教主(つうてんきょうしゅ)様はこの事をご存知なのだろうか……?』


密かに三大仙人が動き始めている今、この事実を知る者はごくわずかであろう。
もしかすると、教主でさえ知らぬ事なのかもしれない。

この事を我が師・通天教主に報告すべきかどうか、聞仲はもう少し相手の出方を見て判断する事に決めたのだった。


『これからは慎重に行動する必要があるな……』



聞仲の呟きは小鳥達の囀りによって掻き消される。
雲一つ無い空に陽が昇り、柔らかい光りが朝歌の都を照らし始めたのだった。

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*******後書き*********
や…やっと書き上げましたぞ、うぉ館さぶぁああッッ!!! (←誰?)

長い…長かったっス!5話から約二年以上の間が開き、更に書き始めてからも思った以上に筆が進まず、今に至りました!(汗)
待って下さっていた方々、本当にご迷惑おかけ致しました、すみません!!

この空白の二年間、色々な方に励ましのメールとか頂いたのですが、聞仲ファンが意外に多かったのに驚きました。
彼の魅力を少しでも表現出来たら…と奮闘しておりますが、二年のブランクは流石に痛い。
マンガの方なんか、思い通りの線が描けずにショックを受けておる次第でございます。
こうなりゃスランプ脱出の為にも、練習あるのみッスね!

今回、ヒロインさんが封神世界で暮らして行くにおいて、一応ターニングポイントなので説明文がダラダラと続いています。
ギャグ無し・恋愛要素無しでお送りしています。(汗)
後、霊獣の烏煙さん。
口調がよく分からないので、無理矢理京都弁っぽくしてみましたが実際はどうなんでしょうね?
次回はもう少しお笑い要素があっても良いんじゃない?
と言う事で、マンガには無かったオリジナル霊獣や、コーチにスカウトされる前の天化くんを出す予定です。ではでは~♪

>20081029

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