〇伍【 聴取≠尋問 】
「――どこで政宗様と会った?」「え、ええと……
山賊に捕まってたところを、救助――た、助けてもらいました」
後ろから尋ねられてるだけのはずなのに、この威圧感でどういう事!?
そう内心冷や汗だらだらな私こと は今現在、馬上にいたりする。
ただ、生まれて此の方乗馬に縁がなかった私に乗馬能力などあるはずもなく、もちろん相乗りである。
相手は厳つい顔に頬傷を持つ極道風の男――片倉 小十郎。
それまで遠巻きやら、すれ違った程度だったので分からなかったけれど……その眼光と威圧感は眼帯こと伊達 政宗の比じゃない。本気で怖い……!!
彼の事は道中にリーゼント頭の良直さんや、小太りの孫兵衛さん、メガネの左馬助さんやマスクをした文七郎さんたちに少し教えてもらった。
何でもあの眼帯の“右目”と呼ばれるほど信頼されている人であるらしく、その剣術も凄くて眼帯の師匠も務めたのだとか。
そんな凄い人なのか、と私が感心する頃には彼らが乗ってきたらしい馬が繋がれているところまで来ていた。
どうやら第一の
滅多に見ることの出来ない馬に目を輝かせていれば、突然『おい』と小十郎さんに呼ばれた。
『あんたは俺と一緒だ』
そう突然宣告され、同時に道中で完全に仲良くなった良直さんたちに肩を叩かれた。
『え……えっ?』
何事? と彼らを見た時の――同情の眼差しの意味が、今ならよくわかる。
小十郎さんの声音はたぶん平常なのだろうが、背後から突き刺さる視線は『いつでも湾口に沈めれるぞゴラ』と射殺す勢いであり、本当に一つ質問を間違えただけでも人生が終わりそうだ。
最初は初の乗馬で牧場気分であった私も、数分前から始まった事情聴取――と言うか尋問コーナーにより、いつ終わるかもわからない我が身を守るのに必死で、景色を眺める暇もなくなった。
『君の名は?』みたいな自己紹介から始まった質問も、とうとう眼帯と打ち合わせた部分に突入だ。
そして眼帯が事前に打ち合わせてきた理由も理解できた。
小十郎さんの鋭い眼孔が、少し前にいる眼帯にも時折向けられていたからだ。
あいつ……あの打ち合わせは自分のためだったんじゃないか?
「――何で捕まっていた?」
「ひっ!!」
穏やかだった少し前の回想と、眼帯と小十郎さんの関係を考えることで現実逃避しようとしていた私は、張りのある低音に大きく肩を震わせてしまった。
慌てて取り繕うように振り返って「それは!」と口を開く。
「え、えっと、このふ……き、着物が珍しいとかで、その……
ああ、いやでも!
これは両親にもらった大切なもので意地張ったら捕まっちゃった~★
な、なんて……」
「……」
お願いですから無言で
『あ』でも良いから何か相槌下さいお願いだから!!
振り向いてしまったのがいけなかった。どうして振り返ったよ私……
無言で視線だけを寄越す小十郎さんをじっと見返しながら、これが『蛇に睨まれたカエル』なのだろうか、などと涙を流さないために現実逃避をしかけていた。
「「……」」
まだ続くのかこの無言。
え、まさか何か変な回答しちゃったのか自分!?
山賊に捕まった云々はたしかにウソだけど、制服は両親のお金で買ったからプレゼントではなかったとしても、
「――やは」
「は、はいぃッ!?」
自分の発言の矛盾点を洗い出していた所為で、上手く聞き取れなかった。
慌てて逸らしかけていた視線を上ずった声と共に戻せば、物凄く呆れられたような視線を向けられた。
「……あんた、親はいないのか?」
「い、いやいます! 元気でやってます!!
ちゃんといるんですけど、その……! 今は海の向こうに行ってて……
ええと、その……叔母が、いたんです、けど……」
今はいないです。と続けようと思ったのだが眼光にとうとう負け、濁しながら前を向いてしまった。声まで若干震えさせてしまった根性の無い私をどうか許して欲しい……
説明も物凄く中途半端になってしまったが、小十郎さんは「そうか」と頷いたため、一応は伝わったらしい。
うん。これで、眼帯から貰ったネタは尽きたな!
もしここから何かを聞かれるのならば、この先は我が知識をフル動員して
って、待てよ私。聞かれるから余計に怖いんじゃないか!?
ならこっちから話しかけて質問させないようにすればいいんじゃないか!?
ナイスアイディア! ――と内心喜んだ私は、すぐに絶望した。
話題が、ない。
いやいやいや! ウソだろ私ぃいい!!!
考えろ! 考えるんだ! 何かあるはずだ私!!
良直さんたちに聞いた話の中にきっと――ってあの人たち、眼帯をヨイショするようなこと八割で話してた気がするガッデム!!!
何か! 何かないのか!? と必死に頭を悩ませるが、あと残っているとするなら、この馬と頂いたおにぎりくらいしかない。早くしないと次の質問が――
『それは片倉様が――』
「あ!!!!」
ふっと思い出したことに、思わず大声が出た。
そうだ! これがあった!
と、話題を再び忘れないうちに言おうと小十郎さんを振り返った。
あまりにも勢いよく振り返ったからか、若干小十郎さんが驚いた顔をしていた。
「沢庵、美味しかったです!!」
ごちそうさまでした! と言い切り、満足した私は一呼吸置いて固まった。
って、なんでそこで終了させてんだよ私ぃいいいいい!!!!
ここからだろ!? ここから大根の栽培方法とか、沢庵の作り方だとか、なんか話題の広げ方あっただろうがあああああ!!!
内心で転げまわる私に対し、小十郎さんは呆気に取られていたらしく、
「……たくあん?」
と少ししてから聞き返してきた。
「え、あれって片倉様が作ったんですよ、ね……?」
そう聞きましたけど。え、まさか間違ってたとか!?
思わぬ反応に私は首を傾げ、すぐに顔を青ざめさせた。
固まっていた小十郎さんだったが、すぐに「あ、ああ」と我に返ったようだ。
若干、雰囲気も柔らかくなった気がした。
「そうだな……食べたのか?」
「はい! 凄く美味しかったです!!」
何度も頷いていれば、我が腹も同意するかのようにぐーとなった。
食べてまだ一時間も経っていないというのに、もう次を訴えてくる現金な腹に、私の顔が徐々に熱くなるのを感じた。
「あ、いや……えっと、その、あのおにぎり、とても美味しかったんで……
それにあれが、ここに来て最初のご飯だったんで――」
今日、一日の。
そう言い切る前に、後ろから「筆頭! 片倉様!」と声が上がった。
え、とその声量に驚いていればすぐに後ろにいたはずの孫兵衛さんが馬を寄せてきた。その表情はとても辛そうだ。
「お、オレ……っ
先に村に行って、
そう言うや否や、孫兵衛さんは馬を走らせて行ってしまった。
今日はこの先の村で泊まるらしく、先行して左馬助さんと文七郎さんが交渉しに行っている。きっと彼らに合流するつもりなのだろうが……一体どうしたというのだろうか。
「ちくしょう、もっと持ってくりゃ良かったぜ……!」
小十郎さんの後ろを馬で歩く良直さんが、そう呟いたのも聞こえた。
その姿は体格の良い小十郎さんに隠れて見えないけれど、その声だけでもかなり悔しそうなのはわかる。
しかし、話の内容は全くわからない。
孫兵衛さん、もしかしておなか減ってたんだろうか。
もしそうだったのなら、あのおにぎり貰ってしまった身として大変申し訳ない事をしてしまった事になるのだが……
「えっと……孫兵衛さん、どうかしたんですか?」
「……いや、あんたは気にしなくていい」
確認のために小十郎さんに尋ねれば、何とも言えない沈痛な面持ちで頭を振られてしまった。
言及する勇気もない私は腑に落ちないまま、前に視線を戻し――眼帯の背が震えていることに気づいた。
は? なんで震えて――って、あれは笑っているのか??
よくわからない様子の面々に私はしきりに首を傾げた。
その疑問を掻き消すように、背後で小十郎さんが長く息を吐いた。
「、だったか。……変に睨んで、悪かったな」
「えっ……わっ」
そう言い、小十郎さんは眼帯の比じゃないほど優しく、私の頭を撫でた。
その撫で方と感じた雰囲気に私は小さく驚き、そしてふと既視感を感じた。
はっと小十郎さんを振り返れば、「どうした?」と尋ねられる。
「……お父さん」
「は?」
驚いたような小十郎さんの声に、私は自分が何を言ったのか理解して、一気に顔が赤くなったのを感じた。
「す、すみません! えっと、ちょっと懐かしくて……その!」
昨日丁度会話したからだろうか。その温かさを思わず重ねてしまったようだ。
もしかしたら異郷の地に放り込まれた不安が、今になって少しだけ出てしまったのかもしれない。
言及を避けるために姿勢を正そうとした私は視線を逸らしかけて、その途中で止まった。
あれ? あそこで木の枝を飛び移ってるのって……さっきの――
「!!」
「へあ!? な、なんですか!?」
突然怒ったように小十郎さんから呼ばれ、私は飛び上がりかけながら慌てて振り返った。
振り返れば咎めるように睨まれ、怒られたような気分になってしまった。
え、私、何かちゃいました!?
「え、あ、あの……なんか、ごめんなさい……?」
眼光に負けて、意味も分からず謝ってしまった。
何で急に怒られ――ハッ! さっきの『お父さん』発言か!!
「……あんた、馬は初めてなのか?」
「――うへぃ!? へっ!?
う、馬?? あ、え、えっと……は、はい……?」
ようやく思い当たったというのに、きちんと謝罪する前に話題を急カーブで変えられてしまった。
「見たことは何度かありますけど、こうやって乗るのは初めて……です」
何故急に馬? え、そんなに興奮してたのか私??
よくわからないままそう答えれば、小十郎さんは「そうか」と頷き、再び私の頭を撫でてきた。
「え、えっと……?」
小十郎さんに頭を撫でられるのは嫌ではないが、会話の脈絡がよくわからない。
「そういえば、さっき言っていた沢庵だが――」
そして小十郎さんから再び話を切り出されたかと思えば、今度は馬から沢庵に逆戻りである。訳が分からない。
けれど『どうして急に』と訊くこともできない私は、とりあえず小十郎さんから振られるままに、ぎこちない会話を続けたのだった。
――そうこうしているうちに周囲は山から田畑に代わり、私は『一人で下りなくて良かったかも』と思ってしまった。
それほどまでに、見えた景色は私の知っている“日本”とはかけ離れていた。
生活の基盤である“電柱”なんてものは何処にも立っていなくて。
きっとこの地中にも水道管やらガス管は通っていないのだろう。遮蔽物のない平地はとても見晴らしが良い。
見える家も、私が知っている“古さ”を超える作りで、けれどもそれが“普通”として人々を雨風から守っている。
田畑の作業に出ている人たちの服装も、簡素な着物であり――何人かが私を見て不思議そうにしているのが見えた。
……あの眼帯の言っていた通り、私の服装が“変”と言う事なのだろう。
自分一人だけが放り出されたような――というか正にそうなのだが――途方もない孤独感を薄っすらと感じていた私を乗せた馬が村に到着したのは、日が傾きかけてきた頃だった。
村に着いた一行を――と、言うよりも私を熱烈に歓迎したのは、先行して村に留まっていた孫兵衛さんと左馬助さんだった。
見れば共に村についた良直さんと、村からの返答を伝えるために一度合流した文七郎さんも、みな何故か目元が赤くなっていた。
前半は『仁義なき尋問コーナー』で生きた心地がしなかったが、後半は本当にただ馬にゆっくりと揺られて、小十郎さんと会話を楽しんで(?)いたようなものだった。
内容は天気の話だったり畑の話だったりと脈絡はなかったけれど、それなりに楽しいものだったと思う。
そんな私を彼らは戦場から帰ってきた兵士の如くこれでもかと労い、そして左馬之さんが村長の家であるらしい大きな屋敷のような家へと案内してくれた。
案内の間も良直さんたちからやたら体調を尋ねられ、それに答えるだけで頭を撫でられたり、気遣われるという訳の分からない状況であった。……そんなに疲れているように見えるのだろうか。
「ようこそ、おいでくださいました。
近隣を荒らす賊を退治してくださり、本当にありがとうございます」
そう家族と共に頭を下げたのは、たぶん村長と思われるおじいさんだった。
挨拶やらそれに対する文言は慣れた感じに眼帯が受けていたので、彼や小十郎さん任せておけばいいのだろう。
私が表に立つことはないだろうし。と古民家を見回して観察していれば、すぐ後ろで良直さんが「くっ」と目頭を押さえていた。
どうしたんだろう。何か埃でも目に入ったのだろうか……?
「それでは筆頭、片倉様。俺たちはこれで」
いつの間にか村長と眼帯の会話も終わっており、頭をさげた左馬助さんに続き、良直さんたちも頭を下げた。
それに対し、眼帯は慣れたように手を上げた。
「Oh. 頼んだぜ」
その声を聞くや否や、彼らはいそいそと外に出ようとする。
「あれ? 一緒じゃないんですか?」
「まだ残党がいねえとは限らねえからな。俺たちは寝ずの番だ」
私の疑問に答えてくれた良直さんは、小さく笑うと私の頭を撫でた。
寝ずの番……言葉から察するに、夜通しで見張りをするということなのだろう。
「まあ、筆頭が流してくれた奴らで全員だとは思うけどな」
そう続けたのは孫兵衛さんだ。
これは馬に乗るまでの道中で教えてもらったのだが、あの眼帯が山賊たちを川に突き落としていた鬼畜の所業にも、きちんと意味はあったらしい。
なんでも上流に拠点を持っていた山賊たちを眼帯が一人でおびき寄せ、気絶した彼らを川を使って運搬して、下流にいた良直さんたちが回収と捕縛をしていたのだとか。
そりゃあ相手が人外だと分からなければ身なりの良い眼帯が一人とか、山賊を釣るにはいいエサだっただろう。
そしてあの人数を運ぼうにも本来であればかなりの人手が必要だったはず。川を使っての運搬は必要最低限の人数でできるし、なるほどとも思えた。
ただ――
『え、でも山賊……あれ、生きてました?』
気絶した人を水に漬けてはいけないはず。
しかも彼らのほとんどが俯せのような姿勢で流れていたのだ。凄く危ない。
あまり私も考えないようにしていたことを改めて聞けば、みな一斉に視線を逸らした。
『ま、まあ死んではなかった……と思うぜ。うん』
『筆頭が立てた作戦だ! 生きている……はず。うん』
提案者は“人”の枠を忘れていそうな、あの眼帯であったらしい。
捕縛した彼らは別の人たちが運んだ後だったらしく、あとは良直さんたちが眼帯と合流して帰る予定だったとか。
そのため引き上げる作業はしても、意識の確認だとかは受け持っていなかったらしい。
言葉を濁しながら根拠のない自信を持とうとしては失敗する彼らを見て、私はこの話題を『そうですか』で強制的に終わらせたのだった。
「念のためだから、そんなに心配するな」
そう文七郎さんから肩を叩かれ、私は我に返った。
「いままで色々大変だったんだ。
今日は美味しいもん食べて、温かくして寝ろよ」
左馬助さんの言葉に、一同がうんうんと頷いた。
まあ、たしかに朝起きてからの今までは怒涛の展開だっただろう。
それに見回る気満々の彼らを留めておくほどの理由がない。
総合した結果、私は素直に見送ることにした。
「わかりました。えっと、お気をつけて……?」
で、いいのだろうか。
どう見送ればいいかわからなかったが、とりあえずそう言って彼らと手を振りつつ別れた。
それをにこやかに見守っていた村長さんは、私が振り向くのに合わせて頷いた。
「道中はいろいろあったと聞いております。 ささ、どうぞ中へ」
今度は村長に案内されるまま、眼帯と小十郎さんと、そして私は村長さん家に上がったのだった。