白鹿亭を出発してから三日後、ようやく目的地に到着した一行。
森に囲まれた先にあるその傭兵隊の砦を前に、三人は少し離れた所から見詰め、しばし沈黙していた。
長い沈黙の後、まず最初に口を開いたのはフリックだった。
彼は眉間にシワを寄せながら、少し信じられないと言った様な声を上げた。
どうやら自分が想像していた様な砦とは違っていたらしい……。
「ミューズの様な大きな都市の直属だって言うから、もっと石造りの立派なもんだと思ってたんだが……。
ちょっと、拍子抜けだなぁ……」
三人の目の前にある 『砦』 と呼ばれる建物は、丸太を組み合わせて造られた物で、屋根は藁葺(わらぶ)きになっていた。
全体的に薄汚れているのを見ると、建てられてからかなりの年月が経っているのが伺えた。
辛うじて建物の周囲を木の板で囲っているので、砦らしく見えなくもないが、フリックの目から見てもこれが別の目的で建てられたものを再利用しているのは一目瞭然であった。
「そーだなぁ……、これで
「そうだろ? これじゃあ敵が攻めて来たら
「やっぱ、もう少し森を切り開くしかねェよな! ちょっと狭すぎるぜ!」
ズルッ と、思わずコケそうになるフリック。話しが噛み合っていない相棒を軽く睨み付ける。
「……おい、ビクトール。 オレは広さの事を心配してるんじゃなくって、
もっと、こう……砦らしく火に強い石造りに立て直すとか、この古いのを何とかしようって言ってるんだよ!」
「なぁーに 贅沢言ってんだよフリック! これでも充分だぜ?
どんな所でも雨露さえしのげりゃ いいさ。『住めば都』……って良く言うだろうが!」
……と、手を顔の前でヒラヒラさせているビクトールは、大笑いした。
フリックはことわざの使い方を間違ってるぞと、ツッコミを入れたかったのだが、いつもの事なので聞き流す事にしている。
そして呆れた様に肩を竦めると、そんな相棒を無視して今度はの方に話を振った。
「―――ったく!お前らしい意見だな、聞いたオレがバカだったよ……。
それじゃ……はどう思う?」
「ステキ…………」
「へっ……?」
彼女のボソリと呟いた言葉に、我が耳を疑って振り返ってみると、は胸の上で祈る様に手を組み、キラキラした瞳で目の前の『砦』と呼ばれる建物を見詰めていた。
「『カントリー』調のこんなに大きな『ログハウス』。 私……初めて見たわ!」
「え?何? “ かんとりー ”? “ ろぐは……うす ”??」
またもやフリックの知らない単語が出て来たので、首を傾げる。
だが、が感動するのは仕方が無い事で、目の前の建物の様に木材を贅沢に使った物は日本ではまず、お目に掛かれないからだ。
外壁は丸ごと一本使用した木材を組み合わせていて、しっかりした造りになっている。
大きさは田舎で見掛ける様な、分校ぐらいはあるだろう。
もし、同じ物を日本で造ったのなら、かなり高額になっていたのは間違い無い。
そんな彼女の国の事情を知らないフリックは、只呆れるばかりであった。
「……………ダメだこりゃ」
そんなやり取りを遠巻きに見ていた見張りの兵士達。
しばらく様子を伺っていたが、ビクトール達が砦に入ろうとしたので慌てて止めに入った。
「おい!お前ら何者だ!? 怪しいヤツらめ!!」
槍を構え、ビクトール達に突き付ける。
毅然としたその態度は砦を守る兵士としては当然の事なのだが、そのセリフとは裏腹に槍を持つその手は心なしか震えている様だった。
「「 ………………… 」」
彼らの様子を見て、ビクトールとフリックは少し呆れた様な顔をした。
いくら寄せ集めの兵士とは言え、こんなヤツらに門番をさせて大丈夫なのか?……と。
兵士の質に少々不安を感じながらも、取り合えず話を進めようと、フリックは少し間をあけた後気を取り直して話し始めた。
「ああ、オレ達は別に怪しい者じゃなくって…………」
「殴り込みに来た♪」
「「 へっ…………!? 」」
突然フリックのセリフに割り込んだビクトールの言葉を聞いて、呆気にとられる兵士達はどんな反応をしていいのか固まっている。
それはフリックとも同じであった様だ。驚いて目を丸くしている。
その場にいた皆に注目される中、ビクトールはニヤリと不敵に笑うと、腰に手を当て二人の兵士の前でふんぞり反った。そして……
「だーかーらー、殴り込みに来てやったんだよ!
さっさとギルバートとやらに会わせろってんだッ!!!」
ダンッ! と、いきなり足を踏み鳴らし、凄んで見せたビクトールに兵士達は青くなり慌てふためきながら砦の方へ逃げていってしまった。
「う、うわあっ!! ちょ!ちょっと待ってろ!!」
―――後に残された三人。ビクトールは兵士のだらし無さに呆れて肩を竦めた。
「おいおい、こんな調子で もし敵兵が来たらどうすんだよ?
―――っとにだらし無ェヤツらだなぁ……」
ビクトールの意見に半分は同意しつつも、呆れた顔で溜息を吐いてるフリック。
「お前なぁ……。何であんな事言ったんだよ?
あれじゃあ まともに話し合い出来ないだろうが!……ったく!」
「だからオレはここに来る前に、殴り込むって言ってただろ?」
「……………………」
悪びれた素振りも見せず、平然としているビクトールに、思わず額を押さえるフリック。
まさか、アナベル市長の前で言った事を本当に実行するとは思ってなかったのだ。
ああ、またコイツは…………。
とやかく言っても今更もう遅いと、いつもの様に諦めるフリックであった…………。
それから間も無く、砦内から赤いマントに身を包んだ三十代半ばの男がやって来た。
その後ろには、先程逃げて行った兵士達もついて来ている。
どうやら彼がアナベル達が言っていた傭兵達のまとめ役、ギルバートらしい。
ギルバートはビクトール達の姿を見て、おや?と少し首を傾げた。
只ならぬ見張りの兵士の様子に、何事かと急いでやって来たのだが、彼らの報告とはかなり違うので困惑している様である。
『…………見張りの兵士の報告では、
見上げる様な狂暴な熊男と、全身 青づくめで頭が二色の男がこの砦を打ち壊しに来たと聞いたのだが……はて?』
―――それはどうやら兵士達がビクトール演技に驚いて、その恐ろしさの余り大袈裟に報告していた様であった。
まあ……当の本人達がこの事を知ったのなら、本当に怖い目に遭っていただろうが……。
『……確かに熊みたいな男と、青い服が好きそうな男だが…………ん?』
ふと、二人の男の側にいたに視線を移した。
ギルバートは、この場に似つかわしくない少女がいるのに初めて気が付いた様だ。
彼の故郷ゼグセンでも、時々見掛ける銀の髪だが、少女のは少し青味がかっていて、デュナン湖の水面の様な珍しい色をしていた。
そして見るからに若すぎる少女は、どちらかの恋人とも、当然兄弟とも思えない。
『この娘はなぜ、こんな所にいるんだ?…………ハッ!まさか!
この男達と一緒に砦を打ち壊しに来たのか!?
あどけない顔をして、実は腕の立つ戦士なのかもしれんぞッ!?なんて事だッ!!!』
「 ひっ! 」
今までじっと自分を見ていたかと思うと、突然 うはぁッ!っと声を上げ、頭を抱えて座り込む目の前のおじさんを見ては驚き、慌ててフリックの後ろに隠れてしまった。そしてそこから恐る恐る覗いている。
ギルバートの後ろに控えていた兵士達も思わず驚いていたが、いつまでたっても一人悶々と考え込んでいる彼を見て、心配そうに声を掛けた。
「あ、あの…………ギルバートさん?」
「…………ん?」
―――このギルバートという男は、どうやら正体の分からない相手には、悪い方へ考えるクセがあるらしく、現に今も、その妄想に入り掛けていた所だったのだ。
まあ、の隠された馬鹿力については、多少なりとも彼の推測は当たっていたのだが……。
そして、やっと兵士の呼び掛けに気が付き、我に返った彼は大きな咳払いをした後、慌てて話を進めた。
「ウォッホン!
―――で、私がここの庸兵隊を纏めているギルバートだが……貴方達は何をしに、この砦へ?」
先程の取り乱した態度がウソの様に淡々としゃべるギルバートに、少々戸惑いつつもビクトールはアナベルから受け取った書状を投げてよこした。
ギルバートはそれを見た瞬間、目を丸くして驚いていた。
「こ、これは……!?」
「そっ!オレ達ゃ、この砦の隊長になる為に実力行使……
まあ、平たく言うと『殴り込み』に来たのさ!」
ニヤリと不敵に笑うビクトール。後ろで呆れているフリック。そして よく状況が分かってない……。
ビクトールのその言葉に、いつの間にか集まって来ていた兵士達がざわめく。
その兵士達の騒ぎを聞き付けて、さらに建物内にいた兵士も次々と近くに集まって来た。
「何だ? 何か始まるのか?」
「何だ、あいつらは? 見掛けない連中だな……新参者か?」
「何でも、この砦に殴り込みだとよ!」
「ケッ!ふざけた野郎だ! そんなヤツは一発やっちまえ!」
「そうだ! 大口叩くんじゃねェよ、この若造が!!」
口々に罵声を浴びせる兵士達。だが、そんな者達にもひるまず、ビクトールは大声で言った。
「おーい、良く聞け! お前らの雇い主。ミューズ市長さんからの直々のお達しだ!
砦内で一番強いヤツが、ここの隊長の資格を与えられるそうだ!
これから試合をする! 腕っぷしに自信のあるヤツは、遠慮なく名乗りを上げろ!!!」
―――その言葉で一気に砦内に歓声が沸き上がった。
「へぇーっ、一番強いヤツが隊長だってぇ!? よぉーし、一丁やってやるか!!」
「隊長になったら給料も、今よりずっと高額になるぜ! その話のった!!」
「話せるじゃねェの、ミューズの市長さんはよぉ!!」
腕に自信のある兵士達は、次々と名乗りを上げて、最終的には120人程となった。
砦の広場は、隊長の座を賭けた試合が始まるとあって、建物内に残っていた全ての者達も興味津々で集まっていた。
雇い主であるミューズ市長の決めた事なので、仕方なく取り仕切るギルバートは参加者の名前を記したクジや表を作って、準備を進めている。
ギルバート達がその準備をしている間、ビクトールは雑用で雇われた者達の中にバーバラという同郷の女性と出会ったのだった。
十年ぶりに再会した二人は、この偶然の出会いに驚いている。
「本当に久しぶりだねビクトール!
しばらく見ない内に一段と逞しくなって……今までどうしてたのさ!」
「トランの方へちょっと行ってたんだよ。お陰でずいぶん鍛えられたぜ!」
「そうかい!…………って、おや?後ろにいるのは誰なんだい?」
「ああ、こっちの青い方はフリック。トランで一緒に戦った仲間だ」
「………青いのは余計だ!」
「そうかい、宜しくフリック。
―――で、そっちの娘さんは? ……もしかして、あんたの隠し子かい?」
からかう様なバーバラの言葉を聞いて、目を丸くするビクトール。半分怒った様に言葉を返した。
「おっ、おい!一体オレがいくつの時の子供だよ!!」
後ろにいたフリックはそれを聞いて大笑いしている。
「プッ!ハハハハ!
ビクトール、お前……昔っからそんなに手が早かったのか?
ククッ……娘か、こりゃあ いいぜ!」
「あのなぁ……まだオレは三十になったばっかりなのに、そりゃねェだろ!
…………それには、こう見えても十八なんだぜ?」
「えええっ!?」
「………………」
いつものこのパターンに、はもう突っ込むのも諦めた様だ。
なので只、引きつった笑みを浮かべているだけであった。
バーバラの竹を割った様な性格と、大柄な 『おっ母さん』 的な外見は、出会って間も無いでもすぐに打ち解ける事が出来た様だ。
それにこの砦に来てから当たり前だが、男ばかり……それも半端じゃない人数を目の前にして正直、は面食らっていたのだ。
女子高育ちで男に免疫の無いにとって、これは一種の拷問に近かったかもしれない。
最初、真っ赤になりながらフリックのマントの陰に隠れていたが、今は同性のバーバラにくっついて心底 ホッと一息吐いている。
そんなを、いつの間にか砦の兵士達も注目していた。
「おっ、おい! あの娘、誰だ!?」
「ミューズから来た野郎達と一緒にいたみたいだが……?」
「カワイイなぁ♪ いくつなんだろ?」
「珍しい髪の色してるよなぁ、どこの国の娘だろ?」
若い兵士達は見慣れない娘が気になるらしく、小声でボソボソと囁き合っている。
そんな兵士達と、ふと目が合ってしまったは真っ赤になり、慌ててバーバラの後ろに隠れた。
だがその初々しい姿が返って、益々彼らの興味をそそる結果になった様だ。
『カ……カワイイ♪』
―――そして程なく試合が始まり、クジで決められたトーナメント方式の試合は、次々と進められた。
一応実戦では無いので、もちろん剣は使わず、木刀を使用している。
配られた木刀をブンブン振り回して、ビクトールは不満そうに口を尖らせていた。
「へっ! こんな木の枝じゃ軽すぎて、持ってる気がしないぜ!」
「文句言うなよビクトール。ほら!次はお前の番だろ?さっさと片付けて来いよ」
「へい へい」
「がんばってねビクトール!応援してるから♪」
「おう!まかせとけって♪」
いつもの様に見送りのキスをにしてもらい、嬉しそうに応えるビクトール。
そんな様子を近くにいた兵士達は、目を丸くして驚いていた。
いかにも年齢差がありすぎる二人は、とても恋人には見えなかったからだ。
……以前も述べたのだが、この世界ではキスは恋人同士や、夫婦がするものであって、の様に普通の挨拶ではしない習慣になっていた。
なので、彼らが驚いても仕方が無い。
彼女にはもう恋人がいるのか……と 大きなショックを受け、そのスキンシップを指を咥えながらも羨ましく見ていたそうな。
『ううっ、いいなぁ…………』
―――達の知らない所で、そんな事もあったのだが、ビクトールの試合は順調に進められていた。
「うおおおおおッッ!!!!!」
ビクトールの気合の入った雄叫びで、相手が縮み上がった所に木刀を、渾身の力を入れて振り下ろす。
……なので案の定、相手の木刀は見事に粉砕してしまった。
「ひいぃぃぃっ!!!!」
その勢いに青くなって腰を抜かす相手の兵士。
その戦いっぷりを見た他の者達も、一気に血の気が失せた様に青くなっていた。
「しょ……勝者 ビクトール!」
ザワザワと皆がどよめく中、余裕の顔で戻って来たビクトール。
が嬉しそうに飛び付いて出迎える。
「凄ぉーい、ビクトール!一発で決めちゃうなんて!」
「へへっ! ちょろいぜ♪」
ははは!と得意気にVサインで応えるビクトール。そこへ呆れた顔でフリックもやって来た。
「お前なあ……。たいした相手でもないのに、何もあそこまで
……ワザとやっただろ?」
腰に手を当て、ヤレヤレ顔のフリックに、意地悪くニヤリとビクトールは笑った。
「へへへっ♪ 最初の印象が肝心なんだぜ?
それにオレはお前と違って、手加減なんぞ出来ん性質なんだよ!」
「はい はい……」
「それよりフリック!
次はお前の番だぜ? お前もさっさと終わらしちまいな!」
「フリックもがんばってね!!」
はフリックにもビクトールと同じ様に、見送りのキスをしようとした。
―――だが、なぜか真っ赤になって焦っているフリックに、慌てて止められてしまう。
「オ、オレはいいよ!」
「え?どうして…………って、あ!」
ふと……何かの視線を感じて周りを見ると、なんと!バーバラや他の近くにいた兵士達が注目していたのだ。
フリックの肩に手を掛けたまま、固まっているにバーバラが少し困った様に声を掛けた。
「ちょ……ちょっとちゃん! あんた……一体どっちの恋人なんだい?
さっきビクトールにもキスしてた様だけど……」
「ええっ!?恋人ぉッ??」
「だって……いい仲じゃないと普通そんな事しないよ?」
バーバラにそう言われて初めて気付いたは、そうなのかとフリックの方を見た。
フリックは赤い顔のまま、視線を泳がせながら困った様に答えた。
「ま、前から言いそびれていたけど……。ここじゃそう……なんだよ。
の故郷じゃ挨拶かもしれないけどな」
「う……ウソーっ!ヤダー!!何で早くそれを言ってくれないのよ!」
そう言うと、真っ赤になりながら慌ててはフリックから飛びのく。
今の今まで、この行為がここでは、恋人同士しかしないものだとは知らなかったので平然と二人にしていたのである。
習慣の違いに気付けなかったとは言え、恥ずかしい事この上なかった。
真っ赤な顔を両手で押さえてしゃがみ込んでいるに、陽気な調子でビクトールが声を掛けた。
「別にいいじゃねェか、!
恋人だろうと何だろうと、オレは一向に構わないぜ♪」
……とを、ふざけ半分に後ろから抱きしめ、
ホレ ホレ♪と自分の頬に指を差し、早速キスを求めるビクトール。
―――だが、この世界の習慣を知ってしまったからには、恋人でもないのに もうそんな事は出来なかった。
皆に注目されている上、その事がとても恥ずかしく思えて、慌ててビクトールの腕を振り解いた。
勢い付けて振り上げた腕が、ビクトールの顔に見事クリーンヒットしてるのも知らずに…………。
「だ、だめっ!!」
「ぐほっッ!!!」
バキィッ! という音と共にビクトールの短い呻き声が聞こえた。
「…………えっ?」
何が起こったのかとが振り返ると、そこには仰向けになって土煙を上げながら伸びているビクトールの姿があった。
それも5・6メートルも離れた場所に…………
「「「「 !!!!!!! 」」」」
「あ…………」
―――その現場を見ていた者達は、余りの信じられない出来事に凍り付いて動けなかった。
の方もそれが自分の馬鹿力によるものだと気が付いた様で、焦っていた。
ここに来る前に、自分が異世界の人間だとバレない様に、なるべく控えめに行動しろと言われた所だったのだ。
それを早くも破ってしまうとは…………。
「え……っと、あ、あの…………」
シーン と静まり返る気まずい雰囲気の中、はグルグルまわる頭の中で、どうやってこの場を切り抜けようかと考えを巡らしていた。
だが、そんな時…………
「バ……バッカだなぁは!
こんな所で紋章を発動させるヤツがあるかよ!!」
「……………………へっ?」
―――そう言ったのはフリックだった。
フリックは少しぎこちない笑顔を振り撒きながら、周りのみんなに申し訳無さそうに大声で説明した。
「悪いなみんな!驚かしたみたいで。
のヤツこう見えても 『必殺の紋章』 宿してるんだよ!
だから時々あんな馬鹿力を出しちまうんだ!な……なあ?そうだよな!!」
急に話しを振られ、戸惑うだったが、紋章のせいだと言う咄嗟のフリックの機転に助かったとばかりに、相槌を打つ。
「そ……そうなんですよー!!
その……時々私ってば、紋章を知らない内に使っちゃって……
ビックリさせちゃって、ゴメンなさーい! あは……あはははは!」
それじゃ、そういう事で!……と、ぎこちない笑みをうかべたまま、まだ伸びているビクトールを肩に担ぎ、はその場を去って行ったのだった。
のっし のっし と、その容姿に似合わない足音を立てながら去って行く、彼女の男らしい後姿を見送りながらその場にいた者達は、しばらくの間金縛りにあった様に動けなかったそうな。
「…………ちゃんって、顔に似合わず逞しいんだねェ」
「は……ははは! も……紋章のせいだよバーバラ。 紋章の!」
「あれだけ力が出せるんなら、
あの娘が試合に出りゃ、もしかしたら勝てたかもしれないね?」
「ハッ!…………………………そ、そうかも……」
その後、少しして気を取り直してから再開されたフリックの試合も、ビクトール同様一瞬で終わってしまった。
居合抜きに似たその太刀筋は、目にも止まらぬ速さで、相手の咽喉元に木刀を突き付けていたのだ。
「勝者 フリック!!」
またもや兵士の間でどよめきが起きる。
その後はミューズから来た新参者達の戦いっぷりに恐れをなし、戦う前から棄権する者が次々と現れた。
なので、予定よりも早く試合は進んでいき、とうとう準決勝戦の四人まで絞られた。
その四人のメンバーは予想通り、ビクトールとフリック。それにギルバート、ジョンの四名の男達であった。
フリック対ジョン、ビクトール対ギルバートの組み合わせとなり、先にフリック達が戦う事となった。
試合が始まり、両者共何度か剣を交わすが、スピードは断然フリックの方が勝っていたので程なく勝負がついた。
「勝者、フリック!!」
賞賛の歓声が沸き上がる。どうやら兵士達も彼の実力を認め始めた様であった。
フリック達の試合が終わり、続いて注目の一戦、ビクトールとギルバートの試合が始まった。
先程のアクシデント(笑)から復活したビクトールは、今はすっかり戦士の顔に戻っている。
固唾を飲んで注目する兵士達。も手を握り締めて見守っていた。
『始め!!!』の合図でビクトールより速く、いきなりギルバートが先制攻撃を仕掛けた。
ビクトールはそれを何とか受け流し、反撃のチャンスを伺っている。
流石に長年 傭兵稼業を生業としている男だけあって、一筋縄ではいかない様である。
「ビクトールってば大丈夫……なのかな?」
の心配そうな問い掛けに、フリックはケロッとした顔で応える。
「ああ……アイツなら大丈夫さ。
伊達に解放軍で戦っていた訳じゃないからな。まあ見てろよ。」
「え……?」
が視線を戻した時、それは始まった。
ビクトールがギルバートの隙を見付け、反撃に出たのだ。
待ってましたとばかりに、少し緩んだ突きの一撃をかわし、その木刀を上から払い落とす。
普通なら払い落とされても、すぐに次の行動に移れるのだが、ビクトールの馬鹿力がそれを許してはくれなかった。
彼の渾身の力を込めた払いは、見事にギルバートの木刀を粉砕していたのである。
「 !!!!! 」
持っていた武器を壊されたとあっては、もう反撃は出来ず、咽喉元に木刀を突き付けられたギルバートは負けとなってしまったのであった。
「勝者 ビクトール!!!!」
うおお――っ!!と割れんばかりの歓声が沸き上がり、それに応えるビクトール。
「キャーッ、凄ぉーい!ビクトール!!」
「やったな、ビクトール!」
「やるじゃないか!さすがだねェ!」
「へへへっ!あったり前だろ?」
得意顔でガッツポーズをとるビクトールに、ギルバートは側に来て声を掛けた。
「いやはや……、やりますなビクトール殿!
まさか、あの態勢で武器を壊されるとは思いませんでしたよ」
「まぁな、あれがオレの戦い方なんでな。
ギルバート!あんたも長年、傭兵でメシ食ってるだけあって腕は確かだよな。
……木刀じゃなきゃ、勝てたかどうか分からんぜ!」
ハハハと、お互い笑って握手を交わした。
―――そして、いよいよ決勝戦!
新参者であるビクトールとフリックの対決が始まる!!…………ハズだったのだが、なぜかフリックは、あっさりとそれを辞退した。
その為、結局 優勝者……すなわちこの砦の隊長は実力共にビクトールに決定したのだった。
拍子抜けの結果で、試合が終了したのは残念だったが……。
この結果に兵士達も皆、新参者ではあるが、ビクトール達の実力を認めざるをえなくなり、もう不満を口にする者はいなくなっていた。
新しく決定した隊長・副隊長を歓迎する拍手が鳴る中、ビクトールはそれに応えながら小声でフリックに不満を漏らしていた。
「おい、フリック!何で辞退したんだよ!
せっかく久し振りに対戦出来ると思って、気合入れてたんだぜ?オレは」
フリックは軽く肩を竦めながら答えた。
「もしお前に勝っちまったら、隊長にならなきゃいけないだろ?
そしたらお前は副隊長だ。
ビクトールがオレの補佐なんか出来るガラじゃ無いって知ってるから、譲ってやったのさ。オレは無駄な事はしない主義でね!」
フリックの言葉を聞いてビクトールは成る程と、深く頷いた。
そして、からかう様に不敵な笑いを見せる。
「ま!……要するに、このオレ様の実力を充分知ってるって事だな?
さっすがトランからの長年の付き合いだけあるぜ♪」
「ハ! 言ってろよ」
その後、隊長としての就任の挨拶を済ませたビクトールとフリックは、それぞれの部屋に案内された。
場所は中央にある本館二階で、会議室の両隣の個室である。
の方は、一応隊長・副隊長の補佐役という肩書きをもらい、丁度フリックの隣にあった小さな部屋が空いていたので、そこを使う事にした様だ。
持って来た自分の荷物を下ろしながらベットに横になり、一息吐く。
天井を見詰めながら、明日から始まるここでの新しい生活の事を考えるのだった。
『明日から、ここでの生活が始まるのね…………。
今まで色々あったけど、やっと落ち着ける場所が見付かって良かったな……。
いつまでこの世界にいる事になるのか分かんないけど、私の出来る精一杯の事をやってみよう、
お父さん……、お母さん……、お兄ちゃん……みんな………………』