第二章:夢と現実Ⅱ(第3話)
「お――い、香雅美ーっ。そろそろ起きろよー!また寝坊する気かぁ?」
「ん……、え!? あれ?あれれ??」
兄の声に起こされ、気付いた香雅美は勢い良くベットから飛び起きた。
そして、まだぼんやりとしている頭で辺りを見回すと、そこは見慣れた自分の部屋であった。
「…………現実に戻ってる……やっぱり夢だったんだ」
小さく溜息を吐いた後、少し残念そうな顔付きで髪を掻き上げる。
「ちょっとリアルで面白そうな夢だったんだけどな……ま、いっか!」
「香雅美ーっ、今日もコーラス部の朝錬あるんでしょ? 急がなきゃ遅れますよー」
と、次は母の声。
香雅美は慌てて一階のリビングに降りて行く。
「おはよー!」
キッチンでは母が鼻歌を歌い、ブルネットの長い髪を揺らしながら楽しそうに朝食を作っていた。
その母に朝の挨拶であるキスをした後、席に着いている兄にも軽くキスをする。
どうやら佐倉家では、母親がイギリス人のハーフである為、それが朝の日課になっているらしい。
「あれ? お父さんは?」
「ああ、父さんなら昨日遅くまで曲作りしてたから、まだ寝てるよ」
「ふぅーん、そっか。いつも大変だねお父さん」
香雅美の父はピアニストで、作曲も手掛けている。
ある海外遠征の折り、バイオリニストの母と知り合い、結婚したそうだ。
両親が音楽に精通している事もあり、香雅美も小さな頃から自然に音楽に感心を示し、今では高校のコーラス部のソロパートを勤める程にまでなっていた。
「それより……ねえ、聞いてよお兄ちゃん! 私ね、昨日、すっごい夢見たんだよ♪」
「夢?」
兄の向かいの席に座りかけた香雅美は、興奮した様にまた立ち上がり詰め寄った。
兄は持っていたパンを口に放り込みながら、少し驚いた様に香雅美を見ている。
「あのね♪私達家族でアウトドアに行くの!
その途中、吊橋で不思議な女の人と出遭って、突然その吊橋に雷が落ちるの。
当然私は真っ逆さまに川に落ちちゃって流されるんだけど、そこから何と!
別の世界……お兄ちゃんがよく読んでるファンタジー小説みたいに『異世界』に行っちゃったのよ!!」
「…………何か、『〇家の紋章』みたいだな……」
「あれは古代でしょ!? 私のは違うもん!!」
兄の横ヤリに大きく咳払いをした後、気を取り直して話しを続ける香雅美。
「それでね!流れ着いた場所がこれまた不思議な遺跡の泉で、そこには旅の剣士さん達がパンツ一丁で……っと、この部分は飛ばして!!
……とにかく二人の剣士さんと出遭ったの!」
「ふ~ん、それで?」
「一人は熊みたいに大きくって、
〇ーノルド・シュワルツェ・ネガーみたいな体格のビクトールさんって言う剣士さんで。
もう一人は、フリックさんって言うの。
青い格好をしてて、アイドルみたいにカッコ良くって 優しい人なの♪
背だってお兄ちゃんより5・6cmぐらい高かったかな?」
「はぁ? オレだって180cmあるのに、デカいヤツだな……」
「後、『星辰剣』さんって言う生きてる剣があって。 えーっと、何だったかなぁ?
……あ!『夜の紋章』の化身だって言ってた!」
「『星辰剣』? 何か修学旅行の土産物屋に売ってそうな名前……」
「それは『精神剣』って木刀でしょ!!」
香雅美はさり気なく突っ込みを入れた。
そんな微笑ましい(?)やり取りの後、母がクスクス笑いながら朝食を運んで来た。
「なあに?二人で楽しそうにお話しして?
そのフリックさんって香雅美のボーイフレンドなの?」
いきなり突拍子も無い事を言われ、目を丸くすると慌てて手を顔の前でブンブンと横に振り、母の言葉を否定した。
「え?ボーイフレンドぉ!? ち、違う!違うーっ!!
こ、これは夢の話しなんだってば!!」
【 ………夢の話しなんだってば!! 】
『え……………??』
そうつぶやいた時、口に重い感覚がしてふと、目が覚める。
【 ……あれ?…………お兄……ちゃん?? 】
目を開けると今までいたハズの兄や母の姿は無く、代わりに石畳の地面が目に映っていたのだった。
【 …………………えっと……ここは……? 】
まだハッキリとしない頭で辺りを見回すと、昨夜見ていた夢の場所に戻って来ている事に気付く。
【 …………………まだ夢の中……なのかなぁ……?それにしても長い夢ね…… 】
二人の剣士達はどうやら出掛けているらしく、彼らの荷物だけが焚き火跡近くに置いていた。
それを見た香雅美は置いて行かれたのでは無い事が分かり、少し安心すると取り合えず自分の出来る事を考えた。
『そうね……まず、着替えなきゃね。
昨日借りたこのマントもちゃんと返せる様にして……っと』
香雅美は大きく伸びをした後、フリックと言う人に借りた青いマントの砂を払い、それを畳むと自分の荷物の上に置いてあった服に着替えた。
スニーカーにジーンズ、チェックのカッターシャツの中に黒のTシャツを着込む。
最後に腰には色々と小物を入れたポシェットを装備して、着替え終了!
背中まであるロングの髪を、邪魔にならない様後ろに束ね、用意が整った頃には二人が帰って来た様だ。
それぞれの手には木の実を抱えており、どうやらこの遺跡の周りを探索していたついでに見付けてきたらしい。
「お!起きたのか?香雅美」
「遺跡の周りに丁度、食えそうなモンがあったから採って来たぜ。
早速メシにしようや香雅美!」
二人共、自分の名前を呼んでくれているのが分かり、慌てて朝の挨拶をする香雅美。
【 お……おはようございます!ビクトールさん!フリックさん! 】
親しい間柄なら、『おはようのキス★』をするのが日課なのだが……なにせ女子校育ちの香雅美である。
男性恐怖症……とまではいかないが、余り免疫が無い様で、まだまだぎこちなく言葉を交していた。
深々と頭を下げるその様子を見て、少し苦笑しながらフリックは食べるジェスチャーを香雅美に見せた。
【 ……あ! 朝食ですね? えーっと……それじゃ私、水でも汲んで来ます! 】
香雅美の方は昨日使っていたポットを指差し、水を汲むジェスチャーを見せた後、早速泉へと向かって行った。
「何も出ないと思うが、気を付けろよー! 香雅美」
―――少し離れた場所の泉まで到着した香雅美は、急いで水を汲みビクトール達の所に戻ろうとした。
だが……人の気配に何気なくフッと見上げると、泉の向こう側に白いドレスを身に纏った銀色の髪の女性が、自分を見ているのに気が付いた。
【 あれ? ……あなたはあの時の…… 】
自分を見詰める、その深いエメラルドグリーンの瞳には見覚えがあった。
それはあの吊橋の上で出遭った女性だったのだ。
その美しい顔はあの時と同じく悲し気で、香雅美に何かを訴え様としている……
そんな表情であった。
居たたまれなくなった香雅美は思わず、心配そうに女性に近づいた。
【 あの……あなたは一体誰なんですか?
何か悲しそうですけど大丈夫……ですか? 】
だが、その女性はまるで香雅美を誘う様に何度も振り返りながら、遺跡の奥へと移動した。
【 あっ! 待って下さい! 】
手に持っていたポットをその場に置き、ビクトール達が待っている事も忘れ、女性の後を追い駆けて行った。
『なぜなんだろ…?とっても気になる……』
―――その頃、ビクトール達はいつまで経っても帰って来ない香雅美を心配していた。
「……いくら何でも帰って来るの遅くねェか?フリック」
「……本当だな。すぐそこまで水汲みに行っただけなんだが……?
オレ、ちょっと見て来る……」
と、フリックが腰を上げた時、遺跡の入り口方面から人の気配を感じ、振り向く二人。
動きを止めた二人が五感を研ぎ澄ませていると、遠くから多勢の者達がこちらにやって来る気配を感じ取った。
「「 !? 」」
その瞬間、戦士の勘が働き、咄嗟に自分達と香雅美の荷物を木々の間に放り投げ、焚き火の火を砂で素早く消し、自分達も草むらへと身を潜めた。
息を殺しながら二人は近づいて来た者達の様子を伺うと、大剣や様々な武器を身に付け、砂漠の民特有のターバンに厚地のマントを身に纏っているのを確認する。
その物々しい様子から只の通り縋りの者達で無い事は明白であった。
小さく舌打ちをするビクトール。
「チッ!……アイツら、こんな所まで来やがったか!」
どうやら彼らとは一度出遭った事があるらしく、襲われたものの、その時は四・五人程度だったので、難無く返り討ちにしてやったのだ。
……だが、今回はざっと見た限りでも二十人はいる。負けない自信は有るのだが、以前の様にはいかないだろうと考え、隠れてやり過ごす事に決めた様だ。
「危ない橋は、渡らないに越した事は無ェからな……」
気配を消して、草むらに身を隠している二人の目の前に、盗賊達が次々と現れる。
その中の首領らしい男が前に進み出たかと思うと、地面に目を落とすと焚き火の跡を見て、目を細めた。
「……どうやら先程まで人がいた様だな。この遺跡の宝を狙って来た者か?」
そう言うと探る様に辺りを見回す。
思わず二人の間に緊張が走り、見付からない様、出来るだけ息を殺して身を潜めている。
そんな時、盗賊達の中から一際背の高い男が前に進み出て来た。
頭からすっぽりと黒いフードを被り、その両手の甲にはそれぞれ違う紋章が刻まれている。
それを見ても男が魔術師だと言う事が窺えた。
「……さあ。それは分かりませんが、この遺跡の結界が破られているのは確かです。
その者より早く“ 宝 ”を手に入れねば手遅れになりますよ?」
「それは困る!
……だが、今までこの砂漠を住処にしていたが、こんな所にこれ程の遺跡が在るとは知らなかったぞ?
貴様が昨夜、この話を持ち掛けて来るまではな」
「フフ……それはそうでしょう。
先程も言った通り、ここには結界が張られていたのですから並の人間の目に映らなくて当然です」
魔術師の少し人を小馬鹿にした態度に、ムッとする首領。
だが、短く鼻で笑った後、気を取り直した様にニヤリと口元を上げた。
「フン!
……貴様の目的が一体何なのかは知らんが、オレ達はお宝さえ手に入ればそれで良い。
少々、気に食わんヤツだがオレはお前の力だけは買っている。この後も頼んだぞ」
「お任せ下さい、フフフフ……」
首領は怪しげに笑う魔術師を見て少し眉を寄せた後、他の者達に指示を送ると皆を引き連れて遺跡の奥へと姿を消して行ったのだった。
その話を一部始終聞いていた二人は深呼吸した後、お互いの顔を見合わせた。
「……何やら、胡散臭そうな話してやがったよな……」
「ああ……。
結界が張ってたって言ってたが、この遺跡は只の遺跡じゃ無かったみたいだな」
「だからワシが言ってただろうが! ここには只ならぬ“ 気 ”が漂っておると……」
星辰剣の小言が又、始まりそうになったので、それを遮る様に肩をすくめた後、
ビクトールは短く溜息を吐いた。
「……ま!オレ達にゃ、お宝とか関係ねぇしよ。
あいつらが奥に行ってる間に、さっさとこんな物騒な所からおさらばしようぜ?」
「ああ、ややこしい事には首を突っ込まない方が賢明だ」
二人がそう言って素早く荷物をまとめかけた時、怒った様に星辰剣がボソリとつぶやいた。
「………所で貴様ら、あの娘はどうするんじゃ?」
「「 へっ? あの娘?? 」」
互いに顔を見合わせ、たっぷりと数十秒経った後、やっと自分達が何か大事な事を忘れていたのに気付く。
「「 ああ―――っ! 忘れてたぁッッ!!! 」」
そんな危険が迫っているとは全く知らない香雅美は、不思議な女の人を追い駆けて遺跡の奥へと入っていた。
……だが、道は一本しか無かったはずなのに女性の姿は何処にもないのだ。
今、香雅美の目の前には、大きな石の扉がそびえ立っている。
……どうやらここで行き止まりらしい。
【 あれ? あれれ??何処に行ったんだろ?おっかしーなー 】
近くの柱の陰や色々探し回っては見たものの、その姿を見付ける事は出来ず、仕方無しに来た道を戻る事にした。
【 さっきの女の人、絶対あの時の人だよね?色々聞きたかったのに残念だなぁ…… 】
残念そうにトボトボと歩いていると、人の足音や話し声が聞こえ、ハッと前を向く香雅美。
そこにはビクトール達以外の者達が、……それも大勢いたので思わず驚きの声を上げてしまった。
【 あっ!? 】
最初、ここに住んでいる人達なのかと思ってはみたのだが、彼らが放つ嫌な雰囲気を感じ取った香雅美は身を硬くして恐る々る尋ねてみた。
【 だ……誰? 】
男達の方も香雅美を見て最初、腰にある剣に手を当てながら驚いていた。
…だが、相手が女、それも年端も行かぬ少女だと分かるとすぐにそれは豹変し、いやらしい笑いを浮かべる。
「ほぉ……。 先客とは娘、お前だったのか?」
ニヤリと笑いながらジリジリと近づいて来る目の前の男達を見て、本能的に身の危険を感じた香雅美は、数歩後ずさりした後、たまらず一気に逃げ出したのだった。
【 い……いやっ! 】
「待てッ!!」
息を切らしなが石の扉を背に、怯えて立ち尽くしている香雅美。
そんな香雅美にお構い無しに首領らしき男が、湾曲した型の剣をスラリと抜き、ゆっくりと近づいて来た。
【 こ……来ないで! 】
『こ……恐い! この人達一体誰なの!? 大きな剣とか持ってるし……、
もしかして私、殺されちゃうの? ヤダ……こんな恐い夢ヤダ!!
お願い!夢から早く覚めて!!!』
追い詰められた小動物の様に怯えている少女を見て、男は残忍な笑みを浮かべながら香雅美に剣を突き付けた。
【 ひっ……! 】
「何だ、怯えてるのか?ククク……。
こんな砂漠の真ん中まで来れた者なら、このくらい切り抜けられるだろうに。
それとも最近のトレジャーハンターは腰抜けになったか? フッ!」
男の蔑むセリフは言葉の通じない香雅美には当然分かる訳も無く、それが余計に彼女の恐怖心を掻き立てた様だ。
何度も首を振り、やめてくれと泣き喚いている。
【 イヤ! 何言ってるのか分かんない! やめてッ!! 】
最初、トレジャーハンターだと思っていたのだが、自分達の知らない言葉で泣き喚いているだけで何の抵抗もしない少女を見て、どうやら只の旅人らしい事に気付いた。
「フン!異国の娘か……。
さっきからゴチャゴチャと何を言ってるのか訳が分からん!うるさい!喚くな!!」
【 ひっ! 】
男が剣先を喉元に突き付けた時、驚いた拍子に香雅美は扉に埋め込まれていた透明な石に思わず触ってしまった。
【 あっ!! 】
バチッ! と静電気にも似た衝撃を感じた後、石の扉に刻まれていた車輪を模った紋章の様なレリーフが突然、青白い光を放ち出したのだ。
その場にいた者達は驚いて扉に注目している。
「「 !!!!!! 」」
【 !? 】
ゴゴゴゴ……、と地響きを立てながらゆっくりと扉は開いていく。
少しづつ見えて来た扉の向こうは只、闇が広がっているばかりであった……。
――――だがその闇の中、陽炎の様に揺らめく青白い炎が突然現れたのだ。驚く男達。
その炎は次第に人の形へと変化してゆく……。
香雅美や、男達が固唾を飲んで見守る中、それは青味がかった銀の髪の女性の姿に変わっていった。
【 あ……! 】
「 なっ……!? 」
幻想的にほのかに青白く光る女性は、閉じていた瞳をゆっくりと開き、こちらを見詰めた。
その宝石を思わせる様な深いエメラルドグリーンの瞳には、なぜか悲しみの色が満ちていた。
「ぅあ……ああああ――――ッ!!!」
誰かが急に大声を出したので、この場にいた者は皆、ハッと我に返った。
そして声の主の方に注目すると、黒いフードを被った男が奇声を発しながら男達を掻き分け、転がる様に前に進み出て来たのだった。
そして女性の前に来ると、力が抜けた様に膝を着き、全身震わせながら見詰めた。
その顔は恐怖では無く、喜びに満ちた…それでいて何か歪んだ想いが現れていた。
「ル……ルド……。ルルドよ!貴方はルルドなのですね!?」
【 ル……ルド? 】
男のその言葉から察するに、どうやら目の前の女性の事を知る者らしい…。
周りの事等お構い無しに、狂った様に喜びの声を上げていた。
「おお、女神ルルドよ……! やっと……やっと探し当てましたよ!
貴方を探すのにどれだけの時間を費やしたか!
ここなのですね、貴方が眠る場所は!!」
すがる様に震える手を伸ばした男を見て、ルルドと呼ばれた女性は悲しそうに瞳を閉じると、何も語らず、そのままスーッと姿を消してしまったのだった。
「お待ち下さい! ルルドよ! 私の女神よ!!」
「早く香雅美を助けようぜ、ビクトール! あのままじゃ、可哀相だ!」
丁度その頃、少し離れた盗賊達の後方の柱の陰では、ビクトール達が香雅美を助けるチャンスを伺っていた。
焦るフリックをなだめるビクトール。
「まだだ! 今焦るとオレ達まで殺られる。きっとチャンスは来るはずだ!
それまで辛抱しろ、フリック」
「くっ……!」
いつもなら止め役のフリックなのだが、今回ばかりは違う様だ。
どうやら先程の心細そうに泣いている姿を見て、不憫に思ったらしい……。
「…………それにしても今のは驚いたぜ。なあ? ありゃ一体何だったんだ?亡霊か!?」
「……分からん。だが、アイツがルルドと呼んでいたあの女……、
どことなくサクラに似てないか?」
「……そー言やそうだな。
遠目でハッキリとは分かんねぇけど、あの青味がかった銀髪といい、目の色といい……」
「もしかしたら…………」
ビクトールとフリックがそんなやり取りをしている最中、その前方では盗賊の頭領の大声が響いていた。
「おい、貴様ぁ! どういう事だ!?
貴様の言っていた宝は本当に在るのか!?
ルルドとか女神とか訳の分からん事をほざきおって、
もしオレ達を騙したのなら、タダでは済まんと思え!!!」
座りこんでいた男の胸倉を掴み、凄んで見せている。
……だが、男の方は先程うろたえていた姿とは打って変わり、平然としたいつもの表情に戻っていた。
「心配無用ですよ。
貴方達、下賤な人間が満足する位の物ならここにありますから」
「何だとぉ!?」
男の蔑んだ言葉と嘲笑に、思わず剣を振り上げる首領。
……しかし、それは叶わなかった。
男の後ろに広がっている暗闇の中でボッ!という音と共に次々と壁に掛かっていたランプの明かりが点き出したのだ。
それだけでも驚く事なのだが、それ以上に彼らの目を釘付けにしたのはある物であった。
なんと、その明かりの下には、広い部屋に所狭しと金銀財宝が飾られていたのだ。
「こ……これは……」
今まで見たことの無い程の財宝の量を見て呆然としてしまい、男を掴んでいた手を思わず離す首領。
他の盗賊達も最初、信じられない様に見詰めていたが、次第にこれが現実だと分かり、口々に喜びの声を上げた。
「た……宝だ!」
「お宝だぁッ!!」
「すっ……凄ェ! ありゃあ金で作った女神像だぜ!!」
「あれなんか見ろよ! 銀の木の枝に宝石の実がなってやがる!!」
「イヤッホ―――ッ!!!」
大喜びの盗賊達は首領も含め、皆、目の色を変えて我先にと財宝に飛びついている。
その姿を見て冷たく笑う男は、意味有り気な言葉を残し、そのまま奥へと消えて行った……。
「所詮、人間とは下らぬ生き物ですね……。
本当の“ 宝 ”はこの奥に隠されていると言うのに。ククク……」
一方、香雅美の方というと、入り口の開け放たれた扉にもたれ呆然と立ち尽くしていた。
どうやら、目の前に広がる見た事も無い沢山の財宝に釘付けになっている様だ。
【 す……凄い、こんなに沢山の宝物って、私初めて見た……! 】
財宝に目を奪われていたのは何も香雅美だけでは無く、ビクトール達も同じであった。
「す……凄ェ……あの扉の向こうにゃ、こんなに凄ェ宝があったなんてよ!」
「本当だ……。凄いな……」
「………貴様ら、何を感心しておる!カガミはどうした!カガミは!」
星辰剣の言葉でハッ!と我に返る二人。
「おっと悪ィ……そうだったぜ!!」
「今なら、アイツらもお宝に夢中になってる様だし、チャンスだぞビクトール!」
笑ってごまかすビクトールは盗賊達の様子を伺いながら、出来るだけ目立たぬ様、急いで駆け出すのだった。
「……ったく、人間という物はあんな下らん光る石のどこが良いのか、気が知れんわ!
だが……」
ブツブツと文句を言った後、ふと、眉間にシワを寄せる星辰剣。
何やら腑に落ちない事があるらしい。
『……あの男、一体何者なのだ?ルルドの事を知っている様じゃったが……。
それに只ならぬ妙な“ 気 ”を発しておる。
あれは“ 闇 ”に属する者、特有の“ 気 ”であった……。もしや……』
少しの間呆けていた香雅美も、しばらくすると我に返り、ふと自分の置かれている状況に気が付いた。
『あ……!そうだった、逃げるの忘れてた!
あの人達、宝に夢中みたいだし、今なら逃げ出せるかもしれない……
よし!実行あるのみよ!』
そう決めた後、気付かれない様、こっそり逃げ出そうと後ずさる香雅美。
だが、数歩下がった所で何かに当たる。
【 へ……? ………あっ!! 】
何に当たったのか確認しようと振り向いた香雅美はそれを見て、思わず驚きの声を上げそうになってしまった。
「シ――――ッ!」
そこにはなんとフリック達がいて、静かにする様、身を屈めて口元に指を当てていた。
香雅美の驚き声はフリックが口を塞いでくれたお陰で、何とか漏れずにすんだ様だ。
嬉しそうな囁き声で話す香雅美。
【 フ……フリックさん!
ビクトールさん……それに星辰剣さんも来てくれたんですか!? 】
相変わらず言葉は通じなかったが、香雅美の心底ホッとした顔を見て、フリックは彼女が安心してくれたのだと分かった。
「遅くなってすまない、カガミ。大丈夫だったか?」
自分の頭を撫でながら、申し訳無さそうにしているフリックを見て、香雅美の方も彼が心配してくれていたのだと感じていた。
【 え? あ、あの!心配させちゃってゴメンなさい!
わ、私は大丈夫ですから!だから、その…… 】
あたふたと赤い顔をしながら慌てている香雅美。まだ、男性に慣れていない様だ。
そんな二人のやり取りを呆れ顔で見ていたビクトールは肩を竦めている。
「…………何、二人でやってんだ? イチャつくヒマがあったら、さっさと逃げようぜ!」
「なっ……!? イチャつくって、お前……!!」
ビクトールの問題発言に抗議しようとするが、すかさず星辰剣に遮られてしまった。
【 そうじゃ!今はそれどころでは無い!
こんなややこしい所からさっさと退散するぞ、カガミ 】
【 は……はい! 】
大きくうなづいた香雅美は、慌ててビクトール達が手招きする後をついて行こうと、足音を忍ばせて駆け出した。
――――――だが……
「何処に行くつもりです?」
【 え……? 】
誰もいないと思っていた背後からいきなり声を掛けられ、驚いて振り向く香雅美。
振り向くと同時に腕を掴まれ、アッと言う間に後ろへと引き込まれる。
【 きゃああっ!!! 】
「「 !? 」」
香雅美の悲鳴を聞いて、慌てて後ろを振り向くビクトール達。
そこには何と、先程の魔術師が立っていたのだ。
男は薄笑いを浮かべながら、苦しそうにもがく香雅美の首と手首を後ろから掴んでその体を持ち上げていた。
「「 カガミ!!! 」」
「ククク……残念でしたね。この娘は渡せませんよ?」
*******後書き*********
第三話、やっと仕上がりました!
出来れば週に一話書ける様がんばりたいです!(あくまでも、目標ですが……)
今回はオリキャラばかりが目立っております、すみません……(汗)
それと、私の中ではフリックは185cmぐらいで、ビクトールは190cmぐらいだと思ってます
(私の脳内だけですけどネ!)
>20040901
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