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第三章:希望の紋章Ⅴ(第10話)

――――戦いが始まってから半刻(はんこく)余りが過ぎようとしていた。






一人対二人。

数ならこちらがかなり有利になハズなのだが、相手は普通の人間ではなく、超人的な力を持ったヴァンパイヤなのである。

いくら歴戦の剣士が二人いたと言えども、簡単に勝負はつきそうにはなかった。


力に任せてビクトールが一刀を投じ、その合間にフリックが詠唱の終えた『雷鳴の紋章』を使う。
二人の連係プレーは、トランの当時からの気心の知れた仲だけに、見事なものであった。

―――だが、男はその攻撃を超人的な速さで難なく避けながら、左手に宿してある『火の紋章』を使った。

その詠唱時間の短さといい、身のこなしといい、500年という永い時を生き抜いただけあり、只ならぬ“ 力 ”を秘めている事が伺えた。




剣士とヴァンパイヤの戦いは、時間が経てば経つ程、人間であるビクトール達にとっては不利になりつつあった。

荒くなった息を整えながら、額の汗を拭うビクトールは、余裕の笑みを浮かべている目の前の男を、忌々しそうに睨み付ける。



「―――ったく! チョロチョロと動きやがる野郎だぜ、くそッ!!」

「くっ……! オレの雷の魔法も避けられるだけで、役に立たないぜ!
 …………どうする、ビクトール!?」


「正直、ここまで厄介な相手だとは思わなかったよ。
 …………こうなったら やっぱ、アレしかねェよな? やってくれるか星辰剣?」

「……どれ、仕方無いのぉ。やはりワシの力が必要になったか……」


星辰剣を見て軽く頷くと、ビクトールは構えを変え、星辰剣を頭上に掲げた。




「 ! 」


瞬時に星辰剣から光が発せられ、その光に思わずひるむ男。
そう……、その光は不死者(アンデット)にとって、“ 死 ”をもたらす魔法……『夜の紋章』の魔法であったのだ。


「行っけぇ―――――ッッ!!!!」

黒い球状の光は、ビクトールの振り下ろされた一刀によって、唸りを上げて目の前の男に激突した。
そしてアッという間にその体全体を包み込んだ。

「!!!!!」




「やったか!?」

――――誰もがこれで勝負は付いたと確信していた……。

だが、男を覆い尽くしていた黒い光は次の瞬間、信じられない事に弾かれてしまったのだ。


「なっ……!?何ィッ!! なんでアンデットなのに効かねぇんだ!?」

「あ……あの魔法を、弾き返しただと!? なぜだ!!!」




「フッ……」

ニヤリと不敵に笑う男。 前に掲げているその手にはなんと一枚の札が握られていてた。
その後、札はまるで役目を終えたかの様にボロボロと崩れ去っていく。



「ふぅ……危ない所でした。
 もう一瞬これを発動させるのが遅ければ、命は無かったでしょうね。

 さすが『夜の紋章』の化身。
 全ての魔法を跳ね返すはずの“ 守りの天蓋(てんがい) ”の札が耐え切れず崩れてしまいましたよ、フフフ……」


「なっ……!? 何ィッ!! “ 守りの天蓋 ”の札だと!?」


「この札がある限り、私には貴方のその忌まわしい魔法は効かない……
 と、いう事になりますね?
 アンデットに“ 死 ”をもたらす『夜の紋章』相手に私が、何も用意していないと思ったのですか!!!」



「!!!!!」

そう言い終わらないうちに、男は目にも止まらぬ速さでビクトールの懐に入り込み、星辰剣を弾き飛ばした。

「しまった!!!」



アッと言う間の出来事に油断をしてしまったビクトール。
その喉元には男の異常に長く伸びた鋭いツメが当てられている。

それを見て、勝ち誇った顔で冷やかな笑みを浮かべる男。


「ククク……、私の勝ちですね」



「くっ……!!!」

「ビクトール!!!!」


喉元に突き付けられ、動けないビクトールを見て、フリックも下手に動けず歯噛みしているだけである。
弾き飛ばされた星辰剣は、少し離れた場所にいたの側の木に突き刺さってしまっている。







「…………それでは約束通り、女神の見ている前で死んでもらいましょうか?
 まずは貴方から……」

「や……やめてえっ!!!!」



ビクトールの喉を掻き切ろうとしたのを止めたのは、の叫び声であった。
皆、の方を振り返ると、なんと彼女は震えながら星辰剣を構えていたのだ。

「や……やめて……、お願い……」



「「 !!! 」」

!お主……」

の行動に驚くビクトール達、そして星辰剣。
震えながらも仲間の為に剣を握る、無謀で健気な少女を見て男はニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。



「ク……ククク……。その剣で私を倒すつもりなのですか?
 その様な震える手では、私を倒すのは到底無理ですよ。フフッ……」


ビクトールに突き付けていたツメを収め、目を細めながらの方へと歩いて行く。

当然そのチャンスを逃すはずもなく、ビクトールとフリックは男に向かって反撃を開始した。

「「 今だ!!! 」」





―――だが! 後ろを向いたままの男に向かって、剣を振り下ろそうとしたフリックの目の前に突然! 地面から炎が噴出した。


「 !!!! 」


咄嗟に避けるフリック。ビクトールの方も寸前の所で、避けている。
あのまま突っ込んでいれば、間違いなく吹き出した高温の炎によって、全身焼かれていたであろう……。



「なっ……!? これは!!!」

次々と地面から吹き上がる炎は二人を一箇所に追い詰め、とうとう取り囲まれた状態になり、二人は身動きが取れなくなってしまったのだった。



「くそおッ!! 何だよ、いきなり!!」

「ダメだ! 炎が強すぎて近寄れない!!!」



「フ……。そこで炎に焼かれるといいですよ、ゆっくりとね……ククク」

「ああっ!! ビクトール!フリック!!」

二人の元に駆け寄ろうとするだったが、途中、男に阻まれてしまった。



「……さあ、諦めてこちらに。私の女神よ……」

「あ……あぁ……」


じりじりと近寄って来る男。
その陰湿そうな薄笑いを見ては、震えたまま立ち尽くしている。

「い……いや、来ないで……」



――ッ!!!」

「やめろ!フリック!!」


「放せ、ビクトール!!このままじゃが!!!」


炎を突き切ろうとしたフリックを慌ててビクトールが止める。

……本来ならビクトールの方がいつも後先考えずに、行動を起こしていたのだが、冷静さを欠いたフリックの行動を見て、それがかえって彼に正常な判断力を持たせる事になった様だ。


彼らの身長以上の大きさで燃え盛る炎。

そんな炎に突っ込めば、いくら魔法防御の効いたマントを装備しているとはいえ、ただでは済まないだろう……。
今は機を見るしかないとビクトールは判断したのだった。


「逃げろ!! オレ達の事はいいから行けッ!!!」



星辰剣はビクトールの意図(いと)するところを瞬時に感じ取った。

『今は機を見るしか無い……という事か。
 ならば、なんとしてでも時間をかせぐしかあるまい、今は……』



の方を見る星辰剣。彼女はビクトールの声が聞こえた様だが、まだ立ち尽くしたままであった。

まだかなり混乱しているのだ。
そんな時には大きな声で命令するのが一番だと彼は知っているので、早速行動に移った。


「逃げるんじゃ、!!」

「あ……!」


星辰剣の大声にハッと我に返った。
そして星辰剣の思った通り、その言葉に彼女の体が咄嗟に反応し、彼を手にしたままその場から逃げ出した。




「フッ……、逃がしませんよ?」










森の木々の間を走り抜けながらは、恐怖で泣き出しそうになる気持ちを抑え必死に考えていた。
どうしたら今、自分を追い駆けて来ている男から逃れ、炎に囲まれた窮地の二人を助けられるのかと……。


『どうしたらいいの!?
 星辰剣さんの魔法も通用しないし、私なんかじゃ絶対あの人に勝てない!
 このままじゃあ本当にフリックもビクトールも焼け死んじゃう!!どうしたら……』


「クククク…………」


ふと振り返ると男は、余裕の笑みを浮かべて追い駆けて来ている。
それが余計にの恐怖心を掻き立ててしまった。


『 い……いや……! 助けて、だれか!! いやあっ!!!』


「落ち着け!落ち着くんじゃ!!!!」



涙を滲ませて必死に走っているに、星辰剣が言い聞かす様になだめている。
すっかり怯えてしまっている少女の耳には、その言葉もなかなか届かない。


「しっかりするんじゃ!!
 今、あやつらを救えるのはお主しかおらぬのじゃぞ!?

 あやつらを死なせてしまってもよいのか!!!!」


「!!!!!」





星辰剣のその言葉にはハッと我に返った。
自分を助けてくれた、あの優しい彼らが死んでしまうのは、にとって一番耐え難い事だったからだ。


「せ……星辰剣さん……私…どうすれば……?」

「どうやら正気に戻ったようじゃな……よし!

 よく聞け
 どうにかしてあの男を振り切り、取りあえず時間を稼ぐのじゃ。
 時間さえ稼げればその間に、あやつらも何とかしておるじゃろう」


「で、でも!あんな炎に囲まれて……どうやって!?」

「どうやるかまでは知らん。
 ……だが、どんな窮地に立たされても、あやつらなら心配あるまい。
 今までもそうじゃったからな。タダでは死なんよ、フッ」


「星辰剣さん……」



何かにつけて、ビクトール達に小言を言っていた星辰剣だったが、この今の言葉を聞いて彼らの事を信頼しているのだとは感じ取った。

『そっか……、あれは星辰剣さんなりの愛情表現だったんだ……』



「あやつらさえ動ければ、今よりは何とか勝機(しょうき)を生み出せる可能性はあるからな。
 …………出来るか?」

「…………は、はい。や……やってみます!!
 ……今はそれしか方法は無いんでしょう?だったら、やるしかないですよね!!」


「うむ、よい返事じゃ!」





走り続ける。運動が苦手な彼女は普通ならすでに体力が切れていただろう。
だがこの世界の軽い重力の為、幸いまだ体力に余裕があった様だ。

その事に感謝しながら、先程より一気にスピードを上げると男を振り切る為、木々の間を複雑に走り抜け男との距離が離れた所でサッと草の生茂った場所に身を隠すのだった。


そして、荒くなった息を出来るだけ男に聞こえない様、手で押さえ必死に息を潜めている。

『く……苦しいけど我慢しなくちゃ……。
 あの人が通り過ぎたら……来た道を戻って…………』


程なく男がすぐ近くを通り過ぎて行くのが分かった。
通り過ぎるまで、心臓が飛び出しそうになるのをグッと堪えながら、男の気配がなくなるのを待っている。





―――どうやら通り過ぎた様だ。

無事、男が通り過ぎたのを草むらの間から確認したは、今まで我慢していた息を大きく吸い込んだ後、一息吐いた。


「よ……良かった……。そ、それじゃあ今のうちに来た道を戻って……」

「うむ。もうしばらくの辛抱じゃ、


男の去った方をもう一度用心深く見ながらゆっくりと立ち上がると、その場から駆け出そうとした。

――――だが





「何処へ行くのですか女神よ?」




「えっ……?」




どこからともなく声が聞こえ、ハッと気が付くと突然すぐ目の前に、あの男が現れた。
これは計算外であった……。

男は上から見下ろしながら目を細め、歪んだ笑みを浮かべている。どうやら『瞬きの紋章』を使ったらしい。


「ひっ……!!!!」


余りの驚きに声にならない悲鳴を上げる。その後 足がもつれ、よろめいて後ろにあった木にもたれ掛かる。


「大丈夫か、!?」

「あ……ダメ……、足が(すく)んでしまって……」



「……さあ、どうしました?もう逃げないのですか?
 ククク……このままでは私に捕まってしまいますよ?」

「き……貴様ァ! をいたぶっておるのか!」



男はがもう逃げられない事を知りながら、ワザと問い掛けている。
まるで小さな獲物(えもの)を弄ぶ、(けもの)の様に……。



「こ……来ないで……お願い……」

それでもなんとか木を背に立ちながら、震える手で星辰剣を構える
そんな様子を面白そうに見ながら、少女の願い等さらさら聞く気の無い男はゆっくりと近寄って来た。

伸ばしてきた大きな手に恐怖を感じたは、思わず持っていた星辰剣を前に突き出した。


「いや……お願い……来ないで……来ないでったら!いやあッ!!!」




――――が、刺したハズの男の姿はいつの間にか目の前から消えて、代わりに耳元から声がする。

「『(あるじ)』になるこの私に刃をむけるとは………。
 少し“ お仕置き ”が必要ですね」

「!!!!」


ハッとして横を見ると、すぐ近くに男の姿があった。飛び退く間もなく、男の手が伸びて来ての首を掴むと、そのまま上に持ち上げられてしまったのだった。

「あぁ……!! ううっ……」

!!!」


「これから永久の時を共に生きるのです、
 『(あるじ)』に逆らえば、どういう目に遭うのか今からゆっくりと、その体に教えてあげましょうね。クククク……」

苦しそうにもがく。その首を掴んだ大きな手は、容赦なく食い込み、締め上げてゆく……。


「ぅあっ!……ぐっ……」

「やめろ!!貴様!を殺すつもりか!?」



「殺す? ククク……、何を言っているのですか!

 まあ……こんな事をすれば普通の人間なら死にますけどね。
 ですが不死の紋章を宿しているのですから、死ぬ事は無いでしょう。
 苦しむのは一緒ですが……

 これは仕置きの一つですよ。
 『(あるじ)』たる私に逆らう気が無くなるまで何度でも体に教える為のね!
 
 私にとってルルド以外の女性など人として見てませんよ。
 あの方は美しく、聡明で本当に従順な方でした……。

 それに比べれば所詮、この娘は私に“ 力 ”を与えるだけの単なる“ 物 ”ですよ。 
 ククク……」



「き……貴様ぁッ!!!!」


怒りで『夜の紋章』を発動させる星辰剣。徐々に光り出す“ 力 ”を見て、男はニヤリと笑った。




「フッ……。無駄だという事がまだ分からないのですか?
 何度やっても貴方の魔法はこの札に弾かれて…………!?」






――――サッと男の顔色が変わった。取り出した札の異変に気付いたのだ。

徐々にだが札の表面が火で焙った様に変色し始め、それと共に男の皮膚がジリジリと焼けてきている。



「な……何だ!? ふ……札が……」


だが、この現象に一番驚いていたのは星辰剣自身であった。
紋章の力を発揮したものの、自分の意思に反して、ますます大きくなる力を止められず、慌てている。



「な……!?何じゃ!?
ち……力が勝手に……、ハッ!ま……まさか、これはの“ 力 ”なのか!?
 の体から流れて来る紋章のエネルギーがワシの“ 力 ”と合わさって、さらにワシから“ 力 ”を引き出しておる!!
 なんと言う事じゃ!これでは『(あるじ)』で無い者がの側で“ 力 ”を使えば、タダではすまない事に……

 このままでは……ワシも……。
 くっ!お……押さえ……きれ……ん!!

 ぐっ……ぐわああぁぁッッ!!!!! 」




星辰剣の叫び声と共に、一気に力が解放される。

闇色の球状の光にスッポリと包まれた男は、今まで人に見せた事の無い恐怖の表情でボロボロと崩れ去る札を見詰めていた。

今の星辰剣の言葉を聞いて、気を失いながらも握り締めているの手から星辰剣を離させ様と慌てて掴んだ、だが…………。



「ひいっ!? 手が! 私の手が崩れる!!!
 これではテレポート出来ない!!

 そ……そんなッ!死にたくない!!
 私はま……だ……う……うわあああぁぁッッ!!!! 」



男の断末魔の叫び声まで包み込み、星辰剣が発動させた力は止まる事なく、その周りの木々を飲み込み、周辺の森までも包み込んでいったのだった…………。











その頃、炎に囲まれていた二人だったが、フリックの『雷鳴の紋章』魔法で炎の噴出している一角を吹き飛ばし何とか脱出出来た様だ。

それから急いでを救出しようと掛け付けた所、辺りに響き渡る地響きと、前方から大きな黒い光が迫っているのを発見した。



「な!?何だ、あの光は!?」

「あ……あれは『夜の紋章』の魔法じゃないのか!?」


ネクロードと対決した時に見た魔法を思い出した二人。
だが、あの時の魔法と大きさも威力も、かなり様子が違う事に気付き始めた様だ。

その黒い光は止まる事を知らない様に、だんだんと大きくなり、なんと自分達の方まで広がり始めている。



「な……何かヤバそう……って言うか、マジにヤベェぞ、おいッ!!!!」

「まさか!!の身に何かあったのか!?!!!」


「待て、フリック!今はそんな事言ってる場合じゃねェだろ!!早く逃げるぞ!!」

「だが……!!!」


立ち尽くすフリックのマントの襟首をワシ掴みにしてダッシュで逃げるビクトール。
だが、予想以上に光の威力が強く、アッと言う間に光に包み込まれてしまったのだった。



「うわああぁぁッッ!!!!」







身を守る為、目を瞑ったその瞬間、熱線に焼かれた様な痛みが皮膚を走った……。
だがそれはほんの一瞬だけで、その後覚悟していた熱さも苦しみも二人は感じる事は無かった。

いつまで経っても何も起こらないので不思議に思った二人は、固く瞑っていた目をそっと開けた。
と……そこには、思いも掛けない人物がいたのだった。




――― 緑色の法衣を着た、一見少女の様に見える後ろ姿。肩までの少し薄めの茶色の髪 ―――

前方に両手を掲げている所を見ると、その人物はどうやら魔法を使って二人を守ってくれた様だ。
見覚えのある、その後ろ姿に、二人は驚いてその者の名を口にした。



「「 お前は……ルック!!!! 」」



ルックと呼ばれた少年は、ゆっくりと二人の方を振り向いた。……その顔は相変らず不機嫌な顔をしていた。
トラン解放軍で最後の戦いまで共に戦った、108星の仲間である。

…………だが、目の前の少年は久し振りに会ったと言うのに、戦友に掛ける言葉とは思えない言葉をボソリと呟いた。




「……手間掛けさせないでよ、大人なのに相変らず情け無いヤツらだよね」




「「 へっ…………?? 」」



その言葉に呆然としている二人。そして、そんな彼らにさらに追い討ちを掛ける様にこう続けた。


「…………ったく! レックナート様の言い付けだから仕方なく助けたけど……
 本当はこんな面倒な事は、したくなかったんだよねぇ。ふぅ……」



「えっと…………」

本当にうんざり とした顔で溜息(ためいき)を吐かれ、礼を言うどころかとても気まずい。



「……ま! これでボクの仕事は終わったから行くよ。
 あんた達もまだ、大事な用事が残っているだろう? さっさと行きなよ」

「大事な……?? …………ハッ!!!」



今、自分達の置かれていた状況を思い出して、慌てて辺りを見回す。
すると、遠くの方で何か光っているのを見つけた。

どうやら、ルックは魔法で二人をあの場所からテレポートさせた様だった。
だが、その光の小ささから見て、かなり遠くの方に飛ばされたのが分かる。



「お……おい おい ルック!
 何もこんな遠くまで飛ばす事は無ェ…………って、あれ??」


苦笑混じりにビクトールが振り向いた時には、もう毒舌少年の姿はいつの間にか消えていた。



「あ、あいつ…………」

「……相変らずだなぁ」

二人は少しの間呆然とした後、の事を思い出し、慌てて元の場所に向けて掛け出して行った。














先程の毒舌少年は月明かりの下、ある場所に立っていた……。
少年の足元には、同じく月明かりに照らされ、青い銀の髪をした少女が無造作に横たわっていた。


…………」


その表情は元、トランの戦友達に見せた不機嫌な顔では無く、悲しそうな……それでいて愛しむ様な表情で少女を見ていた。

ルックは膝を付き、の上体を起こすとその体をそっと抱き締めた。
まるでその温もりを……存在を確かめるかの様に、少女の頬に唇を寄せ、そして囁く様に呟いた。



「…………やっと……やっと会えたね?
 ボクはずっと……気の遠くなる様な長い時の間、“ 君 ”を探していたんだよ。
 “ 君 ”が人々に絶望してしまったあの時から……」



その呟きが少女の心に届いたのか、突然閉じている二つの(まぶた)から涙が流れ出した。
それを見て、ルックは切なそうな顔をして抱き締めている腕に力を込める。



「……また、会いに来るよ……。だから今度こそ一緒に…………」


ルックはの唇にそっ……と、触れるだけのキスを落とした。
そして名残り惜しそうにその身体を地面にゆっくりと寝かせると、そのまま魔法を使って、消えていった。

後に残ったのは涙を流した少女が一人。
月に照らされたその涙は、いつまでもキラキラと光りながら止まらなかった…………。













それから半刻もしない間に、ビクトールとフリックが馬を走らせてやって来た。

どうやら、ルックが気を利かせてくれたのか、ビクトール達の馬も荷物もあの爆撃から避難させてくれていた様だ。
二人は必死で達の姿を探した。



―ッ、どこだ!!返事をしろ――ッ!!!」

「お―――い! 星辰剣―――ッ!!!」



紋章が発動した場所に近付くにつれて、その魔力の凄まじさに二人は驚いた。

さっきまでいた場所には、森や林があったはずなのだが、それがことごとく一定方向になぎ倒されていて、近くの山などは、えぐれた土の塊りや岩肌まで現れてるのである。

以前の原型を留めていない景色に、二人は呆然とするしかなかった。



「あのままここにいてたら、オレ達も吹き飛んでいただろうな……」

「オレ……こんな(すげ)ェの見た事ないぜ? ホントにあいつ……星辰剣がやったのか!?」

「同じ【真の紋章】だが、あののソウル・イーターでも、ここまで凄いのは無かったよなぁ……」



馬を降りて辺りを見回しながら進んで行くと、前方に百メートル四方、なにもかも吹き飛んでいてすり鉢状にえぐれた場所を発見する。

その中心に人影らしい物が横たわっているのを見て、それが探していただと気が付いた。
血相を変えて急いで掛け付けるビクトールとフリック。


「「 ―――ッッ!!!! 」」



横たわっているを抱き起こし、息をしているか確認する。
誰でもこの状態を見れば死んでいると思っても仕方無い事であろう。

だが、彼女は気を失っているだけで幸い命に別状は無かった様だ、二人共胸を撫で下ろしてホッと安堵の溜息を吐いた。



「一時はどうなるかと思ったが、とにかくが無事で本当に良かったよ」

「……へっ、やるじゃねえか!
 なんだかんだ言っても『真の紋章』だよな!をちゃんと守るなんてよぉ!」


そう言いながらその近くに転がっていた星辰剣を拾い上げたビクトールは、ふと地面を見て顔をしかめている。
フリックは気を失っているを抱き上げた。



「……ところで、あのヴァンパイヤはどうした? また、テレポートとかで逃げたのか?」

「いや……、コレを見てみろよ」



ビクトールのアゴで示した方を見ると、その地面のあちらこちらに人間だったモノの身体の一部が飛び散っていたのだ。

それはあの男の死を意味していた。



「…………そうか」

を付け狙う厄介な相手がいなくなって安心した反面、その男の悲惨な最期を少し哀れに思うフリックであった。






大きな溜息を吐いた後、ビクトールは重苦しい雰囲気を変えようと、話題を変えた。
辺りを見回しながら冷やかす様にヒュ~♪ と口笛を吹いてニヤニヤ笑いながら、星辰剣を覗き込んだ。



「―――しっかし、派手に紋章ぶちかましたよなぁ!

 おい!お前さんの『夜の紋章』の力って凄かったんだな!
 こんなけ力が出せるんなら解放軍にいた時にも使ってくれりゃあ、もっと楽出来たのによぉ!出し惜しみしてたのか?ハハハ 」



ビクトールが話し掛けているのだが、一向に星辰剣の返事が返って来ない。
いつもならすぐにでも反応して、憎まれ口の一つでも言い返して来るのだが……。


「おい、どうしたんだよ!まさか力の使い過ぎで疲れちまったのか?
 まあ、こんだけ出しゃあ疲れるか、もう じーさんだし、しょうがねェよな!」



それでも一向に反応の無い星辰剣を見て、ビクトールは不安になり試しに顔を指で弾(はじ)いてみた。

…………だが、やはり反応は無かった。



「お……おい おい。どうしたんだよ!?起きろよ星辰剣!!」

「どうしたビクトール? 星辰剣がどうかしたのか??」



剣を揺すっても、叩いても反応が無い事でやっと事の重大さに気が付いたビクトールは焦リ出した……。

「おい!ウソだろ…………星辰剣!!星辰剣ッッ!!!!」

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*******後書き*********

お待たせしました、第10話!!約束通りルッくん出て来たし♪ 星辰剣もいなくなっちゃったし……。
予定通りと言うか、なんと言うか…。これで一息つけます!!

今回の内容についての細かいコメントは余り書きませんが…
ルッくんいきなりヒロインのファーストキッス★ 奪ってます!!
それも寝込みを襲ってます!!(笑)

ルッくんがいきなりなんであの様な事をほざいた(笑)のかは、次回、補足説明を兼ねた短編を書く予定です。
10.5話って所でしょうか? ではでは~!

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