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第五章:主星(ほし)と出逢う時までⅢ(第18話)

――季節は冬になった。



冬はこのデュナン地方一帯に雪が降り積もる。

ここより北に位置するハイランドでもそれは同じ事で、その為、平野部より雪深い山沿いの国境では、小競り合いも起こらず、この期間だけはしばらく平和なひと時を過ごしていた。


だがそれは、戦を生業としている傭兵達には、まさに死活問題であった。

平和時には余分な戦力はいらぬとして、ミューズの議会で予算削減を打ち出されてしまったのだ。
雪が降り積もる前に見張りの兵士4、50名を残してその他のほとんどの者にヒマを与えた……すなわち、解雇したのである。
残る兵士達にも当然、給料を下げられる等の影響は起きていた。

希望の金額と合わないとして辞めた者の中には、ギルバートがいた。

どうやら、ゼグセンに残して来た妻と子の生活を考えての決断だった様だ。
ビクトール達に惜しまれつつ、彼は新たな戦場を求めてハルモニア方面へと旅立って行ったのだった。










今年の夏が異常に暑かったせいか、雪が例年になく降り積もっている。

なので、残っている兵士達は、周りが雪に囲まれている為、ほとんど砦からは出られず、たいくつこの上ない時間を過ごしていた。

砦内では酒場はレオナが残ってくれたので、辛うじて営業されてはいるが、女の子達や使用人達が故郷に帰っている為、食料調達や雑用等、全て兵士達が賄う事となり、当初、慣れない仕事に四苦八苦する面もあったらしい。





「…………はぁ。ヒマだなぁ……。何か面白い事でも無ェかなぁ」


腕を頭の後ろで組み、机に足を乗せながらイスを揺らしているビクトールは、たいくつそうに、大きなあくびをした。



「面白い事……って言ってもなぁ」


ストーブにあたりながらフリックは、窓の外に降り積もっている雪の量に溜息を吐いていた。

ここより南に位置する彼の故郷では、雪が降ってもここまで積もる事はまず無かったからだ。
初めて見る大雪に、思わず圧倒される。

これでは移動手段も、雪ゾリや徒歩以外は無理であろう……。
そう思ったフリックは、再び深い溜息を吐いた。




「おっ!そう言えばはどうした?」

……か?多分また、部屋にでも(こも)っているんじゃないのか?」

「何だ?また発明品でも作ってんのかよ」


返事を返す代わりに肩を竦め、少し困った様にフリックは笑った。






雪が積もって砦から出られなくなっても、彼女だけは相変わらず元気だった。
外に出られない分、発明に没頭しているのか、今 フリックが言った様に、よく部屋に篭っている事が多かったのだ。

本人も今の状況が余程たいくつなのか、娯楽に関する発明品を次々と作り出していた。


この世界にもチェスやカード等のゲームは存在していたが、『将棋』 『カルタ』 『オセロ』 と呼ばれるの発明品はそれとは異なった目新しい物であった為、皆の注目を浴びた。

そして ルールを理解するのに多少の時間はかかったものの、今では眠るのも忘れて没頭する者もいる程一大ブームとなっていた様だ。




他にもは、頭を使ったりするのが苦手な者達の為に、反射神経を養うゲームも作っていた。


厚地の布の中に綿を詰め込んだ物を、木刀や棍、鎖鎌等に似せて作り、それを武器にする対戦ゲーム、『スポーツ・チャンバラ』。

『ハリセン』 と鉄兜を使ってジャンケンをするゲーム、『叩いて被って ジャンケンポン★』等が、それである。


だが 『叩いて……』 のゲームに関しては、今現在、なぜかビクトールとは参加禁止となったいた。
その理由は、二人が参加する事で怪我人が続出したからであった。




ある時。 優勝の商品に 『レオナに抱きしめられて ほっぺにキッス★の権利!』 を出した所、異常な熱気と気合に包まれた、白熱したバトルが繰り広げられた。

その中にはなぜか女のも出場しており、そしてトーナメント方式に行われていた試合の決勝にはビクトールとが勝ち残っていた。


――速さと瞬間的な判断力が、勝負であるこのゲーム。


反射神経なら 『スポーツ・チャンバラ』 の優勝者・フリックが一番なのだが、優勝商品が商品だけにこの試合には出場しておらず、決勝に残った二人よりも素早さを得意とする者達は、砦内NO,4の実力者・ジョンを始めとして幾人かいた。

まだビクトールは予想の範疇だとしても、その者達を差し置いて、運動オンチのが勝ち残ったのは未だに信じ難い事であった。
実はそれには二人とも同じ様な理由があったのだ。


そう。 二人に共通するもの……それは言わずと知れた馬鹿力である!



普通、ジャンケンで勝った方がハリセンで攻撃し、相手がその前に兜を被った時点で、攻撃されても無効となるのだがビクトール達の闘い方は相手が兜を被っていようが、いまいが、お構い無しにハリセンを力一杯振り下ろして攻撃していたのだ。


「うおおおおおおおッッ!!!!」


野生の熊並の迫力と、その強力な一撃に、大抵の者は青くなって逃げ出すか、避け切れず、直撃を喰らって脳震盪で気絶する者がほとんどであった。


に至っては、兵士達の前で見せる、いつもの遠慮がちな態度とは打って変わって何か得体の知れない、気迫の様なモノを感じさせていた。

運動神経は皆無なのだが、異常に運が強いのか、それとも彼女の気迫がそうさせるのか、ジャンケンは一度も負けなかった。
なので、ハリセンを持ったはビクトール同様、無敵状態だったのだ。


砦中に響き渡る程のハリセンの音と同時に、発したうめき声の後、ドサリと対戦相手は崩れ落ちた――


久々に目の当たりにした彼女の馬鹿力に、その場にいる者は皆、凍り付く。
それは只の紙で作られた物であっても、使う者によっては凶器となり兼ねない代物(しろもの)なのだと、思い知らされた瞬間だった。

そして同時に、砦のアイドル的存在であった彼女の口から、問題発言が飛び出した事にも驚愕してしまった様だ。



「レオナさんとの『愛の抱擁』は、私のものなんだからッ!」



そう言ったの鼻息の荒さに、何だか彼女の知られざる一面を見てしまった様で、とても恐ろしい……。
相手を容赦無しに打ちのめす程、優勝商品が欲しいのだろうか?

この日を境に、この場にいた兵士達は皆、への態度を改めようと肝に銘じたのだった。



…お前なぁ……」

二人に対して異を唱える者はおらず、これに関しては唯一 対等にものが言えるフリックにしても、ただ呆れているだけであった。




しかし この後の二人の対決は、意外と呆気ない幕切れとなった。 ビクトールがあっさりと勝負を譲ったからである。


それもそのはず。 例えゲームだとしても、女の相手に誰が本気で殴れるのか?

もし少しでも彼女にケガをさせたとしたら、まず あの『青い鬼』こと、フリックが黙ってはいないだろう。
それに、彼女の攻撃力も侮れない。

それらをトータルして、ここは棄権した方が賢明だとビクトールは判断したのである。




そして試合が終わり、酒場で優勝商品である『レオナに抱きしめられて ほっぺにキッス★の権利!』を心行くまで堪能しているにビクトールは勝ちを譲ってやったのだから、商品の半分をよこせと彼女に抱き付いた。

これはもちろん本気では無く、からかっているのだ。


だが、さっきまで酒を飲んでいた為か、それと酔いも手伝ってか、ついつい悪ノリしてしまった様だ。
真っ赤になって あたふたしている姿が面白くて、彼女が嫌がるのもお構い無しに、まだ口紅の付いている頬に何度も吸い付いた。



「きゃーっ!やだーっ!ビクトールのバカーッ!!!」

「はっはっは!何言ってんだよ、。こりゃあスキンシップだよ、スキンシップ♪」



「こんなのスキンシップじゃないもん!
 ……って、やめっ!ヒゲがっ!くすぐった…きゃーっははは!」

「そらっ そらっ♪」



今度は自分の無精ヒゲをわざと、の首筋にスリスリと擦り付けるビクトール。
初めは間接キッスが目的のはずだったが、いつの間にか お仕置き★くすぐり攻撃に変わってしまっていた。

最初はテーブルをバンバン叩いて、涙を浮かべながら大笑いしていたも、次第にエスカレートするビクトールのくすぐり攻撃にとうとう耐え切れなくなり、泣き出してしまったのだった。


「やべっ! つい悪ノリしちまった……」


…………この後、騒ぎに駆け付けたフリックに、キツ~イお灸を据えられたのは言うまでもない(笑)。








そんなちょっとした(?)ハプニングもあったりしたが、この他にもが皆に与えたものの中に、最大の 『やすらぎ』 があった。
それはの歌であった。


ミューズでフリックに買って貰った小型のハープを、はあの後ずっと、仕事の合間をみては練習していたのだ。

今まで皆の前で披露しなかったのは、自分の世界にいた頃は、ハープを弾きながら歌うのは余り無かった事と、ハープ自体のつくりが違うので、慣れるまで少々時間がかかったとみられる。

そして、何とかサマになってきたので新年を祝う宴の最中、出し物の一つにの歌を初披露したところ、その場にいた者達 全員の大喝采を浴びたのだ。



の透き通った歌声と、それに合わせる様に響くハープの音色。
そのエキゾチックで不思議なハーモニーは、どれも聞いた者達の心に直接響き、安らぎと感動を与えていた。

余りにもその歌が素晴らしかったので、兵士達は何度もリクエストを求めてきた。
だが、それに答えてが何曲も唄っていた時、砦内にある異変が起こってしまったのだ。



「な……!? 何じゃ こりゃあああッッ!!!!」



一人の兵士の叫び声で皆、辺りを見回すと、なんと酒場のカウンターに吊り下げてあった観葉植物が、溢れんばかりに 伸びに伸びているではないか。

一方では、窓の外が暗くなっているので、不思議に思った者が見てみれば、窓ガラスに青々としたつる草が、びっしりと張り付いていた。
そして極め付けは、玄関口の敷き石の隙間という隙間から草が伸び、ちょっとした草原状態になっていた事だった。



「うわっ! し、しまった…………」



の特殊能力を、すっかり忘れていたフリックとビクトール。
二人は慌てて、目の前の信じられない現象に騒いでいる兵士達を落ち着かせ、簡潔に説明をした。

の歌声には、植物が育つ不思議な力があるのだと…。



いつ聞いてもには納得し兼ねる 『不思議』 という単語だったが、その一言を入れるだけで今回も丸く収まった様だ。
兵士達は皆、感心しながら何度も頷いて納得していた。

なのでビクトールが、次からは余り唄うのを控えさせようと言ったのだが、それには兵士達の猛反発が起きた。
後で草刈りでも何でもするから、歌だけは聞かせてくれと言う事らしい。

兵士達が余りにもしつこく哀願するものだから、とうとう根負けしたビクトールは、一日三曲までで歌の後は必ず草刈りをするという約束で、それを承諾したのだった。


その結果、今現在、昼食後のひと時には必ず歌うのが日課となっているのである。













「……さてと!今日は雪も止んでるし、 オレはちょっと表で剣の素振りでもして来るよ」

「うへぇ! この寒いのに良くやるよなぁ、お前さん」



「フッ。副隊長たるもの、いつでも動ける様じゃないと、イザって時に何の役にも立たんからな。」

「その点ならこのオレ様は大丈夫だぜ? 一冬ぐらい鍛えなくてもこの鋼の肉体は衰えんさ♪」



「ハ! 言ってろよ。」

嬉しそうにポーズをとって、自分の筋肉を自慢するビクトールに、呆れた様に肩を竦め、フリックは部屋を出て行った。




自分の部屋で稽古着に着替えたフリックが部屋から出た時、隣のの部屋からハープの音が聞こえて来た。
何度も同じ箇所を繰り返しているのを聞くと、今日披露する歌の練習をしているのだろう。

昼食までは まだしばらく時間がある。 なのでそれまではも、まず部屋からは出て来ないだろう。
フリックは少し寂しげに、の部屋のドアを見詰めた。



『そうだよな……。 気まずく感じてるのは、オレだけなのかもしれない……』






――実はあの時以来フリックは、用がある時意外 とは言葉を交わしてしないのだ。



あの時……そう。 去年最後に出掛けた、あの定期報告の時の事である。


その出来事の後、フリックが宿屋に帰った時はもう、は早々に部屋へと引き上げてしまっていた。

気まずいまま一晩が過ぎ、次の朝一言謝ろうと彼女の部屋を訪ねたのだが、フリックの予想に反していつもと変わらない態度だったのだ。

まるで昨日の出来事など無かった様な、そんな彼女の素振りは、かえってフリックを戸惑わせた。



――あの出来事は彼女にとって、大した事では無かったのだろうか……?



いつものスキンシップと同じに受け取られているのなら、自分が仕出かした行動に、別に気にする必要は無いはずである。
なのに嫌われていない事に安堵した反面、少し寂しさの様なものを感じるのはなぜだろう?

あの夜、強く感じた想いは 確かに今でも胸の奥に存在する……。
それが一体何なのか、フリックには薄々気付いていた。

だがあの後、砦へと帰る途中、何気なく言った彼女の言葉が、その想いを口にする事を躊躇わせたのだ。




「――ねえフリック。私達って家族よね?」



同じ馬に乗っている為、の表情は見えない。


何を思って彼女が、こんな事を言ったのか分からなかったが、まるで自分の心を見透かされ彼女に対して、特別な感情を持つのは いけない事なのだと、そう戒めを受けた様な気がしてならなかった。


にとって自分は特別な存在などではなく、只の『家族』なのだと……。



赤の他人に比べれば 充分親密な関係なのだが、心のどこかでそれでは満足出来ない自分がいる。
そんな靄がかかった気持ちに気付き、それを振り払うかの様に、フリックは頭を振った。

それは持ってはいけない感情なのだと自分に言い聞かせて……。



がそう望むのなら、オレは『家族』でいよう。
 それでいい……そう、それが一番いいのかもしれない』





「オレ達は家族……か…………」


そう寂しげに呟いたフリックは、深い溜息を吐いた後、その場を去っていったのだった。


















――その日の夜、皆が寝静まった真夜中に突然、は目を覚ました。




肩を上下させ、息を荒くしながら、は慌てて飛び起きた。
そしてふと頬に触れると、その大きく見開かれた瞳からは、止め処も無く涙が溢れていた。




「あ……! 私……」



その理由は、夢の中に懐かしい父や母、それに兄が現れたから……。

それも夢の中の家族達は皆、とても悲しんでいたのだ。



警察から行方不明のの捜索を打ち切られ、泣き崩れる母に寄り添う父。兄も同様に号泣している。
あんなに明るかった家族の姿は、見る影も無かった……。

まるで亡霊にでもなって その場にいるかの様に、リアルにその深い悲しみがの胸に伝わってくる。


それは今までが考えたくなかったシーン。


自分が行方不明になって、最愛の家族が悲しんでいる事は容易に想像出来た。
だが、それを考えてしまうと、今まで押さえて来た感情が爆発しそうで怖かったのだ。

今は帰れなくても、いつかは自分の世界に帰れると信じ、それを支えに暮らして来た。
帰れるその日まで、この世界で前向きに生きて行こうと、そう心に決めたのは確かである。


それに、もしそんな事で悲しんでしまったのなら、出逢った時の様にビクトールやフリックを困らせてしまうだろう。
優しい彼らを困らせる様な事だけは、絶対にしたくはなかった。


でも例え夢だとは言え、そんなシーンを見せられては…………の心は揺れる。




『……ダ、ダメ!
 この紋章を宿した時、どんな事があってもがんばるって決めたじゃない!
 これくらいでヘコんでどうするのよ、私!
 これは只の夢じゃない! これくらいで……』



沈みそうになる気持ちを振り払う様に、は大きく頭を振った。

そして(おもむろ)に立ち上がると、ベットに掛けてあった薄い毛布を頭から被ってそれを羽織る。
素早く靴を履いたは、出来るだけ足音を立てない様気を使いながら、部屋から出て行ったのだった。




『…………誰もいない外なら、思いっきり泣いてもいいよね?』



は小さい頃から悲しくて仕方ない時は、よく誰もいない所で声を出して泣く事をしていた。
その方が無理に感情を抑えるより、気持ちの切り替えが早く出来たからだ。

部屋で布団に包まって泣いても良かったのだが、そんな事をすれば、寝静まった砦内……特に隣りの部屋にいるフリックの耳に届いてしまうかもしれない。

優しい彼の事だから、きっと泣いてる自分を心配するだろう……。
それだけはどうしても避けたかった。

こっそりと見張りのいない裏口から外に出たは、吐く息を白くしながら、砦の周りを囲んでいる森の中へと入って行ったのだった。









――今夜は満月。


皓々(こうこう)と白く輝く月の光に照らされ、昼間降り積もった雪は大地を覆い、砂漠の砂の様にキラキラと反射していた。

時折吹く風で木々達が、ざわめく事が無ければ、少しの物音でも辺りに響き渡っていただろう。
それだけ今夜は静かな夜であった。

そんな中、は森を通り抜け、雪に足を取られながらも丘に登ると、そこで今まで押さえていた感情をさらけ出したのだった。




【 お父さん! お母さん! お兄ちゃん!
  私はここに生きてるから心配しないで!
  だから お願い……悲しまない……で…… 】



自分の世界の言葉で、おもいっきり叫ぶ
最後の方は堰を切ったかの様な大粒の涙と、悲しみが込み上げ、言葉にはならなかった。



【 帰りたい!
  私……だって……お父さん達に……会い……たい……会いたいの!! 】



はわんわんと、子供の様に声を上げて泣き続けた。
それに合わせたかの様に、木々達が風を受けてざわめき、その声を掻き消した。











――それから少しして、ひとしきり泣いたは、真っさらな雪の上に大の字になって月を見上げていた。

紋章の治癒能力の影響か、散々泣いた後だというのに、その(まぶた)は腫れる事無く、ただ微かに赤い痕が残っているだけであった。



「…………この紋章ってホント便利だわ。
 これなら、もし ばったりフリック達に会っても大丈夫よね?」


少し余裕が出てきたのか、自分の口から出た呑気なセリフにはクスリと笑った。




吐く息が白くなる程、今夜も寒い。
火照った体とは反対に、涙の痕がその冷たい外気に晒されて、頬が刺すように痛かった。

冷たい頬を温める様に、両手で顔を覆う。
眼を閉じて落ち着きを取り戻した時、はここが静寂な空間なのだと初めて気が付いたのだった。

先程あれだけ風が吹き、木々がざわめいていたと言うのに、今は以外動くものがない。
まるで木々達が自分の意思で、の泣き声を隠してくれた様に思えてならなかった。



「…………もしかして、風の精が私を見兼ねて風を起こしてくれたのかなぁ。
 だったら、ちゃんとお礼言わなきゃね……フフフ」


「……別にお礼なんていらないよ」




「…………え?」






突然、頭の上から声がして、は空耳なのかと顔を覆っていた手を退かせた。
眼を開けるとそこには、見知らぬ人が自分を覗き込んでいたのだ。



「ひゃっ! だっ……誰!?」


は目を丸くして、慌てて飛び起きた。
今まで誰もいなかったはずの場所に、急に人が現れたものだから仕方がない。

座り込んだまま、呆然としているのを見ると、腰を抜かしてしまう程、驚いている様だ。



その後、まだ呆然としているものの、ほんの少し余裕が出てきたは、幽霊なのかも……と、何気なく足元を見て更に驚いた。
確かにちゃんと足は付いていたのだが、雪の上には足跡がなかったのだ。

ならば、どうやってここまで来たのか?
それを考えると、やはり目の前にいるのは人ではなく、妖精かモンスターの類なのだろうか……。

は雪まみれになっているのも忘れて、まじまじと上から下まで観察した。


月明かりに照らされた茶色(セピア)の髪。中性的で整った顔付きは、まだ幼さを残していた。
人形の様に無表情でこちらを見ているというのに、そのセピア色の瞳には何故か、懐かしさと切ない想いが感じられた。



『初めて会うのに、どうして こんなにも懐かしく感じるのかな? どうして……』



無意識には胸の紋章の上で手を握り締める。
すると、鼓動に合わせて次第に紋章が熱くなってくるのを感じた。

紋章がこんな反応を示しているのは、多分、目の前にいる人が原因なのだろうと、この時 本能的に悟ったのだった。





「あ、あの……あなたは…誰?
 も、もしかして妖精さん? それとも幽霊とか……?」



たまらなくなってこの静寂を破り が最初に切り出した時、目の前の人物は一瞬 表情を曇らせた。
そしてすぐに何かに気付き、一度目を伏せると、また元の無表情に戻った。




「…………僕はルック。れっきとした人間だよ、……いや、。」



発したその声は 今 改めて聞くと、思っていたよりも低く、それが少年のものである事を証明させた。
最初、整った容姿から推測して、少女だと思っていたので予想外だったが、それ以外に自分の名前を知っていたのにも驚いた。

なぜなら それは、フリック達と出遭った当初 呼ばれていた、『トランの天使』の名だったからだ。






 ……って言う事は以前、トラン……とかいう南の国で 『私』 に会った事がある人なんですか!?」


「ああ、そうだよ。僕もトラン解放戦争に参加していた一人さ。それに君の……」



ここまで言いかけて、少年は言葉を飲み込んだ。
切なく揺れるセピア色の瞳でを見詰めると、何か言おうと開きかけた口を、苦しそうにぎゅっと結んだ。

少年の不可解な様子に、も首を傾げて見詰めていた。



「私の……?」

「いや。 何でもない……」



「??」




目の前の少年が一体何を言いたかったのか少し疑問が残ったが、間を空けて彼の口から出た意外な言葉を聞いては再び驚いた。



「僕は……君が真の紋章を宿す時に会った、あのレックナート様の弟子だよ」

「ええっ!? レックナートさんの!!」



「そう……。今日、僕がここに来たのは君を迎える為さ。
 そのレックナート様がお待ち兼ねだよ」


「レックナートさんが私を? ……どうして?」




「それは僕にも分からない。
 只、あの方が人に関わる時は、いつも重大な何かが起こる時だけさ。今回も多分……」


「じゅ、重大な何か……」




戸惑う。 この 『希望の紋章』 を宿してから、かれこれ一年近く時が経過している。

あの時、レックナートは 『トランの天使』 の事も、自分の事も色々と知っている様に見えた。
なぜその精霊の名が自分と同じなのか……はずっとそれを知りたかった。

彼女との別れ際、時が来れば再び会えると言っていたので、その疑問はそのままにしていたのだ。
頭を悩ませる疑問が解消されるなら、願っても無い事である。


重大な何かが起こると聞いて、多少 不安ではあったが、意を決してはルックに付いて行く事に決めた。
本当の事を知る為に……。






「じゃあ行こうか、


「え、ええ……」



レックナートの弟子と言うからには、この少年も魔法使いなのだろう。


――と、言うことは、これから移動するのに移動魔法とやらを使うのか?
フリックの魔法以外、目の前でじっくりと魔法を見た事の無いにとって、それはかなり興味をそそられる事であった。

差し出されたルックの手を、はドキドキ胸を弾ませながら取った。
身長は少しだけ彼の方が高く、繊細に見えたその指は、魔法使いだと言っても、しっかりとした少年の手であった。

だがルックの手に触れた瞬間、まるで電気が流れ込んで来たかの様に全身が総毛立った。



『…………あっ!』



けっして不快ではなかったが、最初感じた時より胸の紋章が強く反応して、それを中心に再び身体が熱くなる。
そして目の前の少年と自分とは、『同胞(はらから)』 だと感じ取ったのだった。




『え……? それじゃあ、この人も真の紋章を宿して……』




なぜそんな事が分かるのか、自分でも説明出来なかったが、これも真の紋章の性質なのだろうか?

一度しか聞いた事がなかったが、真の紋章は剣と盾(秩序と混沌)という それぞれ二つの属性に別れているのだそうだ。
本来なら違う属性のもには反発するのだが、『希望の紋章』 はどちらにも属する為、今みたいな事が起こったのだろう。

だとすれば、が感じたものが少年にも感じていないはずはない。


だが、少年の態度は先程と変わりなく、何事も無かった様に自分を助け起こした後、右手を地面に翳すと、早速 移動魔法の呪文を唱え始めた。

なので今の事について詳しく聞けず、は仕方なく諦めたのだった。




無表情な横顔は人形の様に整っていて、淡々と呪文を唱えるその美しい姿に、は思わず見惚れた。


ふと見るとその右手には、布越しに何かの紋章が青白く光っていた。
それは今、少年が唱えている魔法が発動している為なのか、徐々に光りを強めている。

魔法の高まりを感じたは、神秘的なその様子を、(まばた)きするのも忘れて見詰めていた。



『うわ……何か本格的な魔法って感じだわ!
 ゲームみたいで すっごくカッコイイ♪』



間もなく魔法の効果が現れて、円を描く様に周囲が光リ出し、二人を包み込んだ。
辺りの景色がいきなり歪み出したかと思うと、ふわりと浮く様な感覚を覚えた。



『わっ! わっ! これが移動魔法なのね!』




わくわくと胸を弾ませながら、いよいよ未知の体験が出来るのかと構えていたの耳に、どこからともなく自分を呼ぶ微かな声が聞こえてきた。


「行くな!!!!」



「……えっ?」

咄嗟に声のする方を振り返っただが、もうそこには白い空間があるだけで、自分と少年以外、誰もいなかった。

それでもほんの一瞬だったが、薄っすら見えていた景色の片隅に、青い服が映った気がしたのだが……。

こんな夜中に誰もいるはずがなく、きっと 気のせいだとは肩を竦めたのだった。




『まさか……ね……』

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*******後書き*********


前回の更新から十ヶ月が過ぎちゃいました!
ああああ…、幻水メインのはずが浮気し放題で、今に至ります…(汗)
下書き段階では、夏の出来事とか、ミューズでのドタバタ劇とか色々設定してあったのですが、
やたら話が長くなり過ぎるので、省略しております。
なので、Ⅱ主が出るまでは回想による、お話の進行が多いので、ご了承下さいませ。

次回は、『やっぱフリックドリームだったんだね~♪』と 思えるお話になるでしょう(多分…)。
やっと自分の気持ちに気付くフリック。果たしてヒロインにそれを伝える事が出来るのでしょうか!?
(私の文才では、たかが知れてますけどね…(汗))

>20061120

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