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第7話

「魚雷があと1メートルと迫った時にさ、体中がカーッとなるかと思ったら……
 意外と冷静だったね、訓練と同じでさ」

「そりゃ戦闘情報センターにいりゃ、見てんのは光点だけだからな、実感ねーだろ。
 こっちはウィングだからな、魚雷がブワーッと来た時にゃ、流石に足が震えたぜ!」

「しっかし、アスロックは驚いたな……」






ここ科員食堂では、隊員達が少し前に起きた戦闘について話していた。

すでに戦闘が終わってから半日以上経つと言うのに、その興奮はまだまだ収まらない。
それぞれの各部署において、自分達がどんな行動をしたのか、そしてそこで感じた事など思い思いに話をしていた。

それはまるで自分達の置かれた状況が、過去の戦時中と言うこの上なく特殊な状況であるが為に、不安な精神状態を少しでも和らげようとしているかの様であった。

尽きる事の無い会話の中で、ある隊員がふと思い出した様に訊ねた。



「そう言えば……。あの時救助した女の子はどうしたんだ?
 山本、お前あの内火艇に乗っていたんだろ?なあ、どんな娘こだったのか教えろよ~」

「ああ、あの娘か。
 あの時以来、見てないから分からないけど。パッと見た感じ結構 可愛かったぜ?」

「へぇ~、マジかよ////!どんな娘か会ってみてェな♪」


「何だ、お前ら知らないのか?

 捕まえようとした補給科のヤツらが、あっと言う間に10人もやられちまったらしい。
 あの娘はきっと、アメリカの特殊部隊か何かから来たって噂だぜ?」

「ウソだろ~!?
 それじゃあスパイか何かか?この時代にもいるのかよ、そんな娘が…」

「いや。どういう訳だか知らないが、オレ達と同じ時代の娘らしいぜ?
 それもれっきとした日本人だとよ」

「タイムスリップしたのはこの艦だけじゃなかったのか!?
 それに何でその娘だけ…」


「あ!その娘ならオレ知ってるよ!仕官居住区で個室に案内されてるところ見た♪
 髪の色は派手だけど、ポニーテールの超カワイイ娘だったなぁ…////」

「う~ん仕官居住区か…。
 あの副長や航海長の部屋の近くだと、気軽に誘えねェよな」

「ハハ!何のお誘いだよ?このスケベが!」


「おい、航海長…って言えば知ってるか?
 その娘を捕まえる時に、サシの勝負で負けちまったんだってよ!」

「ま、マジっスか!?あの元ヤンの航海長が…絶対信じられないっスよ、オレ!」

「一体、何者なんだ?その娘……」

「さあな……」












「…………何か、すっげー噂になってるな。ちゃん」

「は、はい……(汗)」



ここ、科員食堂の入り口前では、彼ら隊員達が噂している対象・と尾栗がいた。

あの角松の『親父宣言』の後、仕官居住区に自分の個室を宛がわれた。
その時、の空腹に気付いた尾栗が率先して、彼女を食堂に案内した訳である。

看護士・桃井一尉以外、男ばかり200名以上が乗り込むこのイージス艦『みらい』。

混乱を避ける為、仕官用の食堂を使っても良かったが、丁度時間外であった事とその特別待遇に彼女が遠慮した為、こちらに案内されたのだった。



「な、何か入りにくいですね、これじゃぁ……////」

「何言ってんだ!
 そんな事気にしちゃあこの先、男ばっかの艦の中じゃやっていけないぜ?
 それに、腹が減ってるならこっちが優先だ。さっさと行こうぜ、ちゃん♪」

「あっ!ま、待って下さいよ尾栗さん。まだ心の準備が……!」



が止めるのも気にせず、尾栗は意気揚々と食堂へ入って行った。その後を慌てて付いていく。

は仕方なく、尾栗に隠れてなるべく目立たない様やり過ごそうと考えた。
アメリカでの仕事上、人に接する事は苦手では無かったのだが、これだけ大勢の者達に関心を持たれた事が無いだけに、正直かなり緊張していたのだ。

だが、尾栗はそんなの心情はお構いなしに、中に入るなり却って注目を集める行動をとったのだった。



「いやぁ~諸君!御機嫌よう。
 それぞれ寛いでいる中、悪いがちょ~っと注目してくれ!」

「……え゛っ!?」

尾栗の一言にギョッとして青くなる
それまで賑やかだった食堂が、水を打ったように静まり返った。


「あ~、ウォッホン!
 先の実戦以上に君達には今、気になる事がある様だな?

 そ・こ・でだ!
 話題にしているその謎の美少女を、このオレが直々に連れて来てやった。
 
 ホレ!ちゃん。みんなに自己紹介してやってくれ♪」

『えぇぇええ~~っ!!!(大汗)』


の頭が混乱している間に、ポン!とその背を押されて尾栗の前に立たされる。
もちろん食堂にいる隊員達全員の注目を、一身に浴びてしまったのは言うまでもない。

その興味津々の男達の熱い視線を感じ、の顔は一気に耳まで真っ赤になっていた。



「えっと…////、あの、その…ア、アメリカから来ました、です!
 
 この度はその…助けて頂いて、ほ、本当にありがとうございました。
 こ、こ、こんな髪の色だけど一応、日本人です。
 よろしくお願いしますッ!!////」


言い終わると、慌てて深々と礼をする

皆、呆気に取られている様に反応がなかったが、少し間を置いてからいきなり大きな拍手と歓声が沸きあがった。



「そっかぁ~君、ちゃんって言うのか!
 こちらこそヨロシクな♪////」

「すっげーカワイイ娘じゃん!////
  真っ赤になってるとこが、また初々しいねぇ♪」

「オ、オレ機関科の鈴木って言います!////
 よろしくお願いします!さんッ!!」

「オ、オレは船務科の山本!!」


「えっ?えっ?////」



熱心に握手を求めに詰め寄って来る隊員達。
その勢いに少し怖くなり、思わずは後ずさる。

そんなの肩に手を置いて、尾栗は得意そうににんまりと笑い、まるで自慢するかの様に抱き寄せた。

「ひゃっ!////」



「ははは!おいおい、お前ら。
 あんまりカワイイからって手ェ出すんじゃねぇぞ?
 まぁ、気持ちは分かるがな!」

「そう言いながら、航海長こそ手ェ出してんじゃないっスか!ズルイっスよ~!!」


「オレはいいんだ。何てったって、ちゃんの兄貴だからな♪」

「はあっ??……意味分かんないっスよ!」


ちゃんはまだ19歳の未成年だ。
 やっぱ、元に戻るまでは保護者が必要だろ?

 そこでだ!この娘の保護者を買って出たヤツが二人いた訳で、オレはその兄貴役だ。
 そしてもう一人の保護者は、角松二佐……そう、あの鬼の副長だ♪」


「「「 な、何だってぇぇええッ!? 」」」


「だから手ェ出すんなら覚悟してから出しやがれ!いいか、お前ら?ははははは!」



一度沸き上がった歓声は、尾栗のその一言で一気に落胆の溜息に変わった。

この『みらい』の中では、泣く子も黙るあの鬼の副長がバックについているのだ。
手を出した瞬間、きっと命の保障はないだろう……。
その上、この元ヤンの航海長も保護者の一人となれば、必然的に『みらい』の風紀委員と呼ばれたあの砲雷長もついてくるはず。

『みらい』の頂点に君臨するこの三羽烏が目を光らせているとなれば、迂闊には手を出せはしない。
帰国子女の美少女がせっかく自分達の目の前にいるというのに、手を出すどころか話しかける事すら憚られてしまう。

彼らの脳裏には、彼女の後ろに腕組しながら上から目線で見下ろす巨大な三人の姿が浮かび上がっていたのだった。


『くっ…無理だ!こんな鉄壁の布陣、普通の人間に崩せるわけねェよ!!!』

にんまりと笑う どや顔の航海長を恨めしく思いながら、その場にいた者達はガクリと肩を落とし、すごすごと元の席に引き上げて行った。



尾栗の一言で、いきなり隊員達が皆引き上げたのでの方は驚いていた。


「お、尾栗さん…。皆さん一体どうしちゃったんでしょう?」

「ハハ、なぁに。
 ちゃんにあげたオレ達の『お守り』が早速 効いただけさ♪
 この様子なら、これからも安心だな」

「???」





適当な場所に座る二人。遠巻きにまだ注目されているものの、やっと騒ぎが一段落した所で、お目当ての食事に入る事にした。

本来はセルフサービスになっているのだが、なぜか水炊長が直々に持って来てくれた。
そのしかめた顔からして、どうやら他の隊員の様に話題の少女が気になったからではない様だ。

実は尾栗達がこの食堂に来る前から、隊員達の騒ぎの元であるの事が気に喰わなかったのだ。
給養員達も皆、仕事そっちのけでその噂に夢中になっていたのも気に喰わなかった。

それは単に、皆が注目しているものに反抗する『あまのじゃく』的な性格もあった様だ。

の姿を見た時も、その髪の色を見て「最近の若い娘はこれだから…」と案の定、厨房でぼやいていたのだった。

好意的でないその視線をに向けながら、水炊長はぶっきらぼうに声を掛けた。



「…食堂で騒ぎを起こすのは勘弁してくれよ航海長。
 ここには次の課員らが順番にやって来るんだからな。
 お嬢ちゃん、あんたも騒がれる前にさっさとコレ食って行ってくれ」


「いやぁ、水炊長すまんな!
 まぁこの非常時だ、少しは大目に見てくれよ。ハハハ」

「す、すみません……うう…」


ちくちくと突き刺さる水炊長の視線を受け、小さくなる
だが視線を落とした先にあった、久々に見る日本食に思わず目を奪われた。
トレイに乗っていたのは、サンマの塩焼きとほうれん草の白和え、大根の煮物などの純・日本食メニューであった。

醤油とだしの良い香りが鼻をくすぐり、小さい頃、祖母に作ってもらった記憶が蘇る。
それを懐かしく思いながら、はまず最初に味噌汁に口を付けた。


『!!!!!!』

一口飲んで、味噌汁をトレイに置き、じっと下を向いたまま動かない
それを見ていた水炊長が心配になって声をかけた。



「お…おい!口に合わなかったのか?あんた……」

「お………」

「「 お?? 」」


「美味しいッッ!!!!////」


「………へっ?(汗)」



はいきなり立ち上がると、水炊長の両手を握り締めて感動の涙を流しながら見詰めた。
それを見ていた尾栗や、他の隊員達はギョッとして二人に注目する。



「私、こ…こんなに美味しいお味噌汁、飲んだの久しぶりですッ!!!////」


「お、おいおいちゃん…(汗)
 それって何も泣くほどの事じゃないだろ?」

「だって尾栗さん!本当に美味しいんですよコレ!」


「そっ、そうか?あ…ありがとよ…////
 それじゃあ、その…味噌汁だけじゃなく他のモンも食べなよ」

「はいッ!!////」




元気良く頷いたは、他の物も口にしてその度、涙を流しながら食べていた。

が大絶賛して食べる中、尾栗を含めた他の者達はそのオーバーなリアクションに少し引きぎみに見ていた。

だが、アメリカという食生活のアバウトな国で、日本食の繊細な味を求めるのは難しい。
日本食の看板を掲げているお店でも、到底日本食とは思えない組み合わせの物が出てたり、「あんた絶対日本人違うだろッ!!」と突っ込みが入りそうな自称日本人店長がいたりと、本当に満足できる味に巡り合うのは困難のだ。

それが『おふくろの味』を求めるのなら尚更である。

その事情をは一口食べる毎に熱く訴えていたので、それを聞いてやっと尾栗達も理解した様だ。





「すッ……ごく美味しかったです!ごちそうさまでした!!!」

「そうかそうか!そこまで言って貰えると俺も嬉しいぜ♪
 今度はまた違ったモン食わせてやるから、楽しみにしてなよ」

「はい♪////」


達に食後のお茶を振舞った後、水炊長はきれいに完食したトレイを引き上げて厨房に戻って来た。

それまで水炊長のやり取りを、厨房からヒヤヒヤしながら見守っていた給養員達は目を丸くして驚いていた。

『あ…あの気難しい水炊長が鼻歌を唄って、その上 嬉しそうに食器を洗ってる!!』


それは普段、新人の役割なのだが、上機嫌なのか彼は進んでその作業をしていたのだ。
自分の作った料理をあそこまで喜んでくれたなら、どんな料理人でも嬉しく思うだろう。

最初は見た目の派手さで敬遠していた彼だったが、彼女が素直で明るい性格だと知り、どうやら考えが変わった様だ。

それに間近で見て初めて分かった事なのだが、てっきり染めていると思っていた白い髪が地毛だと知った。その理由までは分からなかったが…。

この一件で水炊長のを見る目が、180度変わってしまったのは言うまでもない。



「何だ何だァ?
 あんなにあの娘の事、文句言ってたのにエラく変わっちまったなぁ…(汗)」

「そりゃぁ、あれだけ自分の作った料理を絶賛されりゃ、誰だって嬉しいに決まってるよ。
 はぁ…。オレもあの娘にオレの料理を食べてもらいたいよ~////」

「ああ。本当だな…////」










パシャッ!

「お!その表情いただき!いいねェ~♪」

「!?」


そんな時、お茶を飲んで至福の余韻を味わっているに向けて、いきなりカメラのフラッシュが焚かれた。
ふと見れば、そこにはカメラを構えた片桐が立っていた。


「いやぁ、いいねェ♪ 君のその笑顔!」


「えっと、その…この人誰ですか?尾栗さん」

「ああ。ジャーナリストの片桐さんだ」


「そっ!片桐です、よろしくお嬢さん♪」

「あ…、こちらこそ。初めまして、です」



そう言うと片桐は、良い被写体に出会った時の笑顔をに向け、当然の様に尾栗の隣に腰を下ろした。
それも、狭い座席に無理やり押し入るおばちゃんの如く、尾栗を端に追いやっている。


「おい何だよ、あんた。いきなり来て……」

「まぁまぁ、航海長。
 今、話題になってる娘を独り占めするのはズルイんじゃないですか?
 ジャーナリストとしては、ここにいるみんなの疑問を解消してあげたいんですよ。
 
 と、言うことでここは一つ、公平に行きましょうか!
 ちょ~っとインタビューしたいんだけど、良いよねちゃん?」

「え!? は、はい…」


ジャーナリストらしく少々強引に話を進める片桐。
その勢いに押されたのか、目立つのが苦手だったも思わず了承してしまった。

いきなりだとはいえ、本人が了承してしまったのだから、これ以上尾栗も口を挟む事は出来なかった様だ。

縦社会の『みらい』の中で、部外者である片桐には他の隊員の様に『お守り』である肩書きは通用しなかったらしい。
まあ、元より権力に屈さないのが、ジャーナリストの本来の性分なのだから仕方がない。

尾栗は小さく舌打ちをした後 頬杖をつき、口を尖らせたのだった。




「んじゃ、早速インタビューに入るね♪
 …えっと、名前は、年齢は19歳っと。

 帝国海軍の将校と一緒に救助されたんだよね?
 俺達と同じ時代の人間って言ってたけど、それってホント?
 キミの場合、どうやってタイムスリップしちゃったの?」

「えっと……
 私にも良く分からないんですが、職場仲間とクルーザーに乗ってた所で嵐に遭ったんです。
 友達と逸れちゃって、そこへ雷が落ちて気が付いたらここにいました。

 その…同じ時代の人間かどうかは、梅津艦長や角松さんが証明してくれると思います」



「ふむふむ。
 ……ま!タイムスリップに関しちゃあ、俺達にも原因が分かんないもんなぁ。

 んで!話は変わるけど。
 この戦闘の前に聞いた話じゃ、20人の隊員をやっつけたってホント?
 他にも垂直の壁を走る、忍者みたいな技も使えるって聞いたけど…」

「えええっ!20人!?」

「ブッ!!!」


その質問には隣にいた尾栗は、飲もうとしていたお茶を思わず噴出してしまった。
どこで尾ヒレが付いたのか、余りにも事実と掛け離れていたからである。




「ゲホッ、ゲホッ!
 だっ…誰がそんな事言ったんだ!? 普通ありえねェだろうが!!」

「あ、やっぱり?俺もさすがに、これは無理があると思ったんだけどねェ~」


「そうですよ!いくら何でもそれは無理ですよ!
 私がやったのは、ほんの5、6人です!
 そ、それに私は、手すりの上しか走ってません!
 あの位置じゃ助走が足りないですよ!」

「そうだ!少年マンガじゃあるまいし、そんな事………って、出来るのかよ!?」



その話に聞き耳を立てていた隊員達も、尾栗と同じく一斉に心の中で突っ込みを入れた。

の方を見れば、「あれ?何か変な事言った私?」とキョトンとした顔をしている。
平然と言ってのける態度を見ても、彼女なら充分やれそうだと尾栗は思った。
なにせ実際その信じられない彼女の行動を、目の当たりにしているのだから……。


――― 彼女は一体何者なのか?

改めてそう考えると、に対する疑問が出てくる。
一応身元は梅津艦長と、角松副長が証明してくれてはいるが、単身アメリカに乗り込んでどんな生活をしているのかまでは、誰も知らなかったのだ。

人並み以上の身体能力を見る限りでは、普通の暮らしはしていないだろうが…。

『そう言や、ちゃんがどんな生活してたか、知らないんだよな俺達……』





尾栗がそんな事を考えている間に、フリーズ状態だった片桐は気を取り直して再び質問を続けた。


「…もしかして、これはホント?
 君がアメリカのFBIのスパイだって噂されてるけど…」

「えええっ!? FBIのスパイ??」


「で!本当の所はどうなんだい?
 ジャーナリストの俺としては真実が知りたいんだけど。
 その髪の毛だって、何かの実験ドーピング の結果だとか……」

「え……?」

「!? おい…片桐さん、あんた!!!」



その遠慮のない一言に、とうとう尾栗がキレた。
いきなり立ち上がると、片桐の胸倉を掴み上げ、その顔を睨み付けた。

尾栗の只ならぬ様子に驚く。周りの隊員達もギョッとして二人に注目した。


「な、な、何だよいきなり!?
 俺は只、みんなの思ってる事を代表してだな……」

「それはあんたの興味本位からだろうが!!
 いくらジャーナリストだからって、言って悪い事の区別もつかんのか、あんたは!!」


「じょ、冗談だよ!
 派手に染めてるからつい…。な、何もそこまで怒る事ないじゃないか」

「これは染めてんじゃねェ!
 それを知りもしないで、ずけずけと言いやがって!!」

「ひぃッ!!」


「やめて下さい、尾栗さんッ!!」




今にも殴り掛かる勢いの尾栗を止めようと、は慌てて二人の間に体を割り込ませた。
そして胸倉を掴んでいる手を外させ、落ち着くよう宥めた。

「暴力はダメです、尾栗さん! わ、私は平気ですから落ち着いて下さい!」

「だけどよ!コイツが…」

「いいんです!こういうのはもう慣れちゃってますから……ね?」


ちゃん……」



は困った様に微笑むと、今度は胸元を押さえて座り込んでいる片桐に向き直った。


「大丈夫ですか?片桐さん」

「あ、ああ…」


「えっと…、さっきの答えなんですが、私がFBIのスパイっていうのは全然違いますよ?
 FBIっていうのは入るのに、身元の審査が厳しいですから、私なんかじゃ無理ですよ」

「ハ、ハハ…。そうなんだ…」


「それにこの髪は地毛です。別に病気とかじゃなくって………」

「あ!ちゃん、こんな所にいたの!?捜してたんだから、もう!!」



いきなり会話に入ってきたのは桃井一尉であった。
彼女は知ってか知らずか周りの様子を気にする事無く、ずかずかと来るなりの腕を掴んで強引に引っ張って行く。


「梅津艦長が呼んでるのよ。食事が済んだんなら、さっさと行くわよ!」

「えっ!? は、はいぃッ!」


「ちょ…ッ!桃井さん!困るよ、俺まだインタビューの最中なんだけど…」

「そんな事、私の知ったこっちゃないわよ。
 これは艦長命令なんだから、あんたのその下らない用事は後にしな!」

「く、下らないって……(汗)」



片桐の言葉を遮って、それを一刀両断に切り捨てた桃井は、彼と尾栗をひと睨みすると、そのままを連れて出て行ってしまった。

後に残されたのは、桃井の勢いに呆気に取られている尾栗や隊員達、それにまだ少しショックの残っている片桐であった。
尾栗は肩を竦め、こちらに注目している隊員達に向かって解散する様 手を振った。
だが、艦長命令とは言えインタビューが中断されたので、片桐だけはかなり不服そうだ。




「ほら、いつまでも見てないで、さっさと散った散った。
 ……さってと!ちゃんも行った事だし、あんたもさっさと戻るんだな」


「ちぇっ!なんだよ…せっかくの特ダネだったのに~。
 結局、ちゃんって、混血か何かだったの?それともアルビノとか……」

「チッ!まだ言ってやがる。
 あのな、あの娘の髪は……震災でああなっちまったんだよ」

「え……!?」


「だから、いくらあんたでも踏み込んじゃいけない領域なんだよ。分かったか?」

「………………」



予想外の理由を尾栗から聞かされ、さすがに片桐も押し黙ってしまった。

震災…すなわちあの『阪神大震災』である。ジャーナリストなら知らない者はまずいない。

今から9年前の震災が原因なら当時の彼女は、まだ10歳。
単身アメリカ国籍を取得しているところを見ても、きっと彼女の家族はいないのだろう。
そう考えると白髪になる程の出来事が、幼い彼女にはあったのだと、やっと理解出来た。


『ああ、そうだったのか…。本当に悪い事しちまったな、俺……』

あの未曾有の惨状を知っているだけに何も言えず、片桐は深く反省したのだった。










「―――― ったく!尾栗三佐も尾栗三佐よね!
 科員食堂何かに連れて行ったりするからあんな騒動が起きるんじゃないの!
 何考えてんのかね、ホント!」

食堂から離れると同時に、桃井が歩きながらブツブツと文句を言い出した。
どうやら彼女の怒りの矛先は、ではなく尾栗に向いている様である。


「え?桃井さん。さっきのもしかして聞いてたんですか…?」

「仕官食堂にいないから、こっちに捜しに来たのよ。
 そしたら案の定、あのオヤジの質問攻めに遭ってるじゃない?
 ちょっと考えれば予測出来た事なのに、尾栗三佐たら!」


「あの…!
 あ、あれは私が無理に頼んだんです。尾栗さんは悪くないんです!」

「…別に庇う事はないのよ?ちゃん。
 男は甘い顔したらすぐ付け上がるんだからね」

「えっと……(汗)」


元はと言えば自分の要望が原因で騒ぎが起きてしまったのに、桃井には全て尾栗が悪いのだと思い込んでいる様だ。
だが今は何を言っても無駄そうなので、は心の中で尾栗に謝ったのだった。

尾栗に手を合わせつつ、ふと、さっきの事を思い出した。



「……そう言えば先程、艦長がお呼びだって聞いたんですが、何か急用だったんですか?」

「あ!そうそう。そっちがメインだったわ。
 さっき、艦長に提出したあなたの荷物あったでしょ?
 あれを本人同席の上で調べる事になったのよ。
 女の子の荷物って事での配慮みたいね。それで私も呼ばれた訳よ」

「そっ!そうだったんですか…」


荷物に不審物を発見した訳じゃない事を知り、は密かにホッと胸を撫で下ろした。

なぜ、がその事で焦っていたのかと言うと、角松の『親父宣言』より少し前に、草加に自分の荷物の事で、忠告を受けていたからであった。





さん。貴方の持っている荷物は、全ては見せない方がいいだろう……』





草加が危惧していたのは、荷物の中にが未来から来たという証拠が見つかってしまう事だった。


2004年のこの当時にはまだ発明されてない物が、確かに何点も入っていた。

職業上の必需品である、薄型軽量の防弾チョッキや、イヤホン式の小型だが出力の大きいシーバー等は、アメリカ製の最先端製品なのだと言えばいくらでも誤魔化しが利くのだが、

LEDのペンライトや、タブレット型PC、小型のソーラー充電器等は Made in Japan と記入されているので、説明しようがなかったのだ。
その他には、会社の社員証も入社日等が記載されているので、これも当然ダメだろう。


『この4点以外は何とか提出出来そうだよね。
 でも……この銃を見たらいくらSPの仕事用だって言っても、やっぱ警戒されるかなぁ?』

これから梅津艦長に提出する自分の荷物を前に、深い溜息を吐いく

そう…の荷物の中には日本の一般人には馴染みの無いモノ、『拳銃』が入っていた。
ここは艦の中だが、日本の法の及ぶ場所。
なので当然、拳銃を所持する事は違法なのである。

これも隠そうかと散々悩んだのだが、嘘を吐くのは苦手なので、隠し事は少ない方が良い。
そう思い、取り合えず問題の荷物だけを取り出し、手早く自分のベットに隠した。

艦長自身が身元を知っている事もあり、は草加の様に警戒されていなかった様だ。
彼女が提出した荷物を誤魔化しているとは、考えもしなかったのかもしれない。


は信頼してくれている艦長達に心の中で謝りながら、これも無用な混乱を起こさない為なのだと、自分に言い聞かせた。

『ごめんなさい!
 いつかきっと時期を見て本当の事を話しますから、それまでは……!』


―――― で、その荷物を梅津艦長に提出した後、尾栗に連れられて科員食堂に出向いたと言う訳である。











「桃井一尉です。を連れて参りました」

「入りたまえ」


が連れて来られたのは艦長室だった。
中には梅津艦長一人の様で、目の前の机の上にはの大きなリュックが置かれていた。

「すまんな、さん。艦の部外者には乗船時に手荷物検査をするのがここの決まりでね。
 悪いが調べさせてもらうが良いかね?
 もちろん女性の荷物という事で、桃井一尉が担当するがね」

「あ!は、はい。この艦の事情は分かってますから気にしないで下さい梅津艦長」



軽く頷くと梅津は桃井に声を掛け、リュックの中を調べさせた。

クルーザーから避難する時に持って来た缶詰等の非常食をはじめ、衣服も次々と机の上に並べられる。さすがに下着類は桃井の判断で出す事はしなかった様だが…。




「!? ちょっとちゃん!これってもしかして……」


リュックの底にあったある物を見付け、桃井は声を上げた。
その様子に不信に思い、梅津も中を覗き込む。

「これは……拳銃か?」


梅津が取り出したのは黒皮のショルダーホルスターケースに入った銃であった。
が危惧していた通り、二人は日常では見慣れない銃を見て驚いている。

「……まぁ、アメリカならこれは普通か。ところでこれは護身用の銃なのかね?」


「えっ!? あ!そのッ……それは私の仕事道具でして…」

「仕事道具??」


「あ、はい!
 私、一応ロサンゼルスでシークレットサービス…日本で言う所のSPの仕事をしてるんです。だから、その……」

「「 SP!? 」」


さん、あんたSPだったのかね!?」

「は、はい。ハイスクールの同僚の誘いで、アーミーを除隊した後、そこに就職して…」

「ちょっと!
 アーミーって、アメリカの陸軍でしょ!あなた、そんなとこにいたの!?」

「いた…って言っても、少しの間でしたし…国籍を取得する近道だったから、それで…」


あはは…と、頭を掻きながら少し困った様に笑う
を見て、梅津はやっと彼女の人並み外れた身体能力の訳が分かったのだった。


彼女を捕らえ様として投げ飛ばされた隊員は、6名だと事後報告で聞いていた。

彼らとて専門分野ではないにしろ、一通り訓練を受けた者達である。
だがそれらを掻い潜り、あの映画さながらの技を梅津も目の当たりにしたのだ。

そんな彼女の突出した身体能力に、現場を目撃した者達からは『アメリカのスパイ説』が真しやかに噂されていた程なのだ。
その不審に思われていた行動も、陸軍アーミー出身でSPをしている彼女なら納得がいく。


「……そうだったのか。
 だがそれだけの実力があれば日本に残って、ぜひ自衛隊に入って欲しかったな」

梅津は内心胸を撫で下ろすと、に向かって そう軽口を言った。

実際、アメリカの陸軍で通用する身体能力なら、自衛隊でも大いに活躍出来たはず。
やはり、日本の今の現状では色々な面で限界があるのかもしれない。
若い人材が海外へ流出した事に、梅津は少し残念に思った。




「えっと…////。
 角松さんの力になりたくて、一度は防衛大学目指そうかと考えた事もあったんですが、その…頭が付いて行けないくて断念したんです。
 
 体力とか運動神経には自信があったんですけど…それだけじゃダメだったみたいです。
 それにもう、その時には角松さんは行方不明で……」


「行方不明?? 角松二佐が?」


そんなの不意の言葉に、首を怪訝そうに傾げる梅津。
同じ現場にいた訳ではなかったが、角松が今まで行方不明になった事は一度も報告されていなかったのだ。

はその様子を見て、自分が不用意な事を口にしてしまったのにすぐに気が付いた。



「あ!す、すみません!今のは言い間違いで………」
「凄いじゃない!ちゃん、あなた!!////」

「へ………?(汗)」


慌てて言い直そうとしたを遮り、いきなり桃井が詰め寄った。
両手を握り締められ、上気した熱い眼差しを向けられている。


「え…えっと//// 桃井さん?」

突然の桃井の行動に、訳が分からず戸惑う
正面から見つめる桃井はキラキラとした目で、さらに強く握り締めた。


「カッコいいじゃない!それ!////
  なんか宝塚の『男役』みたいに良いじゃないッ♪」

「「 はあ?? 」」


桃井の言葉に、傍にいた梅津も呆気にとられている。
そんな二人に構う事無く、今度は祈る様に宙を見上げた。


「過酷な人生にも屈する事無く、強く逞しく生きる女。
 か弱い女の身でありながら、男共の生きる戦場でも引けをとらないその腕前…。

 んもぅ!それって、まるでオスカル様みたいじゃないッ!!////」


「えっと………(汗)」

「も、桃井くん……?(汗)」


どうやら桃井は熱狂的な宝塚ヅカファンだった様だ。
変なスイッチが入ってしまったのか、と梅津を尻目に妄想モードにどっぷりと浸かっている。

何とかその後、梅津が何度も呼び掛けて、やっと現実に戻って来たのだった。








「ウオッホン! ………話しを元に戻そうか。
 それでさん。この事は角松二佐達には話しているのかね?」

「え!? いえ、まだ誰にも……」


「だったら、すまないがこの事はもう少し皆には黙っておいてくれるかな?」

「え!?」


「いやなに、混乱を避ける為じゃよ。
 もう知ってると思うが、あんたの身元について色んな噂が流れておるんじゃ。

 皆の状態が不安定な所にこの事実を知らせても、歪んで受け取るのが目に見えておる」

「…………」


「少ししたら今よりマシになると思うから、皆が落ち着くまでは角松二佐達にも黙っていて欲しいんだが…」

「分かりました……では、私の銃もこの艦にいる間は預かっておいてもらえますか?」

「ああ、承知したよ」



は皆に異端の目で見られている事を、少し寂しく思った。
アメリカに渡る前の状況が今と同じであったのだ。

『アメリカじゃあ特に気にされなかったのに、やっぱり日本にいるのは性に合ってないのかなぁ…』

アメリカンスクールの時から共にしている行動派の友人に誘われて、卒業後 陸軍アーミーやシークレットサービスの仕事をする事になった。
最初は付き合うだけのつもりだったのだが、そこでいつの間にかは自分がこの方面に向いている事を知った。

良き友人であり良きライバルである友人に、追いつけ追い越せのやり取りの中、次第に能力が磨かれ、その能力を極限まで全開出来る喜びを初めて感じたのだ。

日本では『出た杭は打たれる』のことわざ通り、周りより能力や姿形が著しく違う者は、程度の差はあれども、爪弾きにあってしまうのである。
アメリカでは評価の対象になる事でも、やはり日本ではそうもいかないらしい。

は深い溜息を吐いた後、今度からその点は気をつけようと自分に言い聞かせた。




だが、そんなを見て、桃井はすぐに彼女の考えている事が手に取る様に分かった。
どうやら思っている事が、顔にすぐ出してしまうタイプらしい。

こんなのでよくSPの仕事が出来るものだとある意味感心しながら、励ます意味合いも込めて、激を飛ばす様にその背中を叩いた。


「何しょんぼりしてんのよ!
 ちゃん。別にあなたは全然悪くないじゃない!」

「え…?」

桃井の意外な言葉に驚く


「仕方ないでしょ、男って生き物はこういう非常時は臆病なものなのよ?
 ちょーっと変わったモノが目の前にいたら、怖さが先立ってすぐにパニックだわ。

 私なんて、なるようにしかならないって、もうとっくに腹括ってるから平気だけどね~」
 

「フッ…、そうじゃな。
 その点において我々男は女性に頭が上がらんのかもしれんな」

「そんなもの……ですか?」


「そーそーそんなもんよ!
 それに何を悩んでるのか知らないけど貴方は一人じゃないわよ?

 本当の事を知ってる艦長や私は貴方の味方なんだから、安心しなさい。
 ね、分かった?」


ぺちぺちと両頬を掌で軽く叩きながら、言い聞かせる様に正面に見据えられ、その仕草がまるで母親みたいだとは思った。
多少強引ではあるが、それは桃井なりの励まし方なのだ。

角松達の他に、ここでも人の思いやりに触れて、はありがたさで胸が熱くなった。

そして自分を気遣ってくれる二人に対し、感謝の気持ちと、これからもし この優しい人達に何かあった場合は、必ず全力で守っていこうと心に決めたのだった。



「あ、ありがとうございます!桃井さん…それに梅津艦長!////」

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*******後書き*********

本当に久々の更新ですッ!あとがき書く度に、同じ事書いてる様な…(汗)
今回もまだ1巻の終わりの方です。中々先に進まなくて、じれったいですね~。
そして!これは話しの内容とは余り関係ないですけど、ジパングでの『宝塚ヅカ』ファンは桃井さんです♪

これはあくまでも捏造ですが彼女の年代ならばお目当ては男装の麗人『大地真央』様あたりでしょうかね?

このお話の中にもあった、アメリカでの日本食事情は実際、親戚から聞いたものです。
アメリカ等は『ファーストフード』とか、食事に『フード』がつくのを見ても分かる通り、他の外国から見て動物の『エサ』扱いらしいです。(汗)フード=エサ
美食家天国フランスやイタリアから見たらそうなのかもしれませんね?
ああ、日本人で良かった~!!しみじみ……

>20110526

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