「久し振りだなビクトール!! 元気そうで何よりだ」
「あれから10年振りになるのか? あんたの方も相変らずだな!」
10年振りの再会に、笑いながら握手をする二人。
それを目の当たりにして、グランマイヤーの側に居た側近の青年等は市長に向かってタメ
もちろん他の補佐の者達も目を丸くして見ている。
そんな周りの目も気にせず、ビクトールは今までの事を簡単に説明した。
グランマイヤーは彼がトラン解放戦争に参加していた事にも驚いていたが、それよりもトランからこちらに来るのに
「あの砂漠を越えて来るとは……、それも徒歩で…………」
「お陰で、ちょっと死にかけちまったけどな! はははは!」
ビクトールの言葉に、その時の苦労を思い出して、フリックが後ろで何度も深く頷いている。
市長や他の者がいなかったなら、きっと 『ちょっとじゃねェだろ!!』 とフリックの厳しい突っ込みが入っていただろうが……。
そして、昔話に花が咲いていた所、市長の側近であるフリード・
仕方無しに話しを手短にするグランマイヤーは、ビクトール達が仕事を探していると聞いて、ある事を思い出した。
「おお!それならばミューズ市のアナベル殿の所へ行ってみてはどうだ?」
「へ? アナベルの?」
グランマイヤーの話しを詳しく聞くと、この半年前ぐらいからミューズ市の市長アナベルが、デュナン湖東部に傭兵隊を結成して、その砦を造ったのだそうだ。
今現在でも傭兵を募集しているらしい。
「へぇ――っ! あのアナベルがねぇ……」
これまた、タメ
ミューズ市と言うのは、このサウスウィンドゥを含む6つの都市……、『ジョウストン都市同盟』の首都である。
その頂点にいる市長に対してなのだから仕方が無い。
『この男はグランマイヤー様も、
ミューズ市長アナベル様とも知り合いの様ですが一体何者なんでしょうか……?』
―――その部屋にいた者達は皆、ビクトールの事を知らない。
それもそのはず、ビクトールは10年も前にこのサウスウィンドゥ市国から
ノースウィンドゥの悲劇は当時、一部の者にしか知らされていなかった。
そして、その同時期に起きたサウスウィンドゥとトゥーリバー間で戦争勃発する所を未然に防いだのは、ビクトール達だという事も世間では公表されていなかったのである。
ビクトールがアナベルの事で感心している時、グランマイヤーは何気なく後ろにいるフリックとに視線を巡らせていた。
……青いマントの男は見た所、ビクトールと同じ剣士である様だが、もう一人の少女がなぜ彼らと一緒なのか不思議に思っていた。
この辺りでは見慣れない、珍しい青味がかった銀髪に深い
そして少女の容姿にアンバランスな服装。どれをとっても不思議な雰囲気を漂わせている……。
「…………ところでビクトール。 その後ろにいるのは、お前の連れかな?」
「え? ああ、まだ紹介して無かったな。こっちはオレと同じ剣士のフリック。
それに、こっちは…………えーっと、その……だ」
二人共、少し遠慮がちに頭を下げて軽く挨拶をする。
フリックの紹介でトラン出身だと言わなかったのは、つい先頃、ここサウスウィンドゥとティントの連合軍がトランと争っていたからであった。
戦争が終結してまだ間もなかったので、話しがややこしくならない様考えたのである。
の事でも一瞬ビクトールは何と言って良いか分からず、取り合えず名前だけ紹介する事にしたらしい。
の名前を聞いて、側近のフリードは あ!と声を上げた。
「ああ! 確か……昨日、捜索願いを出されていた娘さんですよね?
無事に見付かったのですか?」
「ああ、昨日はありがとよ。お陰さんで無事見付かったよ」
ビクトール達は昨日、どうやら市庁舎に捜索願いを出していたらしい。
それは側近であるフリードの耳にも入っていた様だ。
「…………ところで、どちらにいらっしゃったんですか?」
「いやぁ、何でもアダリー……だったっけ? ちょいと風変わりなオッサンの所にいたんだよ」
「ア……アダリー殿の所にですか!?」
突然アダリーの名が出て来たので、部屋の中にいた者達が皆、一斉にに注目した。
「???」
「? …………何でそんなに驚いてんだ、あんたら??」
不思議そうにしているビクトール達を見て、書類に記入していた補佐官がその作業を止め、眉間にシワを寄せて言った。
「そ、そんなの驚くに決まってますよ!
アダリーと言えば、このサウスウィンドゥじゃちょっと有名な男なんですから!」
「有名……?」
「ええ!
いつも妙なガラクタばかり作り出しては、その騒音なんかで近所の住民達に迷惑をかけているんです。
周りの者達から、『変わり者』だと呼ばれてます」
「そうですよ!
それに前に何度も爆発騒ぎも起こしていて、警備兵が出動した事もあるんですから!」
「ば……爆発!?」
それを聞いて驚いているビクトール達。
他の補佐官達も、常々その『変わり者』に不満があったのか、深く何度も頷きながら口々に文句を言っている。
「……私もあの男の家に行政の指導の為に行った事があるのですが、
そのガラクタにちょっと触っただけで
『ワシの偉大な発明品に汚い手で触れるな!!』
と怒鳴られましたよ。
どこから見ても、只のガラクタなのに、笑ってしまいますよね! ハ!」
と、肩を竦めて ヤレヤレと首を振る補佐官。他の補佐官達もバカにした様な笑いを浮かべていた。
――――だが、そんな時。
「アダリーさんの発明品はガラクタじゃありません!
れっきとした発明品です!!!」
「へ………?」
大きな声で反論したのは、なんとであった。
腰に手を当てて、怒った様にその補佐官達の方を見ている姿に、その場にいた者は一斉に注目した。
呆気にとられていた補佐官は、誰もが嫌う その『変わり者』を擁護する少女に少し戸惑っている。
「き……君、急に何を言い出すんだ? あれはどう見ても…………」
「立派な発明品ですッ!!!」
いつに無くキッパリとした物言いに、ビクトールとフリックの二人も驚いてを見ていた。
の方はと言えば、少しの間ではあったが、科学に対しての想いを共有したアダリーの悪口を言われて正直腹が立っていたのだ。
確かに周りの者達の中では、かなり浮いている存在なのはにも分かっていた。
だが、そのアダリーの発明品を否定する…という事は、まるで科学を否定されたみたいで、我慢ならなかった様だ。
すっかり感情的になってしまったは、科学の素晴らしさを証明する為、周りの反応も考えずに思いつくまましゃべり出した。
「コホン!
……アダリーさんの発明品は確かに、普通の人には役に立ちそうにも無い物に見えますけど実は部分的に見ると、とっても役に立つ原理が含まれているんですよ?」
「原……理??」
「……確かここでは錬金術って言うんですよね?
アダリーさんの発明品の一部と、その錬金術を組み合わせて少し改良すれば、馬より速く走る鉄の乗り物や、風の無い時でも行きたい方向に動かせる船を造る事も出来るんです!」
「う……馬より速い鉄の乗り物!?」
「行きたい方向に動く船!? ……そ、そんな物がアレから作れるのか!?」
「マ……マジかよ、!?」
グランマイヤー達や、ビクトール達もそれを聞いて驚いた顔をしている。
それを見ては得意気に大きく頷いた。
「ええ♪ もっと複雑に組み合わせれば、『飛行機』だって作れるわ!」
「ひ……こう……き??」
初めて聞く言葉に、それがどんな物なのか想像出来ないらしく、みんなの頭の上にはいくつもハテナマークが浮かんでいた。
口で説明出来ないだろうと考えたは、良い考えを思い付き、近くにいた補佐官の人にいらない紙を貰うと、ある物を作って皆に見せたのだった。
―――それは、の世界でお馴染みの紙飛行機であった。
「…………何だ、それは??」
一枚のただの紙を器用に折って、見た事も無い形のものが出来上がる。
それを不思議そうに注目している一同。
「ま! 見ててね♪」
得意そうに にんまりと笑うと、その紙飛行機をそっと飛ばした。
それは部屋の隅まで、すいすいと飛んで行き、壁に当たってようやく床に着地する。
その信じられない光景を目の当たりにして、その場にいた者達は目を丸くして驚いた。
「なっ!? 何だそりゃあッ!!そんな紙で出来たもんが、何で飛ぶんだよ???」
これにはグランマイヤー達も驚いて、その不思議な物体を手にして色々な角度から眺めていた。
「う~ん。それを説明すると長くなっちゃうから、また今度の機会に話すね?
ま! 取り合えずこの『紙飛行機』が、さっき言っていた『飛行機』の元になるものなの」
「“ かみ……ひこうき ”か……」
そう呟くとグランマイヤーは、がやった様に、手に持っていた紙飛行機をそっと飛ばしてみた。
「おおっ! 飛んだぞ!!これは面白いな♪」
見事に飛んだ紙飛行機に、子供の様に興奮しているグランマイヤー。フリードもつられて思わず手を叩いている。
それを見て、も満足そうにしていた。
「でしょ? 私の世界には、これをもっと大きくして、
鉄より軽い金属で造った『飛行機』が人を乗せて空を飛ぶんですよ♪」
「ひ……人を乗せて空を飛ぶ?? し……信じられん!!!」
の話しが余りにも信じられないものなので、一同、口を開けたまま呆然としていた。
そんな中、グランマイヤーが戸惑いながら質問をしてきた。
「……と言ったかな?
故郷にはその……“ ひこうき ”とやらが飛んでいて、鉄で出来た乗り物があるらしいが、
の故郷は、どこにあるのだ?
もしや……その乗り物で、この国へ来たのかな?」
グランマイヤーは市長という職業上、各国の情報はある程度把握していた。
だが、の言った様な『飛行機』や鉄で出来た乗り物が存在する国など、今まで聞いた事が無かったのだ。
それは側近のフリードにしろ、その他の補佐官にしろ同じであった。
グランマイヤーとフリードの二人とは別に他の補佐官達は、目の前の年端もいかぬ娘が信じられない事ばかり言うのを見て、得体の知れない小娘が、大ボラを吹いているとしか見えず、その異端的な内容にとうとう 『この娘は頭が変なのでは……?』 と思い始めていた。
グランマイヤーがにそう尋ねている端で、補佐官達がそんな事をボソボソと小声で囁いているのを耳にしたフリック。
それまで皆と一緒になって驚いていたが、それを聞いて彼はハッと我に返った。
―――このままでは、が異端者として見られてしまう…………
それだけならまだしも、この調子ではの正体さえバレてしまうのでは?と最悪の事態まで考えていた。
『まずいな……。
それだけは避けないと、ヘタをすればあのルルドの二の舞になってしまう……』
「え?私の故郷ですか? 私の故郷はこの世界には…………むグッ!」
グランマイヤーの質問に素直に答えようとしたの口を、咄嗟に押さえるフリック。
そしてすぐさま、彼女を後ろから片腕で抱え上げた。
「へっ……!?」
ビクトールは突然のフリックの行動に驚いている様だ。目を丸くして彼を見ている。
「グ……グランマイヤー市長! オレとは先に失礼させてもらうよ。
昨日から色々あったんで疲れているんだ。
後はビクトールに任せるんで、それじゃッ!!」
……と、口を塞がれて むー むー 言っているを抱えたまま、そそくさとその部屋から出て行ってしまったのだった。
後に残された者達は突然の事で、ビクトールを含めて皆、呆然と立ち尽くしていた。
「な…………何なんだ、一体???」
―――小脇に抱えられ、じたばたしているを、市庁舎を出た所の公園で降ろすフリック。
降ろされた途端、苦しかった息を整え、驚いた様にフリックに向き直る。
「どっ……どうしたのフリック!?いきなり……」
訳が分からず混乱しているに、深い溜息を吐いた後、困った顔で彼は答えた。
「…………なあ、? 落ち着いてよく聞いてくれ。
今まで言わなかったが、他のヤツには自分の正体は話さないでくれないか?」
「え……?」
「オレ達はが紋章の力で、この世界に来たところを目の当たりにしたから信じられるが、その……、他のヤツらに異世界の話しをしても、まず信じちゃくれないだろう……。
それどころか、頭の変なヤツだと思われるのがオチだ」
「そ……、そう……なの?」
それを聞いてショックを隠せない。フリックは言いにくそうに、話しを続けた。
「ああ……。大きな都市に行けば、“ 異端者 ”として捕まる場合だってあるんだ」
「…………そう……なんだ……」
―――確かに考えて見れば、フリックの言う通りである。
もし、自分の世界でも『私は異世界から来た人間です!』と言ったとして、誰が信じてくれるだろう?
そんな事を言えば大抵は警察に捕まるか、精神病院に入れられるかのどちらかである。
はこの世界に来て、少し有頂天になり過ぎていた事を反省したのだった。
そんな目に見えて落ち込んでいるを気の毒に思ったのか、フリックは目線を合わせる様に少し屈んで、優しく語り掛けた。
「…………人前じゃダメだが、オレ達の前でならいくらでもの世界の事、聞いてやるから、それで……我慢してくれるか?」
「フリック…………」
頭を撫でられ、まるで子供を諭す様な優しい慰めの言葉を聞いて、目の前の青年の優しさに胸が熱くなる。
思わず人目を憚らず、抱きついてしまっていた。
「わっ!」
以前からのスキンシップを受けていた彼だが、何度されても戸惑ってしまう。
相手がちゃんとした自分の恋人ならば、気兼ね無く抱き締める事も出来るのだが、恋人でもない……それもこの世界にとって特別な存在の彼女に、どんな対応をすれば良いのか分からないのだ。
―――自分なんかに抱き締められたら、彼女は嫌がるかもしれない。
そんな考えが、彼の抱き締めようとして上げた手を、思い留まらせる。
いつまで経っても黙ったまま抱きついている彼女を見て、フリックはとうとう いたたまれなくなり、に声を掛けた。
「……あの…………」
―――だが、彼の言葉より早く、の感情を堪える様な小さな声が聞こえた。
「…………ありがとう、フリック。これからは出来るだけ気を付けるね。
でも、もう少しだけこのままでいさせて…………」
「…………」
自分の胸に顔を埋めたままのを見るフリック。
―――多分彼女は泣いているのだろう。
それは自分の故郷を思い出し、寂しくて泣いているのか分からなかったが、不自由を強いられている彼女が、無性に不憫に感じられ、それを労わる様にその背を撫でるフリックであった……。
それからしばらくして日が暮れてからやっと、ビクトールが市庁舎から帰って来た。
宿屋に帰って来て、部屋で待っていたフリックにまず聞いた事は、先程の彼らしからぬ行動についてであった。
一通りの事情を説明すると、ビクトールは成る程と、何度も頷いた。
あの後、ビクトールの方もグランマイヤーにの事で質問攻めのあったのだが、なんとか上手くごまかしていた様だ。
「まあな……。
正体バレるとあのヴァンパイヤみたいな野郎が現れて、の力を狙うかもしれねェからな。
それにこれは星辰剣との約束だったしな……」
「そうだったな…………」
今は亡き星辰剣の事を思い出し、少し寂しそうにする二人。
そして彼が気に掛けていた願いを果たそうと、二人は再び決意を新たにするのだった。
すっかり日の暮れた、その夜。宿屋の酒場で食事をしていた所、他の客達がある事を話しているのを耳にした。
それはこのサウスウィンドゥの西の方で、謎の大爆発が起きた話しであった。
旅人の話では、その場所には大きなすり鉢状の穴が出来ており、その周りの地形がすっかり変わっていたそうだ。
それを聞いていたビクトールとフリックは、言葉を詰まらせ、冷や汗を掻いていた。
…………まさかそれが自分達の起こした事だとは言えなかったからだ。
「ふうーん。『隕石』でも落ちたのかな?」
「“ いんせ…き ”?? そ……そうだな、は……ははは!」
まるで他人事の様に呟いた彼女だが、その時は、気を失っていたので覚えてなくても仕方が無かった。
それを見て、本当の理由を知っているフリック達は、引き攣った笑いを浮かべて答えるしかなかった。
その他にも自分達の関わった事で、市長であるグランマイヤーの耳に入っていたものは、砂漠近くのあの村の情報であった。
先程、まだビクトールが市庁舎にいる時に聞いた話しでは、嘘か真か天使の舞い降りた村は、その恩恵を受けて一夜にして緑豊かになったそうだ。
そこは何も無い貧しい小さな村だったが、天使が降りた奇跡の村として、今では旅人達の関心を買っているらしい。
名も改め『奇跡の村』に変えたと言う……。
『奇跡の村ねぇ……。
確かにありゃあ奇跡だったが、それを売り物にするとは……やるじゃねぇか』
ビクトール達は関心した様に……はたまた半ば呆れた様にその話しを聞いていたのだった。
――――そして結局、ここサウスウィンドゥで暮らすのを取り止め、急遽ミューズ市に行く事になったビクトール達は、次の日、早速旅の支度をする為に道具屋を走り回っていた。
の方はと言えば、旅の支度は二人に任せ、アダリーと別れを惜しんでいた。
「そうか……残念じゃのぉ。
、お前さんとなら二人で良い発明品が出来ると思っておったのじゃが……」
「アダリーさん……」
いつまでも寂しそうにしているアダリーを気の毒に思い、はいつかまた会いに来る約束をしてその印に折鶴を彼に渡したのだった……。
その後、ビクトール達と合流する。
明日の出発を控え、早めに休む為に宿屋に戻ろうとした所、が急にある所に行きたいと鼻息荒く頼んで来た。
―――の行きたい所……それは『紋章屋』であった。
この街に来る前、紋章を宿せる所があると聞いて、ぜひとも来たかったのである。
だが、それとは反対にビクトールとフリックは、あまり乗り気では無かった様だ。
なぜなら、にこの世界の魔法は効かない事を知っていたからだ。
あの大蛇にやられた時、彼女に水の魔法を使ったが、全く効かなかった……。
効かない……という事は、当然紋章を宿す事など出来ないだろう。
それを今、説明したとしても、宿す気満々の彼女の耳には、全く入らないのは分かっていたので取り合えず、紋章屋で結果を聞けば納得するだろうと考えたのだ。
『まあ、他にもの紋章が外せられるかどうかも、聞きたかったしな…………』
紋章屋に到着して中に入ると、店の中はロウソクの明かりだけの薄暗い部屋になっていた。
その上、“ 魔法 ”というの世界では奇跡の類いに含まれるものを扱うだけあって、不思議な雰囲気が漂っている。
『なんだか友達と行った、占いの館みたいな不思議な感じがする……。
ああ……私も早く宿してもらって、映画やゲームみたいな魔法を使ってみたぁ――い♪♪』
店の奥から現れた紋章師は男性で、その姿はが考えていた様な黒い魔法使いの服では無く、この街の人と、そう変わらない服装をしていた。
紋章師はを見て一瞬、おや?っと言う表情を見せた。
「いらっしゃいませ。…………今日はどの様なご用件でしょうか?」
「あのっ! ……え、えっと! 魔法を使いたいんです私!!!!」
「ひっ!!」
待ってましたとばかりに、店のカウンターを乗り越えそうな勢いで、は紋章師に詰め寄った。
その勢いに、思わず紋章師はギョッとして後ずさる。
もし、彼女にシッポがあったなら、千切れんばかりにシッポを振っていたに違いないであろう……。
その様子を容易に想像出来たフリックは、ヤレヤレと苦笑する。
そしての襟首を掴んで少し後ろに下がらせた。
「コラ!落ち着けよ。気持ちは分かるが……。
すまんな、あんた。この娘に紋章の素質を見てやって欲しいんだが……いいかな?」
「あ……! は、はい!」
紋章師は慌てて素質を見る準備をした。そして台の上に置いた水晶球に手を翳す様、に言う。
紋章師の指示通り、逸る心を落ち着かせ、出来るだけ雑念を払っていたのだが、いつまで経っても彼の答えは返って来なかった。
しびれをきらせたビクトールが、少し苛立たせながら問い掛けた。
「…………どうした、あんた? えらくかかっているじゃねェかよ?」
「う~~~~ん、す……すみません。
何か霧がかかった様に分かり辛くて……。こんな事は初めてです!
ですが……どの紋章も宿す事は……どうやら…………出来ない様ですね」
「 ええ――――――ッッ!!!!! 」
紋章師の言葉を聞いて、ショックの色、全開の。
大きく仰け反ったリアクションの後、余りのショックからか、ゴン!という音と共に豪快にカウンターに突っ伏してしまったのだった。
心なしか分厚い板がヒビ割れ、彼女を中心に、曲がっている様な……?
「ひいっ!! 」
驚く紋章師は、今度は後ろの壁まで後ずさる。
彼女のその姿はバックに ず―――ん という音が鳴ってそうな程、誰が見ても落ち込んでいるのが分かった。
「…………私、ずぅ―――――っと魔法が使えるの、楽しみにしていたのに!
あんまりよ……うぅ……」
「………………………………」
「あのなぁ…………」
まるで酔っ払いが、『私の人生もう終わりなのよ!』 と、管を巻いている様な哀れな姿に見え、ビクトールとフリックは、呆れた様に深い溜息を吐いた。
彼女のオーバーなリアクションは、今に始まった事ではなかったので、彼らはもう慣れているのだ。
だが、のリアクションについて行けない紋章師は、すっかり怯えている様で、少し離れた所から遠慮がちに声を掛けた。
「あ……あのっ! そんなに落ち込まないで下さい。
に……人間向き、不向きと言うものがありますし、
それに…………貴方には、もう別の紋章が宿ってるじゃありませんか?」
「「 !? 」」
紋章師のこの言葉に驚く、ビクトールとフリック。紋章師に対して警戒する。
この店に来た時、彼が見せた おや? と言う表情はこの事だったのかと分かったのだ。
だが、そんなビクトール達の心配を知らないは、相変らず 飲んだくれの『私の人生もう終わり』ポーズのままグチをこぼしていた。
「そ……そうですけど……。
やっぱり同じ宿すなら『魔法おもいっきり使ってますッ!』っていう方が良いじゃないですか!
うぅぅ……」
『…………それって、どんな魔法なんだ??』
―――と、心の中で突っ込むビクトールとフリック。紋章師の方は案の定、答えに困ってオロオロしていた。
そんな紋章師にフリックが質問する。
「…………なぁ。 あんたにはこの娘に宿っている紋章が何なのかわかるか?
それに、その紋章を外したり出来そうか?」
「えっ!? 紋章ですか?…………う~~ん。
ハッキリ……とは分からないのですが、今まで見た事の無いものですね。
でも……こんなに小さいのに宝石の様に輝いてますよ。
外せるかどうかは……どうやら私には無理の様です。すみません……。
長い事、紋章師をして来ましたが、こんな事初めてです。
そろそろ引退時なのでしょうか?…………ハァ」
「ちょっと……聞きたいんだが。あんた、…………真の紋章って直に見た事あるかい?」
「ええっ!? 真の紋章なんて今まで40年生きて来ましたけど、見た事無いですよ!!
……ウワサでは聞いた事ありますけど、凄いものなんでしょうねぇ……」
「そ、そうか…………」
ビクトールとフリックは彼の言葉に、の紋章が何なのかバレていない様なので、胸を撫で下ろしていた。
彼女の紋章を外せないのは残念だったのだが……。
そしてその後、紋章師に礼を言い、まだ落ち込んでいるを引きずって、その店を後にしたのだった。
「………………ま!サウスウィンドゥがダメなら、ミューズの紋章屋があるぜ!」
「そうだな。
……そこでもしダメだとしても、いざとなったらトランに戻って、紋章師のジーンにでも頼むさ」
「ジーンか……懐かしいなぁ。
ありゃあマジで目のやり場に困ってたよな、他のヤツらは!
オレとしちゃあ、目の保養になって嬉しかったけどよ♪」
遠い目をする二人の脳裏には、ジーンのあの際どい姿が目に浮かんだ。
長い銀髪を上に結い上げ、その見事なプロポーションを惜しげもなく晒し、解放軍の男達を悩殺していた。
その鼻の下を伸ばした男達の扱いも上手く、当然、ビクトールも何度か誘いを掛けたが、その度に上手くあしらわれてしまっていた。
まぁ、そんな大人の駆け引きも面白かったのだが……。
「…………あ! もしかして、お前……それが目当てなのか?
ジーンに会いたいからそんな事……」
「ばっ……ばか言うな!! オレはただ……」
いつものビクトールの冗談に、フリックは案の定 真っ赤な顔でムキになって反論する。
そんなフリックの弁解の言葉も聞かず、ビクトールは隣りにいたに嬉しそうに耳打ちした。
「おい、!
お前も気を付けろよ?フリックのヤツ、むっつりスケベだから手が早いぜ♪」
今まで落ち込んでいて上の空だった彼女に、いきなり話しを振ったので、は聞き間違いをしてしまった様だ。
なぜかフリックの方を見たその瞬間、目を丸くしたまま数メートル後ずさっていた。
「ええっ!?……フリックって、六つの時からスケベで、手が長いの!?
何……それって妖怪なの???」
の突拍子もないその反応に、ビクトールは少し間を空けた後、豪快に笑い出した。
「ぶあっはっはっは!!! よ……妖怪……。六つの時からスケベ……。
ひぃ―――っひっひっひ! こりゃ参ったね!!くっくっく……」
笑いのツボに入ったのか、涙を出しながら腹を押さえて転がっているビクトール。
余りの爆笑っぷりに、とうとうフリックも大声を上げる。
「だっ……誰が妖怪だっ!!
ビクトールてめェー!にウソ吹き込むんじゃねェッ!!!
もそんな目でオレを見るなぁ――――ッッ!!!」
「だって、夜中に腕伸びたらイヤだもん!!」
「だぁ―――――――っ!
それはこいつのウソに決まってるだろ!ウソに!!」
ぎゃあ ぎゃあ と言い合ってる三人。
その騒々しさは通りすがりの街の人々の足を止めさせ、三人が気付いた頃には、かなりの人だかりが出来ていた。
「「「 あ…………! 」」」
その後、恥かしさの余り、三人はそそくさとその場から退散した。
そしてその日はビクトール達も酒場に寄る事もなく、明日からの旅の為に早めにベットに入ったのだった…………。