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第2話

――ここは人里離れた山奥。
その遥か上空に浮かぶ巨大な岩山.。それは仙道達が集う崑崙山(こんろんさん)と呼ばれるものであった。


崑崙山の教主 元始天尊(げんしてんそん)は、総本山玉虚宮(ぎょくきょきゅう)にて ある者が来るのを待っていた。




「道士、(よう)ゼンまいりました」


「おお、よく来たな楊ゼン!」



元始天尊の前で頭を垂れ、礼をとっているのは青い髪の青年。
どうやら、彼が待っていた人物の様だ。

優雅な物腰、知的な雰囲気。どれをとっても その美しい容姿によく似合う。

見た目は歳若い青年なのだが、これでも250年以上生きている仙道であった。
そして、この崑崙山では仙人をも凌ぐ、実力の持ち主なのだ。


それでも相変わらず、彼は道士と名乗っている。
そんないつもの楊ゼンの態度に、元始天尊は少し苦笑した。



「おぬしはもう仙人の免許を取っておるのだ、仙人と名乗れば良かろうに……」


「それは出来ません」

元始天尊の言葉に楊ゼンはキッパリと答えた。



「仙人は徒弟制度を用いておりますゆえ……。

 仙人と名乗るならば、僕は弟子を取らねばなりません。
 僕は弟子に時間を割くよりも、自分の技をもっと磨きたいのでございます」


「――仙人界で唯一 『術』 で宝貝以上の奇跡を起せる天才が、
 まだ、辛い修行を続けると言うのか……」



元始天尊としては彼に早く仙人になってもらい、その能力を弟子達に引き継がせてほしかったのだ。
彼が弟子の育成に力を入れてくれれば、更に有能な人材が増え、それだけこの崑崙山も安泰するのだから……。

だが、この問答は今まで何度も交わされたものであり、彼の態度を見てもこのままではまだ説得は不可能だと判断した。

深い溜息を吐いた後、仕方無しに元始天尊は、話を本題に移した。




「……まあ、良い。今日はそれとは別の用があるのだ」

「用……とは?」



「おぬしを見込んで、ぜひ頼みたい事がある」




そんな改まった元始天尊の態度に、楊ゼンは少し怪訝そうに眉を寄せた。
そして、何やら思い当たる節があるのか、微かに口元を上げる。



「――それは、先日起こった事件に関係するのではありませんか?」


「ムッ……、その通りじゃ。
 さすがは天才、察しが良いのぉ。フォッ フォッ フォッ 。」



相変わらずの楊ゼンの察しの良さに、元始天尊は笑った。
そして空中に手を翳すと、楊ゼンの目の前に、ある映像が浮かび上がる。




「これを見て欲しい」

「この少年……は?
 確か……元始天尊様の弟子の、太公望(たいこうぼう) 師叔(スース)ではありませんか?」


ファイルの様な一枚の映像には、年端もいかない一人の少年が映し出されていた。

楊ゼンはまだ直に対面した事がなかったのだが、それは太公望と呼ばれている元始天尊の直弟子にかなり似ていた様だ。

だが元始天尊は軽く苦笑すると、それを否定した。


「いや いや、この者は太公望ではないぞ。
 あまりにも似ておるのでワシも戸惑うておるのじゃが……」

そして次の突拍子のない元始天尊の言葉に、楊ゼンは思わず目を丸くしてしまった。




「異界の者じゃよ」


「異界……!?」


見たところ、何の変哲も無い普通の人間に見える。
それも同じ崑崙に住む道士と似ているのだから、疑っても仕方はなかった。

まだ少し、疑念の表情を浮かべる楊ゼンから視線を外し、元始天尊は少し遠い目をして宙を見詰めた。


「……数百年に一度の(さく)の日に、この世界と異界との空間が繋がる現象が起きる。
 我らはそれを『(ゲート)』と呼んでおるのだが……。
 その朔の日を利用して、その度、異界から有能な者達をこの世界に招いておるのじゃ」


「そ、それは……初耳です」


「そうじゃろうて。
 なにせその時おぬしは赤子であったし、事を知るのは、ほんの一部の者だけだからな」



仙道が集うこの崑崙山には、何百年も生きた楊ゼンでさえ、まだ知らない事がたくさんあった。
探究心を満たす為、色々と内部に探りを入れた事もある。

だが、それらは全て目の前の老人に知られていた様だ。
極秘事項等は楊ゼンが探りを入れる前に、それとなく他の者を使い牽制されていたからだ。

所詮この崑崙山にいる限り、このしたたかな老人の手のひらで踊らされる存在なのだから……


それにしても今回、なぜそんな極秘事項を自分に話したのか?
やはり何かあるのでは……? と、楊ゼンは無意識に身構えていた。




「――で、この少年がその異界の者だとして、僕に何をさせるつもりなのですか?
 まさか、弟子にしろとでも?」

「いや。人間界で、この少年を探してもらいたいのじゃ。」



「探す? ……と、言う事は行方不明なのですか!?」


「その通り。……先日、この辺り一帯を雷が轟く事件が起きた。
 おぬしはもう察していると思うが、あれは申公豹(しんこうひょう)による雷公鞭(らいこうべん)の雷じゃよ」



「やはり……」





――先日起こった事件。


それは崑崙山上空…、いや。この大陸全土を揺るがす様な雷が、轟いた出来事だ。

かつて無い天変地異の様な出来事に、崑崙山の仙道達は慌てふためいた。
それでなくとも朔の日は、月が全て隠れるという、不安定な 『陰の気』 が充満しているのだから……。

それがまさか異界との接触を、引き起こす様な力が働いているとは、楊ゼンにも察知する事が出来なかった。


だが、その 『(ゲート)』が開き、異界の者を召喚するという大事な時に、なぜ申公豹は自分の宝貝(パオペイ)を使用したのだろう?

そんな疑念を抱く楊ゼンに気付く事無く、元始天尊は話し続けた。



「いつもの予定通り、この崑崙山に召喚されるハズだったものが、あやつの放った宝貝の力で座標が狂ってしまったのだ。
 この世界に召喚されているのは確かなのじゃが……。

 ワシの千里眼で探そうにも、今回の異界の者の『気』は特殊な様で、捕らえる事は至難の業なのだ」


「……お言葉ですが、
 元始天尊様の千里眼でも発見出来ないものを、僕が探せるとお思いですか?
 ローラー作戦を考えておられるのなら、何も僕でなくとも良いのでは……」


「……他の仙道達と違って、おぬしなら人間界の情報が簡単に入ると思おての。
 知っておるぞ? 時々人間界に降りては、女人と情を交わしているとか……」

「!!!」




――そう。元始天尊が指摘したように、楊ゼンは幾度と無く 人間界に降りていた。

それも女人との情事が目的で。



最初は他の仙人達も時折使っているという『房中術(ぼうちゅうじゅつ)』を身に付ける為だった。

『房中術』とは男女の交わりを利用して、気を練り上げる術の事である。
普通に気を練るより、かなり効率が良い事を知り、楊ゼンは好んでこの術を使った。

…… と、これはあくまでも建前で、実際は女人と肌を合わせていく内、すっかりハマってしまったと言うのが事実の様だ(笑)。



楊ゼンは何度か経験を重ねるうち、やはり女との情事は、男にとって魔薬(まやく)だとつくづく思い知らされた。
一度味わってしまえば、己の気力・体力が無くならない限り、それを絶つのはどんな聖人でもきっと不可能であろう。

そう悟った彼は、無理に禁欲的にはならずに、気の向くまま『術』の修行と称して行動してきたのだった。
幸い 変化の術を得意とする為、女人に不自由はしなかったみたいである。


だが、その事実を他人に知られるのは自分の弱みを見せる様で、彼のプライドが許さないのか、人前ではあえて禁欲的で、クールな天才道士を装っていた様だ。





――と言う事で、人間界に降りているのは知られても、ソレが目的だとは知られていないハズなのだ。


千里眼を持つ元始天尊なら、どうせ自分の行動などお見通しなのだろうと、それは分かっていた。

なので、決定的な現場を覗き見られぬよう念を入れて、その都度 戸口には結界の札を貼っていたのだ。
いくら元始天尊でも遠く離れたこの場所から、その結界を破る術はもっていないだろうと考えての事だ。



――と、言う事は、やはり春のとうに過ぎたジジイの憶測か?



しかし、相手は何千年も生きた崑崙きっての仙人(ジジイ)

本当は結界を破って覗いているのかも……と、いう怖い考えに思わず囚われそうになり、楊ゼンは心の中で冷や汗を掻いた。

次からは別の結界札を作って行こうと、心に決めつつ、目の前の老人に出来るだけ弱みを見せない様、勤めて冷静さを装い、反論を試みるのだった。



「………あ、アレは『房中術』です!
 それに女性の変化をより完璧にする為にやっている事であって、
 そもそも仙道である僕は、寿命の短い人間相手に肌は合わせても情を交わした覚えはありませんよ」



少し苦しい言い訳と精一杯の反論に、元始天尊も一瞬吹き出しそうになった。
何千年も生きて来ただけあり、楊ゼンの焦りなどお見通しなのだ。

まだまだじゃな……。と、心の中で苦笑しながら元始天尊は話を続けた。



「フォッ フォッ フォッ!
 まあ良い。それについては、もうこれ以上 追求はすまい。

 只、その女人達を使えば、少年の所在が掴めるやもしれんと思うてな。
 それらを考慮すると、おぬしが適任なのじゃよ。
 それにこの事は余り他の仙道達に、知られたくないのじゃ」

「……………………」



「それに……」

「な、何か?」



「この者は宝貝は持っておらぬが、術の力は我らより強いと見ておる。
 修行次第では、将来おぬしの良きライバルになるやもしれんしな」


「僕のライバルに……ですか?」


意外な話の展開に、楊ゼンは戸惑っている。
そんな様子を見て元始天尊も、彼の心の動きを感じ取ったのか、内心ニヤリと笑った。



「そうじゃ。一人で闇雲に修行をするよりも、
 切磋琢磨出来得る相手がおった方が実力は上がるというものじゃ。

 ……そう考えてはどうかな?」


「…………………」



トドメの一言を聞いて、楊ゼンの心は完全に揺らいだ。

なぜなら今の彼の修行は、以前よりも目に見えた成果が現れていなかったからだ。


師匠である玉鼎真人(ぎょくていしんじん)の剣の技にはまだ及ばないが、術や宝貝を交えての闘いの実力は、この崑崙山では、彼の右に出る者はいないと言っても過言ではなかった。

なので、それ以上の成長はなかなか望めず、自分が思い切って実力が出せる修行相手が欲しかったのだ。



ここまで読まれていたか……。


もし元始天尊が言う様に、その異界の人間の実力が優れたものであるならば、これ以上ない望みなのだから。

目の前の したたかな老人の思惑通りになるのはちょっと癪に障るが、この際仕方あるまい……と、楊ゼンは彼の要望に答える事にした。




「では、改めて聞く。
 おぬしにしか出来ぬこの極秘任務、受けてくれるか? 楊ゼン」

「…………元始天尊様がそこまで言われるのであれば、仕方ありませんね。
 お受け致しましょう」


「すまぬな」

「いえ、これも修行の内・・・・・・・ですから…………。
 では早速人間界に降りたいと思います」

「ああ、そうしてくれ。出来るだけ早くその少年を見付けて欲しい。
 それと、後一つ……言い忘れたのだが。」


「何か?」


退室しようとした楊ゼンを、急に元始天尊は呼び止めた。
そして低い声と共に、元始天尊の様子が今までとは一転して、冷ややかなものに変わった。




「もし……
 もし万が一にもその少年が、我らと相反するものに属してしまい、手に負えぬ様なら……」






「殺せ」






「元始天尊……様?」


一瞬、楊ゼンは耳を疑った。

いつもと違う元始天尊の雰囲気に戸惑いを覚え、理由を聞こうと口を開いた。 だが……



「今のは……」

「では健闘を祈るぞ、楊ゼン。」



元始天尊はいきなり楊ゼンの言葉を遮り、その一言を告げると、さっさとその場から立ち去ってしまった。
問答無用とばかりの彼の態度には、ハッキリとした拒絶の意が込められていた。

なので、楊ゼンは追い駆けてまでその理由を聞く事も出来ずに、只、その後ろ姿を呆然と立ち尽くして、見詰めている事だけしか出来なかったのだった……。

























「ま……参ったなぁ。 こんな事になっちゃうなんて……」







深い溜息を吐きながら一人の少女、 は項垂れていた。


『――天国にいるお父さん、お母さん、そして弟の(のぞむ)!お元気ですか?
 ウフフッ♪ 私は今、人生最大のピンチに立たされている所…………だったりして~!!!』




――そう。 今、がいる所は切り立った崖。

それも、その途中の少し出っ張った石にぶら下がっている状態なのだ。
これをピンチと言わずして何と言おう。

半ば現実逃避に陥りながら、は少し自嘲気味に笑った。




――なぜ自分がこんな目に合ってしまったのか?


実際、切羽詰った状態に陥っていると言うのに、なぜか彼女はその事に想いを巡らしていた。

今はそんな事、考えている場合じゃないだろ!? ……と、思うかもしれない。
だがその行動自体、彼女がまだまだ混乱している証拠でもあった。

それが彼女なりの心の整理の仕方なのかもしれないが……。



「お……お、落ち着け
 も、物事の最初っから考えれば、きっと解決方法が見付かるハズだよ!!」

グッ!っと拳を握り締め、自分に言い聞かせる様に呟いたは、今までの出来事を指折り数えてみる事にした。




①友人達とキャンプから帰る途中、
 吊橋の上で仙人のおじーさんと、宇宙人(女)と出会った。

②そこで、いきなり雷が落ちて気絶して、
 次に目を覚ましたらスケッチブックの『あの人』がいた。

③言葉が分かんない。

④有り得ないくらいでっかい虫がいたので、
 思いっきり虫除けスプレーを吹き付けて逃げた。

⑤全速力で逃げる途中、
 何か踏んだと思ったら虎がいて、食べられそうになり必死で逃げた。

⑥どこをどうやって逃げたのか分かんないまま、崖から落ちて今に至る……。





――と、言う訳である。


どこからどこまでが現実なのか? それともこれは全て夢なのか?

としては今の状況を見て、後者の方を切実に望んでいるのだが、頬や手にある擦り傷の痛みから、否応無しに、これらはすべて現実のものだと思い知らされていた。

ならば、あの時の老人が言っていた様に、本当に違う世界に連れて来られたというのだろうか……?
そんな非現実的で有り得ない考えに怖くなり、思わず大きく頭を振った。



「……ち、違うッ!!
 あの時のおじーさんや宇宙人は、霧の中だったから目の錯覚だった!
 それにスケッチブックの『あの人』は、たまたま似ていただけのコスプレが好きな、外人のお兄さんで!

 さっきの虎だって、長野県では野生のトラが生息しているかもしれないし、
 あの でっかい虫だって、放射能とか浴びて突然変異しちゃったカブト虫だよ!きっと!!!」


そうだよね★ ……と、あくまでもここはキャンプをしていた日本の長野県だと、思い込もうとしている
だが野生の虎説もかなり苦しいが、突然変異のカブト虫説は絶対有り得なかった。

なぜなら、そのカブト虫は羽を使う事無く、宙にフヨフヨ浮いていたから。
それに しっかり しゃべってたし……。


その点を都合良くスルーしながらも、何気なく視線を移動する。
そしてチラリと視界に入ってきた、眼下に広がる広大な土地に、思わず引きつった笑みを浮かべた。

「長野県……って、地平線が見えちゃうほど広かったっけ……?」



霞がかかる程、遠くまで見渡せる草原。その所々に切り立った岩肌を見せている山。
この風景を見て、は日本でない、どこか別の国の風景を思い出していた。

「何だか日本って言うより、映画やテレビで見た中国って感じだよね……」


まるで美術館に飾ってある、一枚の絵画の様な美しい風景に思わず見惚れてしまっている。
その間にも刻々と時間は過ぎ、唯一命を繋いでいる石を掴んでいた左手は、限界に近づきつつあった。

だんだんと疲労してくる左手のしびれに嫌でも気付き、今まで現実逃避をしていたもとうとう諦め、今の危機をどう乗り切るか、考えざるを得なくなってしまった。



「う~~~ん。さて、これからどうしょうかな……」


もうこうなったら、慌てても仕方がないと考え、は開き直る事にした。
取り合えず深呼吸をした後、今 自分が置かれている状況を見る。


――今、が引っかかっている地点は、ほぼ崖の中間辺り。


下を見下ろすと、だいたい八階建てマンションの高さだろうか?
真下に落ちれば むき出しの岩に叩きつけられ、間違いなく即死である。

高所恐怖症ではなかったが、その時の様子が容易に想像出来、少し青ざめながらゴクリと唾を飲み込んだ。



「こ……こんな時、私が忍者だったら、
 こんな崖なんかヒョイヒョイっと、降りれちゃうんだろうな~」


友人の一人が好きな、カマボコだったかナルトだったか覚えてないが、そんな名前の主人公が出てくる忍者ものアニメを思い出した。

だがアレは所詮アニメであって、重力を完全に無視したもの。
実際 人間の跳躍力など、たかが知れている。
地球より重力の軽い星にでも行かない限り、あんなスーパーマンにはなれないだろう。



「そうだよ!
 取り合えず今は自分の出来る事で、目の前の危機を乗り越えなくっちゃ!
 よぉー し!!」




混乱を克服し、やっと前向きに目の前の危機と向かい合ったというのに、更なる危機がを襲った。

――そう。無情にも今まで掴まっていた石がポロリと抜け落ちたのだ。



「へっ……?」




それと同時に起こる浮遊感。
その落下する瞬間が、まるでスローモーションのようにゆっくりと感じられた。


ああ……。 自分はここから落ちて死んでしまうんだ……。

『死んだら、(のぞむ)に会えるかな……?』



――そう思うと、不思議と恐くは無かった。

さっきまで確かに、恐怖感があったのに、実際 死を目の前にしたら、それらが全て吹き飛んでしまったのだ。

の身内はみんな亡くなっていたし、一日一日懸命に生きてきたので、やり残した事や、心残りなどは特に無かった。

只、自分が行方不明になって心配しているであろう友人達の事を考えると、胸が痛んだのだが……。



『ごめんね みんな……』

加速してゆく落下速度に耐え切れず、の意識は次第に薄れていった。





――だが、そんな時。ヒュン! と、唸る様な一陣の風がめがけて吹き付けた。


それは落下して行く彼女の体に巻き付き、地面に接触する寸前に、その体を勢いよく上空へと引き上げた。

気を失いかけていたは、再び感じた浮遊感に意識を取り戻した。
そして体に巻き付いていたものから開放されると同時に、誰かが自分を受け止めてくれたのを感じた。



【 全く………、探し出すのに手間取ってしまったではないか 】


『え……?』




聞き覚えのある低い声に、はハッと目を覚ました。

目の前にはあのコスプレ好きの外人さん( 談)が、渋った顔で何かを呟きながらビックサイズの鞭を腰に収めている所であった。


なぜこの人が目の前にいて、なぜ崖から落ちて死んでしまうハズだった自分が、生きているのだろう?

只 分かるのは、自分の窮地を目の前のこの人が救ってくれた事。
そして彼は命の恩人なんだと理解したのだった。



「あ……あ、あの………」


【 ん? 】



言葉が通じない事をすっかり忘れていたは、一言礼を言おうとした。

だが、極限状態から開放された反動なのか、思い通りに口が開かず、上手く言葉にならないその内、今頃になってその時の不安な思いが、波の様に一気にの胸に押し寄せてきたのだった。



【 !? 】



礼を言おうとしていただったが、男性の青い瞳を見詰めたまま、ポロポロと大粒の涙をこぼすだけであった。

それを目の当たりにした男性の焦る顔が目に映り、咄嗟に悪いと思い、慌てて顔を伏せた。
だが、その目からは止め処も無く涙がこぼれてしまい、それと共に溢れてくる感情をどうする事も出来なかった。

は声を押し殺したまま、咽び泣いた。








一方その様子を、コスプレ好きの外人さん( 談) (イコール) 聞仲(ぶんちゅう)は、内心焦りながらも黙って見ていた。




――今より何時間も前、少女が逃げ出してからの聞仲は、瀕死の黒麒麟(こくきりん)の回復を待ちつつ彼女が残した荷物を調べていたのだった。

中身は彼の初めて見る物ばかりで、服以外 人間界ではまず、作れない代物であった。
特に調理器具の一種だろうか?
こんなに丈夫で小さな物は、仙人界でも作れないだろうと関心して見ていた。


まさか、異国の文明は仙人界以上に進んでいるのか……?



金ゴウ島での修行時代、黒麒麟に乗って遥か遠くの地まで遠出をした事があった。
だが聞仲の見る限り、この仙人界より進んだ文明は見当たらなかったハズなのだ。


――ならば一体あの少女は、この地上のどこからやって来たのだと言うのだろう?



『それに同じ人間で、あそこまで異色な『気』を出せるものなのか……?』





少女がもし異国の者だとすると、なぜあんな場所にいたのかは、未だもって謎だが、他にもう一つ、どうしても府に落ちない事があった。

それはあの色々な絵が描かれた、変わった作りの書物の事だ。


その作りにも驚いたが、それ以上に中に描かれていた人物に驚愕した。
中にあったのは自分の姿。 それも色鮮やかな上、本当に生きている様に描かれていたからだった。


「な……なぜ、私の絵が……!?
 それに飛虎(ひこ)紂王陛下(ちゅうおうへいか)まで……」



パラパラとめくっていくと、金ゴウ島の資料室で見た崑崙山の仙道達もいる。
そしてページの後半部分には、金ゴウ島の妖怪仙人達も通天教主(つうてんきょうしゅ)を筆頭に、幾人か描かれていた。

その中でも目を惹いたのは、60年程前に、かつての聞仲がこの殷から追い出した仙女であった。


「これは王氏(おうし)……あの女狐(めぎつね)か」


妖しく美しい女人。
だが、その後ろには聞仲も見た事のない彼女の本性が描かれていた。

基本的に他人に本性を現す事を嫌う妖怪仙人達。だから自分以外の者に知られている訳がないのだ。
それがここまで明細に描かれているとは……。

この絵はあの少女が描いたものなのか?

それらの真相を聞くまでは、どんな事をしてでも、あの少女を探し出さなくては……と、聞仲は考えたのだった。



そうして、しばらくして黒麒麟がなんとか飛べる程にまで回復したので、早速、捜索に出てみたものの、最初、あれだけ遠くまで逃げ去ってしまったハズなのに、なぜか少女は王墓の近くにいた。

方向を間違えたのだろうか?


それはそれで、こちらには好都合だったので良かったのだが、少女を発見したと思ったらいきなり崖から落ちる場面に出くわしたのだ。

もし、数キロ先まで届く聞仲の宝貝、禁鞭(きんべん)が無ければ今頃、少女の命は無くなっていただろう。

『偶然発見したとは言え、運が良い娘だ……』






だが今、目の前にいる少女は体中傷だらけで、どこを彷徨(さまよ)っていたのか知らないが白い服が泥に汚れ、更に所々破れてしまっていた。

最初見た時よりもかなり、みすぼらしくなってしまったその姿は、見る者に哀れさを誘う。

それに………




『まだ子供だろうに。この娘は、こうも声を殺して泣くのか……』




まるで他の者に声を出して泣く事を、禁じられているかの様に、只、肩を震わせすすり泣く娘。

この状況下で喚き散らしたとしても、誰も咎めはしないのに、それでも少女は声を押し殺して泣いている。
それが聞仲の目には余りにも痛々しく映っていた。



こんなにボロボロの姿になってしまったのは、どこかで怖い目に遭ったのだろう。
不慣れな異国で言葉も通じず、どれだけ不安だっただろうか?

それを思うと急に少女が不憫に思え、気が付くといつの間にか聞仲は、小さなその体を抱きしめていた。




「もう大丈夫だ……、だから泣くな」




その言葉は、自然と彼の口を突いて出たもの。

言い終わってから、その言葉に聞仲自身も驚いていた。

――なぜなら今まで聞仲は、一人の人間に対して、ここまで思いやる事がなかったからだ。



『人』や『民』に対しての、漠然とした愛情はあったものの、身近な者達となると、その付き合いは、初めて太師に就任した頃から一線を引いていた。

周りの者達も その並外れた能力と、いつまでも歳をとらない異端な存在に、畏怖や尊敬の念を抱いてはいたが、一歩踏み込んで、彼に接する者はいなかった様だ。

そう。彼は王とは別の『特別な存在』だった。


そんな孤立していた彼だが、十数年程前、武成王(ぶせいおう)黄飛虎(こうひこ)との出会いによって、それは変わっていったのだった。
聞仲にとって黄飛虎の存在は、同じ殷を守り、衝突しながらもお互いを認め合う、良き好敵手(ライバル)であった。

なので、その黄飛虎に対する『情』との違いに、聞仲は戸惑っていたのだ。



『私にまだ、こんな感情が残っていたとはな……』


子供を思いやる親の気持ちとは、もしかしたら、この様なものなのかもしれない……。

聞仲はそう考え、優しく少女を見詰めたまま、微かに微笑んだのだった。







一方、の方は、自分の感情をなんとか抑えようと、手のひらで涙を受けながら必死に堪えようとしていた。
だがそんな時、急に抱きしめられたので、その予想していなかった出来事に驚いてしまった。

一瞬何が起こったのか理解出来ずに、ただ体を強張らせていた。そして……



【 もう大丈夫だ……、だから泣くな 】




言葉は分からなかったが、低く、優しい囁く声と、労わる様に背を撫でる、その大きな手は彼が自分を安心させようと、してくれているのが分かった。

そう思うと、更に胸の奥が熱くなった。

それと共に、今まで不安で一杯だった自分の気持ちが和らぎ、徐々に落ち着きを取り戻していくのを感じる。


濡れていた体を、崖の上で長時間風に晒され続け、もうすでに乾いたとはいえ、かなり冷え切っていた。なので、優しく包むように抱きしめられた、その大きな腕の中は暖かく、とても居心地が良かった。


『暖かい……。それに、なんだかとっても安心する…………』




突然現れた、得体の知れぬ自分。
それなのに、彼は命を助けてくれただけでなく、優しく労わってくれた。

今は ここが何処で、彼が何者でも、そんな事はどうでも良かった。
只、の胸は、彼に対しての感謝の気持ちで溢れていた。

広く大きな胸に顔を埋め、少し遠慮がちにも抱きしめると、同じ言葉を繰り返した。


【 あ……ありが……とう……。本当に……ありがとう…… 】








たどたどしいその同じ言葉を、少女は何度も繰り返している。

聞仲は、意味こそ分からなかったが、少女が感謝の言葉を述べているのだと感じた。
そして一言、「ああ」 と答えたのだった。

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*******後書き*********

今回、楊ゼンさんが登場ッ! それも女ったらしときてますよ彼!!
ああ、すみません…(汗)。 一応、最初の頃、注意書きで 『ウチの楊ゼンは壊れてますッ★』って予告したのですが、実は、こっち方面でだらしなくなってたのですよ、ウチの彼は。
楊ゼンは計算高い性格なので、上辺では元始天尊の命令を聞きつつ、裏で色々暗躍中です。悪い意味だけじゃなくて。(笑)
そんな楊ゼンがヒロインさんと、どうやって絡むか、今から楽しみです。

後、後半はあれからのヒロインさん&聞仲です。
今回はあんましギャッグっぽくしませんでした。本当は入れたかったのですが、そうするとヒロイン×聞仲 に発展しませんからね。(←うぉ!? 何気に聞仲受け?)
それにしてもこの小説読んだ長野県の皆様、気を悪くしたらすみません!
ウチの親戚も住んでいるのですが、あそこは自然が多くて、私は好きですけどね~。

さて!次回は飛虎パパが出てきます!!
一応、封神計画の五年前の設定になっとりますので、もちろん天化くんも健在だったりして~♪ では!

>20060617

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