〇肆【 川べりの打ち合わせ 】
ピチチ、とどこかで小鳥の囀り、川のせせらぎがBGMになっている長閑な山奥。そんな中で、私こと は川原の木陰にあった少し大きめ石に、退勤したリーマンの如く項垂れながら腰掛けていた。
「ほら、水だ。飲めるか?」
差し出された竹製の水筒に私は頷き、受け取って少し飲んだ。
「あんま飲みすぎんなよ。また吐きたくなっからな」
私の隣に立っていたフランスパン――ではなく、リーゼント頭の男の人が、そう言って私の肩に優しく手を置いた。
その他にも眼鏡をかけてる人や、少し腹の出ている人、マスクをしている人が、全員ヤンキー座りで私を囲んでいた。
端から見れば、完全に“木陰で中坊を追い詰める不良どもの図”としか見えないだろう。
内容もカツアゲじゃないのかと危惧されそうだが――現実は未だ顔の青い私に対し、四人は同情の目で介抱してくれていた。
当初より落ち着いたとはいえ、未だ吐き気は健在だ。
吐きそうになったり、治まったりの波間でなんとか「ありがとうございます」と眼鏡の人に水筒を返そうとすれば、「落ち着くまで持っていた方がいいだろ」と持たせてくれた。
見ず知らずの――あの眼帯こと伊達 政宗曰く“変な着物を着た謎の子供”だというのに、手厚い介護に涙が出そうだ。
頬傷の人が忍者たちの相手に回ったすぐ後、新たに現れたのが今私を介抱してくれている四人だった。
眼帯はこの人たちもと親しいらしく、短く会話を交わすとすぐに私を彼らに預け、忍者集団の相手に向かってしまった。
当初はもう少し近場で戦っていたように思うが、頬傷の人も眼帯も、戦っているうちに場が離れていったようで、周囲に姿は見えない。
ただ、忍者の残骸なのだろう丸太が上流から流れてきたり、そちらから雷のような閃光も時折轟いたりしているので、現在進行形で戦っているようだった。
「しっかし、まさか“忍”まで出てくるとはなあ」
何度目かの轟音を聞きながら、そう肩を竦めたのはリーゼントさん。
「ただの賊狩りだと思ってたら、まさかの“釣り”付きだもんなあ」
「良いんじゃねえか? 最近の筆頭、暇そうで苛立ってたし」
太っちょさんの言葉に、眼鏡の人がそう言い、他の人が「そうだな」と頷いていた。
彼らの話を少し纏めるなら、
“山賊狩りのために来たけれど、まさかの忍と
でも最近動いてなかったから丁度暇つぶしできてラッキー★”
と言うことだろうか。
……凶器投げてくる相手を“暇つぶし”で片付けられるとか、流石は人外放電眼帯である。
あと、彼らが言う“筆頭”とは、あの眼帯の事だ。
私も彼らのその言葉を聞いて、『そう言えばゲームでもそう言われてたなー』と思い出した。
“奥州筆頭”――たしかそんな肩書きを持っていたような……気がする。
“奥州”が日本のどこで、“筆頭”がどんな役職かは分からないけれど、あの眼帯はああ見えて人々を纏め上げるお偉いさんなのだ。
歴史の教科書にも載っているほどの偉い人であるらしいのだが……テストの時のみ本領発揮する我が
きっと先程の頬傷の人や、今のこの人たちも眼帯の部下なのだろう。
部下たちと合流できたと言う事は、今後の私の事もこの人たちに任せるのかもしれない。
どうなるかはまだまだ分からないけれど、とりあえず“衣食住”は確保できますように!
そう内心で祈っていたとき、その中の“食”という字が私の中で引っかかった。
と、同時に腹から「ぐー」と不満そうな音が鳴った。
「あー……そう言えば何も食べてませんでしたっけ」
朝寝坊から今まで怒涛の展開だったので忘れていたが、今日はまだ何も食べていない。
先程――眼帯の小脇から解放されたときはそれが逆に良い方向へと転び、川べりに走ってまで吐きに行ったけれど、内容物が飛び出すことはなかった。
……吐き気が治まるまで、そこから離れられなかったのは辛かったが。
「そうだったのか?」
いつの間にか四人とも私を見ており、その中でマスクの人が訊いてきた。
頷けば、太っちょさんがごそごそと襷がけで持っていた風呂敷を解いた。
「なら、これ食えよ」
そう言って出されたのは、大きな葉に包まれた黄色いおにぎりだった。
湯気は出ていないことから、きっともう冷ご飯なのだろう。けれどそれを見た私はごくりと唾を飲んだ。物凄く食べたい。
「待て待て。まだ止めておいた方が――」
そう押し留めようとしていた眼鏡の人と私の目が合った。その瞬間、眼鏡の人が「ああいや」と言葉を濁した。
それは結局食べていいのか、いけないのかどっちだ!?
「え、た、食べて良いんですよね!?」
「あ、ああ……無理すんなよ」
眼鏡の人からはお許しをもらえたし、差し出してくれている太っちょさんも「食え食え」と笑顔で快くおにぎりの乗った葉っぱごとくれた。
膝の上に置いてから改めて見ると、添え物として二切れの沢庵も乗っていた。
「いっただきまーす!」
元気な私の声が川原に響く中、私はそっとおにぎりの一つを取り、ぱくりと食いついた。
塩気はなく、どうやらこの黄色も醤油とか調味料のものではなかったらしい。お米の仄かな甘みだけだった。
咀嚼しながら『知ってる香りだなあ』と記憶を掘り起こして、それが“玄米”であることに行き着いた。
玄米のおにぎりとか……!
こっちの“日本”ではあまり出回らない品にありつけるとは!
私はかなり嬉しそうに食べていたらしい。
四人の微笑ましい視線を感じつつ食べ進めていれば、「そういや」とリーゼントさんが切り出した。
「まだ名乗ってなかったよな。俺は良直だ」
リーゼントさんこと良直さんを初めに、残りの三人も続くように自己紹介してくれた。
おにぎりを快くくれた太っちょさんは孫兵衛さん。
眼鏡をかけているのが左馬助さん。
マスクの人が文七郎さんという名前だそうだ。
私も一度おにぎりを飲んでから“ ”と名乗りかけて、けれども皆苗字を名乗っていなかったことに気づき、慌てて「です」と自己紹介した。
「は何で筆頭と一緒にいたんだ?」
再びおにぎりに齧り付いたとき、左馬助さんが聞いてきた。
口の中の美味しい米を咀嚼しながら、どう説明したものか、と考える。
一応あの眼帯は突如ドア&ドア枠と共に現れた私を見ていたからか、境遇を理解してくれていた。
だがそれを他の人にも最初から全て話したとして、通じるとは思えないのだ。 客観的にみた自分ですら“理解不能”としか言いようがない事を、私がきちんと説明できると思っていないこともあった。
とりあえず、当たり障りのないことだけを自分なりに掻い摘んで説明しようと、口を開いた。
「うーん。なんて言うか……
山賊に襲われそうになったところを、助けてもらった……ような?」
「なんで疑問形なんだ……?」
文七郎さんからそう突っ込まれてしまったが……そうとしか言えないと思う。
実際、山賊たちが何かする前にあの眼帯が暴れていたため、私は襲われていなかったし。明確に襲ってきたのはその後の忍たちだ。
たしかに最初に遭ったオッサンは刀を振り上げていたけれど、それもドア枠が秒殺で共倒れにしてたし……
明確に答えられない不甲斐なさに「うーん」と唸りながら、添えられていた沢庵を口に放り込む。
「……むっ!
これ美味しいですね! お米と良く合います!」
「おっ。気に入ったか。
それは片倉様が丹精込めて作った野菜だからな!」
良直さんの説明を聞きながら、私は沢庵をおかずに二つ目のおにぎりを頬張った。
ポリポリと噛めば噛むほど味の出る漬物におにぎりが進む。
私の顔に『誰それ?』と疑問符が浮かんでいたらしく、左馬助さんが「筆頭と一緒におられた人だ」とあの頬傷のある人が“片倉様”であるとも付け加えてくれた。
すぐに二つあったおにぎりを完食し、私は感謝の意を込めて手を打った。
「ごちそうさまでした!」
美味しいおにぎりはとても良かった。
高揚した気分は顔にも表れていたらしく、私を囲んでいた良直さんたちも満足そうであった。
「そんだけ食えりゃ、もう平気だな」
のんびりとした雰囲気の中、聞こえてきたのは眼帯の声であった。
はっと見れば、既に刀を納めた眼帯が微笑を浮かべてこちらを見ていた。彼がここにいるということは、忍はどうにかできたのだろう。
眼帯の存在に気づいた良直さんたちが「筆頭!」と慌てて立ち上がり、姿勢を正した。
一斉にみんな立つものだから、すぐに視界は野郎たちの背で埋まった。
……っていうか、これって私も立った方がいいのか?
「いい。楽にしろ。――おい、」
「へ?」
突然呼ばれ、それに答えるように野郎の石垣がモーゼの如く割れた。
その先に見えた眼帯が「Came on」と私を手招いていた。
「え……え??」
「Hurry up! ――とっとと来い」
おろおろと眼帯と良直さんたちを交互に見ていれば、苛立った眼帯から睨まれてしまった。
良直さんたちの不思議そうな顔と視線が私に注がれるが――私だって呼ばれる理由を知りたい。頭に大量の疑問符を浮かべながら、鞄を持つと眼帯の元へと駆け寄った。
「何ですか……あ、もう国語辞典は渡しませんよ!?」
「No! そうじゃねえ! とりあえずこっちに来い!
――お前らは、あっちにいる小十郎を手伝ってやれ」
「「「「 へ、へい! 」」」」
良直さんたちにそう指示を出した眼帯は私を手招き、それに着いて行けば川べりだった。
ザーと、せせらぎが大きく聞こえる中、強制的にしゃがまされ、その隣に並ぶように眼帯もしゃがみ込んだ。
「……。あいつらに何か話したか?」
ひそひそと声を潜めてそう尋ねてくる眼帯。
「えっと……?」
釣られて私も声を潜めて、今までの良直さんたちとの会話を思い返した。
「うーん……
何で一緒にいたのかって聞かれたんで、とりあえず“山賊から助けてもらった”って話して……
あとは沢庵の話ぐらいしかしてないですよ?
えっと……か、片倉様? が作った野菜だとかどーとか」
「……Really? 本当にそれだけか?」
本当に信用してない腹の立つ顔と声が、眼帯から私に向けられた。
その言葉の中で、私が理解できる範囲の英語を使われたこともあったのかもしれない。
とにかく色々なことに苛立った私は「あ!?」と眼帯が偉いさんであることも忘れて盛大に顔を顰め、ガン付けるかのように顎をしゃくれさせて睨んだ。
……決して良直さんたちの不良っぽい雰囲気に触発されたからとかではない。
「言っときますけど!
私だって自分が“変”ってことぐらい分かってますからね!?
一から十まで全部言えるわけねーでしょうが!」
「Ah……そんくらいは考えれるんだな」
くっそ……! 少し前に“バカの部類”って自分で言ったけれどコイツにしみじみ言われるのはかなりイラっとくる……!!
これ以上腹立つ顔を見ているぐらいなら、と癒しを求めて対岸の自然を見た。
そしてそこにいた“それ”に私は目を瞬かせ――る前に、突然勢いよく顔に何かが叩きつけられた。
「ぶっ!?」
「Don't look!」
(見んな!)
どうやら叩きつけられたのは眼帯の手であったらしく、顔面全体を覆うように引っ付くそれを必死に剥がそうと私は躍起になった。
「はあ!? ってか冷たっ!? 何でこんなに冷えてんですか!?」
手の部分もそうだが、剥がそうと掴んだ腕も含めて冷たく――というか完全に濡れている。
数十秒の攻防の後、引き剥がして改めて眼帯を見れば、腕だけでなく全身ずぶ濡れていることに気付いた。もの凄い
「……川遊び、好きなんですか?」
せっかくここに来るまでである程度乾いていたのに、また濡れたのかコイツ。
そんな呆れも含めてそう尋ねただけだというのに、ベシと頭を叩かれた。
「んなわけあるか! 濡れたのはアンタの所為だ!」
「は!? なん……あー」
眼帯に言われて、『んな馬鹿な』と記憶を掘り起こして――なんとなくだが、それに近い記憶があった。
あれはたしか……込み上げるもののままに吐いてやろうと、川べりにダッシュしたときだったか。
『おえー』とか言って必死に無いものを吐こうとしていたとき、すぐ近くで何かが飛び出したような水音が聞こえたのだ。
その時は本当に吐く事を最優先にしていたので、視界の端にちらと見えたそれが忍であっても、私は気に留めることなく『ああ、ただの忍か』で終わらせていた。
『チィ! ――MAGUNUM STEP!!』
それに対し、なんか技名らしきものを言い、眼帯が川に突っ込んで行ったのも見えていた。
技の反動で大量に水が打ち上げられたのも見ていたが……そうか。その時に濡れていたとは。
「ああー……私は悪くねえ!」
ベシッ!!
あそこにいた忍の所為だろ。と某親善大使様風に無罪を主張しただけなのに、再び頭を叩かれてしまった。
若干先程より力が込められていたことに睨んだ私は、先程も見た場所に視線を移しかけて――今度は頭ごと押さえつけられた。
「だから見るんじゃねえ!」
「ひぃいいい!?
ちょ、す、水面が近い! 近いですって!!」
水面すれすれまで顔が近づき、清流の水底で必死に藻を食べる小さなカニっぽいのが見えた。このままでは我が頭がクラ●ボンになる!
頭をぐいぐい押さえてくる腕をバシバシと叩き、何とか止めさせる。
そして顔を上げる際に再び見かけて――不自然ではあったが前方を鞄で遮ることでどうにかした。
「ってか、何でさっきから前見ちゃいけないんですか!?」
「……アンタ、さっきあそこに何を見た?」
「何って……緑の服の、ちょっと派手な忍っぽい人?」
今までの忍みたいな感じではなかったし、見たのも一瞬だったので疑問符付きで答えておいた。
「「……」」
眼帯の目が徐々に蔑むような色を含み始め、それに対して私の顔が徐々に顰められていった。
睨み合うこと数秒後、ガシガシと乱暴に頭を掻いた眼帯が「この話は後だ」と、自分に言い聞かせるように話を切り替えた。
「」
「あ?」
「……アンタ、次に『どうしてここにいたのか』って聞かれたらこう答えろ。
『珍しい着物を着ていたから、山賊に攫われてた』ってな」
急にそんな話をされ、疑問に思った私だったが、確かにそれならば“どうして山にいたのか”と“眼帯と知り合った経緯”の説明にはなりそうだ。
「あー……まあ、わかりました」
発案者が眼帯な所だけがいただけないが、そう納得すれば眼帯が「それと」と私の鞄と服を指差した。
「着物とそれに関しては『親に貰った』って事にしろ。
『親は海の向こう』ってこともきちんと付け加えてな」
「はあ……って、え!? ちょ、ちょっと待ってください!
え、このあと事情聴取か何かあるんですか!?」
やけに色々と指定してくる眼帯に不安を覚え、そう掴みかかる勢いで尋ねる。
真剣な私を真向から見つめ返した眼帯が、優しく私の肩に手を置いた。
「……Good luck」
この先にあるかも知れない事情聴取(?)に対する不安は、妙に恰好付けて親指を立てている眼帯を見た瞬間に吹き飛んだ。なんだこれ、ものすごくイラっとするんだが。
「今、無性にその眼帯を引きちぎりたくなりました」
「Okey. This is fine」
(これなら平気だな)
きっと今の私はもの凄い顔をしているのだろう。
若干引き気味に頷いた眼帯が立ち上がり、私もそれに合わせて立ち上がった。
「筆頭~~!」
丁度そこに孫兵衛さんたちが戻ってきて、あの頬傷のある“片倉様”も一緒にやってきたため、私と眼帯の打ち合わせ? はそこでお開きとなった。
この後の事を考えれば不安はあるが、一応眼帯から授けられた回答案がある。
眼帯が自分から言ってきたということは、話のすり合わせ――だったのだろう。仕方ないが覚えておこう。
私とて、眼帯と言っていることがちぐはぐして、それで余計な詮索を受けたいとは思わない。
でも、そんなに質問攻めにされることってあるのだろうか?
「おーい、ー!」
「あ、はーい!」
うーん、と腕を組んでまで悩んでいた私は良直さんに呼ばれて我に返り、慌てて彼らを追ったのだった。