馬に荷物を乗せ、、ビクトール、フリックの三人はのんびりと歩いていた。
憧れのアナベルと暮らせる!……という、甘い誘惑を辛うじて断ち切り、後ろ髪を曳かれつつも結局、ビクトール達と共に砦へ行く事にした。
彼女は今、木の枝をブンブン振り回して楽しそうに歌いながら先頭を歩いている。
「あるぅ日~森のなっか~クマさんにぃ~出会ぁた~~♪
花咲く、もーりーのーみーちー♪ クマさ・ん・にーでーあーあっーたぁ~♪ 」
これはの世界ではお馴染みの 『森のクマさん』 の唄。
それをご丁寧にも、この世界の言葉に直して歌っている。
そして宿している真の紋章の影響か、彼女の通った道沿いには次々と草花が咲き乱れ、まるで色とりどりの絨毯を敷き詰めた様になっていた。
―――そう、これは 『希望の紋章』の力の一つであった。
他の紋章の様に、目に見えて魔法が使える訳では無かったが、その喉から出される不思議な音の響きは植物にとって成長を促す魔法となっているらしい。
例えその唄が教会で歌う様な美しい賛美歌だろうが、彼女がこっそり好きな時代劇の唄だろうが歌えば例外なく植物達は答えてくれたであろう……。
……それは さておき、トランの時に何度もこの光景を見ていたビクトールもフリックも、久し振りに見る出来事に相変らずだな……と、お互いの顔を見合わせ、呆れつつも 少し嬉しそうに肩を竦めた。
だが、彼らはがミューズに残りたいと言出すかもしれない……と最初、心配していた様だ。
まあ……実際ビクトール達が止めなければ、あのままアナベルから離れなかった可能性は多いにあったのだが……
それについては彼女の隠れた好みを知ってしまい、多少なりともショックは受けたが、(特にフリックが)よくよく考えてみれば、トランの時にもそんな事があったのを二人は思い出した。
「そーいや、解放軍にいたバレリアやクレア……
それにソニアにもよく、嬉しそうにくっついていたよなぁ」
「あ……ああ。
最初、地下のアジトで会った時にもオデッサにべったり だったし……。
そうか……あれはの趣味だったのか……そうだったのか……」
―――と、ブツブツ呟いているフリックを見て、ビクトールはヤレヤレと肩を竦める。
そして、そんな彼の背中を叩き、少し困った様に喝を入れた。
「しっかりしろよフリック! お前がそんなんで、どうすんだよ!
精霊ん時はともかく、今はれっきとした人間なんだ。
オレ達はの保護者として、その辺のところをちゃーんと教えてやらなきゃダメなんだぜ? 男の良さってヤツをさ!
なんなら、オレがじっくり教えてやってもいい……」
「それだけは や・め・ろ」
その日はミューズより東方面に向かった所にある『白鹿亭』と言う宿屋で泊まる事となった。
人里離れた所にあるせいか、お世辞にも
「こんな街から離れた所に宿屋があるなんて、珍しいな。
小ざっぱりした所だが、流行ってないみたいだし……」
「でもよぉフリック。
ここの女将は美人だし、食いモンも美味かったし、オレは気に入ったぜ♪
ミューズのレオナとはまた違った、清楚な人妻の魅力……
ってのが、たまんねェよな! ハハハ!」
「お前なぁ…………」
ビクトール達がそんな他愛も無い会話をしていた頃、隣の部屋にいたは服をベットに広げて嬉しそうに眺めていた。
それは、ミューズで買ったの新しい服であった。
彼女の男の様な格好に見兼ねたレオナが、わざわざ洋服店に付いて行って、何着か選んでくれたのだ。
……もちろん、支払いは保護者であるビクトール達にさせたのだが。
この季節に合ったハイネックのゆったりとしたワンピースに、ウエストの部分を帯で留め、そこにはワンポイントとして、おしゃれな感じの編み込みの房飾りを垂らしていた。
そして、その上には少し厚手のベストを羽織る様になっていて、スカートの下には黒いスパッツの様な下履きを履く様になっている。
これなら、馬に乗っても下着は見えないので、旅をする多くの女性に愛用されてるらしい。
その他にもビクトール達には言えなかった、女の子としての必需品等、レオナのお陰で買い揃える事が出来、はホッと胸を撫で下ろしていた。
余談なのだが……その地方の文化にもよるが、この世界の女性用の下着はゴムの入ったパンツは無く、主に両端をヒモで結ぶパンツが主流で、後はの世界でも昔あった、『ちょうちんパンツ』 も使用されている様だ。
少し違うのは、ゴムの部分がヒモで結ぶ様になっている事ぐらいである。
下着等はお店でも売られているのだが、女性特有の『月のモノ』の生理用品は店では売っていないらしく、なんと、各自 家で作っているのだそうだ。
作り方は色々で、使わなくなった古い布を合わせてみたり、トイレで使う薄い紙を重ねたり、その中に綿を入れたりと様々に工夫されているらしい。
この世界に来てまだ一月も経っていなかったので、その点はまだ心配なかったが、これから必ず必要になるだろうといくつか予備に作っていた物を、レオナから貰っている。
後、服を買っている時には、この世界の長さの単位が微妙に違っている事に気が付いた。
自分の世界でも少し前は、国の数だけその単位や長さは違っていたので、当たり前だと言えばそうなのだが……。
「えっ!? あんた……165だって言うのかい??」
「はい。………何か変……ですか?」
「変もなにも……
私で170なのに、こんなに小さいあんたが165なハズないよ」
レオナに言われてハッと気が付いた。
思わず自分の世界での背の高さを言ってしまった事に……。
まさか本当の事を言う訳にはいかなかったので、は慌てて笑ってごまかした。
「あ……あはは! ごめんなさいレオナさん!
つ、つい見栄張っちゃいました……」
―――結局、店の店員に計ってもらった所、の身長はなんと158だった事が判明した。
『さっき計った靴のサイズも本当は24なのに、ここじゃ23って言われたわよね?
そうするとこの世界の長さって、私の世界より…………1cmあたり0.5mm長いって事になるわ!』
後で宿屋に戻ってビクトール達に聞いたところによると、ビクトールは188で、フリックは185なのだそうだ。
『……って事は、私の世界じゃビクトールは197cmで、フリックは194cmって事ぉッ!?
でかッ!!』
流石(さすが)、計算が得意なだけあって、瞬時に答えを弾き出す。
その数字を知って、余計にこの世界との違いを認識するのだった。
『やっぱりこの星の重力が小さいのね。
……だって、あれだけ体力に自信がなかった私なのにあのビクトールと腕相撲で張り合えるんだもの!
これってホント、凄い事だわ!』
これまでの旅の最中、はビクトールと一度、力比べをした事があったのだ。
それはビクトールが星辰剣の代わりに選んだ重い大剣を、ある ひょんな事から軽々と持ち上げてみせたのがきっかけであった。
試しにビクトールと腕相撲をとってみると信じられない事に、ほぼ互角だったのだ!
「し……信じられない!」
「お……おいおい、マジかよ!」
「すっごーい!
私って、この世界じゃスーパーガールなのね!? 嬉しい!!」
大興奮のは、顔を赤くしながらはしゃぎまくっている。そして……
「私、力持ちだったら前から一度やってみたかった事があるの!
ねぇフリック、ちょっとだけ……いいかな?」
「な……なんだ? ―――って、うわっ!?」
フリックの返事も待たずに、いきなり彼に近づくと、はなんとフリックをひょいっと 抱き上げたのだった!
―――言わゆる、『お姫様だっこ』 と言うヤツだ。
どっこいしょ! という掛け声で担ぎ上げたフリックの体は、その大きさの違いにもかかわらず、まるで10kgの米袋を抱き上げる様に軽々と見えていた。
目を丸くして真っ赤になっているフリックは、何が起こったか分からず、ただ呆然として抱えられていた。
それを見ていたビクトールの方も、その異様で信じられない光景に、呆気にとられて固まっている。
今まで女が自分より大きな男を、抱き上げる姿など一度も見た事がなかったからだ。
「これよ、これ!
前から一度、男の人を 『お姫様だっこ』 してみたかったのよ~♪
何か『宝塚』の男役っぽくっていいでしょ?」
にんまりと少し得意げに笑うの顔を見て、フリックの方は反対にあまりの恥ずかしさに、目を見開いたまま 言葉も出ない状態であった。
『お……お姫様……だっこ……』
26年間男として生きてきて、人に……それも、自分より体の小さな女の子に抱き抱えられるとは……。
それは恥ずかしさを通り越し、一種の屈辱にも似た感情が彼から言葉を失わせていた様だ。(笑)
『オ……オレが お姫様……オレが…………』
そんな彼の心の中の葛藤を知る由も無いは、まだ呆然としているフリックを下ろし、次はビクトールをターゲットにしようとしている。
「わーっ!やめろ!
オレは抱っこされるより、する方が好きなんだよッ!」
「いいから、ちょっとだけやらせてよ~♪」
嫌がるビクトールを追いかけ回しているの端では、フリックがガックリと地面に膝を付いて
『は……はは……。オ……オレ、立ち直れないかも…………』
――――と、この道中色々あったりして、今に至っているのである。
は明日着る為にその新しい服を丁寧に畳むと、その夜はゆっくりと休む事にしたのだった。
次の日の朝、早く目が覚めてしまった。
朝食までまだ間があるので、それまで白鹿亭の周りを散歩でもしようと、早速用意していた服に着替えた。
着慣れない服に戸惑いながらも、なんとか着替える。
「帯の上に、いつものポシェットを装備して出来上がり……っと♪」
そう言うと、ビクトール達を起こさない様、こっそりと部屋を出た。
ベルが鳴り響かない様そ~っとドア開けると、外は湿気を帯びた森の香りと朝の清々しい空気が辺りを包み込んでいた。
昨夜は日が暮れてから到着したので分からなかったが、白鹿亭の周りには林があり、まるで日本でいう所の軽井沢の様な、白樺の並木道が草原へと続いていたのだった。
絶好の散歩スポットである。
「……宿屋が見えてる範囲なら、ちょっとくらい探検しても良いわよね?」
朝食までには帰って来るつもりで、ウキウキしながら出掛け様としたその時、井戸の所でいきなり誰かに呼び止められてしまう。
「か…………!?」
「へっ…………?」
思いがけない所で自分の名前を呼ばれ、思わず気の抜けた返事をしてしまう。
声のする方を振り向くと、そこにはフリックが少し驚いた様な表情で立っていた。
前髪や顔からまだ雫が垂れている様子を見ると、どうやら井戸で顔を洗っていたらしい。
いつも付けているバンダナも、当たり前だが、珍しく外されていた。
「フ、フリック……!?」
「……なのか?」
少し赤い顔のフリック。
それもそのはず、の女の子らしい格好を初めて見たので、驚いていたのだ。
今まで彼女は異世界の見慣れない服装を着ていたし、それは男が着る様なタイプばかりだったからだ。
その上、いつもは後ろで一つにまとめている髪も、今朝はカチューシャ風に青いバンダナで留め、後ろは垂らしている。
服装や髪型一つでこんなに変わるとは……と、思わずドギマギしているフリック。
一方の方は、さっきから顔を赤くして無言で自分を見詰めている彼を見て、いつもの様に怒られるのかと、ビクビクしていた。
出会った当初はまだ他人行儀だったへの対応も、彼女の保護者的役割に目覚めてからは、遠慮の無いものに変わっていた。
そう……。が何か行動を起こす度にフリックは口を挟んでいたのである。
彼女を守ってやらなければ……と言う強い責任感からの行動なのだが、それがかえって彼を口煩い親の様に見せていた。
なので最近、は無意識の内に身構えている様だ。
「お……おはようフリック。ず……随分早いのね?」
「あ……ああ。 お、おはよう……」
お互い違った思惑の中、ぎこちない挨拶を交わす二人。
いつもならここで何かと口を挟んでくるハズなのに、今日の彼は何も言わない。
只、自分を見詰めたまま突っ立っているだけである。
実際、フリックはに見惚れていたからなのだが……。
不思議に思いながらも、は彼の気が変わらない今の内に……と、その場から逃れる為、出来るだけ自然に振舞って見せた。
「そ……それじゃあ私、そろそろ行くね?」
「あ……ああ」
にっこり笑って手を振る。
彼女の表情だけはぎこちなかったが、余りにも自然にその場を去って行ったので、戸惑いつつもフリックは思わずそのまま軽く手を振り、を見送ってしまった。
その姿が林の中へ消えて少ししてから、何か大事な事に気が付いたフリックは大声を上げた。
それは彼女がこんな時間に、それも一人で出掛けてしまった事に気付いたからであった。
なのに自分は止める事もしないで、の姿に見惚れていたのだ。
――――思わず自己嫌悪。
「しまった! 何やってるんだオレ!?……ちょ!ちょっと待てーッ!!!」
そう言うとフリックは、慌てての消えて行った方向へと駆け出すのだった。
は程なくフリックに追いつかれ、捕まった。
最初は案の定、探検散歩には反対されていたが、彼女に、それならなぜ先程会った時に止めなかったのかと指摘され、まさか、見惚れていたからとは言えず言葉を詰まらせるフリック。
―――で、結局フリックも同行するという事で、なんとか丸く収まった様だ。
白鹿亭を街道方面とは逆に進むと、奥の森へと続く小道がある。
柔らかい春の日差しが木々の間から漏れて、その爽やかな空気の心地良さに、は大きく伸びをした。
「う~ん♪ なんか『軽井沢』に来たみたいに気持ちいいね、フリック」
「……? あ……ああ、本当だな」
“ かるいざわ ”……という所がどんな所なのか分からなかったが、の嬉しそうな顔を見て、まあいいか……とフリックは少し困った様に相槌を打った。
風がそよぐ木々の間を、少し前を歩いている少女を何気なく見詰めているフリック。
少女は気持ち良さそうに、風に髪をなびかせている。
『こうして見れば、普通の娘と変わらないのに…………』
青味がかった銀の髪、それにエメラルドの様な深く碧い瞳。その上に掛かる色素が薄く長い睫毛。
最初出会った時のあどけなさは幾分残っているものの、幼い少女の印象から すっかり変わり、今では神秘的な要素が加わって、より彼女は綺麗になっていた。
トラン解放戦争の時、精霊の姿で現れた 『』は 解放軍のリーダーである・マクドールと常に行動をとっていた 『特別な存在』 であった。
だが、そんな彼女なのに、オデッサを亡くした自分を懸命に励ましてくれたり、時折哀し気な切ない瞳でこちらを見ている姿があった。
―――あれは一体 何だったのだろう……?
その理由を聞ける間も無く戦争は終結し、最後の戦いの
「…………あの時、君はオレに何を言いたかったんだ?」
彼は懐かしむ様な遠い目で少女を見詰め、呟く様に そっと囁いた。
「えっ? なあに、フリック??」
その囁きが聞こえたのか、は きょとん とした表情で振り返った。
あの時、触れる事さえ出来なかった彼女は今、人として自分の目の前にいる。
腕を伸ばせば届く所に存在しているのだ。
例えその時の記憶が無くても、側にいてくれるだけで…それでいいと思った。
木漏れ日の光の中、柔らかく微笑む彼女の姿は、不思議と自分に安らぎを与えてくれている。
それはとても大切なものの様に受け止めていた。
「………………」
少女に対して芽生え始めている、淡い想いが彼に“ 抱きしめたい ”……という行動を起こさせた。
いつの間にか伸ばしていた手を見て、驚いたフリック。
―――自分は今、何をしようとしていたのか?
確かにを大事に思っている事は、自覚している。
だが、それ以上の感情を抱く事は……そう、許されないのだ。
なぜなら、彼女は『特別な存在』であり、いつかまた自分の世界に帰ってしまうのだから…………。
まだ形にならない今の内なら、自分を傷つけずにこの想いを押さえる事が出来る……。
彼は無意識にそう考えた。
そしてその切ない想いを押さえ込み、深く息を吐いた後フリックは伸ばしたその手での頭をくしゃっと撫でるのだった。
「いや……何でもないよ、」
「 ?? 」
林の小道をさらに奥に進むと、その小道から枝分かれしている細い
何だろう?と案の定、好奇心旺盛なは、フリックが止めるのも聞かず、奥へと駆け出してしまった。
「こ……これは!?」
しばらく行くと二人の目の前には、何かの遺跡らしい石造りの大きな門がそびえ建っていた。
その蔦の絡まり具合や外観を見て、かなり古い物だと分かる。
「こ……これって、もしかしなくても遺跡……じゃないのかな!?」
「そ……その様だが……」
城の城壁の様に高くそびえ立つ石の門を側でよく調べてみると、何やら文様の様なものが彫られていた。
かなり古そう物なので、雨風に晒された分、何が彫られているのかまでは分からなかったようだが……。
その模様に触れながら、フリックはボソリと呟いた。
「……何かこの建物、あの場所に似てないか?」
「あの場所……って?」
「ほら、オレ達が最初に出会った場所だよ」
「あ……!」
フリックにそう言われ、あの砂漠の遺跡を思い出す。
扉の辺りを見てみると、その石に刻まれた模様や造り等、どことなく似ているのを感じた。
「ほ……本当ね! …………ん!?」
はふと、扉の近くにあった石版に目がいく。
そこには見た事も無い文字が彫られていた。
「何だ、その石版は? 何か文字みたいなものが彫ってあるが……」
「一体、何て書いているの…………って、あれ??」
「どうした? 」
「知らない文字のハズなのに……………………読める」
「なんだってェッ!!!」
は石版に彫られていた文字を、難なく解読していく。
その様子を驚いた様に見ているフリック。
石版にはこの遺跡の奥深くに、どんな病も治す万能薬が、収められていると記されていた。
そしてその文章の後に記されていた通り、石版を操作すると、固く閉ざされていたハズの扉が音を立てて動き出したのだった。
「うわあッ!!!」
開いた扉の向こうには石畳の通路が続いていて、その側には人工で造ったと思われる水路が透明な水を湛えて流れていた。
木々が生い茂る遥か向こうには塔の様な建物が見えている。
「す……凄い…………」
呆然と見ている二人。
口を ぽかん と開けて突っ立っているに、フリックが戸惑いを隠せない表情で問い掛けてきた。
「お、おい……。何で石版の文字が読めたんだ?」
「わ、私にもよく分からないの!……確かに知らない文字のハズなのよ?
あ!……もしかしてルルドさんの記憶のお陰かもしれない!」
「えっ!?」
「ほら!これだけ古そうな遺跡なら、ルルドさんが生きてた時代と一緒よ、きっと!
それに……あの砂漠の遺跡と同じなら、使っていた文字だって同じかも知れないでしょ?」
「う~ん。そう言われてみれば、そうだな……」
腕を組んで考え込んでいるフリック。
「ね!……ちょっと入ってみない?
もしかしたら何か他にも宝物が隠されているかもしれないわよ♪」
「……え? お、おい!!」
フリックが止める間も無く、中へとどんどん入って行く。
だが、しばらく行った少し広い場所でフリックに止められてしまった。
「待て、!」
「きゃっ! な……何?フリックったら、そ……そんなに怒鳴らなくっても………」
「………………帰るぞ、ここは危険だ」
「えっ…………?」
眉間にシワを寄せながら辺りを見回すフリック。
戦士の勘が危険を察知したのか、顔付きもいつになく真剣になっている。
そんな彼の様子に怖くなったは、引きつった顔で質問する。
「危険……って一体…………」
そう言い掛けた瞬間、のすぐ後ろに何かが ドサッ!……と降って来た。
「へっ…………?」
そぉ~っと恐る恐る後ろを振り返ると、そこには今まで見た事も無い様な巨大な蜘蛛が4つの目玉で自分を見据えていた。
「~~~~~~っ!!!!!!」
余りの恐怖に声にならない悲鳴を上げる。それと同時に体の血の気も一気に下がってしまい、体は硬直したままだ。
それが相手にも分かったのか、目の前の獲物を捕らえようと、大蜘蛛はその巨体からは考えられない様な跳躍力でに向かって襲い掛かって来た。
「きゃあ!!」
「危ないッ!!!」
ズバッ!という音がした後、少ししてからが目を開けると、そこには真っ二つに斬られた先程の大蜘蛛が地面に転がっていた。どうやらフリックが一刀の元で斬り捨てたらしい。
「ひっ!!」
まだ、ピクピク動いている姿を見て、とうとう腰を抜かしてしまったは、その場にペタンと座り込んでしまった。
心配そうに駆け寄るフリック。
「逃げるぞ! ……立てるか?」
「ダ……ダメ、立てない…………」
そうこうしている間にも、ザワザワと辺りから音が鳴り出し、それと同時に木々の間から大蜘蛛達が姿を現した。
その数の多さに、対処しきれないと感じたフリックは、軽く舌打ちをして眉間にシワを寄せる。
「チッ! やっぱり来やがったか!!」
を引っ張って逃げる事を諦めたフリックは、彼女を素早く肩に担いで、その場から急いで離れた。
「きゃ――っ!! いやあ―――ッ!!!」
次々と現れる大蜘蛛を斬り捨てる度に、フリックの肩の上で喚く。
彼女は虫が大の苦手だったのだ。
「す……少し静かにしてくれ! 頼むから……」
大蜘蛛達を何とか振り切り、石の扉を閉めた。
扉の前で座り込んで一息吐いているフリック。はまだフリックの腕にしがみ付いていた。
「ふ―――っ、何とか逃げ切ったな。大蜘蛛があんなにいるなんて思わなかったぜ!」
「蜘蛛いや――っ! 蜘蛛キライ――っ!!」
「………………」
もう大丈夫だというのに、ガタガタと震えながら自分の腕にしがみ付いているを見て、つい、フリックは彼女をからかってみたくなった。
少し意地悪そうにクスリと笑うと、彼女は虫が苦手だと知っているのにワザと聞いてみる。
「何だ? は虫が嫌いなのか?」
「うん!大っ嫌いよ!!
…………それに、さっきのアレはもう虫の域を超えてるわ!!!」
「ふぅ――ん。…………あ!後ろに蜘蛛がいるぞ♪」
「いやあ―――――っ!!!!!」
ガバッ!と、思いっきりフリックの首にしがみ付く。
「いや いや いやあ――――ッ!!!!」
「ぐおっ……!!!」
余りにもキツく首にしがみ付いた為、そのビクトール級の怪力に息が詰まってしまうフリック。
彼女の腕力が並大抵のもので無い事を、すっかり忘れていたので、彼のささやかなイタズラ心は自らの墓穴を掘ってしまう結果となってしまったのだった……
その後、死にかけのフリックをまたもやが『お姫様だっこ』で運び、今度は宿屋の女将、ヒルダに大変驚かれてしまった様だ。
きっと この宿屋では、後々までの語りぐさとなってしまう事であろう…………。
そして何とか生還したフリックだったが、その事を聞いて再び落ち込んでいた事は言うまでもない……。
―――で結局、あの危険なモンスターのいる遺跡の事は、石の扉を開かない限りそこから出て来る事は無さそうなのでヒルダ達を怖がらせない様、この事は話さなかった。
『……もし、あの砂漠の遺跡と同じものだとしたら、その秘宝を守る 『守護獣』って、
もしかしてアレと同じものなのかな……?』
あの時の自分の体に食い込む、牙の痛みと圧倒的な恐ろしさを思い出し、は ぶるっ……と身震いをしたのだった。
二年後……この遺跡を訪れる事になる白鹿亭の主人と、ある少年達がそれを証明するとは、今のは知る由も無かった……。