〇弐【 眼帯と川原と現実と 】
――どうも皆様。本日寝坊をしてしまった中学生ことです。本日の天気は晴れ時々オッサン時々水しぶきとなっております。
手元には必ず拭くものを用意し、水に弱い精密機器などは近づけないようにしましょう。
……なんて現実逃避をしていた私の目の前では、現在進行形で大量のオッサンがトリプルアクセル以上の大技をキメながら飛んでいってたりする。
そのオッサンたちは何か見えない糸に引っ張られるかのように、キレイに川へダイブしていくのだから、こんな
そしてオッサンたちをお手玉ヨロシク打ち上げて続けているのは、あの眼帯であった。
それはもう愉しそうに――手に握る刀らしき凶器を煌めかせて振り続けていた。
あの時は混乱していたこともあり、咄嗟に掴みかかってしまったが……うん。もう極力関わらないでおこう。
ちなみに、今の私は再び哀れな姿となったドアとドア枠の元まで戻り、ガラスを払って平らなドアの上に体育座りをしていたりする。
そして私の視線の先でピク●ンサイズの眼帯とオッサンたちが、楽しそうに追い駆けっこをしているのだ。
男は成長するほど童心に帰るというらしいが、本当に楽しそうである。
あの中に混ざりたいとはこれっぽっちも思わないが――あ、また一人飛んだ。
あまりにも現実離れした光景から目を逸らし、私は川原の石を数え始めた。
けれど頭の中を占めているのは『どうしてこうなった』という私自身に起きた、この珍現象に対する混乱と状況把握であった。
とりあえず、寝坊をしたのも、家から突如この川原へと来たことも夢ではない。
それは先程顔を洗ったときにも感じたことで、さっきも腕とか抓ってみて確認した。
今ももう一度抓ってみるが――
「……痛い」
やっぱり痛覚はきちんと反応を示して、私は顔を顰めた。
これが紛れも無い現実だとして……どうして自分はこんなところへとやってきてしまったのか?
元からこの川原に接点があった?
――いや、ここに見覚えもないし、“川”に思い入れも無かったはずだ。
どうやってここに来た?
――呪術とか怪しい儀式で召喚……という線もなさそうだ。
周りを見回しても景色は日本でよくある山奥のものであり、川原に奇妙なものが描かれていた形跡がある感じでもない。
「なんだったっけなー……
たしか叔母さんが見てた二次創作とかに、こんなのがあったような……」
たしか、徳利とかたっぷりとか、そう言う名前のジャンルを叔母が好んで見ていた記憶があった。その中で今の私と同じような状況が取り扱われていた気がするのだ。
普通の生活を送っていたヒロインだとか主人公が、ある日突然“異世界”とも言える環境の異なった場所に飛ばされる。という始まり方をするものだった。
一度、勧められたこともあったけれど、私は家で書物を読んだりするよりは外を散歩する派だったこともあってそれほど興味を持てず、その時は適当に流して終わったのだ。それに似た事が、まさか自分の身に起こるとは……
現実は小説より奇なり、とはよく言ったものである。
「あ。そういえば」
ふと思い出した私はすぐに確かめようと、傍に置いていた鞄を漁った。
取り出したのは今日返す予定だったゲーム。
そのパッケージと未だ踊るように、腰を抜かしたオッサンを追撃する鬼畜眼帯を見比べた。
タケツバメとかいう家紋のヌシが眼帯キャラで……なんか似てると思ったのだ。
結構有名な武将で歴史の教科書にも載っていたはずなのだが、ド忘れしてしまったようで思い出せない。
「って言っても、共通点なんて蒼い服と眼帯くらいですしねー」
そうだ。確かに目の前では戦意喪失したオッサンに容赦なく刀を振るう鬼畜眼帯がいるが、たしかゲームの“彼”はピ●チュウよろしく電気を使えたはず。
流石にそこまで出来ては人外――
「YA-HA!!」
バチバチバチ!!!
「いやいやいやいやいや……うん。見なかったことにしましょう」
目の前で眼帯が刀から電気出したなんて、きっと日光による目の錯覚だろう。
……そう。たとえ川に落としたオッサンに向かって追い打ちのごとく感電を見舞っていたとしても、きっとそれはこの山に住む
あの眼帯の正体について思い当たりたくなかった私は、静かに急いでゲームを鞄に戻した。
「あ、あれ?」
そして私は鞄の中にあるはずの、重大なものがないことに気づてしまった。
――そう。
「う、嘘だろ私ぃいいい……!
何故だ!? 何故に携帯を携帯していないんだぁああああ……!!」
あまりの衝撃に、思わずその場で顔を覆って天を仰ぐ。
さっきあの人外眼帯が放電したことで
『あっ、これは絶対に何があっても自力で山を下りないとですね★』
――って決意したのに早速自分で折るとか私ぃいいいいい!!!!
まだこの場所が“異世界”だという確証はなく、言葉を交わしたあの眼帯やオッサンたちも含めて日本語が通じたのだ。
まだ望みはあるかも? とりあえず麓まで下りてみよう! と思っていたのだ。
言葉を交わしたあの眼帯を頼ってみようか、という考えもあるにはあった。
けれど、それを実行に移す前に、あの放電である。
元々凶器らしきものを振り回している段階で、“危険人物”の
だから後の頼りはGo●gle先生だけだったというのに……
まあ、こうなった原因はいわずもがな寝坊したことにあるんですけどね!!
……たしかペンケースと共に机の上に置いていた気がする。
「……アレ?」
ひとしきり後悔した私は次の下山策を考え――ようとして、そこで周りが静かになっている事に気づいた。
あ、あれ? もしかしなくとも、これって結構ヤバくない?
えっ、もしかしてもう全部のオッサンを川に放流したの??
最初に我がドア枠で沈んだオッサンを除いても、まだまだ十人以上はいたはずなのに??
――いやいや落ち着け。
そもそもこっちに戻ってくる理由はないはずだ。
何しろ自分は突然ドアとドア枠引き連れて川原に現れた変人なのだから!!
あっ、自分で言ってちょっと悲しいなコレ。
顔は上げたまま、そっと手を放してみる。
そして見えたのは青空――ではなく、髪から水が滴るほど全身びしょ濡れの眼帯だった。
派手にオッサンたちを川へ叩き落としていたので、大量の水しぶきを浴びたのだろう。
じーっと見下ろしてくる眼帯は、かなり近い。
変に頭を振られたら水滴がかかりそうなのでそれ以上近寄らないでもらいたい。
「「……」」
見つめ合うこと数秒。
私は視線を傍らの鞄に移すと肩にかけ、立ち上がる。
それに合わせてか眼帯も少し動いたが、その眼帯には目もくれず、私は綺麗に『回れ右』で体を百八十度回転させた。
過去、これほどまでに綺麗な『回れ右』ができただろうか。いや、ない!!(反語)
「Hey. どこに行くつもりだ?」
新しい一歩と共にこの場を脱しようとした私を、そう呆れたように眼帯が呼び止めた。
関われば絶対に面倒な事になる! と冴えてもいない我が勘が囁いていたので、そのまま
ぶ、物理的に地面を奪うとか……酷くね!?
「うひぃいいっ!? 冷たっ!!
めっちゃ手ぇ冷たいから脇の下が気持ち悪いんですけど!?」
「Ah? アンタが逃げようとすんのが悪い」
「いやいやいや!
濡れてることとの因果関係なくない!?
愉しそうにオッサンたちを川に飛ばして流した挙句、
追い打ちのように感電させてる鬼畜人外眼帯を見たら誰だって逃げたくなりますよ!」
ミシミシミシ……
「いッッ!? いだだだだだだだだ!!
わ、脇から肩が砕ける!? 両腕がもげる!!」
「アンタ、そういや帰りたがってたよな?
良かったじゃねえか。きっとこの先がアンタのHomeだぜ」
そう言いながら、眼帯が持ち上げた私を突き出してきた。
気づけばいつの間にか川べりまで来ており――私の下は言うまでもなく煌めく清流である。
「うおおおおおっ!?
お、お魚が見えますね!? ってそうじゃない!!
すみませんスミマセンごめんなさい!
人外なことを気にしてたんですよねガラスのハートだったんですね!!」
まだ浅瀬なので落ちても流されることはないが、かといって眼帯同様に濡れる気もなかった私は全ての筋肉を導入して足を上げられるだけ上げた。
そして数分喚いたところで、ようやく眼帯は私を石だらけの川原に開放した。
「くっ! くぅううう……!!
脇が痛い腹筋の筋肉痛が痛いぃぃぃ……!!」
下ろされた瞬間に私は腹やら脇やらをこれでもかと摩り続けた。
蹲るような姿勢の私のすぐ傍では眼帯が呆れた視線を降らせている。
かなり近い場所に立っているのは、たぶんだが逃亡防止のためだと思われた。
「ったく。さっきは散々泣きついてきただろうが」
「さっきは目の前にあった程よく掴めるモノが眼帯さんの服だっただけですよ!!」
眼帯を見上げてまで言い切った瞬間、眼帯の手で頭を叩かれた。
さっき出遭ったヤツに頭を叩かれる筋合いはなく、私は精神的衝撃よりも怒りの方が湧き上がった。――やっぱり眼帯引きちぎってやる!!
でも痛いので先に頭を押さえた。
「There's a lot to ask you, but...
(聞きたいことは山ほどあるが……)
――何でオレの認識が眼帯主体なんだ?」
「いや、だって特徴それぐらいしかないじゃないですか」
「……」
叩かれた頭を摩りつつ、そう普通に返せば眼帯が固まった。
何故にそんなことで絶句されるのか――あ。もしかして『顔』か?
たしかに改めて観察すれば、眼帯の顔はそれなりに整っている……と思う。
しかし生まれて此の方『イケメンスパダリな父(by友人)』を間近で見続けていたのだ。
世間一般でいう
『ギャアアアアア!! イケメンよぉおおおお!!!!』
な感覚が本気で分からないのだ。
そのため私の場合は野郎よりは美女や美少女の方に反応したりする。(ただし友人は除く)
閑話休題。
とにかく。
どうやらこの眼帯は繊細な心の持ち主であるらしいので、とりあえずここは一度何か――なけなしの何かを褒めてあげた方が良いのだろう。
しかし具体的に顔のどこを褒めれば良いのか分からず、腕を組んでもう一度眼帯の顔を観察した。
「うーん……えっとー」
「おい、もういい。アンタが――」
「眼帯を盛り上げれる顔って素晴らしいと思います!」
どうだ!!
ゴン!!
ドヤ顔がいけなかったのか、立てた親指がいけなかったのか。
今度は鉄拳が我が脳天に降り注いだ。
「いっっっっつぅ~~~!!
な、何でですか!? 褒めましたよ!? いま私ちゃんと褒めましたよね!?
つーかさっきからバシバシ人の頭叩かないでくれます!?」
「Where's it!? 結局テメエが褒めたのは眼帯じゃねえか!!
アンタが余計なこと言わなけりゃ、オレだって穏便に済ませたんだよ!」
「はぁ!?
そんなに褒めてほしけりゃ、女に生まれて出直してきてくださいよ!!」
逆ギレ上等で言い切れば、眼帯は更に怒ったのか引いたのか、顔に青筋を立てながら再び絶句した。
そして気を取り直すつもりなのか大きく頭を掻き、盛大なため息を吐くとしゃがみこんで視線の高さを合わせてきた。
「……もういい。話が先に進まねえ。
こっからは重要な話だ。茶化すのも巫山戯るのもナシにしろ。
んで場合によってはアンタもあの山賊たちと同じく川へDiveだ。You see?」
そう突然真面目に仕切りなおされてしまう。
反論しようと口を開いたが、それを制するように鋭く睨まれ、煌く川を指差されてしまった。流石にオッサンたちみたく土座衛門にはなりたくなかったため、口を閉じて仕方なく頷いておいた。
「って、え? 山賊??」
「おい。……そっちは後だ」
舌打ち交じりにそう言われ、渋々黙る。
それを見届けた眼帯は少し空気を軟化させた。
「アンタはここに来るまで、何をしてた?」
……黙れって言っておきながらの質問である。
このまま黙っていようかとも思ったが、今度は『話せ』オーラが凄かったので、私は“仕方なく”口を開いた。……決して恐怖からの自白ではない!!
「……寝坊して、慌てて学校に行く支度をして、家を出ました」
私の答えに不満でもあったのか、一瞬眉を動かした眼帯であったが、少し間を置いて「Okey」と頷いた。
「それじゃあアレは何だ?」
そう眼帯が指したのは横たわるドア。
「何って……我が家のドアですよ。玄関の」
「Door……」
私の答えにまた不満があったのか、少し顔をしかめてドアを睨みだす眼帯。
何だ我が家の守護隊長に文句があるのか。イケメンじゃないか。……傷物になったけど。と言いたかったが、再び睨まれたくはなかったので顔を顰める程度にしておいた。
「アンタはここに来たかった訳じゃねえ。そうだな?」
緊張感のある空気に元々耐性がなかったからか、眼帯の訊き方が気に入らなかったのか、私は自分の中で何かが弾けるのを感じながら「そりゃそうですよ!」と口を開いていた。
「何が悲しくて自分からこんな訳の分からない不登校しますか!
勉強はバカの部類かもしんないですけど、きちんと学生の本分としてですね、私は中学に入学したときから頑張って台風の日だって登校して無遅刻無欠席を――」
そこまで言って、その『無遅刻無欠席』が今この時をもって終了している事に思わず叫びそうになった。
しかしその瞬間に眼帯が睨んできたため、慌てて両手で口を塞いだ。
そんな私に眼帯は盛大にため息を吐き、「もういい」と小さく呟いて私の腕を掴むと手を口から強制的に外した。
目を瞬かせていれば、乱暴に頭を撫でられた。
……もう喋ってもいい、ということなのだろうか。
「アンタの大体の事情はわかった。
……わかったんだが。
正直このオレですら説明できないほど、今のアンタは面倒なことになってる」
その言葉に手櫛で髪を整えていた私の顔が強張ったのが、自分でもわかった。
「その自覚は――あるみたいだな」
眼帯が私の顔を見て、口角を少し上げた。
そして顎で小さく我が家のドアを示した。
「オレは一度全国を見て回ったが、今まであんな戸を見たことがねえ」
その言葉に大きく心臓が跳ねた。
「それにアンタが行こうとしていた“がっこう”も知らねえし、アンタの着物を他で着ているヤツも見たことがねえ」
ない、ない、ない……
次々に私の常識を否定していく眼帯。
「他のヤツらに聞いても、同じ答えだろうな」
何となく予想はしていたけれど、確証がないからと保留にしていた答えを、この眼帯が突きつけてきた。
打ちのめされる現実の中、残った微かな部分が“日本語喋ってるのに”と悪あがきのような事を言っているが、無駄な抵抗だろう。
だって、“ない”は私からも言えることなのだから。
「アンタ、これが何か分かるか?」
そう眼帯が腰に携えている刀を慣れた手つきで鞘ごと抜き出した。
漆塗り、というのだろうか。
黒く輝く鞘や、黒金の鍔、そして丁寧に編み込まれたのだろう柄を含め、それがただの土産物や道具ではないと感じた。
「刀……」
ぼそり、と呟くようにその物体の呼称を答えれば、眼帯は無言でそれを突き出してきた。
恐る恐る受け取るように手を添えれば、そっと眼帯の手が下ろされた。
「――っ!!」
ずしり、とした金属の物だろう独特な重みを感じた瞬間、背中の冷や汗が一気に噴出した。
「い、いいです! もう分かりましたから返します!!」
押すように眼帯の手に刀を返せば、眼帯がにやりと笑った。
「もう良いのか? なんなら抜いて見ても――」
「いや、さっき眼帯さんが振り回してたの見てたんで!!」
抜き身の鈍色はもう見ているのだ。
これ以上見たところで何かが変わるわけでもない。
全力で否定すれば眼帯が「I see」と肩を竦め、ようやく刀を腰に差し戻した。
「アンタの周りに、刀を下げてるヤツはいねえんだな」
「い、いませんよ。そんなことしたらすぐに“銃刀法違反”で捕まりますって」
「じゅう……? ――法度か?」
「はっと……?」
互いに疑問符を飛ばし合い、妙な沈黙が下りてしまった。
気を取り直すように眼帯が「次だ」と頭を振った。
「話を少し戻してやるが……アンタ、山賊も知らなかったのか?」
それは少し前に私が“山賊”という単語に疑問符を飛ばしたことだろう。
あの話の流れから察するに、どうやらあの流されたオッサンたちがその“山賊”であったようだ。
「知ってはいますよ! でも……それも私の周りにはいませんでした」
犯罪を犯す者は時折いる。出逢う確率はかなり低いが、いないわけではない。
けれど“山賊”は私の知る限り、今の日本には存在していないものだった。
「……つまり、オレたちの共通点は言葉だけって事か。アンタ、字は書けるのか?」
「漢字も平仮名もカタカナも書けます!」
「は? アンタ、女……だよな?」
日本人としての義務教育はしっかり受けていると答えただけなのに、まさかここで性別の心配をされるとは予想外である。
「え、いや。
普通に分娩されたときに、生物学上“女”に分類されました……よ?」
呆気にとられながらそう答えれば、眼帯が何ともいえない顔をした後、「いや、いい」と何かを否定して立ち上がった。
そして無駄に長いため息を吐かれ、その長さと態度に私は苛立ち、立ち上がった。
「は……はああああああ!?
本当に“女”なんですけど!?
眼帯さんもこの格好で”男”扱いしてんのかコンニャロウ!!
そんなに信じないならこの場で脱ぎますけどぉお!?」
「Stop! オレにガキを脱がす趣味はねえから止めろ!
アンタが女なのはさっき持ち上げたときに嫌ってほど分かってんだよ!」
なら何故疑うような素振りを見せたのか。
未だに苛立ちの収まらない私は眼帯を睨み続け、そんな私に眼帯が呆れた視線を向けていた。
「アンタが同じ“日ノ本”のヤツってことは分かった」
そう諦めたように頷かれてしまう。
その態度に再び私が食いかかる前に、眼帯が「それとだが」と続けた。
「さっきアンタはオレのことを……人外つってたけどな。
山を下りればそんな奴があちこちにいるぜ」
「……へ?」
この放電鬼畜眼帯と“同じ”人種が……あちこちに?
徐々に顔色が悪くなっていく私に対し、眼帯が「Nice Reaction だ」などと茶化してきた。
「まっ、つまりはそういうことだ。
ここではアンタの常識は通じねえだろうからな。それは覚悟しておけよ」
そう固まる私の傍らを通り過ぎるときに、肩を叩かれた。
「アンタが最初に出会ったヤツが、オレみたいな鬼畜眼帯で良かったな。
ほら、とっとと行くぜ」
「は? どこに――って、カバン!?」
いつの間にかマイバッグは眼帯の手に握られていた。
「コイツはアンタが逃げ出さないための“質”だな。鬼畜だったら当然だろ?」
「ぐぬぬ……!!」
コイツまだ『人外鬼畜眼帯』と呼ばれたことを根に持ってるのか……!
「って、ドアそのままにできませんよ!」
「Ah? んな重いモン、人手がなけりゃあ運べねえだろ」
「いや、でもオッサンもそのままですし……」
そう。まだ枠の下敷きになったオッサンが――あれ?
いつの間にか消えているオッサンに首を傾げれば、眼帯が「ああ」と川を指した。
「そいつなら、最初に投げたぜ」
アンタも見てただろ、と。
……どうやら、顔を洗い終わった時に見たアレがあのオッサンであったらしい。
既に気を失っていたオッサンを川に投げ入れるとか……この所業が鬼畜でなくてなんだというのだろう。
コイツ天然? 天然鬼畜なの??
と若干引き気味の目で見ていれば、眼帯が「そういや」と何かを思い出したらしい。
「まだ名乗ってなかったな。
俺は伊達 政宗。アンタは?」
「 です」
瞬間、眼帯が隻眼を大きく見開いた。
同時に聞こえた「は?」という声に、私は顔を顰める。
それはどういうものに対する反応だコラ。
「……Just the same name?」
(同音の名か?)
英語らしき言葉で何かを呟き、眼帯は何かを考えるように顎に手を添えた。
「……なんですか」
「Ah……Nothing. こっちの話だ。行くぞ、」
そう頭を振ると歩き始めてしまった眼帯。
私自身も既に色々なことに疲れてしまっており、言及することなくその背を追ったのだった。