気が付くとそこは、サウスウィンドゥと呼ばれる大きな街の宿屋であった。
目が覚めてまず、フリック達が無事であった事を喜んでいる。
あの時、炎に巻き込まれたまま生死が分からなかっただけに、その喜びはひとしおであった様だ。
そしてその後、あの恐ろしいバンパイヤはどうしたのかと彼らに尋ねてみると、どうやら星辰剣の魔法で倒されていた事が分かったのだった。
「そっか……。 私が気を失った後、星辰剣さんが助けてくれたんだ……。
ん? あれ?? ……そう言えば星辰剣さんは?」
「あいつは、その………………」
星辰剣がいない事に気が付いたは、辺りを見回している。
ビクトールとフリックはお互い顔を見合わせた後、言いにくそうに話し始めた。
を見付けた後、星辰剣が死んでしまった事に気付いた二人は、吸血鬼ネクロードを倒した今、役目を終えた彼をゆっくり眠らせてやろうと考えた。
そして彼の体をビクトールのよく知る“ 風の洞窟 ”深くに弔ったのだそうだ。
そこならば人目も付かないので、安らかに眠れるだろうと…………。
「そんな…………」
それを聞いては、自分を助ける為に命を落としてしまった星辰剣に申し訳無く思い、しばらくの間、涙が止まらなかったのだった…………。
―――サウスウィンドゥ市国は都市同盟領の首都、ミューズよりもデュナン湖を挟んで南に位置する国である。
街の規模も人口9000人と首都ミューズ程では無いが、商業や観光を主とした所であった。
ビクトール達はこのサウスウィンドゥで定住する為、傭兵の働き口を探しに来たのだ。
彼らは剣でしか生きていく術を知らないので、この選択は当然と言えば当然であろう。
その上ビクトールは昔、ここサウスウィンドゥ市長のグランマイヤーと旧知の仲であった。
なので、この街に来てすぐにそのグランマイヤーを尋ねたのだが生憎、ミューズ市へ出掛けているらしく、残念ながら出会えなかった。
……と、いう事で市長が帰って来るまで、待機している最中なのであった。
特にする事も無かったし、賑やかな街に久々に来たので、当然の如くビクトールは嬉しそうに羽を伸ばしに出掛けて行った。
彼の言う事では男には無くてはならない“ 命の洗濯 ”なのだそうだ。
「ビクトール、あいつ…………」
また悪いクセが始まったと、呆れた様に首を竦めるフリック。
だが、その“ 命の洗濯 ”とやらが、一体何を指しているのか分からないは首を傾げるばかりで、残っているフリックを見て尋ねてみた。
「……ねぇ、フリックは行かないの?」
「えっ!!?? い、いや……その……オレは いいよ」
「え? でも男の人には必要だって言ってたし……。
酒場に行ったんでしょ、ビクトールは?」
「い……いや、酒だけじゃないんだが……その……何だ!
男には色々とあるんだよ、色々と!ははははは!!」
「ふぅん……。遠慮しなくてもいいのに」
「そっ!それより! 気晴らしに散歩でも行かないか!?
ここにいても退屈だろう? 市庁舎から呼び出しが来るまでオレも特にする事が無いし……どうだ?」
フリックはこれ以上深く突っ込まれる前に、さり気無く話題を変えてみた。
好奇心の強い彼女ならば、こんな誘いを断るはずが無い事を知っていたからだ。ある意味確信犯である。
案の定はそれを聞いた瞬間、目を輝かせていた。心の中で密かにガッツポーズをとるフリック。
「えっ、本当!? 行く 行く!連れてってフリック!!」
「それじゃあ早速行こうぜ、」
簡単に身支度を済ませ、出掛ける用意をする。
用意…と言っても今まで色々あって、今の時期に合った服で、唯一残っている黒の長袖TシャツにGパン。
それにポシェットを付けただけの姿だった。
もし女の知り合いがここにいれば、そのの男の様な姿を注意してくれたかもしれないが、いかんせん。
女性の服装とかには、かなり疎い二人には無理だったみたいである……。
そんな訳で当然、そのの容姿に不釣合いな格好に、宿屋の者も街往く人々も不思議そうに彼女を見ていた様だった。
―――それは さておき、街に出掛けたはその規模の大きさに驚いていた。
この世界に来てから今まで見た、どの場所より人が多かったからだ。
まぁ、自分の住んでいた日本の街に比べたら少ないのだが、それでもこの世界に来て初めて街と呼べる所に来たので驚いても仕方が無い事である。
全体的な街の印象は、瓦葺の造りを見ても やはりどことなく東洋を感じさせていた。
その上、市庁舎の近くにはなんと、“ 盆栽 ”まで置いていたのだ!
これにはも正直、驚いていた様だ。
『わ……。盆栽が在るなんて、何か日本みたい…………
この世界にも『わび・さび』の分かる人達っていたんだ……すっご~い!』
「ねぇ、この世界の人や街ってみんなこんな感じなのかな?
何か私の住んでた国とちょっと似てるみたいで、親近感湧いちゃうな♪」
「え? う~ん。そうだなぁ、みんな……って訳じゃないが、このサウスウィンドゥ辺りは大体こんな感じだな。
オレはトランの人間だから詳しくは知らないが……」
「あ!そうだったね?
……そう言えばフリックの故郷ってどんな所なの?
私、聞いた事無かったけど素敵な所なのかな?」
「ああ。
『戦士の村』って言うんだが……広い草原に囲まれた素朴な村だよ。
只ちょっと変わってて…………おっと! 立ち話も何だから、そこのベンチにでも座って話そうか?」
近くにあった公園に行き、ベンチに座る二人。
その後、はフリックの故郷の話を感心しながら聞いていた。
そんな時、小さなカゴにリンゴの様な果物を入れた老婆がやって来て、にっこりと笑いながら話し掛けて来た。
「お二人さん、今日採ったばかりの物だよ、買ってくれないかい?」
その老婆が言った様にカゴに入っていた実は、瑞々しく色鮮やかな物ばかりだったので、食後のデザートにとフリックは買う事にした様だ。
「そうだな……いくらだ?」
「本当は一つ3ポッチだけど、二つで5ポッチにおまけしてあげるよ」
「よし、それじゃあ貰おうか?」
老婆から果物を買ったフリックは、一つをに渡した。
はその実を嬉しそうに貰うと、少し不思議そうに見詰めている。
「ん? どうした、食べないのか?」
「え……? あ!ううん、ちょっとね。
…………ねぇフリック。ここの世界ってお金の単位は“ ポッチ ”って言うの?」
「え? ああ、そうだが……。それが?」
「ポ……ポッチ……、くっ……くくっ……あははは!」
軽く吹き出した後、楽しそうに笑い出す。 フリックはそれを見てキョトンとしている。
「なんか……変か??」
「あ……ごめんなさい! なんだか“ ポッチ ”だなんて変わってるなと思って……。
それに私のお父さんが聞いたら絶対『これっポッチ!』とか、言うかなって思ったら、ついつい笑っちゃって!」
そう言いながらも、また可笑しそうに笑い出す。
の父親がどんな人物なのかは知らなかったが、フリックは彼女の思いがけない言葉に思わずつられて笑い出した。
「これっポッチ…………プッ! そー言やそうだな!はははは!」
柔らかな木漏れ日が差す、穏やかな昼下がり。 二人は会話を弾ませていた。
本来ならフリックは女性と話したりするのが苦手なのだが、が余りにも自分の話しを聞いて驚いたり、喜んだりするものだから、そのクルクルと変わる表情をもっと見てみたいと思うようになっていたのだ。
を見ていると、彼女の知らないこの世界の街や習慣や色々な事を、教えてあげたくなる……。
『不思議だ……、このオレがこんな気持ちになれるなんて……』
フリック達を見て、街ゆく者達は間違いなく恋人同士に見えていただろう。
彼の表情はそれ程穏やかで、その眼差しは愛しい者を見詰めている……そんな瞳をしていたからだ。
だが最愛の恋人を亡くした彼の心の傷が、目の前の少女によって、徐々に癒されている事を彼はまだ気付く事は出来なかったのだった……。
「あ! こんな所にいたんですか、宿屋にもいないから探しましたよ!!」
「え……!?」
急に声を掛けられ驚く二人。目の前にはフリック達が以前立ち寄った、市庁舎の役人が息を切らせて立っていた。
どうやらフリックを探していたらしい。
「何かあったのか?」
「はい。グランマイヤー様のお帰りが明日になりそうなので、それまでに手続きをしてもらおうと思いまして……。
申し訳無いのですが、今から市庁舎の方へ来て頂けますか?」
「今からか?
…………うーん、分かった。 連れを宿屋まで送ったら、その後すぐに行くよ」
「分かりました、お待ちしております」
そう言うと他にも仕事があるのか、急いで市庁舎の方へと戻って行った。
フリックは短く溜息を吐くと、少し困った様に軽く前髪を掻き上げた。
「ふぅ…………。
ビクトールはまだ帰って来そうにも無いし、オレが行くしか無い様だな……。
悪いな。 取り合えず宿屋まで送ろうか」
「あ! 私の事なら気にしないで!
……それに宿屋ならすぐそこだし、一人で帰れるから送らなくっても大丈夫よ、フリック?」
「そんな事言って、一人でウロウロしそうだしなぁ……」
「なっ!? だ、大丈夫だってば!
ここに住むんだったら、これからいくらでも見学出来るんだし……」
の言う事も最もなので、今回だけは彼女の言葉を信用する事にした様だ。
フリックはチラリと宿屋がある方を見た。 が言う様に、ここからでもその屋根が見えるくらい近いのだ。
これならいくらこの世界に慣れていない彼女でも、大丈夫だと判断したのだった。
「…………分かったよ。大丈夫だとは思うが一応気を付けて帰るんだぞ?
オレも終わったらすぐに戻るから。じゃあな」
「うん、分かったフリック! それじゃあ行ってらっしゃ~い♪」
軽く手を振り、市庁舎へ行くフリック。
残されたは一息吐くと、上を向き大きく伸びをした。
―――爽やかな春の風が吹き、木々達がざわめく。
揺れ動く木漏れ日を少し眩し気に見ながら、はこれからの事を考えていた。
フリック達の話では、ここサウスウィンドゥの街で暮らす事に決めている様で、彼らは傭兵の仕事を探しているのだと言う。
この世界の事を何一つ知らないが、この街に馴染むまでどれだけ時間が掛かるか分からなかったが彼らの好意に甘えてばかりではいけないと、自分の出来る事を色々考えていた。
『う~ん、ビクトールやフリックが働きに出るなら、私に出来る事ってやっぱり家での仕事よね?
家事か…………。
掃除とか裁縫なら得意だけど、料理は今イチ自信が無いのよね……
味は美味しいって言われるんだけど……』
実際、学校の家庭科でもの料理はある意味注目を浴びていた。
それというのも味は驚くほど美味しいのだが、見た目と香りは…………最悪なのである!
その出来は同じ食材を使ったとは思えない程、凄まじい物らしい。
RPGで言うとステータスの振り分けが著しく偏ったキャラで、基本能力に『料理』と『運動』があれば間違いなく
なので、家族の者はには極力台所に立たせる事は避けて、もし手伝わせてたとしても下ごしらえや後片付けをしてもらっていた様だ。
それに関しては本人も自覚しているのである……。
『ま……まあ、毎日作っていたらその内上手くなるわよね?
きっと!只の経験不足なだけよ、これは!』
自分の料理のヘタさは、経験不足から来ているものだと、無理に思い込もうとしている。
だが、ビクトールやフリックに呆れられるのではないかと、ちょっぴり不安になってしまっている。
『ハッ!いけないわ、私! こんな事で落ち込んでちゃダメよ!!!』
これしきの事で不安になっていては、命がけで守ってくれた星辰剣に申し訳無いと思い、いつものように気合を入れる事にした。
「亡くなった星辰剣さんの為にも元気出さなきゃ! 気合いよ、気合!!
それじゃあ、いつもの様にいってみよう!! 1 ・ 2 ・ 3 ダ―――――――ッ!!!」
拳を振り上げ、ベンチから立ち上がった時、何処からともなく ビョン ビョンと奇妙な音が聞こえてきた。
それは闘志を燃え上がらせようとしていたの耳にも聞こえ、何の音かとそのポーズのまま辺りを見回している。
「 ? ………一体何の音なのかな? 何か跳ねる音の様な………??」
――――とその時、の後ろの茂みからその音と共に、いきなり大声で怒鳴られてしまったのだ。
「どけ どけ!そこの娘!! ぶつかるぞッッ!!!!」
「へっ…………?」
何事かとが振り返ると、その視界には見知らぬ白いヒゲを生やした男が自分目掛けて飛び込んで来たのが目に入った。
「きゃあああ――――ッッ!!!!」
「どわあ―――――ッッ!!」
避ける間もなく見事男に体当たりされたは、倒れ込んだ拍子に地面に思いっきり頭を打ってしまった。
目の前に火花が散ったかと思うと、その後気を失ってしまったのだった……。
「イタタタ…………。上手く使いこなせんとは……。
この『ぴょんぴょん靴』はまだ改良の余地が有りそうじゃ…………ん?」
男は最初、しこたま打ってしまった腰を摩っていたが、自分が倒れた人の上に座っている事に初めて気付いた様だ。
それが先程、運悪く巻き添えになってしまった者だと思い出し、慌てて飛びのいた。
「おっ、おい! お前さん大丈夫か!?」
助け起こし、声を掛けてみたものの、その変わった格好の少女は一向に目を覚ます気配は無かった。
慌てる男。
「お……おい!しっかりしろお前さん! おいッ!!!」
―――――それからが目を覚ましたのは次の日の朝になってからであった。
そんなに時間が経っているとは知らない彼女は、まだぼんやりとした頭で天井を見詰めていた。
「えっと、ここは………………?」
上体を起こし、辺りを見回してみるとそこは見覚えの無い部屋であった。
頭がまだボケているせいか、言葉は日本語に戻っている。
そのベットから這い出し、なぜこんな所に自分がいるのかと考えていると、次第に今までの事が思い出されてきたのだ。
「……そう言えば私、あの時公園で、知らない人が急に飛び込んで来て……それで…………」
その時に思いっきり打ち付けたであろう、後頭部を恐る恐る触ってみるが、まだ残っているハズの痛みや腫れは全く残ってはいなかった。
「おかしいな……。
あれだけ打ったらコブの一つや二つ、あっても…………あ!そうか!」
何かを思い出す。すっかり忘れていたが、自分には不死の紋章が宿してあったのを思い出した。
こんな所でしっかり役に立ったと、自分の紋章に感謝している。
そして取り合えず介抱してくれた、この家の主に一言お礼を言ってから帰ろうと、その部屋を出た。
―――だが、一歩部屋を出ては目を丸くしてしまった。
通路に所狭しと置いている物を見て、驚いた様だ。
それは色々有って、鉄で出来た機械らしき物や、天井からは何やらチェーンの先に仕掛けが付いた物まであった。
「わあ……。何だろこれ……?」
その無造作に積み上げられた物は、階段を登った場所まで続いていた。
思わずその中の一つを手にとって、興味深そうに眺めている。
50cmぐらいの棒の先に、手の様な形のものが付いていて、反対側のヒモを引っ張ると握る仕組みになっていたのだ。
「面白ーい♪これなんかマジックハンドよね?
こっちの世界にもあったんだ、凄ぉ――い!!」
興奮しながらあっちこっち夢中でいじっていると、突然後ろから怒鳴り声が聞こえてきた。
「こりゃ!! 勝手に触るな!!!」
「きゃあッ!!」
驚いて振り返ると、そこには白衣を着た中年男が金槌を持って、ムッとした顔でこっちを睨んでいた。
だが男はの顔を見るなり何かに気付き、おや?という表情になった。
「おっ!?何じゃ……お前さんじゃったか。やっと気が付いた様じゃな?」
「えっ?…………あ!もしかしてこの家の人ですか!?
あの……介抱してくれたみたいで、ありがとうございました!」
慌てて深々と頭を下げるを見て、男の方も少し困った様に頭を掻いた。
「いやいやワシの方こそ……。元はと言えばワシのせいだったからな。
だが……、勝手に人の大事な物に触るのは止めてくれ、それはワシの大事な発明品なんじゃ!」
「ごっ……ごめんなさい! つい面白い物だなって思って……その……」
「何ッ!!??」
の何気ない言葉に驚く男。のけ反ったままのポーズでしばらくの間固まっていた。
そのオーバーとも言えるリアクションに思わずも戸惑っている。
「い……今、面白い……そう言ったのか??」
「え?ええ……。
だ、だって…これって『マジックハンド』でしょ?凄いですよ、こんなの作れるなんて!」
「お……おおお。 お前さんには分かるんじゃな!?ワシの発明品の良さが!!」
男は嬉し涙を流しながらに握手を求めに来た。
その様子を見る限りでは、彼の発明品は今まで人に認められた事が無かったのであろう。
なので尚更、そのの一言は嬉しかったらしい。
その後、最初の態度とは180度変わって、男はを丁重にもてなしていた。
男に勧められたお茶菓子を頂きながら、発明の話しを聞いている。
―――男の名はアダリー。彼はこのサウスウィンドゥに昔から住んでいる発明家なのだそうだ。
今まで色々と発明してきたのだが、周りの人々は誰も注目せず、その代わりに別の意味での『変わり者』として注目されている様だった。
「……全く! 街の連中はワシの発明の偉大さが何も分かっておらん!
それどころか、最近は文句を言いに来る連中ばかりじゃ!
なぜ、これらの発明品の良さが分からんのじゃろ……ブツブツ」
目の前で腕を組み、唸る様にブツブツ文句を言っているアダリーを見て、さっき持っていたマジックハンドを眺める。
どの世界でも時代を先駆ける発明家という者は、一般の民衆に受け入れられにくい存在なのだと感じていた。
ならばその民衆のニーズに合わせれば、このアダリーの発明も生かされるのでは……?
そう考えたは、少しでもアダリーが使う人の気持ちに気付いてくれる様、言葉を選んでゆっくりと説明する事にした。
「う~ん。
良さが分からないのは、今の時代にはまだ必要じゃ無いからだと思いますよ?」
のこの一言に驚いた顔をするアダリー。
「なっ……なんと!?」
「この『マジックハンド』だってこの原理自体、凄い発明なんですけど、このままじゃこの発明の良さが、みんなに分かり辛いんですよ」
「分かり辛い…………とな?」
「はい。
…………例えば、この棒の長さをもっと長くしたら、今まで届かなかった高い木になった実なんかは採れますよね?」
「 !!!! 」
「それに、この靴の底に付いている『スプリング』!
これなんかホント凄いですよ!色々活用出来ますから♪
う~ん。今の時代に合わせるとしたらそうですね……、
あ!馬車の荷台と車軸の間に使うなんてどうですか?
そしたらガタガタ道でもショックが吸収されて、そんなにお尻が痛くなったりしないでしょうね♪」
「なんとッッ!!!!!」
驚きの余り、大きく口を開けたまましばらく動かないアダリー。
それは目の前にいる、まだあどけない少女の口から次々と、自分の思い付かなかった発明品の改良方法を余りにも簡単に言われたからであった。
その上、自分でもまだ名付けていなかった発明品の名前も、少女はアダリーの知らない言葉ではあったが、何やらすでに存在している物の様に、名前を当てはめていたのだ。
「お……お前さん一体何者なんじゃ!?もしや別の大陸の発明家なのか!?」
急にそんな事をアダリーに言われ、飲みかけていたお茶を吹き出し、赤くなる。
「はっ、発明家!? ち、違いますよ!!」
「じゃが、ワシの知らん言葉をしゃべっておったし、その格好も変わっておる!」
「え!?(やっぱり、変だったの!?)
え、えっと…………そ……そうなんです!私、実は別の大陸から来た者なんですよ!
でもアダリーさんが言う発明家……って者じゃ無いですよ? あは……あははは ……」
まさか正直に別の世界から来たとは言えず、は咄嗟にアダリーに話しを合わせる事にした。
「それでは錬金術師……なのか!?」
「え? 錬金術……師??」
聞き慣れない単語に、首をかしげている。
「錬金術師とは、『燃える材料から、動力を得る』研究をしている者達の事じゃよ」
「燃える材料から…………?」
それを聞いて思い付いたのは、自分の世界で普及しているガソリン等で動くエンジンの事であった。
『……この世界ではもしかして、科学の事を『錬金術』って呼んでいるのかな?
そっか…………』
「えっと……、
錬金術師って大層な者じゃ無いですけど、学校ではその錬金術を勉強するのが好きでした♪」
「おお、やはりそうか!
お前さんのその歳から錬金術を習っているとは……
先程の発明品の改良点を見抜いたりする所を見ても、中々見所があるぞ?
いやはや、感心 感心♪」
うん うん と嬉しそうに頷いているアダリー。
それを聞いてさらに真っ赤になるは、ブンブンと両手を目の前で振って、それを否定している。
「そ! そんな事無いですってば!!
その……そう言う物とかは元々私の世界……じゃなかった!
国にあった物だし、只それを真似しただけで……
私なんかより、何も無い所から自分で考え付いたアダリーさんの方が、ずぅ――っと凄いですよ!!」
「いやいや! お前さんの方が…………」
そんなこんなで、お互い褒め合っている二人は、その後も発明品に対してどう改良すれば良いのか等、色々熱く語り合っていた様だ。
―――三時間も熱心に語り合ってお茶菓子が切れた頃、アダリーはふと聞き忘れていた事をに尋ねてみた。
「お!……そう言えば。お前さんはこの街に住んどるのか?それとも旅の途中なのかね?」
「え?……………って、あああッ!!!」
アダリーにそう言われ、ハッと気が付くは勢いよく立ち上がった。
今の今まで、ついつい話しに夢中になってしまい、フリック達の事をすっかり忘れていたのだ。
自分が気を失ってからどれだけ経ったのか分からなかったが、あれだけ大丈夫だと言っていたのに急にいなくなった自分を探して、今頃フリック達は心配しているのでは……と焦り出していた。
「あ……あのぉ、アダリーさん? 私ってどれくらい気絶してまし……た?」
「おお、そうじゃな……。今は丁度昼じゃから、丸一日じゃな!」
「う……ウソぉッッ!!!!!」
それを聞いて真っ青になる。 これは早く帰らねば!と慌てている…………と、その時。
急に表のドアを叩く音がして、は驚いて思わず飛び上がってしまった。
まさかフリック達では……?と考えていた所、やはりの思っていた通りで、そこにいたのはフリックとビクトールの二人であった。
彼らは昨日から、行方不明になったを探して、街中駆けずり回っていたらしく、その顔には疲れの色が見えていた。
そして公園にいた人の証言により、この街の『変わり者』のアダリーが、見慣れない少女を家に連れ込むのを見たと聞き、やっとここに辿り着いたのである。
最初、誘拐か!? と疑われていたアダリーだったが、の説明によりその疑いは無事晴れたのだった。
そして、本当はまだここにいて、色々話しを聞きたかったのだが、この街に住むのならいつでも会えると思い、また遊びに来るからとアダリーと約束をして、その日は大人しく帰る事にした。
宿屋へと帰る最中、フリックとビクトールはが見付かったので、やっと安心する事が出来た様だ。
大きく伸びをしながら、昨日からあまり寝ていないのか大きなあくびをしている。
「ふわあ~あ。 も無事見付かった事だし、これでやっと眠れるぜ!」
「ご……ごめんなさい。ビクトール、フリック。 私のせいで…………」
「いや、は別に悪く無い。たまたま運が悪かっただけだ……」
フリックの口から他の者に対して、そんな言葉が出て来たので目を丸くして思わず噴出すビクトール。
「プッ! 運が悪い……って!? よせよ、お前じゃあるまいし!」
「何ッ!? ビクトールてめェ!オレのどこが……」
だが彼の運の悪さはトランの時から立証済みで、リーダーだったもその不運さを認めていたのだそうだ。
そしてフリックの抗議を遮り、すかさずビクトールは話題を変えた。
「はいはい!そうカリカリしなさんなって! そんな事よりさっさと帰って寝ようぜ?
オレ、ここんとこロクに寝させてもらえなかったから、体がダルくって仕方無ェんだよ」
「何言ってんだ!
お前のそれは年甲斐も無く、ハリキリ過ぎるから悪いんだろうが!!」
思わず怒鳴ってから、自分の言った事にハッとするフリック。―――そう、目の前にはがいたからだ。
不思議そうに見ているの視線から目を逸らし、話題を変えようと努めて冷静に振舞って見せた。
「ゴホン!
…………それに残念だが、ゆっくり寝てられないぜ?今日は市庁舎の方へ来る様、言われているからな」
「何だよ!? もう帰って来ちまったのか、あのグランマイヤーのおっさん!
………チッ!あの店にいい娘がいたから、戻ってもう一回ヤろうと思ってたのによぉ」
「ばっ、バカ!! のいる前で変な事言うなよ!!!」
ビクトールの口を慌てて塞ぐフリック。
せっかく話題を変えようとしていたのに、ビクトールの何も考えて無い一言で台無しになってしまったのだ。
彼らのかなり不自然な態度に、とうとう好奇心旺盛なが不思議そうな顔で質問してきた。
「ねぇ、ヤる……って、何をヤるの??
それにさっきからフリック……とっても変よ?」
「うっ!………」
に“ とっても変 ”だと言われて、思わず言葉に詰まるフリック。心なしか胸が痛い……。
自分の名誉の為の言い訳に、『大人の男の事情』をそのまま説明する訳にもいかず、彼は悩んでいた。
もし、こんな時に星辰剣がいてくれたなら、目の前の飄々とした熊男に正義(?)の鉄槌を下してくれていただろう。
だが、そのストッパーとなる彼も今はもういない…………。
いつもは少々疎ましく思っていた彼の小言も、今考えてみればやはり必要だったのかと、しみじみ思っていた。
「はっはっは!フリックお前“ とっても変 ”だとよ!」
「ねぇ、フリック♪何をヤるの?それって面白い事??」
自分で言った事なのにまるで他人事の様に笑っている熊男。
それに意味が分からず只、興味津々のキラキラした瞳を自分に向けている少女。
その二人に挟まれ、こんな事がこれからどれだけ起こるのか……
そう考えると、フリックは思わず現実逃避してしまいたくなるのであった………。
『…………頼む! 還って来てくれ、星辰剣!
オレだけじゃこのポジションは荷が重過ぎるんだぁ―――ッ!!!』