太陽系第三惑星 地球の日本から来ました、佐倉 香雅美といいます! 】
「 …………………………………… 」
「…………で、
「そっ、それは…………その……」
――ここは
その太師府の一室では、ある少女と向き合っている霊獣・黒麒麟が、
黒麒麟は少女の言葉が分かる者として、
だが、知らない単語を一気にまくし立てられ、何から訳せば良いのか困っている様だ。
烏煙も同様に、首をひねっている。
少女の名は、佐倉 香雅美。
香雅美は別に、黒麒麟達に意地悪をした訳ではない。
ここが自分のいた世界ではない事が分かり、出来るだけ詳しく知って貰う為に、あえて今の様な自己紹介をしたのだった。
それに、そこに至るまで もうひと騒動あったのが、この部屋の派手な壊れ具合や、聞仲と、後ろに控えている
――それは今朝の出来事であった。
香雅美が聞仲に助けられ、ここ、朝歌に連れてこられたのは昨日の夜。
あの後、長時間の緊張が緩み、泣き疲れてそのまま聞仲の腕の中で眠ってしまった様だ聞仲は香雅美に客間の一室を宛がうと、後は女官に任せ、一息吐いたのだった。
そして次の日。
朝早く目覚めた香雅美は、見知らぬ場所に自分がいるので首を傾げていた。
白い塗り壁に朱色の柱。全体的に簡素な部屋だが、設置された家具には雅な彫り物が施されていた。寝ている所もスプリングのふかふかベットではなく、天蓋付きの台の上に布団を敷き、シーツを被せた様な作りである。
「あれ……?
何で私、こんな所にいるんだろ? キャンプ場にいたはずなのに……」
寝ぼけ眼を擦りながら、まだ疲労が残る体をのろのろと動かし、ぼんやりと今までの事を考えていた。
「えーっと、
確か仙人の様なおじーさんと宇宙人が出てきて、雷が落ちて、気絶して……」
何気なく髪を掻き上げようとした、その左腕には包帯が巻かれていた。
「??」
よく見ればいつの間にか白い浴衣に着替えていて、あれだけ汚れていた体も一応キレイになっていた。
その浴衣の裾から覗いている手足にも、治療を施した箇所が見られる。
「あ……! そうか。
私、崖から落ちそうになって、あの人に助けられたんだっけ!!」
……と、いう事は、ここはあの人の家なのだろうか?
昨日の出来事をやっと思い出した香雅美は、慌てて寝台から跳ね起きた。
だが、そこから降りようとして、足元に置いてあった荷物に気付かず、躓いてしまったのだった。
「わっ!」
強かに打った膝を摩りながら、この痛みの原因である障害物を振り返ると、それは香雅美がここに来る前に背負っていた、リュックとポシェットだった。
「あ! 私の荷物!!」
てっきり失くしてしまったと思っていた荷物に、香雅美は大喜びで飛び付いた。
なぜなら、そのリュックの中には、とても大事な弟の形見が入っていたからだ。
急いでチャックを開け、中の物を次々と放り出す。
すると、彼女のお目当ての物はリュックの底の方にあった。
「あ、あったぁ……。良かったぁッ!!!」
――お目当ての物。それは小さなスケッチブックだった。
香雅美はそれを大事そうに抱きしめると、心底ホッとした表情で座り込む。
これさえ無事なら、何も言う事は無かった。
どこに行くにも、肌身離さず持ち歩いていたお守りみたいな物なのだから。
大事な物が見付かって、すっかり安心した香雅美は、やっと余裕が出てきたのか今、自分が出来る事を考え、取り合えず着替える事にした。
幸い、リュックの中には着替えがあったので、その中から黒の長袖Tシャツと白のGパンを選び、早速それに着替えた。
生憎、香雅美の靴は無く、代わりにベットの側に置いてあったスリッパを見付けそれを履いた。
最後にポシェットを腰に付けると、何気なく中に入っていた携帯電話を取り出した。
「はは。やっぱり圏外になってる……」
日付は、あの吊橋の事件があった日から二日経っていた。
時間は……というと、外は明るいのに、なぜか夜中の11時になっている。
――と、いう事は、やはりここは日本ではないのだろうか……?
言葉が通じない時点で、ここが日本では無い事は分かっていたハズなのだ。
だったら、一体ここは何処なのか?
香雅美は混乱しそうになる頭を軽く振り、大きく溜息を吐いた。
「う~~~っ!
取り合えずッ!ここが一体何処なのか、情報収集が先決だよ!
この部屋にいるだけじゃ分かんないから、ちょっとだけ外を見てみよう……」
勝手に出て行ってしまうと、あの男性が心配するといけないので、香雅美はすぐに戻るつもりで、御簾で仕切られた所から外に出てみた。すると……
「わぁ…………す、凄い……」
眼下に広がるのは、映画に出てきそうな広い東洋風の建物。
塀で仕切られた 敷地の向こうには、遥か向こうまで瓦葺の街並みが広がっていた。
「も……もしかして私、タイムトリップしちゃったの……?」
香雅美がそう思ったのも仕方がない。
下の敷地内を歩いている者達の服装が、皆、どう見ても昔しの東洋風の服装なのだ。
その上、三国志に出てきそうな兵士までいるし……
香雅美は廊下の手すりに寄りかかり、呆然として見ていた。
もしかして、ドッキリカメラだったりして?
ふと、そんな事も考えてみたが、有名人ならいざ知らず、これだけ費用のかかるセットでそこらへんの一般人にイタズラしても、誰が喜ぶだろうか?
なので、この考えはすぐに却下された。
やっぱり、小説やマンガみたいに……。
香雅美も、タイムトリップや異世界にトリップする、マンガや小説の話は好きだった。
自分もそんな主人公になれたら面白いだろうな……と、考えた事もあった。
だが、それは所詮 想像であって、実際の問題となるとまた別である。
――自分は生きているのだ。
そして、これからここで、生きていかなくてはならない……という、問題に直面して、香雅美の胸に、再びあの崖にいた時に感じた不安が蘇る。
知らない場所。それも言葉が通じない国で、果たして生きてゆけるのだろうか……?
それより何よりも、自分のいた時代に帰れるのだろうか……?
そう考えると、思わずあの時の様に涙が滲んできた。
「~~~~っ!
ダメ! 泣いちゃダメだ!! 泣いても何も始まらないよ!!!」
不安に流されそうになる自分の気持ちを、押し留めようと、頭を大きく振った。
そして涙をぐっと堪えると、悲観的になる考えを振り払うかの様に頬を叩いて渇を入れる。
「よっし!
取り合えず、これからどうするか考えるのが先決なんだから!」
まず、状況を把握しようと考えた香雅美は、もう一度辺りを見回した。
ふと、自分が寝ていた部屋に目を移すと、壁際に飾ってあった大きな絵皿に目がいく。
皿の絵柄は雅な柄が描かれていて、日本の物…と言うよりは、孔雀等をあしらった派手な中国のものに近かった。
「も、もしタイムトリップだとしたら、やっぱり日本……じゃないよね?
だって、歴史の教科書に載っていた建物の造りも違うし、この絵柄だって……。
どちらかって言えば、中国っぽいかも……。
――って、ちょっと待って!
そう言えば私を助けてくれたあの人って、確か金髪碧眼だったよね?
昔しの中国に金髪はありえないよ、絶対!!
あ! でも……三國無双じゃ何人かいたような……
あれ? 戦国無双だったっけ??
そっかぁ!
だったら昔しの中国にいても、別に変じゃないよねーっ♪」
ポン!と手を打ち、何度も頷きながら一人で納得している香雅美。
彼女は、ゲームと史実をごっちゃにしてしまっていた。
その上、問題の焦点がいつの間にかズレているのにも、気が付かなかった様だ。
やはり、彼女の性格が元々楽観的なのが原因なのだろうか?
それとも、また無意識に現実逃避しているのだろうか、一人漫才は続いているが……。
「ああ、それでかぁ!
どこかで聞いた様な言葉だと思ったら、映画のジャッキー・チェンとかが、しゃべってる言葉だったんだ!!」
香雅美の好きな映画俳優を思い浮かべ、一人悦に入っている。
だが、ふとある事に気付き、深い溜息を吐いた。
「うっ……、そうだった。
私、英語と日本語しかしゃべれないんだっけ?
確かにアメリカにも、中国人のクラスメイトがいたけど、あんまり話してないし……。
でもまだここが、中国だって決まった訳じゃないし……う~~ん。
あの人に会ったら、試しに 『ニーハオ★』 って、話し掛けてみようかな?」
「――何だ、ここの言葉が話せるのか? 娘よ」
「へっ…………?」
急に鳴り響いた低音の音と共に、香雅美の頭の中に声が届いた。
後ろに気配を感じ、何気なく声の主の方を振り返ってみた、すると……
「 !!!!!!! 」
香雅美は目を見開き、顔から血の気が下がるのを感じた。
それは目の前に、狭い部屋の入り口から顔を覗かせている、巨大な黒い物体を見たからだ。
以前、一度撃退したハズのものが再び現れ、驚きの余り硬直状態になる。
黒光りするその体は、あるモノを連想させ、それが大の苦手な香雅美は全身総毛立った。
「いやあああああッッ!!!!
でっかいカブト虫ぃぃッッ!!!!」
「ぐふッッ!!!」
叫び声と同時に、香雅美が投げ付けた大皿が、見事、巨大な虫(?)の顔面にヒットした。
無残に砕け散る高価な大皿。 そして、仰け反る虫(笑)。
もしここの住人がその現場を目撃したら、壊された大皿の高価さに絶叫を上げたであろう……
――それは さて置き。
大皿は直径80センチはある、かなり重い物だった。だが、それを片手で難なく掴めたのだ。
いくら夢中だったとしても、普通、そこまで力は出ないハズなのだが、その異常さを今の香雅美は、気付く余裕が無かった様だ。
「お、おのれ無礼な! 一度ならず二度までも……。
虫ではないと言っておるではないか! 私の名は黒麒麟。霊獣だッ!!!」
「いやッ! いやあッ! いやあああ――――ッッ!!」
黒麒麟の言葉も耳に入らず、手当たり次第に、近くにあった物を投げ付ける香雅美。
だが、さすが宝貝合金以上の外殻を持つ霊獣。
最初の不意打ち以外は、何を投げ付けられても、びくともしない。
なので、一向に退散する気配が無い様子に、香雅美は更にパニック状態になってしまった。
最初は小物だったのが、その内イスやテーブルになり、挙句の果てにはタンスまで投げ付けていた。しかも片手で。
一向に自分の言葉を聞こうとせず、次第にエスカレートする香雅美の攻撃を受け、今まで耐えていた黒麒麟の堪忍袋が、とうとうキレてしまった。
「この……いい加減にしろッ!
小娘が、いい気になりおって!!!」
「ひッッ!!!」
ミシミシ と狭い入り口にヒビが入り、黒い巨体が部屋に入り込もうとしている。
生憎、他に出入り口が無いので、そこが塞がっている限り、この部屋から脱出する術はない迫り来るその恐怖に、香雅美はとうとう座り込んでしまった。
「い……いやっ! だ……だれか……」
スケッチブックを抱きしめたまま、後退る香雅美。
最後の望みの綱、虫除けスプレーを使おうとしたのだが、なぜか無くなってしまっていた。
それは、聞仲が危険な物だと判断した為、没収されていた事を香雅美は知らない……。
何か他に投げる物は無いかと、黒麒麟の方を向いたまま、後ろを手で探る。だが、ダメージを与えられる様な物は全て投げてしまった後なので、目ぼしいモノは残っていなかった。
「あ……、ああ……。」
バリバリバリ! と、柱と壁が崩れ落ちる音と共に、とうとう黒麒麟の黒い巨体が現れた。
荒い鼻息と、その赤い目を見れば、すっかり頭に血が昇っているのが分かる。
黒麒麟は前足を高々と上げると、座り込んでいる香雅美に向かって振り下ろした。
「死ね! 小娘ッ!!!」
「いやああああッッ!!!!」
眼前に迫る、大きな蹄。
踏み潰される! と、思った瞬間、後ろを探っていた右手が、あるモノを掴んだ――
――一方、まだ仙人界には戻らず、太師府に留まっていた四聖達は、黒麒麟の放つ、怒りの『気』に気付き、その現場に駆け付けて来た。
生憎 聞仲は、朝早くから
「何だこの『気』は!? 黒麒麟様の気の様だが……」
「それにしても、いつも冷静な黒麒麟様がなぜ、ここまで怒っておられるのだ?」
「もしかして、妖魔でも現れたのかな!?」
「バカな事を言うな
そして、土煙の中から黒麒麟の姿が現れたかと思うと、仰け反る様に、そのまま後ろへと倒れ込んだのだった。
「「「「 こっ……黒麒麟様ぁッッ!!! 」」」」
慌ててその場に駆け寄ると、黒麒麟はうめき声を上げながら、目を回していた。
そして信じられない事に彼の頭にヒビが入っており、角の一部分が欠けてしまっていたのだ。
「なっ!? 黒麒麟様の外殻にヒビが……!!!」
「し、信じられん……」
「ウソだろ!?
「一体、誰が…………!?」
四聖達の間に緊張が走った。 そして、臨戦態勢をとりながら客間の方に注目する。
すると、土煙が次第におさまってきた向こうに、信じられない人物が立っていた。
「「「「 !!!!! 」」」」
煙の向こうに姿を現したのは、昨日、王墓で見付けた娘だった。
少女は肩で息をしながら、あるモノを握り締めている。
「なっ!? あの娘が黒麒麟様を一撃で!?」
「宝貝合金以上の武器を使った……って、あの手に持っているモノは何だ!?」
「ま……まさか、もしかしてアレで黒麒麟様を攻撃したのか……?」
「お、俺の目がおかしくなってるのか? アレはどう見ても台所とかでよく見掛ける……」
――そう。
娘
どうやら、あのリュックの中には、アウトドア用の調理器具が何点か入っていたらしい。
だが、それはただの鉄のフライパンであって、特別強力な武器ではない。
それなのに、なぜ黒麒麟を一撃で倒す事が出来たのだろうか?
あの巨体を吹き飛ばした力といい、妙な使い方をして変形もしないフライパンといい何かがいつもとは違うのだ。
普通では考えられない、目の前の異常な現象に、今まで興奮状態だった香雅美もやっと気付き出した。
【 へ……? い、今の……って私の力……なの?? 】
無我夢中で殴り飛ばしたとはいえ、自分より何倍もの大きさの相手を一撃で倒したのだ。
いくら香雅美の運動神経が良くても、火事場の馬鹿力でも、ここまでは出来まい。
香雅美は信じられない……という様に、驚きながら自分の手を見詰めた。
一方、こんな事が本当にあっても良いのかと、四聖達も呆然と香雅美を見ている。
そんな中、王魔が一早く我に返り、自分達の仲間を傷付けた香雅美に対して、怒りを露わにした。
「お……おのれ娘ェ! そんなふざけたモノを使うとは!!!」
「あ……! 待て王魔!! 早まるな……」
【 えっ……!? 】
バシュン! という音と共に、迎撃ミサイルの如く、開天珠が部屋に飛び込んで来た。
今までぼんやりとしていた香雅美は、その音に気付き、咄嗟にそれを避けた。
着弾と同時に、爆発する開天珠。
弾の直撃は免れたものの、その爆発に巻き込まれてしまい、二階から外に、吹き飛ばされてしまったのだった。
【 きゃああああっ!!!! 】
二階とはいえ、5・6メートルはある高さだ。
まともに落ちれば死ぬか、運が良くても両足の骨折は免れないだろう。
だが、足から落ちたと言うのに、香雅美はなんと無傷であった。
それどころか、1メートル程の高さから飛び降りたぐらいの、軽やかな着地を見せたのだ。
再び驚く四聖達。
だが、これに一番驚いていたのは、香雅美本人だった様だ。
香雅美は、立て続けに自分自身が起した現象を、目の当たりにして呆然としている。
【 えっ? えっ? な、何で……?? 】
一方、人間相手に宝貝を使ってしまった事に、王魔は後悔した。
だがそれも一瞬の事で、その後の相手の行動を見て、自分のやった事の正しさを確信した。
目の前の人間離れした娘の能力に、自分達と同類の者だと感じ取ったのだ。
なので尚更、あんな小娘に自分の攻撃を避けられ、プライドが傷付いた様だ。
意地になった王魔は、再び開天珠を発射させようとする。
「くっ……! 次は外さん!!」
「やめろ、王魔! 人間に向けて宝貝を使うとは何事だ!!」
慌てて王魔を止める楊森。
だが王魔は、掴まれた腕を振り払うと、香雅美を指差しながら大声で怒鳴った。
「何を言う楊森! アレはどう見ても普通の人間じゃない!
奇妙な『気』といい、アイツはきっとこの殷に害を成す、妖魔だ!!」
「確かに……、普通の人間とは違う『気』を発している。
だからといって、妖魔とは限らんぞ?
言葉が通じないところをみると、異国の仙道かもしれん……」
慎重派の楊森の意見に、納得出来ないのか、王魔は眉間にシワを寄せている。
そこへ四聖の一人、李興覇が面白そうに話に加わってきた。
「それじゃあアイツに直接聞けばいいじゃないか。
もし妖魔だったらちょーっと締め上げてやれば、すぐに正体を現すさ♪
なんなら、次はこのボクが……」
「おい、李興覇! あの娘は聞仲様が捕らえた娘だぞ!?
聞仲様がいない時に勝手な事をするな! お前はいつも後先考えない行動する」
「ちぇっ! せっかく腕試しが出来ると思ったのになー」
残念そうに口を尖らせる李興覇。
もし
高友乾は相変わらずな彼の性格に、半ば呆れた様に肩を竦めた。
そして、聞仲が戻って来る前に事態の収拾をする為、今の騒ぎで集まって来た太師府の者達には、王魔や李興覇に対応させ、黒麒麟の回復役に楊森をあてた。
最後に高友乾は、この騒動の中心人物である娘に、自分が当たることにしたのだった。
それと言うのも、王魔や李興覇は四聖の中でも好戦的である為、ヘタをすれば今の様に娘を殺しかねない。
一番冷静に対処出来るのは楊森なのだが、彼は黒麒麟の回復役なので仕方がない。
人間……それもまだ子供だとはいえ、女と接するのに余り慣れていない高友乾は、これも聞仲様の為……と、出来るだけ友好的な態度をとったのだった。
いまだ不思議そうに自分の体を見回している、娘に近づく高友乾。
「おい、娘」
【 !? 】
いきなり声を掛けられたので、驚く香雅美。
少し怯えた表情のまま、フライパンを片手に身構えている。
それを見た高友乾は、攻撃されては敵わないので、慌てて待ったを掛けた。
そして、何も危害は加えないと言う様に、両手を高く上げる。
「うわっ! 待った! 何もしないから、大丈夫だって!!」
なっ? と、少しぎこちない笑みを浮かべる高友乾。
そんな彼の態度に、最初は怯えながら警戒していた香雅美も、言葉が通じない相手だがどうやら危害を加える気はないのだと、理解した様だ。
ふと、武器の様に構えていたフライパンを、いつまでも相手に向けているのは失礼だと気付き、慌てて地面に置いた。
そしてこちらも攻撃する気が無い事を示す様に、高友乾を見てコクリと頷いた。
ここで高友乾は改めて香雅美を見た。
最初見た時は髪が短く、てっきり少年だと思い込んでいたのだが、こうして改めて見るととびきりの美女とまではいかないが、中性的で、なかなかカワイイ顔立ちをしている。
先程怯えていた表情とは違い、そのキョトンとした瞳に、人懐っこい好印象を受けていた。
『ふ~ん。
あの時は分からなかったけど、今の薄い服なら女だって一目で分かるな』
自分の肩程までの小さな体。
華奢だが、意外と女らしい体のラインに、少し興味をそそられた。
だが異性に対して受けた初めて感情に、高友乾は急に恥ずかしくなったのか、思わず頬を赤らめる。
慌てて視線を逸らせようとした彼に、更に戸惑わせる事が起こった。
なんと信じられない事に、娘がいきなり自分に抱き付いて来たのだ。
――密着する柔らかい胸。鼻をくすぐる女性特有の甘い匂い。
それはどれも今まで体験した事の無い、甘く切ない感覚だった。
今まで修行一筋だった彼も、聞仲に負けず劣らず、異性との交わりの経験がない様で、性的な免疫は皆無に等しかったのだ。
なので、この大胆な娘の行動に、高友乾は更に真っ赤になって、焦ってしまった。
「うわあッ!! なっ、なっ、何だよ急に!?」
一瞬、自分に気があるのかと、思わず勘違いしてしまいそうになったが、娘をよくよく見てみると、何かを怖がる様に震えながら、ぎゅっとしがみ付いていた。
そして自分の後ろに向かって指を差しながら、なにやら喚いている。
【 お願い、助けて! でっかいカブト虫がいるっ!! 】
「へっ……??」
訳がわからぬまま後ろを振り向くと、そこには楊森の宝貝で回復した黒麒麟が、自分達を見下ろす様に立っていたのだ。
「ひっ!!!」
コフ――ッ …と、湯気が立ちそうな荒い鼻息と、興奮状態を示す赤い眼。
心なしか怒りオーラ全開の様な………(汗)
「娘、さっきはよくも……。
どけ! 高友乾! 庇い立てすると貴様も容赦せんぞ!!」
「えっ? えっ?」
高友乾にはそのつもりは全く無かったのだが、いつの間にか庇っている様に見られてしまっていた。
反論しようと思ったのだが、黒麒麟の今にも攻撃しそうな勢いに押されて弁解出来ず、取り合えず身の安全を優先し、慌てて娘から離れ様とした。だが――
『うっっ!! 外れない!!!』
ガッチリと、しがみ付いた娘のその手は、以外にも強力だった。
このままでは巻き添えを喰らってしまうと感じた高友乾は、必死に掴んでいる手を外そうとした。だが、すればする程、娘の腕が逆に食い込んでくる。
焦りながら、ふと何かを思い出した彼は、一気に頭から血の気が失せた。
そう、すっかり忘れていたのだ……。
彼女があの黒麒麟を一撃で伸した者だと言う事を!
――その時高友乾は、生まれて初めて命の危機を感じた。(笑)
「どけ! 高友乾!!」
「ちょっ! 待っ! ぐ……苦じい……」
【 いやぁ――っ! 】
「お、お待ち下さい、黒麒麟様! どうか、お静まりを!!」
その様子を見かねて、怒りを露わにしている黒麒麟を、慌てて押し止めたのは楊森だった。
「楊森……貴様ッ! なぜ止める!!」
「お、お怒りはご最もですが、この娘は聞仲様が捕らえた者です!
聞仲様の意思を無視して、我らが手を下す事は、忠義に反します!!」
「む!? むぅ……」
聞仲の名を出されては、いくら黒麒麟といえども従わない訳にはいかなかった。
辛うじて黒麒麟は怒りを治め、深い溜息を吐いた。
「…………聞仲様の為ならば、致し方無い。だが……」
ゴキリ!……
「「 ??? 」」
言葉を遮る様に、何かが折れる鈍い音がして、黒麒麟と楊森は振り返った。
振り返った先に彼らが見た物は、なんとも異様な光景だった――
「「 こ……高友乾ッッ!!!! 」」