「 ×〇$%★×▼↓〆××――ッ!!!!! 」
太い生木が折れる様な鈍い音と共に、声にならない呻き声が聞こえる。
霊獣・
「「 こっ……高友乾ッッ!!!! 」」
その名を呼んでも応答が無い所をみると、どうやら気を失っている様である。
血の気の失せた顔と腕が、力なく ぶらぶらと前に垂れ下がっていた。
――原因はやはり……今、彼に抱き付いている娘であろう。
今までの彼女の行動を見る限り、身体能力が並の人間以上であるのは明らかであった。
だとすると先程の鈍い音は、その怪力でヘシ折られてしまった、高友乾の骨の音に違いない。
哀れ高友乾は、娘の第二の犠牲者となってしまったのだった……。(合掌)
「お……おのれ娘!よくも高友乾を!!!」
一時は、
今度ばかりは、いつも冷静な
「……先程の怯えた態度は、我らを騙す為の演技だったのか!? 貴様ぁッ!!」
【 やだっ! お願い! 助けて………って、あれ?? 】
一方。 今まで恐怖の余り、夢中になって抱き付いていただったが、しがみ付いている青年が、急にしゃべらなくなり、その上 自分に寄りかかって来たので、何事かと、青年の顔を覗き込んだ。
【 あ……あの……。どうかしま……した? 】
恐る恐る呼び掛けてはみたが、青年はそれに答える事は無く、試しに揺すってみても泡を吹いたままで、反応は無かった。
【 えっ? えっ?
ヤダ……何で気絶してるの!? だっ、大丈夫ですか!!! 】
「娘! 貴様の手でやっておいて、今更何を言っている!!!」
【 へっ……? 】
大声で怒鳴られ、やっと周りの状況に気付く。
信じられない事に、その声の主は、あの巨大な虫であった。
【 えっ? ……む、虫がしゃ……しゃべってる!? 】
「虫では無いと、何度も言っておろうが! 私は霊獣・黒麒麟だ!!」
【 れ……霊獣……?? 】
少し離れた所にいた為か、それとも他にも人がいたせいなのか、多少は怯えているものの、今回は辛うじて問答無用のパニックには陥らなかった様だ。
だが、せっかくが聞く耳を持ったというのに、今度は黒麒麟の方が、すっかり頭に血が上ってしまっているのだ。
かなり興奮気味に、を怒鳴り付ける。
「よくも我らが仲間を傷付けおったな! やはり貴様は妖魔の類か!!」
【 え? 傷付けて……って、ウソ! これって私がやったの!?
それに妖魔……って何?? 】
ぐったりしている高友乾を指差し、それと交互に黒麒麟を見る。
確かに青年に助けを求めて、抱きついていたのは確かだが、それがなぜ傷付けた事になるのかが分からなかった。
だが、目の前にいる霊獣と名乗る巨大カブト虫と、その側にいる背の高い青年も、何やら自分に対して、敵意を露わにしているのだけは分かったのだ。
流れる冷や汗――。
何でこうなったかは知らないが、取り合えず誤解を解こうとは考えた。
幸いあの巨大カブト虫には、自分の言葉が通じる様なので、何とか話し合いが出来る。
なのでまず、話し合いの場をつくる為、抱いていた青年を彼らの近くに寝かせると、そこから少し離れ、自分は敵ではないと言う様に、両手を挙げたのだった。
【 ま……待って下さい! 私は敵じゃないです!! 】
「高友乾にこんな仕打ちをしておいて、今更!!」
【 え? え……っと、その点は夢中だったもので、よく分かんないんですが……
と、とにかく! 私はあなた達の敵じゃなくって、どうやらこの時代の人間でも…… 】
――と、ここに来た経緯を正直に話そうとした、その時。
の言葉を遮るように、
「こっ……高友乾!?」
「な、何で倒れてるの? 一体どうしちゃったのさ!?」
今まで太師府の者達に、対応していた二人だったが、騒ぎに気付き駆け付けてみれば、なんと自分達の仲間の一人が倒れているではないか。
二人は驚いて、倒れている高友乾に駆け寄った。
「これは一体どうした事だ、楊森!?」
「うむ……。やはりこれは、アバラ骨がほとんど折れてしまっているな……」
「ええっ!?」
高友乾の容態を診ていた楊森は、早速手当てに取り掛かっていた。
一体誰が高友乾を……と、視線を巡らすと、李興覇の視界にあの娘の姿が入ってきた。
「!! そうか!あの娘がやったんだね!?」
「ああ…。
だが、黒麒麟様との会話だけでは分からんが、
何やら話し掛けてきて、抵抗しない様な素振りを見せているんだが……」
「何を言っている! 高友乾がやられたんだぞ!? やはりアイツは俺達の敵だ!!」
「あっ! 待て王魔!!」
楊森の静止も聞かず、王魔は再び
【 えっ!? 】
何かが自分目掛けて飛んで来る。
咄嗟に避けたが、それが一体何なのかは、の遥か後方で着弾した時に理解したのだった。
【 きゃっ!!! 】
着弾時の爆風で、思わず前のめりに倒れる。
それは先程、建物内にいた時にも、一度起こった現象。
だが今、正気に戻った彼女は、信じられないとばかりに大きく目を見開いている。
なぜなら、ここは昔の時代だと思い込んでいたからだった。
【 な……何で昔の時代に、ミサイルがあるの!? それに……… 】
の視線の先には、そのミサイルを発射したと思われる人物がいた。
だが、その人物は普通では考えられない場所にいたのだ。 そう、空中に。
【 う……うそ……。昔の人って空飛べたの!?
――って、隣の子供も浮いてるし!! 】
空中に浮いている王魔と、李興覇を指差し、驚く。
昔の人が、どんな服を着ていたのかまでは分からなかったが、目の前にいる人達の服装は、歴史の教科書に載っていたものとは、かなり違っていた。
コスプレ……と言っても良い程、それぞれが、個性の強い格好をしているのである。
『そう言えば、私を助けてくれたあの人も、かなり個性的な服だったよね……?
あの大っきなカブト虫といい、服装といい、ここって本当に、昔の中国なの??』
考えれば考える程、矛盾した点がいくつも出てくる。
だが、こんな緊迫した状況だと言うのに、の頭は反対に冷静になっていった。
平和な自分の世界ではありえない状況が、かえって彼女を開き直らせたのかもしれない。
元々、高校でもトップレベルの頭脳を持っていただけに、一旦動き出した思考能力は一寸先の行動を次々と脳内に弾き出していた。
当たり前の事だがまず先に、この危険な状況から脱出するのが先決だと考えた。
そこでは、ここで唯一自分の言葉を理解出来る黒麒麟に話し合いを持ち掛けようと考える。
今思い出しても、混乱していたとはいえ、色々と相手に悪い事をしてしまっていた。
そう考えると、あんなに彼(?)が怒るのも無理は無い。
そんな相手を、説得出来るかどうか分からなかったが、今はそれしかない。
彼(?)が他の人達を説得してくれれば、この緊迫した状況も回避されるのだ。
苦手な容姿の生き物だが、この際仕方ないと腹をくくる。
そしてもう一度、わずかな望みを掛けて、黒麒麟に向かって呼びかけた。
【 お願い、カブト虫……じゃなかった! 霊獣さん! 私の話を聞いて下さい!! 】
「!?」
その言葉に黒麒麟はピクリと反応した。
その反応を見ては、彼(?)が聞く耳を持ってくれたのを確認する。
【 貴方や、貴方の仲間の人を傷付けてしまった事はお詫びします!
どうか、少しだけでもいいですから、その……私の話を聞いてくれませんか? 】
「…………………………分かった。言ってみろ」
【 あ……ありがとう! 】
やっと、意思の疎通が出来たので喜ぶ。
早速、今までの事を説明しようと立ち上がろうとした。
だが、丁度足元にあったフライパンとスケッチブックが邪魔だったので退かせようとそれに手を掛けた……と、その時!
何を思ったのか、再び王魔が攻撃を仕掛けてきたのだ。
「黒麒麟様、危ない!!!」
【 へっ? 】
バシュン!バシュン! と、黒麒麟を庇う様に前に出て、容赦無く何発も打ち込む王魔。
どうやら彼は、がフライパンに手を掛けたのを見て、攻撃をして来ると勘違いしたらしい。
も予想外の反撃に遭い、驚いていたが、火事場の馬鹿力の如く、驚異的な瞬発力でそれらを全て回避した。
【 ひいっッ!!! 】
「くそッ!なんてすばしっこいヤツだ!!」
開天珠は王魔の
一応ここは人間達も大勢いるという事で、かなり爆発の威力を下げていたのだが、それでも自分の攻撃をこうもあっさりかわされ続け、王魔は実力を出し切れない歯がゆさに、次第に苛立ちが見え始めていた。
一方の方は、スケッチブックとフライパンを抱えたまま、次々に襲ってくるミサイルを、必死になって避けていた。
必死に逃げながらも、今の自分の超人的な身体能力に驚く。
もしかして、自分は超人になってしまったのか? ――と。
それならば、最初あの巨大なカブト虫…いや、霊獣を一撃で倒した力も、その後、あの高さから難なく着地出来たのも頷ける。
そして今もなお、逃げ続けながら、その驚異的な力は発揮されていたのだ。
『ウソ!やだ!
私って、やっぱりスーパーマンになっちゃったんだ!!』
試しに高さが5・6メートルもありそうな塀の上へとジャンプしてみた。
すると、まるで某アニメの忍者の様に、難なく着地する事が出来たのだった。
【 キャ――! 何これ!? 楽し過ぎるってば! あはははは♪ 】
今の緊迫した状況も忘れ、余りの嬉しさに、喜びを全身で表す。
思わずバンザイをしながらはしゃいでいる。
一方、黒麒麟は、尚も攻撃しようとしている王魔を、慌てて止めに入った。
「やめろ、王魔!!」
「なぜ止めるんですか、黒麒麟様!?
アイツ今、あの武器で攻撃しようとしてたんですよ!!」
王魔の前に立ちはだかる黒麒麟は、首を振った。
「それは無い!今あの娘は、我らに話し合いを持ちかけて来ていたのだ。
高友乾の事も、詫びていた。なのにその無防備な相手に宝貝を使うとは……
礼儀に反した行為だぞ、王魔!」
「で……ですが、また我らを騙しているに違いありません!
油断させておいて、寝首を掻くのは女の
内心、何を考えてるのか分からない生き物なんですから、アイツらは!」
この殷に何度か現れた
それ以前は普通に女を抱いていたのだが、その
なので、女だというに対しても、最初から冷たい対応をしていたのである。
そうとは知らない黒麒麟は、王魔をなだめる様に諭した。
「だが女が皆、そうとは限らん。こちらが勝手に決め付けるのは…………」
「…………でも黒麒麟様?
アレ……ってどう見ても俺達の事、馬鹿にしてませんか?」
「何?」
李興覇が急に話しに割り込み、呆れた様に塀の方を指差している。
何事かと黒麒麟達は訝しげに、彼の指差す方を振り向いた。
――すると、どうだろう。
娘は攻撃されて怯えるどころか、なんと、塀の上で嬉しそうにはしゃいでいたのである。
「「 なっ……!!! 」」
間が悪いとは、この事だった。
は自分の、超人的な身体能力に喜んでいただけなのだが、王魔の目から見て自分に向かって、挑発的な行動をとっている様にしか見えなかったのだ。
しかも笑いながらバンザイをしている最中、と王魔の目が合ってしまった事も、更に彼を怒らせる要因になってしまったのは、言うまでも無い。
の方も、今まで はしゃいでいたが、王魔と目が合ってやっと、自分の置かれている状況の悪さに、気が付いたのだった。
【 あ………… 】
「こっ……小娘が馬鹿しやがって……。ブッ殺すッ!!!」
とうとうキレてしまった王魔の攻撃は、これまで以上に強力なものになっていた。
今までここが太師府だと思って手加減していたが、キレてしまった事でそれが一切なくなったのだから、当たり前である。
開天珠はまるで、迎撃ミサイルの如く、の後を執拗に追い駆け、爆発した。
【 や、やだ! 違うんだってば!
い……今のは別に貴方に向かってやった訳じゃなくって…… 】
「うるさい! 問答無用だ! 死ねッ!!」
全速力で塀の上を駆ける。
彼女の通った後の高い塀は、ことごとく開天珠によって破壊し尽くされていた。
いくら超人的な速さで逃げたとしても、単純に塀の上を走っている限り、逃走経路は直線でしかない。
なので、今度はの前方の塀に向けて、開天珠を発射させた。
【 きゃあっ!!! 】
ミサイルが目の前に飛んで来るのが視界に入り、は咄嗟に減速して、思いっきり上空へとジャンプした。
ジャンプしたと同時に、開天珠に破壊される塀。
寸前の所でなんとか危機を回避出来たので、胸を撫で下ろす。
だが、これが更にピンチを招く結果になろうとは、思いもよらなかった。
力一杯ジャンプした為、塀と合わせたその高さは、有に10メートルを超えていた。
なので滞空時間も当然、長くなってしまっている。
それを見逃さなかった王魔は、落ちて来るに向かって、すかさず開天珠を発射させた。
「馬鹿め! 空中なら格好の的だ、もう逃げられんぞ!!」
【 うわっ!?
ちょ……ちょっと待って! いやあぁぁ―――っ!!! 】
迫り来るミサイルが、まるでスローモーションの様にの目に映る。
――その瞬間、頭の中が真っ白になった。
そして、もうヤケだとばかりに開き直ったは、
そう……。
彼女はなんと、手にしていたフライパンで、開天珠を打ち返したのだ!
【 いっけェ――――ッッ!!! 】
「 !!!!!! 」
力一杯打ち返された弾は、尋常ではない速さで王魔に向かって飛んできた。
それはまるで某テニスマンガで 『グレイトォッ!!』 と叫ぶ老け顔中学生キャラの剛速球を彷彿とさせた。
まさか、そんな暴挙に出るとは思わなかった王魔は、一瞬怯んだ為、開天珠を爆発させるのを、遅らせてしまった様だ。
直撃を避ける為、咄嗟に空中で爆発させたのだが、あまりの至近距離であった為、被害は免れなかった。
「うわあ――ッッ!!!」
「うわっ!!」
「くうっ!!!」
「うおおッ!!!」
弾の返された方向には黒麒麟達もいたので、もちろんの事、彼らにも被害が及んでいた。
えぐれた地面に散乱する瓦礫。その中に倒れている黒麒麟達。
一方、の方はというと……。どうやら爆風に巻き込まれ、少し離れた植木の中に、頭から突っ込んでしまっていた様だ。(笑)
【 いたたた……。
い、今のは思わずテニスみたいに打ち返しちゃったけど、あの男の人、大丈夫かな?
一応、攻撃は止んだみたいだし、これでもう一度話し合い出来るかな? 】
少ししてから、恐る恐る植木の中から顔を出す。
前方の、舞い上がった土煙の中から現れたのは、怒りで目を吊り上げている、4つの影だった。
「………………えっと。やっぱり……無理っぽい……かも……」
――― その頃。一昨日の雷の件で、
聞仲は、巡察した範囲の報告だけはしたが、あの謎多き少女についてはハッキリした事が分かるまで、表沙汰にする事は避けた様だった。
「ふぅ―――っ。 思ったより早く終わったよな、聞仲」
「ああ、そうだな。 他も特に被害も無く、済んで良かった……」
そう軽く笑った聞仲は、ふと何かに気付き、左頬に手をやった。
いつもあるハズの仮面が無かったので、何をしても少し落ち着かない様である。
――そう。
仮面は昨日、あの娘によって失くされてしまったので、今は何も付けていないのだ。
なので出仕するにあたって、いつもと違う彼に周りの者をはじめ、紂王にも驚かれてしまっていた。
黄飛虎に至っては、何か特別な事でもあったのかと、冷やかされる始末である。
――殷の軍事を取り仕切る役目にある、武成王。
そして、殷王家に代々仕えて来た、名門 黄家の長男が武成王・黄飛虎であった。
彼は唯一聞仲が、心許せる者であり、
300年間孤立していた、聞仲の頑な心を和らげたのは、彼の大らかさによるものだろう。
その黄飛虎とのやり取りの中で、聞仲の心は確実に変わっていったのだった。
「今日はまだ時間も余っている様だし、久々に太師府に寄っていくか? 飛虎」
「おおっ!そいつはいいな。
丁度俺も、
「あの噂……?」
その言葉に、ピクリと聞仲が反応する。
はて? 最近この男が、ここまで興味をそそられる様なウワサ話しなど、耳にした事があっただろうか……?
そう思い、聞仲は訝しげに黄飛虎を見た。すると――
「ああ、今朝こっちへ来た時、お前ん所の女官がコソコソしゃべってるのを、ひょんな事から聞いちまったんだよ。
何でも、お前が女を連れて帰って来たってなッ♪」
「なっ!?」
一瞬、ギョッとした顔になる聞仲。
そして昨夜の出来事が、もう人に伝わっていたのかと驚いた。
『くっ! よりにもよって、この男に知られるとは……』
今の彼の口調を聞く限り、自分がひやかしの対象になる事は、間違いないだろう。
聞仲は心の中で、ウワサを口にした女官を、少しだけ恨んだのだった。
別にやましい事はしていない!
……そう反論しようとした聞仲の脳裏に、あのシーンが蘇った。
――娘からの口付け。柔らかい唇……。
ほんの一瞬触れただけだというのに、あの時、甘く痺れる感覚が全身を駆け抜けた。
その上、朱氏に似ているその顔で、間近で見せた切なげな表情は、不覚にも彼の心をハッとさせた。
無意識に自分の口に触れる。
仄かに残る、唇の感触に戸惑いを感じながらも、聞仲はその余韻に耽っていたのだった。
『女の唇とは、あの様に柔らかいものなのか……』
いつまでも何かを考え込んだまま、黙っている聞仲を見て、黄飛虎はおや? と、首を傾げた。
彼の反応を見る限り、やはりウワサは本当らしい。
その上、いつになく様子が違うのを見ると、その相手と少なからず何かあったのは確かの様だ。
このカタブツの聞仲を、その気にさせた人物とは一体、何者なのか?
ぜひとも知りたくなった飛虎は、興味深々で聞仲に聞いてみた。
「――んで、どうなんだ?
そいつは そんなにいい女なのか、聞仲よぉ♪」
飛虎は聞仲の首に腕を回し、近くまで引き寄せると、ニヤニヤ笑いながら彼の顔を覗き込んだ。
今の今まで聞仲に浮いた話しなど一つもなかったので、友としても内心かなり心配していたのも確かなのだ。
彼が仙道という人種であっても、男特有の生理的現象はあるハズである。
なのに傍目から見ても、まるで聖人君子の様に、日頃の彼は実に禁欲的だった。
以前に一度、自分のなじみのオデン屋に、二人で行った事があったのだが、そこで酒に弱い聞仲が口を滑らせて、ポロリと昔の話をしてくれた。
なんでも若い頃、『
それがきっかけで仙人になり、彼女が亡くなった後でも、ずっと想い続けているらしい。
なので、その事があって以来、彼は異性に手を出した事はなかったそうだ。
『何だって!? そっ……それじゃあオメェ、まだ童貞だったのかよ!?』
『 うっ……うるさいッッ! そんな大声で言うな!!』
その後、聞仲が暴走して、
「そうか……これでやっとお前も、一人前の『男』になった訳だ!
良かった 良かった」
うん うん と、一人で嬉しそうに頷く黄飛虎に対し、勝手に話を歪曲され、その上なぜかあらぬ方に解釈されてしまっているのを見て、聞仲は慌てて反論した。
「なっ……何の話をしている!
た、確かに女を連れ帰っては来たが、あれは訳あって、拾って来た只の娘だ!
お前の考えている様な関係などもっていない!」
「へぇー。お前さん、若いのが好みだったのか?
でもだからって、最初っからあんまり突っ走るなよ?
アレには『技』が必要だからな~♪
何だったら、俺の開発した『
「人の話を聞け」
聞仲が禁鞭に思わず手に掛けそうになった時、遠くの方で何かが爆発する音が聞こえて来た。
「……ん! 一体何だ?」
話を一時中断して、辺りを見回す聞仲達。
と、空を見上げていた二人の視界の片隅に、大きく煙が上がるのを確認する。
どうやらそれは、太師府のある方角の様だった。
「なっ!? あれは太師府の方角……。急ぐぞ飛虎!!」
「お、おう!!」
――先程見た爆発の現場は、やはり太師府だった。
逃げ惑う太師府の者達の向こうには、壮絶な風景が広がっていた……。
もうそこは、以前の手入れの行き届いた、かつての美しい太師府の姿は無く、中庭は平らな場所が無い程、敷石ごと掘り返され、建物に至っては一部が破壊された状態であった。
その様はまるで、戦場跡と言っても過言ではないだろう。
この安全な殷の都、朝歌では絶対ありえない出来事に一瞬、頭が付いて行けなかったのか聞仲と黄飛虎の二人は、呆然としたまま 立ちすくんでいた。
「…………なあ、聞仲。 お前んとこ、エライ事になっちまってるぜ?」
「あ、ああ…………」
哀愁漂う その背中に、濃い影が落ちる。
人々が逃げ惑う姿を、いつまでも見送る二人の耳に、再び爆発音が響き渡って来た。
その音でやっと我に返った聞仲は、ふと、爆発音のする方を見る。
すると奥の建物から煙が上がるのと同時に、何処からともなく、叫び声が近づいて来るのを耳にした。
【 いやああ――――ッ!! 誰か助けてェ―――ッ!!!! 】
「「 ???? 」」
ヒュルルルルル………
【 あ! やだ! そこどいて! ぶつかっちゃうーッ!!! 】
「ん? …………なっ!?」
何気なしに上を向いた瞬間、聞仲の視界に何かが飛び込んできた。
なんと、それは先程話題に上った、あの謎の少女だった。
余りの予想外の事に、さすがの聞仲も避ける事が出来ずに、直撃を喰らってしまったのだった。
「ぐおっ!!」
「ぶ……聞仲ッッ!!!」
ぶつかった勢いで、聞仲は地面に頭部をこれでもかと言う程、強打し仰向けに倒れたまま頭から血を流している。
彼がクッションになってくれたお陰なのか、少女は無傷だった様だ。
聞仲の上に覆い被さったまま、呻き声をあげている。
【 い……いたたた。ご、ごめんなさい…… 】
「おい、聞仲!しっかりしろ!!」
「あ……ああ。 大丈夫だ飛虎……ううっ……」
聞仲は額を押さえながら、まだクラクラしている頭を振った。
さすがは金ゴウ島の『三強』の一人。
普通の人間ならば重症は免れないハズのところ、たいしたケガも無く済んでいる様だ。
黄飛虎はホッと胸を撫で下ろすと、まだ聞仲の上に乗っている少女に目をやった。
「…………ところで、お前さん。
ここじゃ見かけねェ顔だが、一体何者だ? 聞仲の知り合いか??」
【 ??? 】
何か書物の様な物を抱きしめ、キョトンとした顔をする少女。
黄飛虎は、ここで ある事に気付き、ハッ!とした。
『ま、まさか……聞仲が連れて帰ったって女は、このお嬢ちゃんの事なのか!?』
確かに付き合う相手としては、若いに越したことはなかったが、それにしても若すぎるぞ!と、黄飛虎は思った。
見た所、13・4歳ぐらいだろうか?
紂王がまだ若い頃は、こんな年頃の少女も、後宮に入る事があったのだが、聞仲の見掛けはともかく、彼の実際の年齢を考えるとハッキリ言って犯罪に等しい行いである。
彼が人としての道を踏み外さない様、ここは友である自分が止めなくては!
そう黄飛虎は思った。
そんな事を黄飛虎が考えているとは、全く知らない聞仲は、まだ少し痛む頭を押さえながら、上半身を起した。
「つっ……。なぜお前が上から落ちて…………」
【 あのッ! たっ……助けて下さい!!! 】
驚く聞仲の言葉を遮り、少女は涙目になりながら、聞仲に抱き付いて来た。
言葉は相変わらず通じなかったが、しきりに後ろを気にしながら、慌てているので何かに襲われていた事だけは理解出来た。
敵かいるのか!? そう思った聞仲は、少女を庇う様に抱きしめ、禁鞭に手を掛けた。
――だが、そんな彼の行動を目の当たりにした黄飛虎には、それが愛の抱擁に見えてしまった様だ。
ヤレヤレと首を振り、深い溜息を吐く。
そして、ポン! と、聞仲の肩に手を置くと、少し哀れみを含んだ瞳で見詰め、一言こう言った。
「…………聞仲よぉ。
お前さんの好みを、とやかく言うつもりはねェけど、子供に手ェ出すってのは、あまり関心しねェなあ」
「……この状況を見て、突っ込む所はそこか! お前の頭の中はそれしかないのかッ!?」
いきなりそんな事を言われたので、緊迫した雰囲気が一気に緩んでしまった。
場の雰囲気を全く読めない男に対して、呆れるのと同時に、怒りさえ覚える。
そんな黄飛虎に、聞仲が思わず
「 !!!! 」
咄嗟に聞仲は、片手で少女を抱きかかえたまま、後方に向けてジャンプした。
さすがは武成王と言ったところだろうか?黄飛虎も咄嗟に反応して飛び退いていた。
続け様に地面から盛り上がった土から、まるで獲物を追い詰めるかの様に、鋭い岩がいくつも突き出す。
それらを難なく避けながら、聞仲は何かに気付いたらしく、腰にあった禁鞭を使用した。
ズガガガガ―――ッ!
信じられない程の速さで鞭を振り、次々と襲い掛かる岩を破壊していく。
少女は聞仲の腕の中で、その様子を、驚いた顔で見ていた。
双方の攻防戦が収まり、それを見計らった様に聞仲は、まだ土煙の蔓延している方に向けて大声で怒鳴ったのだった。
「出て来い、四聖よ!!」