戦を
それが例え、注意深く足音を忍ばせていたとしても、容易い事であった。
今夜は特に満月で外が明るく、静かな夜なので尚更である。
枕元に置いてある愛剣を素早く手に取ると、フリックは今起きたばかりだとは思えない俊敏さで壁に張り付き、そっとドアの隙間から外の様子を伺った。
隙間から見えたのは毛布に包まったの後ろ姿だった。
彼女は周りを気にして、毛布を半ば引きずる様に、少し足早に階段を下りて行った。
『……か? こんな真夜中にどこに行くつもりだ……?』
トイレに行くには様子がおかしく、少ししてからドアの軋む音が聞こえてきたのをみると、どうやら裏口から外に出たらしい事が伺えた。
なぜ裏口だと分かったのかというと、もし表の入り口から出ているのなら、ドアの外に立っている見張りの兵士に見付かって、止められたはずなのだ。それらを考えてもこの予想は正しいと言えるだろう。
が外に出たと分かり、後を追い駆ける為、フリックは慌てて身支度をした。
フリックもと同じく、他の者達に騒がれない様、裏口からこっそりと外に出た。
――今夜は満月
雲一つない夜空には煌々と月が輝き、その明かりで周りの星は見えない。
降り積もった雪原の上は雪の結晶が更に固まり、それがガラスの粒の様にキラキラと光っていた。
吐く息の白さから見ても、今夜の寒さが一段と厳しいものだと伺えた。
「う~~っ! こんなに寒い中、何しに出掛けたんだ? のヤツ……」
彼女が羽織っている毛布の裾が長いのか、目の前には足跡と布を引き摺った跡が森へと続いていた。
お陰で雪の降り積もっている今、彼女を行く先を見失わずに済んでいる。
だが、冬だとは言え、モンスターと全く出くわさないとも限らない。
相変わらず無用心なに軽く溜息を吐き、フリックは急いで後を追って森へと入って行った。
それはフリックが森へ足を踏み込んだと同時だった。
どこか遠くから女の叫ぶ声が微かに聞こえたかと思った瞬間、今まで静かだった森の中が、急に吹いた風によって、木々達が一斉にざわめき出したのだ。
「!?」
不自然とも思えるそのざわめきに、モンスターの出現かとフリックは警戒した。
愛剣オデッサに手を掛け、しばらく辺りを見回すが、モンスターが発する独特の殺気は感じられなかった。
だが……。
「? どこかで話声が聞こえる……誰だ?」
微かに遠くから聞こえる女の声と、そして もう一人。
女の方はだとしても、もう一人は誰なのか?
フリックは何か嫌な予感がして、急いで声のする方へと駆け出していた。
話し声はが付けた足跡と同じ方向から聞こえてくる。
間違いなく彼女は今、誰かといる。
昼間に会うならまだしも、こんな真夜中に一体何の用があって会っているのか? まさか……。
その疑問が頭に浮かんだ後、胸の辺りに何か重い物が圧し掛かる様な、言い知れぬ不安感に襲われた。
それは焦りの様な、それでいて苛立ちにも似た感覚だった。
程なく森の端まで来たフリックは、前方に広がる雪原の丘に、目当ての人物を見付けた。
「! それに、あれは……」
緑の法衣を着た少年。その人物には見覚えがあった。
数年前、解放戦争で仲間だった魔法使いの少年。それに最近、絶体絶命の危機を救ってくれた人物でもある……。
「ルック? なぜアイツがここに……」
ルックの姿を見て、同時にふとフリックの頭に思い浮かんだのは、少年の師であるレックナートだった。
ルックの性格からして自分から……それもこんな真夜中に行動する事はないだろう。
実際、自分達を助けた時にもレックナートの言い付けて仕方なく…と言っていたくらいなのだから。
だとすると、今回も彼女の言い付けなのだろうか?
以前……が紋章を宿した時に、レックナートと会ったと聞いた事がある。
と、言う事は、その紋章に関係した事なのだろうか?
それとも真の紋章を宿す者にとっての、重要な何か……
もしかすると、を元の世界に帰す為に迎えに来たのかもしれない。
そんな考えが脳裏を掠めた瞬間、フリックの頭の中は真っ白になった。
――― ガ コノ世界カラ、イナクナル ―――
ドクンと大きく心臓が鳴り響く。
そしてそれは次第に、周りの音を掻き消す程までになっていた。
『……もう二度と、とは会えなくなるのか?
嫌……だ……そんなのは…そんなのは嫌だ!!!』
襲い掛かる不安に駆り立てられる様に、いつの間にかフリックは駆け出していた。
ルックが地面に手を向けて何かを唱え出した。それは以前に何度も見たルックの移動魔法。
そうしているうちにも、二人の周りが光りだしてきた。
「行くな……行くな!!!!」
そう叫んだ瞬間、が少し驚いた様にこちらを振り向いた。
だが、それと同時にその姿は、地面から光り出した魔法によって幻の様に消えてしまったのだった。
やっとの事でたどり着いた場所には、もう誰の姿もなく、ただキラキラと光る雪が存在するだけであった。
呆然とその場を見詰めるフリックは、力なく地面に膝を着いた。
「そ……んな………………――ッ!!!!」
光に包まれた瞬間、その眩しさに思わず目を瞑っただったが、眩しさも浮遊感もたった一瞬の事だったらしく、次に目を開けた時にはもう違う場所に来ていた。
「え……? もしかして、もう着いた……の??」
「そうだよ」
自分が想像していたよりも、時間も短く、意外と呆気なかったので肩透かしを喰らった感じがした。
少しガッカリした様には、ボソボソと独り言を呟いた。
「移動魔法って言うから、もっとこう……フワッ ときて、バビューン って感じなのかと思ったんだけどな……」
「?? ……なんの事?」
「え!? う、ううん! 何でもない、こっちの事! あは……あははは!」
は何かを誤魔化す様に笑いながら、羽織っていた毛布を脱いで、付いていた雪をバサバサと払った。
そんなを見て、ルックは眉を顰ながら不思議そうに首を傾げた。
そして軽く肩を竦めると、何事も無かった様に早速、塔の奥へと歩き出したのだった。
「……それじゃあ僕に付いて来て」
ルックの案内で、長い階段を上って行く。
彼女は石造りの立派な建物を見上げて、感嘆の溜息を吐いていた。
「凄ぉーい、なんかファンタジーのお話に出てきそうな建物だわ……」
またもやいつものクセで、思っていた事を思わずボソリと呟いてしまったが、その独り言を聞いて、前にいたルックは歩みを止め、プッと吹き出した。
笑いを堪えているのだろうか?しばらく肩を小刻みに揺らしながらゆっくりと振り向く。
「…………君は相変わらずだね。 解放軍にいた頃とちっとも変わってないよ」
「え!? そ、そうなの??」
「ああ。 あの時の君は全然 精霊らしくなくって、とっても変だった」
「うっ! へ……変って……」
少年のストレートな物言いに、思わず言葉を詰まらせ、漫才師の様に仰け反る。
ルックは軽く握った手で口元を隠し、微かに意地の悪い笑みを浮かべると、更にこう続けた。
「僕の名前で妙な歌唄ったりしてさ、確か……
『トイレのルック~、お風呂のルック~、おそうじルック~♪ 』だったかな?」
「えええええっ!?」
「その歌を聞いたビクトールとにバカ笑いされて、恥 掻かされたし……。
未だにそれだけは根に持ってるけどね……」
「ごっ!ごめんなさいッ!! すみません!すみません!」
不機嫌そうにジロリと横目で見られ、は慌てて何度も謝った。
だが、勢いに押され思わず謝ってみたものの、その時の記憶が無い上、実際それを唄ったのが果たして自分だったのか分からないのだ。
それでもこの歌は確かに自分の世界しか無い歌だし、前の宿し主のルルドが唄っていたとは、到底思えない。
やはり解放軍に現れた『』は自分なのか……?
この疑問は今まで何度も考えさせられた事。
今夜は今まで頭を悩ませていた疑問を、やっと解決出来るのだ。
自分の紋章を宿したあの時、レックナートは何かを知っている様に見えた。
ならば きっと彼女なら、この疑問に答えてくれるだろう……。
その後、少しして再び歩き始めた二人は、しばらくの間無言でいた。
無言である事がかえって場の雰囲気を気まずく感じさせ、は しゅん……となって、反省した様に深い溜息を何度も吐いていた。
ルックはチラリと振り返り、そんな彼女の様子を見て、フッと表情を弛めた。
『根に持ってるって言うのは、冗談なんだけどね……。相変わらずだな、君は……』
ルックが不機嫌そうに見えるのはいつもの事であって、今に始まった訳では無い。
そんな彼が見せた今の表情は、彼を知っている者が見たら、きっと驚いた事であろう。
それ程今のルックはどこか楽しそうであった。
『前にレックナート様には、あれだけ彼女に干渉するのを止められていたけど、
今回の呼び出しは一体どういう事なんだろう?もしかして気が変わったんだろうか……?』
以前、ルックはを人目に付かないここに呼ぶ方が良いと提案した事があった。
だが、それはレックナートに示唆され、希望通りにはいかなかった様だ。
未来が見えているだけに、それらに介入する事で歯車が狂うのを恐れているのか、ルックが知る限り、彼女は人々のゆく道を示す事はあっても、自らが導く事はしなかった。
長い年月を生きた彼女には、普通の人間には理解し難い深い考えがあるのだろう。
だが、もしかしたら今回だけは特別に…………
ありえない事だと思いつつも、心のどこかで期待している。
それが無意識のうちにルックの表情を自然と明るいものにさせていたのだ。
ルックがそんな事を考えていたとはつゆ知らず、は未だ針の
それを見て、流石にルックもほんの少しだけ胸が痛んだのか、今まで言った事の無い謝罪の言葉の代わりに、彼としては精一杯の言葉を付け加えた。
「………だったら償いとして今度はちゃんと身体もあるんだし、ここの掃除を手伝って貰おうかな。
それに
「え? 次に……って??」
「ほらっ! ………着いたよ」
ルックは余計な事を言ってしまったのに気付き、慌てての言葉を遮った。
そしてあえて質問に答える事はせず、タイミングを見計らった様に、ある大きな扉の前で立ち止まった。
そこはこの『魔術師の塔』の主人の部屋。
ルックはすぐにドアをノックすると、中にいるであろう この塔の主人に声を掛けた。
「ルックです。言い付け通り、を連れて参りましたレックナート様」
少し間を置いて、中から落ち着いた女性の返事が帰ってきた。
「……お入りなさい」
ゆっくりと開かれた扉の向こうには、一人の女性が佇んでいた。
燭台の淡い明かりに囲まれ、姿だけ薄暗い空間に浮かび上がっている様に見える。
この声、この姿、そして……この場所。はここに見覚えがあった。
彼女が『希望の紋章』を受け継いだ場所である。
「お久し振りですね、……」
以前に受けたあの時の印象とは違い、実際目の当たりにする彼女はとても神秘的で、まるで人間とは次元の違う存在かの様に映っていた。
そんな彼女に対して思わず緊張してしまう。
「レックナートさん……って言うか、様付けの方がいい……ですよね?
お……お久し振りです!あ、あの時は本当にお世話になりました!!」
真っ赤になって勢い良く頭を下げたを見て、レックナートは彼女の余りの緊張振りに、思わず笑みを浮かべた。
「フフ……。そんなに硬くならなくても大丈夫ですよ。
それに私の事はいつもと同じ呼び名で結構です」
「す! すみません……」
レックナートはもう一度微笑むと、少し間を空けて改まった表情になり、ゆっくりと話し始めた。
「今日……貴方をここへ呼んだのは他でもありません。
『トランの天使』である精霊と、貴方の関係について伝える為です」
「えっ!?」
「貴方もその事は、この世界に召喚された時から疑問に感じていた事でしょう。
なぜ自分と同じ名、それに同じ姿をした者が存在していたのかと……」
は一瞬ドキリとした。だがすぐに納得した様に頷く。
そう……レックナートならば、自分の心を見透かす事など容易いだろうと思ったからだ。
それだけ彼女には、人を納得させる何かを感じるのである。
いよいよ今まで頭を悩ませていた謎が解き明かされる!
はゴクリと息を飲んで、レックナートの答えを静かに待った。
「……信じられないとは思いますが、トランに現れた精霊のは、紛れもなく貴方なのです」
「!! やっぱり私なんですか!?
で、でも私……その時の記憶がないんです! これって、一体……」
自分も心のどこかでは、そうでないかと思っていた。
だが、つじつまの合わない点が多過ぎるのだ。その為、今までその結論には至らなかったのである。
「記憶が無いのは当然です。今の貴方はまだ何も経験していないのですから。
…………遠くない将来、貴方は魂だけ過去にいく事になるでしょう。
そう……トランに現れたは未来の貴方なのです」
「ええっ! 未来の……私!?」
レックナートの意外な答えに、は驚きを隠せなかった。
その予想外の答えに、呆然としているに向かって軽く頷き、レックナートはゆっくりと宙を見上げた。
「『希望の紋章』の中に模られている“
時を越え、繰り返し少しでも良き方向へと導いて行く……。それがその紋章の性質なのです」
彼女の言葉に反応したかの様に、の胸に刻まれた紋章が熱を帯びる。
それはまるで紋章自身が、自分を認めてくれたのを喜んでいる様に思えた。
「……その時がいつなのかは、この私にも分かりません。
ですが、過去のトランでも人々を導いた様に、この地でも貴方は『宿星』を導く『
「あ、あのっ!すみませんッ!!
あ……!えっと……『宿星』って一体何ですか?
導く……って何をどうすればいいんでしょうか?」
いきなり知らない単語が出てきて焦ったは、学校の先生に質問するかの様に手を上げた。
そしてすぐに場違いな自分の行動に気付き、慌てて引っ込めた後、少し遠慮がちに呟いた。
目は見えなくともその様子を敏感に察知したレックナートは、相変わらずのの緊張っぷりに少し表情を緩めた。
後ろで見ていたルックも吹き出すのを堪えている様だ。
「『宿星』とは世界の大きな流れ……
そう、歴史の転換期に現れる選ばれた108人の者達です。
その『宿星』の中心となる『天魁星』の元に人々を導く手助けをするのが、貴方の役割です」
レックナートは少し間を空けて、ゆっくりと説明をし始めた。
だが、最初は感心した様にその説明を聞いていたも、次第に表情を曇らせ深い溜息を吐いた。
「でも……私には手助け出来る程の力はないと思います。
だって、魔法も使えないし……」
「何も魔法や特別な力だけが導く力になるとは限りません。まずは貴方の出来る事をすれば良いのです。
……貴方に宿っている『希望の紋章』もそれを知っています。」
「私のやれる事を……?」
ハッとした様にはレックナートを見詰めた。
――それはいつも自分に言い聞かせていた言葉
それに落ち込んでいた時に、大好きな父からよくその言葉で励まされていたのだ。
こんな所でもこの言葉が聞けるとは……。
さっきまで否定ぎみだったの心は、その一言がきっかけとなって、他の言葉を素直に聞く事が出来た。
「自分を信じて下さい。そして、どんなに苦しく、辛い事があっても決して挫けてはなりませんよ。
その先には必ず未来が開けているのですから……」
「未来……」
レックナートが語る言葉の一つ一つが、の胸に染み込む。
この言葉を聞いて、は『希望の紋章』を宿した時の事を思い出した。
あの時もレックナートは自分を励ましてくれていた…。
この世界の人間でもない自分を、気遣ってくれている彼女に、は感謝の念を抱いたのだった。
「ありがとうございます、レックナートさん……」
レックナートは微かに優しく微笑むと、ゆっくりと頷いた。
「…………それでは、そろそろ戻らねばなりませんね。
ルック、を送ってあげて下さい」
「え……?」
レックナートに呼ばれ、ルックは怪訝そうな表情を見せた。
たった一言発したその声には、諦めと否定的な響きが含まれていた。
それを鋭く感じ取ったレックナートは軽く溜息を吐くと、まるで子供を諭すようにルックに言い聞かせた。
「彼女はあの場所に戻らねばなりません。
…………以前も言いましたが、それが星の導きなのです」
「………………」
ルックは視線を逸らしたまま、黙っている。
確かに表立って否定はしていないのだが、その態度を見れば、まだ納得していないのが充分伺えた。
レックナートは少し困った様に、もう一度彼の名を呼んだ。
「ルック」
「………………分かりました」
少し間を置いて、諦めた様にルックは返事をした。
それを聞いてレックナートは頷くと、もう一度の方に向き直った。
すると彼女は案の定、そのやり取りを見ていたらしく、只ならぬ雰囲気にオロオロとしていたのだった。
「あ、あの!もしかして私、また何か変な事言っちゃいました……?」
「いえ、貴方は何も悪くありません、これはこちらの事なので……。
少し……心配させてしまった様ですね。申し訳ありません」
レックナートは困った様に微笑んだ後、再び語りだした。
「……貴方はこれからあの場所で、『天魁星』となる者と出逢うでしょう。
それは貴方がこの世界に来た時からの運命なのです」
「え?運命……。 で、でも!その『天魁星』ってどんな人なんですか!?
そ、それに誰だか分からない人を探し出すなんて、私に出来るでしょうか?」
「この世界に当てはまらない貴方の……、それも未来を読む事は私にも不可能です。
ですが、トランに現れた貴方は、私に『この世界に来る時にすでに出会っている……』と告げていましたよ」
「この世界に来る時……??」
トランのがそう言っていたのなら、それは未来の自分なのだから、その通りに違いない。
と、言うことは、あの砂漠の遺跡でフリック達と出会うまでの事なのだろうか?
そこまで考えて、ふと、川の中での不思議な体験を思い出した。
『あ!まさか、あの時の男の子達の事じゃ……』
流されながら水の中で見たものは、違う方向から流されて来る二人の少年だった。
今でもその二人の顔はハッキリと覚えている。
あの不思議な出逢いは、やはり深い意味があったのだと、は今、改めて感じたのだった。
「さあ、もう戻る時間です。
……どうやら貴方を心配している者がいる様です。早く帰って安心させて上げて下さい」
「え!? 心配って、誰が……」
考え事をしていたは、いきなりレックナートにそう言われ、目を瞬かせた。
今の時刻はまだ真夜中で、砦からこっそり出て来たから、自分がいなくなった事を誰も知らないはずなのだ。
一体誰が心配しているのだろう……? は首を捻った。
「ルック」
その間にもレックナートは後ろに控えていたルックに声を掛け、を送る様に頼む。
すると、ルックは軽く礼をとった後、の前に進み出て、来た時と同じ様に手を繋いだ。
「えっと、あ、あの……」
「さぁ 行くよ、」
戸惑うをよそに、ルックは移動魔法の呪文を唱えた。
二人の周りの地面が、円を描いて光り出す。
徐々に光が強まる。
まだ色々と聞きたい事があったのだが、焦っていたのか上手く言葉に出来なかった様だ。
「またお会いしましょう。 私はいつでも貴方を見守っています……」
「あ……」
視界が光で薄れ、最後にの目に映ったレックナートの表情は、無表情ではあったが、
なぜかとても悲しげに見えたのだった。
――光と共に消えた二人。
達が去った部屋では、レックナートが一人、悲しそうな表情で宙を見詰めていた。
「許して下さい……私にはこれぐらいの事しか力になってあげられません。
紋章の呪われた運命を切り開くのは、
貴方と……貴方とこの世界を繋ぐ一本の糸……
『彼』にしか出来ない事なのですから……」
薄暗い空間をレックナートの呟く声が響き、そして暗闇に消えていった……。
移動魔法で元の砦近くの丘に戻って来た、とルック。
雪原を吹き渡る冷たい風に、はブルッと身を震わせ、羽織っていた毛布を握り締めた。
『何かあっと言う間の出来事だったけど、未来の私がだったなんて、まだ何か信じられないな……。
でも がんばんなきゃ! 私がちゃんと導いてやらなきゃ、あの男の子達が路頭に迷っちゃうんだもんね!!』
は何かを決意した様に、ぐっ!と手を握り締め気合を入れた。
一人でブツブツ呟きながら、百面相をしているを見て、ルックは少し呆れた様に肩を竦めた。
一目見て、彼女の考えている事が、手に取る様に分かったからだ。
精霊だった時も今みたいに、ことある事に気合を入れていた。
『確か、数を数えてから『ダーッ!』とか『闘魂!』とか変な掛け声かけて、
よくビクトール達と
そんな彼女のせいで何度も調子を狂わされ、脱力したのを覚えている。
最初出会った頃はただ単に、変な精霊だと思っていた。
ルックはハッキリ言って、そんな彼女が苦手であり、理解不能な相手であった。
だが、口では素っ気無い言葉を言いつつも、心のどこかでは彼女に惹かれている自分を自覚していたのだ。
それは彼女の宿していた紋章が原因だと、解放戦争が終結した時に分かったのだった。
『うつし身』である自分の
それがルックの細胞の一つ一つにも、記憶されていたと言うのだろうか……?
自然の摂理に反して人為的に作られた命。
命を弄ぶその行為は、
その
反発すればするほど、心と身体がジレンマを起こして苦しくなる。
やはり 師・レックナートの言うとおり、彼女に干渉しない方が良いのだろうか……?
ルックは深い深い溜息を吐いた。
『今すぐに結論を出すのは、まだ早いのかもしれない。今はまだ……』
「……それじゃあ僕はもう行くよ」
「え?……あ!待って!!」
「!!」
この場から去ろうとしたルックの手を、は慌てて掴み、呼び止めた。
その行動が意外だった様で、ルックは驚いて目を見開いた。
紋章を宿している右手が熱くなる……。
それと同時に胸の鼓動も大きく鳴り響いた。
それをに悟られない様、努めて冷静さを装いながら振り返った。
何事も無く、このまま彼女と別れなければ……。
後ろ髪を引かれつつ、ルックはに握られていた右手を振り解き、素っ気無く答えた。
「僕は忙しいんだ。もう帰らなきゃ……」
「あっ……あの! その……ありがとう、送ってくれて!」
「…………レックナート様の言い付けだからね」
「えっと……ルックくん……だったよね? その……また会える……かな?」
「!?」
の何気ない一言が、ルックの動きを止めた。
「……初めて会ったのに、何だか凄く懐かしい感じがするの。
何でだろ?……今の私はまだルックくんに会っていないのにね……あは!ゴメンね変な事言って!」
ルックはの言葉を聞いて、更に大きく目を見開いた。
この切ない想いを感じていたのは自分だけでは無かったのだと……。
そう思った途端、今まで堪えていた想いがとうとう押さえきれなくなり、一気に溢れてしまったのだった。
――次の瞬間、はルックに抱きしめられていた。
一瞬、何が起こったのかには理解できなかったが、すぐに自分が少年の腕の中にいる事に気付き驚きの表情になる。
「あ、あの……」
困惑する。
いくら子供だと言っても、まだ出合って間もない相手……それも異性に抱きしめられるのは流石に戸惑いを隠せない。
一体どうしてしまったのか……? 理由を聞こうとルックの背に手を回した時、の脳裏にフラッシュバックの様な何かが映し出された。
断片的に映し出される映像には、目の前の少年によく似た青年がいた……。
ほんの一瞬の出来事なので、それが一体何の記憶なのか分からなかったが、胸が締め付けられる様な切ない想いがを包んだ。
『あ……! 何……これ……は……?』
止め処もなく流れる涙、そして胸の奥から込み上げる喜び。その溢れ出す感情には戸惑っていた。
それはルックも同じで、強く惹かれる想いを感じていた。
――このままこの想いを遂げる事が出来たなら、どれ程 満たされるか……
だが、今 抱きしめている少女は『ルルド』ではないのだ。
そして、自分も『彼』ではない……。
抱きしめる腕の力を強め、ルックは喘ぐ様に囁いた。
「……それは……その想いは『君』じゃ無いんだ。それに『僕』でも無い……。
だから……だから、その想いに僕達は……囚われちゃいけない!!!」
ルックは抱き締めていた身体を苦し気に引き剥がし、後ろを向いた。
「ま、待って……!」
が呼び止めようとした瞬間、目の前を一陣の風が吹き抜けた。
その風に舞い上げられた雪が、月光に反射してキラキラと舞い落ちる。
次にが目を開けた時には、ルックの姿はもうすでに消えてしまった後であった。
「あ………」
その場に残されたは、高鳴る鼓動に胸を押さえながら、ルックの消えた場所を呆然と見詰めていた別れ際に言い放った彼の言葉の意味を、今はまだには理解する事が出来なかった……。
「ルック……くん……」