それから二日後、その日の夜はサウスウィンドゥより西にある森にて、野宿する事となった。
満月の月明かりが照らす中、焚き火を囲み和やかに食事をしている最中、がふと、とんでもない事を言い出した。
「ねぇ……、『宇宙人』っていると思う?」
「「「 う……うちゅうじん?? 」」」
聞いた事の無いの言葉の単語に、困惑しているビクトール、フリック、星辰剣の三人。
その言葉を発端に、は今まで疑問に思っていた事を話し出した。
彼女は星辰剣の指導の元、ほぼ普通に会話出来る様にまでなっていた。
この世界の言葉を話せる様になってまず最初に、ビクトール達は自分達に対しての敬語をやめる様に頼んでいた。
これから一緒に旅をするにあたって、どうもその他人行儀な物言いに落ち着かないからという理由らしい。
最初は戸惑っていたものの、ビクトールの「オレ達の事は家族だと思ってくれていいぜ?」と言う言葉に心を動かされたのか、それ以来出来るだけ二人には、敬語を使わない様にしている。
だが星辰剣に対してだけは、にとって“ 師 ”である為、今でも敬語は続けていた。
は初対面の者には人見知り…特に男性に対しては、かなり警戒するクセがあるのだが、“ 家族 ”ともなれば話は別の様だ。
家でも普段している様な外国的スキンシップを二人にするものだから、反対にフリック等はかなり困惑していた。
それもそのハズ。
この世界では恋人でもない限り、抱きついたり、キスの挨拶等する習慣が無かったからだ。
「はっはっは!いいねぇ♪
これがの世界の挨拶ってなら、オレはいつでも大歓迎だぜ!
ほれ! 遠慮すんなよ。キスするなら頬だけじゃ無く、口にも……」
「キャ―――ッ!!」
ん~~♪ と、口付けを求めてきたビクトールに対して、真っ赤になって慌てる。
…………どうやら、挨拶の“ キス ”と“ 口付け ”は別物であるらしい。
この後、星辰剣とフリックに、しっかりと 教育的指導(?)されたのは言うまでもない……
「―――で、何だ?その、う……ちゅうじんってのは??」
「えっと、…………ほら!」
ビクトールの質問には夜空を指差す。
それにつられてビクトール達も空を見上げた。
夜空には月の光に隠されて、いつもより小さく見えている星達が輝いている。
「空に星がたくさんあるでしょ?
その中にはここの星みたいに、人が住んでいるものもあるの。その人達の事よ?」
「「 何だってぇ!!?? 」」
の突拍子の無い言葉に、驚きの余り思わず持っていたカップを落とすビクトールとフリック。
「星……って、空に浮かんでる光る石じゃねぇのか!?」
「神話じゃ“ 剣 ”と“ 盾 ”が戦った時に砕け散った、欠片だって聞いたぞ!?」
それを聞いたは、紋章を宿した時にレックナートに聞いた創世の神話を思い出した。
この世界が自分のいた世界とかけ離れているものだとしても、まさかあの神話の話しがそのまま事実だとは到底思えないのだ。
実際、自分の世界でも神話は、その神話を創り出した時代の人々の理解力や、長い年月に人々の間で文字では無く、言葉で伝えられる間に、いつの間にか形が変わってしまったものであったからだ。
「……まぁ、『科学』が発達していないからそう考えても仕方ないよね。
私の世界でも昔はそんな考えだったし……」
「か……がく??」
科学という単語を、そのまま日本語を当てはめていたせいもあり、案の定ビクトール達には通じなかった様だ。
その言葉に星辰剣さえも不思議そうな顔をしているのが分かる。
詳しく説明しようと思ったのだが、そのままストレートに言ってもおそらく通じないであろうと感じ、しばらく考えた後彼らに理解してもらう為、言葉を選んでゆっくりと話し始めるのだった。
「えっと……、
星っていうのはここから見ると小さく見えるけど、実際太陽かそれ以上大きいのよ。
その光ってる星の周りには、ここみたいな生き物が暮らしている星がある訳。
この世界が『
あの星の何処かにあるハズなのよね。
そしたら私はビクトール達にとって、『宇宙人』って訳なの。
分かる…………かなぁ?」
一応説明し終わってから三人の顔を見回す。 簡単に説明したつもりなのだが、やはり……というか、彼らが固まって動かない所を見る限り、理解出来なかった様だ。
「……えっと。
やっぱり、ちょっと難しかった……かな?アハ……アハハハ……」
「「 ………………………… 」」
少々(?)重苦しい空気が漂う中、やっと金縛り(笑)から自力で脱出した星辰剣が、咳払いした後、さも、ここにいる知能の低い人間達よりは理解しているのだと見せる様に、誰よりも先に口を開いた。
「…………ウォッホン! その……?
お、お主の世界ではワシらの思いも付かん事がたくさんある様じゃな。
……で、なぜ、いきなりその様な事を思い付いたのじゃ?」
「えっと、それは…………」
―――の答えはこうであった。
毎晩夜空に現れる大きな月。
これは自分の世界の月よりも二周りも大きく、満月である今夜は街灯等全く必要としない程明るかった。
最初見た時なんかは、ギョッ! とした程、その存在感に圧倒されていたのだ。
それ以外には、自分の世界から持って来た時計であった。
星辰剣に聞いた話によると、この世界にも時を計る物がちゃんと存在しており、時間も一日24時間で同じなのだが一秒の長さが違うのか、の時計で20時間程で、一日が終了しているのである。
そうするところから約4時間分、この星の自転速度が速いのか、はたまた地球より小さい星だという事が伺える。
そのせいか重力も小さく感じられ、この世界の者と身体の作りが違うのか“ 超 ”が付く程の運動音痴であった彼女だが、ここでは人並み以上に走ったり飛び跳ねたり出来ている。
これには、かなり感動していた様だ。
なので女性では到底重くて使う事の出来ない星辰剣も普通に持てるという訳だ。
もし、運動能力の優れた者がこの世界に来たならば、超人的な力を発揮出来たに違いないだろう。
―――と、以上の点からは、この世界は地球とは別の星なのだと言いたかったのである。
「私の場合は紋章の力でこの星に来たけど、
もしかしたら他の星から『宇宙船』に乗ってここに来ている人もいるんじゃないのかな?」
この言葉に再び驚く一同。先程から驚きっぱなしなのだが、その後、付け足したの説明で、『宇宙船』とは空を飛ぶ大きな船なのだと聞いたからだ。
「あ!もしかして『スターゲ●ト』を使って来る人もいるかも!!
宇宙は広いもの!もしかしたら文明の進んだ星じゃ、そんな物が開発されてて
みんなの知らない所で●G1チームとか結成されてたりしたらどうしょう!?
それが本当だったら憧れの少佐にも会えるかもッ!! キャ―― ッ♪」
「「「 ………………………… 」」」
―――彼らにはハッキッリ言って の言っている事が全く理解出来なかった(笑)
まあ……今しゃべってるほとんどの事が彼女の妄想から来ているもので、事実ではなく本当は架空の物語なのだ。
セリフの後半部分なんかは彼女が興奮している為か、言葉が元に戻ってるし、『●たーげいと』と言う物も何の事だか……。
キラキラ した瞳で頬を押さえながら、嬉しそうに少女の世界の言葉でいつまでもしゃべりまくってるのを見て、かなり引いている三人であった……。
しばらくして再び金縛りの解けた星辰剣は、気を取り直しての妄想部分(笑)を取り除いた言葉をもう一度考え直していた。
――― この星以外にも、人の住む星がある ―――
あっさりと、そう言いのける少女を見て、今まで適当に相槌を打っていた星辰剣もとうとう考え込んでしまう。
『し……知らなかった……
この世界では誰も空に注意を向ける者はいなかったからな……。
それは我ら『26の真の紋章』にとっても言える事。
異世界の存在を認めてはおるものの、生み出されてから今でもこの世界が唯一絶対のものだと思っておる。
そうか……『希望の紋章』は我ら27の紋章の中でも最も小さき存在だが、どの紋章よりも遠くに目を向けていた様じゃ。
以前の宿し主、ルルドもきっとこの世界に色々と影響をもたらしたに違いない……。
は……はどうなのじゃろうか?
……せめて、ルルドの様に悲劇に終わらせぬ様、ワシらが守ってやらねば……な……』
『宇宙人』の話題はなんとか(?)一段落した様で、気を取り直して食事を再開する一同。
次の話題は、ここより少し北東に行った所にある“ 風の洞窟 ”の話しに移った。
その話題の場所はビクトールが少年の頃、よく馬に乗って村の悪ガキ達と遊んだ所らしい。
だが、ここ最近ではモンスターが住み付いてしまっていて、子供だけでは危険で入れなくなっているそうだ。
「ふぅ~~ん。風の音が鳴る所から、“ 風の洞窟 ”って名前が付いたのね?」
「ああ、そうだ。オレがガキの頃によく村の仲間と度胸試しにここに来たんだよ。
そん時ぁ、他のヤツらはみんな恐がってたけど、オレは一人でその洞窟の中を回ってたんだぜ? どうだ、すげぇだろ!」
「え~~っ!? 子供なのに一人で!? 凄いね、ビクトールって!」
「へへへっ♪」
子供の様にワクワクして聞いているに得意気に話すビクトール。
その彼女の反応を見て、大いに満足している様である。
「ねっ、ねっ!
よく遊びに来た……って事は、ビクトールの村ってここから近いのかなぁ? 何て名前なの?」
「え? あ、ああ…………ノースウィンドゥだ。
ここからだと、馬で もう二日程北に行った所のデュナン湖の畔にあるよ」
そう話している途中で先程とは微かに態度が変わったビクトールの様子に、あれ? と不思議に思いながらも話し続ける。
「そう、ノースウィンドゥって言うのね?
ねえ!それじゃあ、サウスウィンドゥって街に行く前に寄ってみようよ♪
私、ビクトールの故郷に行ってみたい! 家族の人達だって、待っている……」
「!!」
急にフリックが大きな声で止めたので、え……?と振り向く。
フリックの顔を見ると、辛そうな顔をして黙って首を振っていた。
「???」
訳が分からず再びビクトールの方を見てみると、さっきと同じく表面上は変わらなかったが、苦笑しながら少し寂しそうな顔で頭を掻いていた。
「…………今、行っても何も無ェしなぁ……、改めてまた今度にしようぜ?」
そう言うと、の頭をくしゃっと撫でて、そのまま森の奥へ行ってしまったのだった。
「ビクトール……?」
いつものビクトールと何処か違うので不安になる。心配になり追い駆けようと立ち上がった。
だが、それをフリックに止められてしまう。
「よせ! …………今はヤツをそっとしてやってくれ」
「あの……、ビクトールどうしちゃったの? 私、何か変な事言っちゃったのかな?」
フリックはそれを聞いて少し驚いた顔をするが、すぐに何かに気付き、深い溜息を吐いた。
「……そうか、お前は覚えていないんだったよな。
…………あいつの村はネクロードって言う吸血鬼に全滅させられたんだ」
「ぜ……全滅!? 吸血鬼!?…………ネクロード……って誰??」
目を丸くしているにフリックは、ネクロードの事やビクトールの故郷で起きた出来事を、自分の知ってる範囲で説明した。
―――彼……ビクトールの村は、今から10年程前に突然現れたネクロードという吸血鬼に滅ぼされたのだと言う。
村人達は魔法でアンデットに変えられ、親しい者同士、互いに食い合う凄まじい光景をビクトールは目にする事となった。
それからたった一人生き残った彼は、敵を討つ為ネクロードを求めて旅に出たのだ。
そして辿り着いた先のトラン開放戦争の時、星辰剣の力を借りて遂に念願の敵を討つ事が出来たのである。
フリックから聞いた衝撃的な話に青ざめる。
「そ……そんな事があったの?
私、何て事言っちゃったんだろ、ビクトールの気持ちも知らないで……」
両手を胸の上で握り締め、申し訳無さそうにしているを見て、その肩に手を置いて声を掛けるフリック。
「仕方無いさ、知らなかったんだから……。
それにもうみんなの敵は討ったんだし、ヤツもきっとそこまで気にしてないさ。
そう気を落とすなよ」
「フリック…………」
フリックの言葉を聞いてはいたが、それでも自分が言った何気ない言葉で、その辛い過去を思い出させてしまったのは事実で、それを申し訳無く思ったは、いたたまれない気持ちで胸が一杯になっていた。
そして、そんなビクトールの気持ちを考えると、いても立ってもいられなくなり、再び立ち上がった。
「私……私…………、やっぱりビクトールに謝りに行って来る!!」
そう言うと、はビクトールの行った森の方向に駆け出して行ってしまった。
慌てるフリックは、止めるタイミングを失ってしまった様だ。
「おっ、おい! …………って、行っちまったか。
やっぱり人のいい性格は『トランの天使』の時と変わらないなぁ……」
「その様じゃな」
フリックは懐かしそうにフッ……と軽く笑うと、星辰剣を見て肩を竦めた。
森の中に入って少し行くと、広場のような場所に行き当たった。
その場所にある、ひときわ高い木の根元に腰を下ろし、その木にもたれながら月を見上げているビクトールを発見する。
「ビ……ビクトール……ハア ハア」
「……?」
息を切らしながらビクトールの近くまで行く。
物思いに耽っていたビクトールは、の姿を見て少し驚いた様な顔をした。
まさか追い駆けて来るとは思ってなかったからだ。
そして何か言いにくそうにしていただったが、意を決した様に大きく頭を下げた。
「あ……あのっ!
ビクトールが大変な目に遭ってたって知らなくって……、
辛い事思い出させちゃって、その………本当にごめんなさい!!!」
「………………」
そのセリフを聞いて、フリックから何か聞かされたのだと分かり、短く溜息を吐くビクトール。
真っ赤な顔で、今にも泣きそうになるのを、何とか耐えて頭を下げ続けているを見て、フッと表情を緩める。
そして少女の側まで行き、少し照れた様にその頭をくしゃりと撫でた。
「…………ありがとよ。その……オレの事、心配してくれてよ」
「ビクトール…………」
恐る恐る顔を上げたは、目の前のビクトールの優しい顔を見て切なくなり、思わず抱きついてしまった。
『なんて強い人なんだろ……。
そんな辛い目に遭ったのに、人に優しく出来るなんて……私は……私は……』
「おっ、おい おい……」
「今度……今度みんなで一緒にお墓参りに行こうよビクトール。
お花一杯持って……。
私、みんなが天国に行ける様、一生懸命お祈りするから……だから…………」
ポロポロと泣きながら自分に抱き付いているを見て、最初戸惑っていたビクトールだったが、今の少女の言葉を聞いて、自分のまだ癒し切れていない心の痛みを分かろうとしてくれているのだと感じた。
「ありがとうよ、……」
少女の優しさがビクトールの胸に染み込み、愛おしさが込み上げて来る。
今までならこんな場合、自分の素直な気持ちを隠そうと、おどけて見せたり、話をはぐらかしたりしていた。
それは弱い自分自身を守る為の彼のクセなのだ。
だが、今はなぜかいつもとは違い、素直な気持ちになれる……。
――― なぜだろう? ―――
そんな自分に内心驚きながらも、その心地良さに身を任せていた。
そして知らず知らずの内に、少女の髪に頬を寄せ、抱き締めているビクトールだった……。
月明かりの照らす中、しばらくの間抱き締めていたビクトールは、腕の中の少女の髪を愛おしそうに撫でながら以前の事を思い出していた。
解放軍の仲間達を励まし、元気付ける時、精霊のは必ず歌を歌ってくれていた。
彼女が歌う、その不思議な響きを持つ歌声は、どんな時も自分達に勇気と希望をもたらしていた。
その事を懐かしそうに思い出すビクトール。
「…………こんな時、トランにいた精霊のお前は、よく歌を歌ってくれてたっけなぁ……」
「歌……?」
今まで泣いていたのも忘れて、きょとんとした顔でビクトールの顔を見上げる。
「そうだ。え――っと、何て歌だっけ?
翼が……なんたら……って歌だった様な……??」
自分の額を手で押さえながら、思い出そうとしていると、思わぬ所から助け舟が出された。
「『翼を下さい』だろ? ビクトール」
その助け舟は、いつの間にか近くまで来ていたフリックであった。
ヤレヤレといった顔で肩を竦めてやって来る。
「あ! フ、フリック!?」
今までビクトールに抱き付いていたは、まだ涙が顔に残っているのを思い出し、急に現れたフリックに泣き顔を見られたく無いのか、そこから慌てて離れ、後ろを向いてゴシゴシと涙を拭いた。
が急に離れてしまったので、少しだけ残念そうな顔をするビクトール。
だがそれを悟られたくないのか、彼はいつもの様におどけて見せ、フリックに向かってわざと口を尖らせて文句を言った。
「おいおい、なんだよフリック。 せっかくいいとこだったのに、野暮な事すんなよな!」
「えっ!? いいとこ……って??」
「はいはい、邪魔して悪かったよ」
「じゃ……邪魔!? べ べ 別に私達なんにも……」
が二人のセリフに、あたふたとしている中、フリックは長年の付き合いでこれはビクトールのいつもの照れ隠しなのだと分かってるせいか、調子を合わせて答えている。
その後、そんな二人に挟まれて困っているを見兼ねて、苦笑しながら星辰剣が助け舟を出した。
「こらこら!貴様ら、あまりをからかうでない! 困っておるじゃろうが……」
そして、しばらくして落ち着いてから、先程フリックが言った歌の題名に驚いている。
なぜなら、その歌は自分の世界にある歌であったからだ。
「つ……『翼を下さい』って、この世界にもそんな歌があるの!!??」
「ああ、がよく歌ってくれていた歌だけどな」
「????」
ますます混乱する。彼女はまだ =ルルド だと思っていたので仕方がない。
『ま……まさか、ルルドさんって私の世界から来た人なのかしら??
それともやっぱり、フリックが言った様にこの世界に来る前に、魂だけでもここに来ていたのかも……』
そう、悶々と考えていたであったが、頭が混乱するだけで先に進まないので、またもや深く考えるのを諦めた様だ。
「ま……まあ、とにかくその歌だ! それを歌ってくれよ」
「オレも久し振りに聞きたいな」
「あ……、うん……」
二人に頼まれ、少し照れながら歌い出す。
はコーラス部に入っていた。
その実力は声の音域も広かったせいもあり、ソロ・パートを担当していた程である。
高校三年でクラブ活動も引退していたので、久し振りに人前で歌う為、少しだけ緊張している。
それでも、それは最初だけで、歌い始めるといつもの様に気持ちを込めて歌い出したのだった。
今、私の願い事が叶うならば 翼が欲しい
この背中に、鳥の様に白い翼 付けて下さい
この大空に翼を広げ、飛んで行きたいよ
悲しみの無い自由な空へ、翼はためかせ行きたい……
木の根元にそれぞれ腰を掛けて聞いている三人。歌詞はの世界の言葉であったが精霊だったの声では無く、の透き通る様な肉声を聞いて、うっとりと目を閉じている。
その歌声は心地良い春の風と共に、静かな森の中一帯に響き渡っていった…………。
―――やがて歌い終わり、がふと周りを見渡すと、信じられない事が起きていた。
「えっ? えっ? なっ、何これ――っ!?」
が驚くのも無理は無く、何も無かったはずの広場一帯に草花が咲き乱れていたからだ。
ビクトール達は然して驚いた様子も無く、お互いの顔を見てフッと笑っている。
「ハハハ! やっぱりこうなっちまったか!」
「何? 何? 何がどうなったの??」
目の前の有り得ない現象に、まだ、あたふたと混乱している。
それを見て落ち着く様、なだめているフリック。
「……つまりだな。
の歌声には魔法の“ 力 ”があって、その歌声の力で植物が育つ……って訳だ」
「ええ――っ!! 私の歌声で植物が!!??」
試しに足元の植物に向かって歌ってみると、フリックの言った様に次々との見ている目の前で花が咲き出したのだ。
これには驚きを超えて、かなり感激している。両頬に手を当てて、嬉しそうにはしゃいでいた。
「きゃ――っ!ウソ!信じらんない!
これってもしかして『希望の紋章』の力なのかな!?」
「その通りです、女神よ……」
「「「 !!!!!!! 」」」
急に自分達以外の声が聞こえ、咄嗟に剣に手を掛けて振り返るビクトールと、フリック。
声のした方に目を凝らすと、影になっている木々の間から、黒いフードを被った長身の人間が現れたのだ。
聞き覚えのある声と、月明かりに照らされたその姿に、ビクトール達は思わず驚きの声を上げた。
「お……お前は、あの遺跡にいた魔術師!!!」
「生きていやがったのか!!??」
黒いフードの下から覗く青白い顔。 その男の表情は氷の様に冷たい笑みを浮かべている。
「……私にはこの『瞬きの紋章』がありますので、あの場から脱出する事など造作も無い事なのですよ」
普通ならば近くに来ただけで、戦士であるビクトール達には感知する事が出来たであろう。
だが、相手がテレポートをして来たとあっては、さすがに無理だった様だ。
驚いている二人には目もくれず、男はの方を見ると、目を細めて歪んだ笑みを浮かべた。
「……紋章が行方不明になって焦っていたのですが、どうやら無事に『ルルドの女神』になれた様ですね。
今回もなかなか良いではありませんか。 ククク……」
不気味に笑いながら近付いて来る男に恐くなって、思わず後ずさる。
それを見て、サッとフリックがを後ろに庇いながら、剣を男に突き付けた。
「お前は一体何者だ!? あの時、大蛇の攻撃をまともに喰らっていたハズだぜ?
普通の人間なら致命傷を負って、そのまま死んでいただろう……。
もし仮に助かったとしても、動けないお前にあの大蛇が襲ってきたハズだ!
一体どうやって……」
「クックック…………そうですね。
あの時貴方が言う様に、大蛇は遺跡にいた全ての人間を食べ尽くしました。
もちろん、この私も入れて……ね」
「なんだと……!?」
「ですが、私には紋章以外にもある特殊な力があるのですよ。
それを使って難なく大蛇の体の中から生還したのです。その力とは…………」
男がニヤリと不気味に笑ったかと思うと、次の瞬間、人間とは思えない程のスピードでフリックに襲い掛かって来たのだ。
「 !!!!! 」
咄嗟に避けるフリック。
何かがフリックの頬をかすめ、その頬から一筋の血が流れている。
もし、これがフリックの様な手足れの剣士ではなく普通の者ならば、気付くのが遅れ間違いなく首を掻き斬られていた事であろう……。
「くっ……!!」
「フリック!!!」
「ふふっ……、なかなかやりますね。
ですがヴァンパイヤである私には敵いませんよ?ククク…」
「なっ……何いッ!? ヴァンパイヤだと!!!」
今の言葉を聞いて驚く一同。
フリックに斬りつけた長く鋭いツメを見ても分かる様に、彼が人間では無い事は確かである。
「貴様……やはり、アンデットであったか……。
その人並み外れた力で大蛇の腹をかっ捌いて出て来た……と言う訳か」
「おい、星辰剣! これは一体どういう事だ!?
吸血鬼ってのはあのネクロードの野郎しかいなかったハズじゃなかったのか!?」
ビクトールの言葉を聞いた男は眉を顰めた後、スッと目を細めた。
「ほぉ……? 随分懐かしい名前が出て来ましたね。
貴方達がネクロードを知っているとは……」
「てめぇこそ、何であの野郎の事を知っていやがる!?」
「フッ……ネクロードは元々私共の仲間でしたからね。
まあ、そうは言っても400年以上も前の事ですが……」
「よ……400年だとぉ!?」
「そうです。ネクロードは我々ヴァンパイヤと呼ばれる者達が暮らしていた『蒼き月の村』にいたのです。
ある時、自分の野望の為、始祖様から『月の紋章』盗み出し、何処かへ逃げ去りました。
……お陰で私達は、『月の紋章』から力を貰えず、生きる為に人の生き血をすする吸血鬼に成り下がったのですがね」
「なんと……!!!」
「……っていう事は、てめぇの他にもヴァンパイヤはいるって事か!?」
「さぁ、それは知りません。
あの後、ほとんどの者が死を受け入れましたが、ある一部の者達は私の様に村を去りましたのでね。
今はどうしているのか、知りたいとも思いませんが。……フッ」
ヴァンパヤである男と対峙しながら、星辰剣は考えていた。
あのネクロードが真の紋章の一つである『月の紋章』を宿していたと言うのが本当なら、ネクロードを倒した時、『月の紋章』も姿を隠すはずだと。
『……おかしい。
もしそうなら、『月の紋章』でヴァンパイヤになったこの男はなぜ無事なんじゃ?
その始祖とやらも死ぬ事になり、こやつも元の死人に戻ってしまうはずなんじゃが……。
まさか!?あの時、倒したネクロードは偽者であったと言うか!?
しかし、それでは…………』
星辰剣はチラッとビクトールの方を見た。
自分の今推測している事は、念願の敵討ちをやり遂げた男に対して愕然とさせる内容なのである。
この事を知れば、どれだけ落胆、憤慨する事であろう……。
『まだハッキリとした事が分かるまで、黙っているしかあるまい。
望みは薄いかもしれんが…………』
星辰剣がそんな事を考えている間も、緊迫した状況は続いていた。
「さぁ!その新たな女神を渡しなさい。
女神の『
私はその紋章を人間であった時から500年も探し続けていたのですから!!」
「『
男が言った、言葉の意味が今一つ分からないは、戸惑いの表情を見せる。
てっきりこの男は、自分の宿してある『希望の紋章』を取り戻しに来たのだと思っていたからだ。
だが、言葉が分かる様になって、さっきから言っている事は自分を指している事なのだと分かる。
『『
それに“ 不死 ”と“ 強大な力 ”……って??』
あの時……この紋章を宿した時の事は、なぜか今でも思い出せずにいた。
どんな力があって、どんな事が出来るのか、不老不死の力があると言う以外、ルルドにもレックナートからも教えてもらっていないのだ。
その他といえばつい先程、自分の歌で植物が育つ事がやっと、判明したばかりなのである。
目の前の男はこの『希望の紋章』について色々知っている様であった。
知りたかった紋章の事を……。
そう思うとは今までの男への恐怖心を抑えて、フリックの前に進み出ると、恐る恐る問い掛けた。
「あ……あなたは、この紋章の事を詳しく知ってるんですか?
あ……『
「「 ……!? 」」
急にが前に出て来たので驚くフリック達。そんな彼らをよそに少し震えながら男を見詰めている。
男は一瞬以外そうな顔をした後、何かに気付き、フッと口の端を上げて笑い出した。
「クックックック……。
そうですか……『希望の紋章』の意思で過去の全ては伝えられなかったのですね?
成る程……、それは私も賢明だと思いますよ。
分かりました、特別に教えてあげましょう。
前の宿り主、ルルドの女神は今から500年程前にハルモニアに現れた異世界の女性です。
ハルモニア……と言っても当時はまだアロニア王国でしたが……」
「ハルモ……ニア……?」
「ええ。そして女神の力を巡って、当時のアロニア王と野望を持つ者達が争い合いました。
その中には、ハルモニアの英雄と呼ばれる方もいましたが……」
「なんと!あやつもルルドと関わりがあったのか!?」
星辰剣の驚きの声に、ビクトール達もハッと振り返った。その様子からして何やら知っている者らしいのだが自分達の知る限りでは、ハルモニアの“ 英雄 ”と呼ばれる人物はたった一人しかいなかった。
「そ……それは、もしかしてあの有名な神官長の事……なのか?」
「……うむ、そうじゃ」
「なんてこった!!……あのハルモニアのおエライさんまで関わっていたのかよ!
そいつらが争う程、すげェもんなのか!?」
「そうです。
最初に“ 女神 ”を手に入れ、『
ただの烈火の紋章が真の紋章に匹敵する程の威力を発揮していました。
その上、不死の力も備わっていたので彼の敵は誰もいなかったぐらいですから」
「真の紋章に匹敵する程の力……」
これを聞いて、ビクトールもフリックもゴクリ と息を飲み込む。
だが、同じ様に聞いていたの方はまだ、何か納得がいかない様で戸惑いを隠せずにいた。
「あ……あのっ!
女神を手に入れて……って言ってますけど、私にはそんな力なんて無いと思います!
不老と治癒能力はあると思いますが、それ以外は凄い力なんて何も……」
「ククク……。そうですね、あなた自身には当然そんな力はありませんよ?
あなたは『
「え……? 力を与え……る??」
「そうです。その方法とは…………」
「黙れッ!!それ以上言うな!!!」
男の言葉を遮ったのはフリックであった。
彼はその事についてには知ってほしくなかったのだ。
もしも今、その事を知れば少女は、人に対して心を閉ざしてしまうかもしれない……。
フリックにとってそれが一番恐かった。
そして再びを自分の後ろに隠した後、剣を男に向けて、睨み付けた。
そんなフリックの気持ちを知らないはただ戸惑うばかりであった。
「フ……フリック……??」
「……こんな男の言う事なんか、聞くな!
どんな紋章を宿していても、はだ!
相手がヴァンパイヤだろうが何だろうが、お前を渡しはしない!!!」
「フリック……」
「ハーッハッハ! よく言ったぜフリック!
ここで素直に渡しちまったら男がすたるってもんよ!!オレ様も同じ意見だぜ。
……と、いう事で、諦めてもらおうかな?吸血鬼さんよぉ!!!」
二人が剣を構えて向き合う中、男は小さく舌打ちした後、目を細めて無表情になった。
「ほぉ……この私に刃向かうつもりですか?
ならば、女神の見ている前で、まず貴方達を血祭りに上げてやりましょう!」
「そりゃあ、こっちのセリフだ! クソ吸血鬼野郎がッ!!!」