「ああ、頼むよ」
「足滑らして、川にハマるんじゃねーぞ」
――――ここはサウスウィンドゥへ続く街道近くの林の中。
、ビクトール、フリック、星辰剣の四人は、サウスウィンドゥへの旅の途中、一息ついていた。
あの、が復活した奇跡の出来事からすでに三日が過ぎている……。
……あの時、死者が生き返るという奇跡の瞬間を目の当たりにした人々は皆、驚きの余りしばらくその場から動けずにいた。
―――― 死者が蘇る ――――
それだけならば、ビクトール達が以前いた解放軍でも見た事があった。
それは、アンデットという化け物だったのだが……。
だが、同じ様にが復活したというのに、それを見て誰も化け物だと感じさせなかったのはすっかり変わった神秘的な姿もそうなのだが、復活する際、彼女の棺を中心に緑の恵みをもたらしたからであった。
砂漠の近くにある村なので、当然雨も少なく、その為植物もあまり育たない。
なのに、今はそれが嘘だったかの様に緑が村を覆っているのである。
先程吹き付けた温かい癒しの風は、全ての枯れかけていた木々に、今まで見た事も無い程青々とした葉を茂らせていた。
そして、道端には花が咲き乱れ、痩せた畑の作物は、まだ芽だけしか生えてなかったハズなのに、もうすでに収穫できる程にまでに実っていたのだ。
その上、棺を埋めようとして掘っていた穴からは、なんと、透通った水が湧き上がっており、そこから溢れ出した水は小さな小川となって流れていた。
それはまるで、風と、水と、大地が彼女の復活を祝うかの様な現象であった…………。
「……お前……」
「奇跡だ……、天使が……天使様が降りられたんだ……」
「天使様が、復活されてこの村に恵みを与えて下さった……」
「天使様ぁ!!!」
「わっ!」
に駆け寄ろうとしたフリック達を押しのけ、村人は次々との棺の周りに集まり出した。
そして感動の涙を流しながら、皆、跪いて手を合わせていたのだった。
その様子を、きょとんとした顔のは周りを見回し、訳が分からず戸惑っていた。
【 え……えっと………、みんなどうしたの……かな?? 】
あの暗闇の中気を失い、次に目を覚ました時にはいつの間にか、ちゃんと自分の体に戻っていた。
そして、まだボンヤリする頭のまま辺りを見回すと、こっちを見て驚いたまま突っ立っているフリック達と、後、なぜか自分の周りには、跪いて涙を流しながら手を合わせている、村人達が大勢集まっていたのだ。
事態が飲み込めていないは、最初かなり戸惑っていたが、彼らの話を聞く限りではどうやら自分が生き返ったのを見て、天使だと思い込んでいるらしい事が分かったのだ。
『ただ単に、紋章宿してきただけなのになぁ……』
ただしはこの時、自分の周りが奇跡の恵みを受け、すっかり変わってしまっている事に気付かなかった様なのだが……。
―――この後、もビクトール達も村人から丁重に歓迎を受けた。
生き返ってまず、フリック達との喜びの再会をしたかったのだが、言葉を交わす事無く部屋を別々にされてしまった為、どうやらそれは叶わなかった様だ。
一人になって、ヒマを持て余しているは、ここで改めて紋章の力に驚いていた。
体に大きく開いていたハズの大蛇の牙の跡が、すっかり無くなっていたからだ。
【 すっごーい!
レックナートさんが言ってた通り、この紋章には本当に自己再生能力があったんだ…… 】
服をめくり、部屋にある鏡を見ながら興奮していたが、ふと、左胸……丁度心臓の上に見慣れぬアザが有る事に気付いた。
あの暗闇の中、体にエネルギーが流れ込んだ瞬間、胸に焼け付く様な痛みが走った……、それはこの、『希望の紋章』の印が付いた為だったのだと今気付いた様だ。
【 でも、何だか刺青……タトゥーみたいでちょっと嫌だなぁ…… 】
もし両親がこの事を知ったら、
『が不良になってしまったぁッ!!どうしよおッ!!』
と芸術一家だけあって、人一倍リアクションの激しい両親達の、嘆く姿が目に浮かんだ様で思わず冷や汗が流れる。
しかしその事を悩んではみても後の祭りで、今更考えた所で仕方が無い事だと深い溜息を吐くのだった……。
一人で悶々と悩んでいたそんな時、以前折鶴をあげた村の子供達が尋ねて来た。
「「「 天使様ぁ!こんにちわ!! 」」」
【 ……うっ! て……天使!? 】
満面の笑みの子供達に一斉にそう言われ、いきなりそんな単語が出て来たので、思わずのけ反りポーズのまま、恥かしくて真っ赤になってしまう。
『……村の人達もみんな私の事をそう呼んでるけど、何でそう呼ぶんだろ??
いきなりこんな姿になって、生き返ったのがいけなかったのかな……』
の今の姿は自分から見ても、かなり……というか、全くと言っていい程別人の姿をしていた。
あの時のルルドと同じ青味掛かった銀髪。そして、深いエメラルドグリーンの瞳……。
どれを見ても分かる様に、どうやらこの紋章を宿した者は皆、素材はともかく、この姿に変わってしまうらしい。
『ルルドさんぐらい綺麗なら、天使って呼ばれても納得出来るけど、
私の柄じゃ無いって言うか……凄く恥かしいよ!』
彼女が生還してから、村人達はに“ 様 ”を付けたり、“ 天使様 ”と呼んでいるのだ。
自分はそんな大層な者では無いからと、否定しようにも言葉が思い付かず、その都度、照れ笑い……もとい、引きつった笑いを浮かべているであった……。
―――ここで一つ、の気付かない内に紋章の力が発揮されていた。
それは、この世界の言葉が理解出来る様になっていた事だ。
まるでテレビの二ヶ国語映画を聞いているかの様に、同時にその言葉の意味が分かるのだ。
なぜそうなるのか原理は分からないのだが、どうやら紋章の記憶がそうさせるみたいである。
だが、言葉は分かっても話す事は出来ないらしい。 いわゆる一方通行状態なのだ。
いくら真の紋章を宿したとは言っても、そこまでは万能では無かった様だ。
『ド●えもんの“ 翻訳コ●ニャク ”なら、ちゃんとしゃべれるのになぁ……。
う~ん、残念』
などと、少し(?)ピントのズレた事をが考えている間にも子供達は、瞳を輝かせながら口々に話し掛けていた。
話を聞いてみて初めて知ったのだが、自分が生き返った時奇跡が起きて、村中が緑で一杯になったのだと言う。
半信半疑のまま窓から外を見てみれば、信じられない事だが子供達の言う通りであったのだ。
「やっぱり、あのお守りが効いたんだよ!願いが叶ったんだね!」
【 え……? お守り?? 】
よくよく聞いてみれば、があげた折鶴はなぜか“ 願いが叶うお守り ”となっていた。
確かに病気やケガが治る様、祈りを込めて千羽折ると、早く回復するという物なのだが……。
『変ね、何でそうなったのかな??』
その原因は、いい加減に通訳した星辰剣であった事をは知らない……
『…………でも、まぁいいか!お守りって一種の気休めみたいなものだし、
気持ちさえ篭っていれば良いよね? “ イワシの頭も信心から ”って言うし!
それに折鶴が願いの叶うお守りだなんて、何かステキだわ♪』
―――と、いういつものお気楽な考えから、この件は結局修正しなかった様だ。
しかし、これが後々108星達の絆を深く結び付ける大事な物になるとは、この時のは知る由もなかった……。
だが、なぜその村を離れ、旅に出てしまったのかと言うと、余りの歓迎振りに居辛くなったからであった。
どこにいても人々に注目され、まるで腫れ物に触るかの様に接してくる。
挙句の果てには、天使を住まわせる為の神殿まで建てる話しが、持ち上がっていたのである。
人見知りをするは、これではたまったもんじゃ無いと、ビクトール達と相談し、真夜中こっそりと出て来たのだ。
何はともあれ、夜通し馬を走らせ今に至る事となった。
火に薪をくべながらの後ろ姿を、目を細めて優しい目で見詰めているビクトールは、感心しながらボソリと呟いた。
「未だに何か信じられねぇんだよな、が生き返ったなんてよ。
そりゃあ……あのお守りにそう願ったけどよ?
でも本当にあんな奇跡が起きるなんて……」
「珍しい事もあるもんだ、お前が悩むなんてな? フッ……。
まぁ、何でも良いじゃないか!が生き返ってくれたならそれで!」
「……何かちょっと言い方が気になるが……まぁ、そりゃそうだな!ハハハ!」
「…………お主ら、何かいつもと立場が逆になっとるぞ?
珍しい事もあるもんじゃな、フッ」
二人が笑い合っているのを見て、少し呆れた様に突っ込みを入れる星辰剣だったが、彼もが生き返って嬉しかったのか、思わずつられて笑っているのであった。
その頃、話題の中心人物はと言うと……何やら川を覗き込んで、じ~っ とそこに映る自分の姿を見詰めていた。
緩やかな川の流れに微かに映る自分の姿は、別人と言ってよい程であった。
【 …………ホント、何だか別の人みたい…… 】
『すっかり格好が変わちゃったけど、あの紋章が無かったら私、今頃死んでたのよね……』
無意識に服の上から、胸の紋章に触れる。
そして、紋章を宿したあの時のレックナートの言葉を思い出した。
(……この紋章は“ 希望 ”という名の紋章ですが、誰もが望むものであるが為に、
それを求める者達の間で争いが起こり、今までその名にそぐわない結果になっております。
まるで“ 呪い ”の様な悲しみを繰り返す、運命の輪の様に……)
(確かにこの道は、いばらの道かもしれません……。
ですが、この道の果てには必ず明るい未来があります。
それが、目しいた私の目には見えるのです、……)
『レックナートさん……。
そうよね。何が出来るか今は分からないけど、元の世界に帰れるその日まで、精一杯とちょっと、がんばってみよう……。
お父さん……、お母さん……、お兄ちゃん。それまで待ってて…………』
は新たな想いを胸に、空を見上げた。 林の木々の間から見える青い空。
草原から吹く爽やかな風を胸一杯に吸い込むと、体中に心地良いエネルギーが溢れてくる。
そして……自分はこの世界に生かされている存在なのだと感じ、感謝をするであった。
【 よぉ―ーし! それじゃあいつもの様に気合を入れてがんばろっと♪
1 ・ 2 ・ 3 ・ ダ ―――――ッ!!! 】
……と、いつもの様に気合を入れようと、腕を振り上げ立ち上がったその瞬間。
川辺の石から、いきなり滑り落ちてしまい、見事に水にハマってしまったのだった。
「きゃあ――――ッ!!!」
ドボン! という豪快な音と共にの悲鳴が聞こえ、それに驚いたフリック達が駆け付けた時、目の前には全身ずぶ濡れのが腰まで水に浸かり、恥かしそうに真っ赤な顔をして座り込んでいた。
呆れる二人と+1。
「………………何やってんだ、?」
「あは……、あはははは!」
その後、別の服に着替えたは、まだ乾ききっていない髪をフェイスタオルで拭きながら、焚き火にあたっていた。
「ほら、これでも飲んで体を温めろよ」
「あ……ありがとう」
フリックからスープを受け取ると、さっきの事でまだ少し恥かしさが残っているのか、まだ顔が赤い。
その後、遅めの朝食を取りながら、ビクトールがに話し掛けてきた。
「なあ、ちょっといいか?」
「はい?」
「ずっと聞こうと思ってたんだが、お前さん、その……何で生き返れたんだ?
星辰剣の言う事にゃ、あの遺跡にあった紋章が宿ったからだって言ってたが、それ、本当なのか?
あの後、ゴタゴタ続きで聞けるヒマ無かったし……」
「そうだよな。いきなり離されて、話す間も無かったからな」
は二人の言葉を聞いてコクリと頷いた。
あの村を出る前に三人には言葉が分かると言っているので、今も普通に話し掛けられていた様だ。
【 えっと……星辰剣さんの言う通り、私には『希望の紋章』が宿っています。
あの時…… 】
は紋章を宿した経緯、そして、自分の覚えている限りの事だけを、ゆっくりと説明した。
それと言うのも、実は紋章を宿した時の事は今一つ覚えて無かったからだ。
レックナートやルルドとのやり取りはちゃんと覚えているのだが、改めて思い返してみても紋章を宿した瞬間の事……頭の中に流れ込んで来た記憶が一体何だったのか、霧がかかった様に思い出せずにいた。
心に引っ掛かりを感じてはいたが、思い出せないのなら仕方が無いと、はそれ以降悩む事を止めている様である。
の説明の中で、レックナートの名が出て来た時、三人は驚いて互いの顔を見合わせた。
それもそのハズ。 三人は以前いた解放軍でも、そのレックナートと関わっていたのだ。
「そうか……お主も会ったのか。
なれば、お主がその紋章を宿す……と言う事は、何か深い意味が有るのかもしれんな」
歴史のバランスの執行者レックナート。その彼女が関わるという事は、に関係した何か重要な事が、起きるのでは?
そう考えた三人は、事の重大さに息を飲むのだった。
そんな深刻な話しをしている中、星辰剣は以前から疑問に思っている事をに聞いてみた。
「…………それはそうと、以前からお主に聞きたかったのだが……」
【 何ですか? 】
「お主のその姿……それに発しているその“ 気 ”。
どれをみても精霊“ ”と全く同じなのだが、それがなぜなのか分かるか?」
【 ……?? 】
「おっと!そうじゃった、まだお主にはちゃんと説明しとらんかったな?
ワシらはここへ来る前、南のトラン共和国で解放戦争に参加していた……
そこまでは説明しとったな?
そこでは“ トランの天使 ”と呼ばれた精霊がおったのじゃ。
その精霊と、今の紋章を宿したお主が全く同じ人物なのじゃよ、信じられん事にな」
【 え!? 私とその精霊さんが!?
た……確かに私の名前は・です。
でも……紋章を宿したのは、ついさっきですよ?
う~ん、時間が合わないですね……。
あ!もしかしてそれってルルドさんの事じゃあ? 】
「……いや、それは無い。 姿は似ておったが、“ 気 ”が違うのでな。」
「おい、おい! 何話してんのかオレ達にも説明してくれよ!」
星辰剣はの言葉を通訳した後、この問題に改めて考え込む四人。
う~ん 、と唸りながら考え込む中、フリックが何かを思い付いたのか、ポン!と手を打った。
「あ!もしかして精霊だったがとして生まれ変わって来たんじゃないのか?
人として生まれて来る代償に、以前の記憶が無くなったとか……」
【 ええっ!?
でも……フリックさん達がそのさんと一緒の時、私、自分の世界で普通に生活してましたけど……? 】
「……は違うと言っておるぞ? その時期は自分の世界でちゃんと生活していたらしい」
「そ、そこは……ほら!
不思議な力で魂だけこの世界に来ていたとか……そんなんじゃないのか?」
【 ええっ!? 不思議な力ぁ?? 】
は思わずフリックの言葉に耳を疑った。
目の前の大人の青年が、真面目な顔をしていきなりそんな事を言ったからだ。
呆気に取られた顔でフリックを見ていただが、何かに気付きハッ! とする。
『ハッ!……もしかして、これは関西で言う所の“ ボケ ”ってモノなのかしら??』
――― その時、なぜか幼い頃に聞いた優しい父の言葉が思い出された ―――
『…………いいかい?
関西にはちょっと変わった風習があってね、“ お笑い ”というモノがあるらしいんだ』
『“ お笑い ”……??』
『そう、父さんは外国暮らしが長かったんで、よく分からないんだが……
何でも“ ボケ ”には必ず“ ツッコミ ”を入れるのが礼儀なんだそうだよ?』
『ふう~ん。そっかぁ、よくわかんないけど気を付けないといけないんだね?』
『ははは、がんばって上手な“ ツッコミ ”が入れれるステキなレディになっておくれ、』
『うん!私、がんばるね、おとうさん!』
微笑み合う親子。そんな(ちょっと変わった?)懐かしい出来事を思い出す。
常識を知る者が近くにいたなら、
「おいおい!そりゃぁちょっと……っていうか、かなり間違ってるぞアンタら!」
と注意してくれただろうが、残念な事に、そんな親切な人はいなかった様だ……。
なので、実際間違っているとはいえ、大好きな父の言う事だったので、幼い少女は疑う事無く心に刻みつけてしまったのだった……。(合掌)
『……この世界にも“ お笑い ”があるのかもしれないし、
やっぱり“ ボケ ”には“ ツッコミ ”を入れるのが礼儀なのよね?
分かったわ、お父さん!私……やってみるね!! そっ、それじゃあ……』
そんなバカなぁ★と、少し遠慮がちに裏拳付きツッコミを入れようと構えた時、もう一人の大人の男が感心した様に、同意の言葉を発したのだ。
「おっと!きっとそいつだ!!魔法か何かの力だよな、きっと!!
フリック、お前頭冴えてるぜ♪」
【 ……………… 】
笑いながら相棒の背中をバンバン叩いている男を見ながら、は行き場の失った片手を中途半端に上げていた。
これも“ ボケ ”なのかもと考えるが、この後どう突っ込めば良いのか分からず、目が点になってしまっている。
だが、そんなに追い討ちを掛ける様に、星辰剣も真面目な顔で答えたのだった。
「うむ……そうか!それならば説明が付く」
『あ、あなたもですかぁッ!!??』
真の紋章の化身である星辰剣でさえも"不思議な力"や、“ 魔法 ”の非現実的な言葉でこの問題を片付けようとしている。
不思議な事や、奇跡等、滅多に起きない世界から来た少女にとって、この考えに慣れるにはかなり柔軟性が必要になりそうだと、深い溜息を吐くのだった……。
『ごめんなさい、お父さん……。
私まだステキなレディに、なれそうにはありません…………』
結局、いくら考えてもフリックの言った説以外に、納得の出来る答えは見付からず、元々深く考えるのが苦手な剣士達は“ が生まれ変わってになった ”説を支持する事にした様だ。
『星辰剣さんは違うって言ってるけど、やっぱりその“ トランの天使 ”って、ルルドさんじゃないかな?
でもちゃんと分かるまで、仕方ないからその説でいくしか無いわね……
私なんかが天使だなんてずうずうしい感じがするけど……』
そんなやり取りが済んで朝食を食べた一行は、今夜の宿を見付ける為、次の村へと出発した。
運動音痴の為、まだまだ一人では馬に乗れないは、フリックと一緒の馬に乗せてもらっていた。
だが彼女は道中、言葉を覚える練習も怠らなかった。
星辰剣がとうとう根を上げるまで何度も繰り返し、言葉を覚えようとしていた。
「す……すまん……、少し休ませてくれ……」
【 ご、ごめんなさい!私ったら、つい夢中になって…… 】
星辰剣を休ます為ビクトールの元に渡した後、フリックはひたすら前向きに努力している少女を見て、好感を覚えていた。
『何に対しても一生懸命な所は、精霊の時と変わってない……あの時の君のままだ……』
どういう形にしろ、目の前の少女が生き返ってくれて、本当に嬉しく思っている自分がいる。
あの時……が息を引取った時。フリックは今まで感じた事が無い程、悲しみに打ちひしがれていた。
それは恋人だったオデッサと重ね合わせて見ていたからだと、その時は思っていた。
―――だが今、改めて思い返してみて、本当にそうだったのか自分でも分からなくなってきている。
もしかしたら、本当は彼女に惹かれていたのでは…………?
そんな考えにフリックは思わず肩をすくめ、苦笑した。
『人の姿で生まれて来る代償に、前の記憶を失った……か……』
トランの時の事を覚えていない……その事に切なさを感じるフリック。
だが、あれだけ自分を励まし、気に掛けてくれていた“ トランの天使 ”は今、自分の目の前にいるのだ。
……ならば、例え記憶が無くても、あの時の恩を返せる機会がやって来たと思えば、これは喜ぶべき事なのだと、自分に言い聞かせた。
『だけど…………いや、はこの世界の人間じゃない。
いつか……いつかは、自分の世界に帰ってしまうんだよな?
……だったら、それまで何があってもを守って行こう。
それがオレに出来る精一杯の恩返しだ』
フリックが物思いに耽っている時、何気なくの方を見ると、自分の髪を摘まんでジッと見詰めているではないか。
フリックは何をしているのかと聞いてみた。
「ん? どうした、?」
「え? い、いえ……その……考え事デス。
その……私の家……じゃなかった!
世界に帰ったら、お父さん達、この格好見てビックリするかな?って考えてマシタ」
この短時間でここまでしゃべれる様になっていたのかと、感心するフリック。
この調子だとサウスウィンドゥに着く頃には普通に会話出来るだろうと感じていた。
「そ……そうだな、確かに驚くかもしれないが……」
「何言ってんだよ!
そん時ぁその宿している紋章を外しちまえばいいじゃないか?」
フリック達の会話を聞いていたビクトールが、馬を隣に寄せながら口を挟んで来た。
ビクトールがあっさりとそんな事を言うので、驚いている。
「え!?……紋章って取ったり、付けたり出来るんデスか??」
「あったり前だろ、ちょいと大きな街に行けば“ 紋章師 ”ってヤツがいて、
そいつが使える紋章を付けたり外したりしてくれるぜ?」
「オレの右手にも『雷鳴の紋章』を宿してもらってるぜ、ほら。
後は……まぁ、色々あるけど基本的に、火・水・風・土・聖・闇の紋章を宿すのが多いだろうな」
……と、自分の右手の皮手袋を外すと、そこにはアザの様な模様が付いていた。
「す……凄い……!」
ガバッ!フリックの右手を掴んで、まじまじ と見詰めると、その模様が取れるかどうか擦ったりしている。
「…………そんな事しても、取れないんだが……」
フリックはに手を握られて、心なしか赤い顔をしていた様な……。
そんな時、ふと何かに気付いたビクトールが質問してきた。
「……そう言や、紋章宿したって言ってたけど、一体何処に宿したんだ?
見た所、手にも頭にもその紋章の印が付いてないみたいだが……??」
「え? 紋章の印……デスか? ああ!それなら大丈夫、ちゃんとココに付いてマス♪」
ホラ♪と嬉しそうにTシャツの襟を引っ張って、胸元まで下げる。
の白い胸の上には、くっきりと見た事の無い模様が付いていた。
――― だが ―――
「うわあっッ!!!!!」
「えっ!?フリックさん??」
ビクトールには胸の上辺りまでしか見えていなかったのだが、より高い位置にいるフリックにはTシャツの下に着てある
突然の出来事に、(年甲斐も無く)純情な青年には刺激がキツかったのか、驚きの余りバランスを崩して落馬してしまったのだった……。
「ああっ!大丈夫デスか、フリックさん!!」
打ち所が悪かったのか、うつ伏せになって倒れたまま動かないフリック。運の悪さは相変らずの様だ。
「………………何やってんだ? お前……」
その夜、小さな村で宿をとる一行。
慣れない旅のせいか、は食事を済ませた後、早々に隣の部屋で眠っている。
小さな宿屋なので酒場が無く、道具屋で酒を手に入れたビクトールが、嬉しそうに戻って来た。
「へっへっへ♪ いやぁ、ある所にはあるモンだよなぁ!
見てみろよ、カナカンの酒だぜ、ホレ♪」
「へぇ、それは凄いな!」
早速部屋にあるテーブルに着き、上機嫌に飲み始める二人。
「そんじゃぁ、改めてが生き返った祝いだ♪ カンパーイ!」
「ああ、乾杯!」
しばらくしてから、そんな二人に今まで黙っていた星辰剣が話し掛けてきた。
「お前達に話しがある……少し良いか? 実は折り入って頼みたい事があるんじゃ」
「な、何だよ改まって!? ……珍しいな」
「…………で、一体何なんだ?」
「の宿しておる紋章の事じゃ。……以前、途中まで話したと思うが覚えておるか?」
「え? あ、ああ。あの遺跡にいたルルド……とかいう女が宿してたモンだろ?
“ 契り ”がどうのこうのって言ってたよな?」
「そうじゃ。……アレは他の紋章と違い、少々ややこしい仕組みになっとる様じゃ。
本来、真の紋章と言うのは、紋章の意思で宿り主を選び、宿り主本人に力を与えるのじゃが、『希望の紋章』は変わり者でな。
異世界の女を媒介に、“ 契り ”を交わした相手に力を与えるんじゃ」
「……なっ、何でそんな事しただけで“ 力 ”が移るんだ?
たかがそれだけで……ブツブツ」
「何を言うか!
たかが……と言うが、男女の交わりには古来より神秘的な要素が隠されておるのじゃぞ?
あれは元々、互いの“ 気 ”を高め合う行為なのじゃ!」
「お互いの“ 気 ”をね……。ま!違いねぇや!ははははは」
「魂を宿す“ 器 ”を新たに作り出すのに、その“ 気 ”は必要なのじゃろうて。
……なのに、ほとんどの人間は下らん快楽ばかり求めおって、本来の目的を忘れておる!
快楽は言わば、付属に過ぎぬと言うのに……。化身のワシには到底理解出来んがな。フン!」
「……………………」
いきなり始まった“ 星辰剣の性教育講座 ”にホロ酔い気分だったフリックは、酔いから一気に醒めてしまい、星辰剣のそのストレートな物言いにタジタジになっている。
その一方、ビクトールの方は経験豊かなせいか、平然としてその話を興味深そうに聞いていた。
そして今の星辰剣のセリフを聞いて、いきなりバンバンと膝を叩き、豪快に笑い出した。
「はーっはははは! 仕方ねぇだろ?
気持ちいいモンだからみんな子作りに励むんだよ!
人間を作った神さまってヤツぁ、きっとこうなる事を分かってたんだと思うぜ?」
「お……お前なぁ……」
「…………フン! まぁ、それも一つの真理じゃろう。
もし“ 快楽 ”でなく、“ 苦痛 ”ならば今の様に人は増えなんだろうしな。
自分の言っている言葉の意味も分からん熊男じゃが、本能で動いている分、核心を突いている様じゃな」
「…………それってホメてんのか、けなしてんのか分かんねぇよ……」
「まぁ良い、話が随分反れてしまった様じゃが……。
その契りさえ交わせば、紋章の意思に叶わずとも容易く力を手にする事が出来る……。
その為に野望を持つ男共がその女を巡って争いを起こしたのじゃ。
ルルドはそれを憂い、その悲劇の末、命を落としておる……」
「ふーん、何か報われねぇ話しだよな……。
で、星辰剣?お前さんはオレ達に何を言いたいんだ?」
「…………ハッ! まさか!!
もそのルルドと同じ目に遭う……そう言いたいのか!?」
「…………その通りじゃ」
「「 !!!!!!! 」」
「の紋章の事が皆の知られる所となれば、ルルドの二の舞になるは必至。
そうならぬ様、を守って欲しいのじゃ」
星辰剣の言葉に思わず息を飲む二人は、その後黙ってうなづいた。
「“ トランの天使 ”が人間になって、あのの所じゃなく、オレ達の所に現れたって事は、オレ達にも何か意味があるんだろうよ。
その上、レックナートも絡んでるとあっちゃあな……へっ!」
「そうだな、これも縁か……。トランの時に世話になった分、が自分の世界に帰るその時まで守ってやろうぜ? ビクトール」
「ああ、これも乗りかかった船だからな!」
気持ちを新たに決意する二人。
―――だが、それとは反対に星辰剣だけは黙ったまま、深刻な顔をしていた。
それは、先程フリックの“ が自分の世界に帰るまで ”と言う言葉に、何か引っ掛かりを覚えたからであった。
『……昼間見た限りでは、『希望の紋章』の印はの心臓の上に現れておったが、あんなものは初めて見たぞ?本来、真の紋章は右手に宿るものなのだが、あれは一体……?
…………もしや、ワシと同じ化身に!?
もし、そうだとすると二度と元の世界には戻れんかもしれん!は…………』
「おい!何浮かない顔してんだ、星辰剣?」
「ハッ!…………い、いや、何でもない………。少し疲れたので眠らせてもらうぞ」
「あ、ああ……」
『ハッキリとした事が分かるまで、こやつらには黙っておいた方が良いかもしれん……』
微かに湧き上がる不安を感じながら星辰剣は、深い溜息を吐いた後、
いつもの様に目を閉じて眠りにつくのだった…………。