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第六章:流転Ⅰ(第21話)

季節は春――

冬の間故郷へ里帰りしていた者達や、雪融けと共に砦に新しく入隊してきた兵士達で砦内は賑わっていた。

取分けに至っては、一週間前に入隊してきたコボルト族を目の当たりにしてそのテンションはかなり高かった様だ。



「す……凄い……凄い! すッッッごぉ~~いッ!!」


映画で見るCGや特殊メイクなどではなく、正真正銘の本物なのである。

今まで噂では耳にしていたのだが、この世界に来てお目にかかった事がなかっただけに、その感動は一入であった。


中でも隊長のゲンゲンは、のお気に入りであった。

人間の目から見ると分かり辛いが、これでも彼は17歳の立派な青年だ。
その彼に対し、人目を憚らず抱き締めて「可愛いッ!!」と頬ずりするの行動にはフリックが待ったをかけた程であったと言う。

だが、それでもめげないは、暇さえあればゲンゲンに纏わり付いている。
まるで親鳥の後をついて行く雛の様に、彼の後を嬉しそうについて行く姿が、砦内ではしばらく間見かけられていたらしい。


「ダメだ、こりゃ……」

砦の隊長、ビクトールも彼女の行動には溜息を吐かずにはいられなかったそうな。







そんな中、久しぶりに首都・ミューズへ定期報告に出掛けるビクトールと

今回は先月の終わりに交わされた、ハイランドとの休戦条約の内容を聞く事と、ミューズで募集した新しい傭兵を迎えに行く為であった。


休戦条約が結ばれ、戦はしばらく無いはずだと言うのに、なぜ今 兵の増員をするのか?

条約を執り行った議員のほとんどは皆、これで平和になると楽観視する者ばかりだったのだが、アナベルだけはそうではなかった。

それはハイランド王国内ではまだ、主戦派と穏健派の二つに分かれており、一枚岩ではなかったからだ。
なので万が一を考え、公には知らせず彼女の独断で準備を整えていたのである。




「――以上が、この前話し合った内容だ。ビクトール」


「ふう~ん。今、そんな状況になってんのか……。
 まぁ、オレ達ゃ傭兵だ。正規の兵が動かせねェってなら、こっちで備えるしかねェよな」

「何しろ楽天家の議員が多いもんでね。大っぴらに出来ない分、予算を工面するのに苦労しているよ。
 少しでも安く上げるのに、苦肉の策でコボルトに頼った訳だが……」

「ああ。ヤツらを連れて来たのは正解だと思うぜ?力は弱いが人間よりすばしっこくって、鼻が利く。
 それに今まで見た中じゃあ、あの隊長のお陰で統率がとれてて充分使えるよ。

 ただ……ちょっと……な」


「ちょっと……って、何かあるのか?」

「いや。ゲンゲン隊長が悪い……って訳じゃねェんだが、
 その……がな。そいつにぞっこんなんだよ」

「はぁ??」


「コボルト族ってのを初めて見たらしく、『フワフワした感じが最高ー!』
 とか言って、四六時中付きまとってやがるんだ。それで……」

「コボルトを初めて見た??
 そんなハズはないだろ。彼らはどこにでもいるハズだが……。

 そう言えば以前、異国だと言っていたが一体、はどこの出身だ?」


「!?」



アナベルの一言に、ハッとするビクトール。

彼女が言う様に、コボルトはどこの土地にでも住んでいて、そう珍しくない人種なのだ。
そんな彼らを見聞きした事がないとなれば、当然 の身元について疑問に思うはず。
ただでさえ突飛な言動が多く、周りから浮いた存在なのだから……。

ビクトールは自分が迂闊な事を言ってしまったのに気が付き、慌てて話を逸らせた。


「言葉や文字が違う事から見ても、かなり遠くの……」

「い……いやぁ!は小さな島国にいたらしいから、そこんとこ知らねェのかもな?
 そ、それよりこの冬の間、アイツがまた色々と発明したんだ。今、見せてやるから!!」


アナベルの言葉を遮り、素早く自分の持って来た袋の中の物を彼女に押し付けた。

いつになく強引なビクトールの行動に疑問を抱きつつも、目の前に並べられた発明品に思わず注目するアナベル。
どれも今まで見た事がない物だけに、すぐに興味を惹いた。



『はりせん』 『すぽーつ・ちゃんばら』 『おせろ』 『しょうぎ』等々…。

それらの使用方法や、冬の間に実際に起きた出来事を聞いて、アナベルは声を上げて笑った。




「あははは!らしいね。
 雪に囲まれて、てっきり退屈してるだろうと思ったけどさすが錬金術師だ。
 ホントにまぁ、色々と思い付くもんだよ!」

「へへ、そうだろ?」

『はりせん』を眺めながら上機嫌な彼女を見て、ビクトールは話が上手く反れた事に内心ホッと胸を撫で下ろしたのだった。



「今回は遊戯用の物が多いけど、この『はりせん』なんかは実用出来そうだね♪」

「実用……? 一体何に使うつもりだ??
 見た目より痛くねェし、デカい音がするだけだが……」


「議会が紛糾したら使うのさ。
 小槌より音が大きくてインパクトありそうだしね、これ♪」

「確かに……。
 だが、心臓弱そうなじいさん共にゃあ、ちょっとキツイかもしれないぜ?」


「そうだ!
 直接ブッ叩いて、聞き分けのない頑固ジジイに活を入れるのも悪かないね~」

「へ? ……お、おいおい!そりゃちょっとマズイんじゃねェのか!?」



「――――――プッ! ……冗談に決まってるだろ、ビクトール」



少し不自然な間を置いて答えるアナベル。

ビクトールはその間が一体何を意味しているのも気になったが、それ以前に そう答えながらも、その『はりせん』を良いフォームで何度も素振りしている方が凄く気になった。



『ハ、ハハ……。まさかな……』

一般人ならともかく、どんなに相手に不満を持っていても都市同盟の主席ともあろう者が、そんな過激な行動をとるはずがないはずだ!

ビクトールは漠然と広がる不安を端に追いやり、そう考える事にした。だが……



「…………一度、これでマチルダのゴルドーの頭も叩いてみたいねェ♪ フフフフ……」

『な、何いィィィィッ!!!!』


市長という役職は、やはり色々と苦労が絶えないものらしい……。
ビクトールは引きつった笑いを浮かべるしかなかった。










定期報告も終わり、ミューズの街の外では医者や募集した新しい傭兵達が砦へ向かう為、すでに集合していた。

今回、医者が同行しているのは、戦いに備えて砦の兵士達の検診をする為にアナベルが手配してくれたものだった。
ケガや傷は、傷薬や水の紋章で治せても病気に対しては、やはり医者や薬が必要。

傭兵を生業としているほとんどの者は、貧しい家の者が多いので、当然 金のかかる医者とは無縁なのである。
だから今回のアナベルの気遣いは、大変ありがたいものであった。




「初めましてビクトールさん。
 私はホウアンと申します、道中 宜しくお願い致しますね」

「おう!よろしく頼むぜ、ホウアン先生」


彼はこのミューズでは、腕も確かで貧しい者達には無償で診るという有名な名医らしい。
その物腰の柔らかさや落ち着いた雰囲気に、ビクトール達も好感を持ったのだった。


今回集まった傭兵達は約100名程で、砦に出発する前に隊長であるビクトールが、前に出て挨拶をした。

隊長の挨拶……と言っても、元々ビクトールが大雑把な性格なので、内容は形式だけのごく簡単なもので済ませた。
後の細かい説明等は、今回 同行していたジョン達に任せていた様だ。


その説明の最中、兵士達……特に歳若い者達の視線はなぜかの方を向いていた。

男ばかりの荒っぽい傭兵の世界に、不釣合いなカワイイ女の子がいるので、どうやら気になったらしい。

やたらソワソワとしている兵士達に気付き、その原因がだと知ったビクトールはヤレヤレと肩を竦めた。



「何だ 何だぁ?お前らこの娘が気になるのかよ。しょうがねェヤツらだなぁ……。
 ほら、!こっちへ来てこいつらに自己紹介でもしてやれよ」

「ぇええっ!? わっ、私ィ??」


今の今まで、ホウアンに同行している弟子のトウタを眺めながら『かわいい~♪』と一人萌えていたは、いきなり話を振られ驚いた。

周りを見渡すと、いつの間にか皆に注目されている。


兵士達に注目され、その瞬間、火が点いた様に真っ赤になる
どうやらまだまだ異性に対して免疫が出来ていない様である。

それでも傭兵隊を管理する一員として、戸惑いながらも挨拶をする事になった。




「え、えっと……私、って言います!
 い、一応隊長の補佐役の仕事をしているので、よ、よ、宜しくお願いします!

 ……その!み、皆さんも傭兵のお仕事がんばって下さい。
 私お、応援していますからッ!」


なんとか言い終わり、勢いよくお辞儀をする
その初々しい少女の姿に一同は喜んで熱い拍手を送った。




「いいぞー!よろしくな、ちゃん♪」

「こんな可愛い娘がいるんなら、おじさんがんばるぜ!」

「く~~っ!オレ、入隊して良かった~~!!」


ヒューヒューとはやし立てる一同。中には涙ぐんでガッツポーズをしている者までいる。

そんな兵士達の様子を見て、最初は呆れていたビクトールも何やら思いついたらしくニヤリと笑った後、を隠すように前に立った。



「ウォッホン!
 あ~諸君! 喜んでいるところ悪いんだが、一つだけ言い忘れていたぜ。
 ……忠告しておいてやるが、コイツに手ェ出すんなら覚悟してやるこった。

 何たって、オレ様の コレ だからな♪」

「!!!!!!!!」



小指を立てて、どや顔のビクトール。
その瞬間、さっきまで天国気分だった兵士達の顔色が、一気に落胆の色に変わった。
まさに『 ガーン! 』という効果音がピッタリの状況である。


「えっ!? 何? 何? ちょっ!……ビクトール、見えない~ッ!」

後ろにいたは、皆に何が起きたのか気になり、前を見ようとした。
だが、ビクトールがワザと見えない様に意地悪をするので、結局当の本人にはさっぱり状況が分からなかった様だ。




その様子を端のほうで見ていた名医・ホウアンと弟子のトウタ。
トウタはまだ10歳の子供なので、当然ビクトールの立てた小指の意味が分からなかった。


「ホ、ホウアン先生!
 あの隊長さんは小指立てていましたけど、アレは一体何ですか??」

「ああ、アレですか?」


……と、普通相手が子供ならこの種類の質問は時期早々と判断して、答えをはぐらかしたり、『大人になったら分かる』等と答えるのが主流である。
だがこのホウアンという人物は少々変わっているらしく、にっこりと微笑んだ後、弟子の質問に素直に答えた。それも包み隠さず、ストレートに。


「アレはですね、『恋人』または『愛人』という意味があるんですよ。
 よく、大人が自慢する時に使いますね~」

「へぇ~。それでは、あのさんって人は、あの隊長さんの恋人なんですね?」


「う~ん。それはどうでしょうか?
 あの様子からして多分、薄っぺらい見栄でも張っているだけなのでしょう。クスクス……」

「??」


含みのある微笑みを浮かべるホウアン。
最初の精錬潔白なイメージとは打って変わり、その言葉の端々には黒い棘が含まれていた。

だが師匠の黒さに気付く事無く、弟子のトウタは純真な気持ちで素直に受け取った。


「えっと……。
 ボクにはまだよく分からないみたいです。まだまだ勉強不足ですね。
 よ~し!帰ってからまた図書館で調べて来ますね、ホウアン先生♪」

「それは良い事です、トウタ。
 た・だ・し、あの隊長さんに直接聞いてはダメですよ?分かりましたか?」

「はい、分かりました!」







砦までの道のりは、徒歩で約五日程である。
一行はミューズとトトの村の間の地点で、一日目の野営の準備をしていた。

まだ春先なので日が傾きかけた四時頃でも、もう風が冷たい。
夕食が出来るまでのひと時、焚き火を囲みながらビクトール達は休んでいた。

いつもの定期報告ならヒルダの『白鹿亭』に泊まるのだが、今回は兵士達も大勢いるのでそうもいかない。
美人女将・ヒルダに会えず、ビクトールはブツブツとぼやいている。

そんなビクトールに構う事無く、は温かいお茶を飲みながらトウタと嬉しそうにおしゃべりをしていた。



「へぇ~。トウタくんってまだ10歳なのに、今からお医者さんの勉強してるんだ……」

「はい!ボクの夢はホウアン先生の様な立派な『名医』になる事なんです」


「え……えらいわ、トウタくん! 私も応援してるから、がんばってねッ!!」

「あわわっ!」


純粋なキラキラした瞳を見て、母性本能をくすぐられたは、思わず抱きしめ頬ずりをした。

「そうだ!そんながんばり屋のトウタくんに、私の『お守り』をあげちゃおう♪」


は何やら思いついたらしく、ポシェットの中から折り紙を取り出し、折鶴を作る。
あっと言う間に出来上がった不思議な紙の鳥を見て、トウタは目を輝かせた。

「うわぁ……何ですかこれは? ボク、初めて見ました。……何だか鳥みたいですね」

「フフ。『折鶴』って言うの。
 私の国の願いが叶うお守りよ? トウタくんの願いが叶う様、コレあげるね。ハイ♪」

「願いが叶うお守り……ですか!? あ、ありがとうございますさん!!」


やったー!と、無邪気にはしゃぐトウタを見て、も嬉しくなる。
ホウアンの為にもう一羽作ると、それを貰ったトウタは何度もお礼を言って、嬉しそうに師匠のいる天幕へと戻って行った。

焚き火を囲んでその様子を見ていたビクトールは、久々に見たその折鶴を懐かしそうに見詰めた。


『そーいやオレのは、あの時に使ったんだっけな……』



ビクトールが思い出したのは、と最初に立ち寄った小さな村。

その砂漠の村で大蛇によって命を落としたに、『折鶴』を使って復活の願いをビクトールが掛けた。

願いは叶い、『希望の紋章』を宿した彼女は見事に復活した……。


ビクトールは特に『奇跡』を望んでいる訳ではなかったのだが、持っているだけで、彼女との特別な繋がりが出来る気がして、それが無性に嬉しかったのだ。

『フリックには悪いが、このぐらいは構わねェよな?』

ビクトールの脳裏に最初に浮かんだのは腐れ縁で、互いに信頼し合っている相棒の顔。
そのフリックがに対して恋愛感情を抱いているのは、以前から薄々感じていた。

そして彼女が特別な存在である為に、彼が自分の想いを伝えられない事も……。

そんなフリックの事を歯痒く思う反面、心のどこかで安心している自分を感じていた。
それは妹をとられる兄の気持ちなのか、それとも自分も彼と同じ想いをに抱いているのか、その事をビクトールはあえて考えない様にしていた。

それは現状のままの『家族』という、三人の関係を壊したくなかったからだった。
自分さえ余計な波風を立てなければ、誰も傷つく事無く万事丸く収まるのだ。
ならばその方が良いに決まっている。

ビクトールは そう自分に言い聞かせ、ならばせめて今だけは彼女の傍にいさせてくれとここにはいない相棒に向かって、心の中で呟いた。





「……おい。もう一度その『おりづる』、オレに作ってくれないか?」

「あれ?前にあげなかったっけ?」

「い、いやぁ、あれはもう使っちまってさ!ハハハ」


は仕方ないなぁと肩を竦めると、ポシェットから折り紙を取り出し作り始めた。

未だにどういう仕組みになっているのか分からなかったが、一枚の色鮮やかな紙は彼女の手にかかり、形を変化させていく。

その作業を覗き込む様に、いきなりビクトールはの後ろにまわった。
が腰掛けている岩に自分も座り、彼女を足の間に挟む形で後ろから腕を回した。


「……ん?なぁにビクトール?」

「いや、いつ見ても不思議だと思ってな」



ビクトールに後ろから腕を回されても、特に驚く様子はない。
彼を家族だと認識しているので、にとってこれは只のスキンシップなのだ。

ただ、後ろから抱きしめる様に回された腕が大きすぎて、作業の妨害になっているのは困りものだが……。


その様子を遠巻きに見ていた兵士達は、やはり彼女は隊長のコレだったのか……と、諦めた様に二度目の深い溜息を吐いていたのは、言うまでもない事である。

兵士達の羨望の視線に優越感を感じながら、愛おしむ様にの髪に頬を摺り寄せる。
ビクトールの秘めた想いに気付く事無く、は呆れた様に肩を竦めた。



「なぁに?ビクトールったら甘えちゃって……。何だか子供みたいよ?」

「へへっ♪」

「はい、お待たせ~」


ビクトールは軽く礼を言うと、貰った黄色の折鶴を眺めながら、彼女と出会った時の事を再び思い出していた。


とあの砂漠の遺跡で出会ってから色々な事があった。
遺跡での出来事。『希望の紋章』を巡るヴァンパイヤとの戦い。星辰剣との別れ……。

そして、一度命を落としたを復活させたのは、その『希望の紋章』であった。
命を落とす原因となったものに救われるとは、本当に皮肉な結果である。

その紋章を宿しての姿が変わり、そこでやっと気付く。
彼女が『トランの天使』であった事を……。
その時は人間ではなく、肉体の無い精霊だったので、当然分かるはずもなかったのだ。


最初に出会ったグレッグミンスターの宿屋では、初めから馴れ馴れしく話し掛けて来た。

全く精霊らしくないを変なヤツだと思いながらも、接している内に自然に打ち解け、いつの間にかも含め、解放軍に無くてはならない存在にまでなっていた。

ネクロードと戦う時も焦る自分を宥め、何も言わない自分の心情を汲んでくれ、温かく思いやってくれたのを昨日の様に感じている。

――今にして思えば、は自分の心の支えだったのだ。


が過去を忘れていた事に内心 寂しさを覚えたが、その反面、手の届かない存在
だった彼女と、家族としての繋がりが出来たのは喜ばしい事であった。

以前、星辰剣がを『希望の紋章』の悲劇から守って欲しいと言った事があった。
もし星辰剣がそんな事を言わなかったとしても、ビクトールは彼女を見捨てはしなかっただろう……。

例え彼女の想いが自分以外の者に向けられていても、例え彼女が再び自分の世界に帰る時が来たとしても、彼女がここに存在している限り守り続けようと心に決めていた。

『ハハ。 このオレがガラにもねーよな、全く……』






「……そう言や
 あのぼうずとかにエラく御執心の様だが、子供でも欲しいのか?」

「えっ!?
 ……うん!そうね、トウタくんやピリカちゃんみたいな子だったら欲しいかな♪
 だって、女の子の夢ってステキなお嫁さんになる事だもん!」

「ふぅ~ん」


「素敵な旦那様がいて、可愛い子供がいて……
 それで家族みんなで楽しく暮らすの! フフッ」

「家族……か……」



腕の中の少女が何気なく言ったその言葉は、悲惨な出来事で失ってしまった、故郷のノースウィンドゥの家族を思い出させた。

祖母マーサ、母ヘレン、弟のウィル。そして幼い頃から親しい間柄だったデイジー。
家族5人で暖かな団らんを楽しむひと時。その幸せだった頃を思い出し、ビクトールはを抱きしめる腕を少し強めた。

の方も離れ離れになってしまった家族の事を思い出し、切なそうに空を眺めた。
そして……




「…………あのね、ビクトール。人って凄いのよ?」

「え……?」


「失ってしまった家族はもう戻って来ないけど、また新しく家族を作る事ができるの。
 ……愛し合う男女が一緒になって、子供が生まれて……。
 それがまた新しい家族になるわ。

 それって、よく考えると不思議だし、凄い事だと思わない?」

「!!」



振り向いたの笑顔を見て、ビクトールは思わず心を奪われてしまった。

その笑みは母親の様に強く誇らし気で、それでいて労わる様な温かさを感じた。
そして少女の言葉は、自分の欠けた部分に沁み込んで来る。

――なぜ、こんなにも自分の欲しがっている言葉をくれるのだろう?


悲惨な出来事で家族を失って以来、新たな恋人…ましてや家族をつくろうとは考えもつかなかったビクトールである。

もし腕の中の少女が自分の妻で、その子供を肩車している、父親である自分。
三人が楽しく笑い合っている……。


『…………そういうのも、良いよな……』




そんな幸せな思いに耽るビクトールだったが、少しして現実に引き戻される。
彼の頭を過ぎる影があったのだ。

『契り』を結ぶ事で希望の紋章の『主』となり、不死と絶大なる『力』が与えられる……


そう――と結ばれる事はすなわち、『主』になる事なのである。

『不死と絶大なる『力』か…………』


野望のある者なら、何をおいても欲しがる『力』なのだが、一介の傭兵風情には荷が重過ぎる以外の何者でもないのだ。
その重さに、果たして自分は耐えられるのであろうか……?

『相当な覚悟が必要だな、こりゃあ……。
 あいつは……フリックはどう考えてるんだろ……?』



クシャリと自分の髪を掻き上げるビクトール。
そんなビクトールを見ては、さっきから彼がずっと黙り込んでいるのが気になり、その顔を覗き込んだ。

「……どうしたのビクトール?難しい顔なんかして??」

「へ……!? い、いや、何でもないぜ?ハ……ハハハ」


急に話しかけられ、現実に引き戻される。
ビクトールは自分の考えを悟られない様、慌てていつもの様に話をはぐらかした。



「……あ! もしかして私、また何か変な事でも言っちゃったかな?」

「いやいやいや。違うって! 別の事考えてたもんだからつい……な。
 そ、そんな事より!さっきの話だけどよ、子供が欲しいって言ったよな?」

「え?うん、言ったけど?」


「……そんなに子供が欲しいなら、一丁、オレの子供を生んでみないか?」

「え……?」


「だ・か・ら!子供は一人じゃ作れないんだぜ?
 このビクトール様が協力してやるって言ってんだよ♪」


しばらくビクトールの言葉が理解出来ずに固まっている
ニヤニヤと彼が何か企んでいる様な笑みを浮かべている所を見て、やっと分かったのか火が点いた様に真っ赤な顔をして怒り出した。


「もぉ――ッ!! ま、また私をからかってるのね!
 今の発言、絶対セクハラよ!セ・ク・ハ・ラ!!!」

「せくは……ら??」

スパ ―――― ン!!!!
「ぐはあッ!!!」


いきなり知らない言葉が出てたじろぐビクトールに、次の瞬間、頭に衝撃とそれと同時に大きな音が響き渡った。

どこから取り出したのか、のその手には例の『ハリセン』が握られていた。
そして容赦なく問題発言をした熊男に向かって、何度も振り下ろされたのだった。


「おっ、おいッ!いつの間に持ってた……痛ッ!!よせよ、みんなが見てるって!
 オ、オレは一応、お前の上司なんだぞ!立場ってもんが……」

「そんなの関係ないもん!!!」



バシバシと力任せに叩きまくる。ギリギリ避けるビクトール。
次第に本気になってくる攻撃に青くなる。一発でも直撃すればタダでは済まないだろう……。
その攻撃をなんとか避けつつ、とうとうたまらなくなって頭を抱えて逃げ出した。

ちょっと話をはぐらかそうとした結果、予想外の反撃に合うとは思ってもみなかった。
この厄介な武器『はりせん』がある限り、次からは下ネタ系は気を付けねば……と反省したビクトールであった。



そんな微笑ましい(?)光景を見ていた兵士達は、の振り回している見慣れない武器に、驚きと感心の目で注目していた。

「な、何だあの武器は!?あんなモノに隊長が手も足も出ないなんて……」

『なんて凄い武器なんだッッ!!!!』


結果『ハリセン』の威力は新米の兵士達の間で、脅威の武器として知れ渡る事となった。
一方、その騒ぎを天幕から覗いていたミューズの名医には、別のモノとして関心を持たれていた様だ。

「ほほぉ、これは……。面白いモノを持ってますね♪
 アレを治療の麻酔に使えるかどうか、今度、誰かで実験してみましょうか?」

「そうですね!
 それじゃあ後でさんに頼んで、お借りして来ますねホウアン先生♪」








二日目の夕方、トトの村に到着した一行。

そんなに大きな村ではなかったので、とても全員は宿屋には収まりきれず、隊長や特別待遇の者達以外は村の外で野営をする事となった。

次の朝、周りの騒がしさに目を覚ます
何事かと身支度を整えて、慌てて食堂に出てみればそこにはフリックがいたのだ。


「あれ?フリックどうしたの、こんな所まで来て……??」

「ああ、起きたか。……昨夜、ハイランドの国境付近で、何か騒ぎがあったらしい。
 悪いが少しの間、ここで待っていてくれないか?」

「え?うん、分かった!」


そう言ってフリックは慌しくビクトールを連れて、何人かの兵士と共に出掛けて行った。

ホウアンや他の兵士達は先に砦に向けて出発するらしく、しばらくの間一人で留守番する事となったは、朝食を済ませるといつもの様にピリカの家を訪ねたのだった。




川原の近くまで来ると、他の子供達と遊んでいたピリカがの姿を見付け、嬉しそうに駆け寄って来た。

「あーっ!お姉ちゃん来てたの!?」

「やっほー!ピリカちゃん久しぶりね♪元気にしてた?」

「うん!」


元気一杯に答えるピリカ。一緒に遊んでいた子供達も、見慣れないに不思議そうな顔をしながらも駆け寄って来る。

「ねーねーピリカちゃん。その人だぁれ?」

「あ!えっとぉ、お姉ちゃんだよ!
 あの『かみひこーき』作ってくれた人だよ♪」


「わぁー!そうなんだ!ねェお願い!ボクにも作って欲しいな♪」

「あ!ずる~い。私も私も~!」

「はいはい、ケンカしないで。みんなの分、作ってあげるから順番ね♪」



子供達に囲まれ、快く引き受ける
肩から下げた布地の鞄の中にはピリカに色々作ってあげようと、アナベルの所から貰ってきた紙が何枚か入っていたのだ。

紙飛行機を作っている最中、ピリカがその鞄の中に入っていたハープを見付け不思議そうに眺めていた。

「ねェ、お姉ちゃん。これなあに?」

「え?……ああ、それは竪琴っていう楽器よ。
 こうやって弾くと とってもキレイな音が鳴るのよ♪」



鞄の中に入っていたハープを取り出すと、早速 軽く弾いてみせた。
初めて聞くのか、その不思議な音に子供達は目を輝かせてハープに注目している。

「わぁ~っ!すっごくキレイな音! 初めて聞いたわ♪」

「お姉ちゃん、これ弾けるの? もっと聞きたいな♪」


「ええ、もちろん♪ ……そうだ!良かったらお歌唄ってあげようか?」

「うん!!唄って、唄ってーっ!」



子供の期待に答える為、唄えそうな、なるべく人のいない場所を探した。
ピリカはそれを見て不思議そうにしていたが、それはの歌で植物が育つ現象が起きてしまうので、一般人を驚かせない様に配慮した行動であった。

結局、川原なら大丈夫だろうと考え、子供達を引き連れそちらに向かった。





「おまたせ!それじゃあ始めるね~♪」


子供達がパチパチと拍手して、ワクワクした顔で注目する中、は子供受けする楽しい曲を考えてみて、スタジオ●ブリ系の曲を歌って聞かせた。

子供達は初めて聞く、楽しげな曲のリズムに乗りながら聞いている。
その様子を見て、世界は違えども子供の好むものは同じなのだと感心したのだった。


そして唄い終わった後、自分達の周りに草花がたくさん咲いているので驚きの声を上げていた。


「え~?何で何でぇ??」

「どうしてこんなにいっぱいお花が咲いてるのかなぁ?
 さっきまで、なんにもなかったのに……」

「あ!もしかしてお姉ちゃんのお歌で、お花が咲いたんじゃないのかな!?」


「ふふ。さぁ、どうかしら?」

「すごーい!お姉ちゃんのお歌は魔法なんだね♪」


キラキラした瞳で見詰められ、少し得意になる

魔法は自分の世界ではありえない『奇跡』の現象。だがこの世界では普通に存在している。
実際、呪文を唱えて起こしている訳ではないが、憧れていた魔法を使えた気分になりはしみじみと胸に手を当てて、深く感動していた。

『ああん♪ なんかハリー・●ッターになった気分だわ♪ 超嬉しいッ!!』




「……それじゃあ、そろそろ戻ろっか?」

「「「 は――― い♪ 」」」

元気よく返事をする子供達。
それを見て、何だか幼稚園の保育士さんになった気分になった。

『なんか良いかも……
 この世界には幼稚園は無さそうだから、今度アナベルさんに提案してみようかなぁ?』


アヒルの親子の様に自分の後を素直に付いて来る子供達に、顔が緩むのを抑えられず、一人萌えている
そんな時、すぐ後を歩いていたピリカが何かを見付けたのか、突然川原の方を指差した。


「あれれ? お姉ちゃん、あれ何だろ? 誰か倒れてる」

「え……? ああっ!?ホント大変!!」



ピリカが指差す方を見れば、確かに川岸に人が倒れていた。

慌てて駆け寄り水から引き上げると、それは長い髪を後ろに束ねた少年であった。
全身ずぶ濡れの所を見ると、どうやら上流から流されて来たのが分かった。


「し、しっかりして! ねェ!!」

「ピ……ピリカ、おとうさん呼んで来る!」

「うん、お願いピリカちゃん!」


ピリカが急いで村の方へ駆け出すと、他の子供達も怖いのか、一緒に行ってしまった。

必死の呼びかけにも反応は事無く、ぐったりとしたその手は力なく垂れ下がっている。
触れた体は冷たく血の気の無いその顔色は驚くほど白かった。
はその少年の顔を見てハッとした。

忘れもしない……少年はこの世界に来る時に水中で見た二人の内の一人だった。



『あ……! この男の子、あの時の……!?』



だが、あの運命的とも言える出会いから、すでに一年以上は過ぎていた。
ならばその時から、ずっと流されていたというのだろうか?

呆然と少年を見詰めるの脳裏に、ふとレックナートの声が思い出された。


……貴方はこれからあの場所で、『天魁星』となる者と出逢うでしょう。
 それは貴方がこの世界に来た時からの運命なのです……』

「あ……そうだった!
 この男の子がその『天魁星』だとしたら、私が導かないといけないのよね……?」


あの時、水中で見たのは二人の少年。
はもう一人の男の子も、近くに流れ着いていないか慌てて見回した。だが、それらしい人影は見付からなかった。

「どこかで逸れちゃったんだ、無事だと良いけど……ってこんな事してらんないわ!」

おねぇちゃん!おとうさん呼んできたよ!」

「あ……!ピリカちゃん!」


があたふたしている間に、ピリカが父親を連れて戻って来た。

戸惑うの代わりに、ピリカの父・マークスが急いで少年の様態を診てくれた。
何度か胸に耳を当てたり、首元や口元に手を当てたりしていたが、深い溜息を吐いて
残念そうに首を振った。


「……もうこの子の息も心臓も止まっているよ、残念だけど……」

「ええっ!?そ、そんなハズは……!」


信じられないとばかりに、は少年の胸に耳を当てた。
マークスが言う様に少年の心臓は止まっており、息もしていなかった。呆然とする

『そんな……! だってこの子は『天魁星』なんでしょ!?
 だったら死ぬはずがない……。
 こんな所で……こんな所で死んじゃ絶対ダメだよ!!』


「このおにいちゃん、どうして目がさめないの?こわいよ……」

「ピリカ……仕方ないんだ。このお兄ちゃんはね……」

「……私が…私が…助けなきゃ。私がこの子を導いてあげなくちゃ!」


「……え?さん……」


マークスは驚いた。今まで呆然として座り込んでいたが、ボソリと呟いた後、突然少年の胸を押し始めたからだ。

リズムよく数をかぞえながら押し、その合間に少年の鼻をつまみ、顎を上げてその口から何度も繰り返し息を吹き込んだのだった。

「なッ!? さん、君は何を……」


少年はすでに死んでいると言うのに、その死体に何をしているのだろう?
死者を冒涜する様な彼女の行為に、目を丸くしたマークスは慌てての行動を止めた。

「や、やめなさいさん!君は死体になんて事をするんだ!?」

「マークスさん、放して下さい!違うんです、これは『人工呼吸』と言って蘇生術で……」

「『じんこーこき…う』?? 蘇生術……?
 そ、それが魔法だとしても死者を蘇らせる魔法なんて聞いた事がない。
 それも口移しでなんて……」

「ああッ!みてみて、おとうさん!」

「……え?」


ピリカが興奮した様にマークスの服を引っ張る。
何事かと娘が見ている方を見てみれば、なんと少年が息を吹き返していたのだった。

「なッ……!? そんなバカな!この子は確かに死んでいたのに……」

「よ、良かったぁ……! これでもう大丈夫だよね」


少年の胸は浅くだが、上下に動いていた。呼吸が戻り血が巡り始めたので、顔にも赤味がさしてきた。それを見て安心したのか、肩の力が抜けはホッとする。

まだ信じられないのか呆然としている父親を尻目に、ピリカは興奮しながらに抱きついた。

「すごいすごい!
 おねぇちゃんが息をフーッて したら、おにぃちゃんが動いたぁ♪
 魔法だよね?これって」

「え!?魔法??
 えっと……これはそんなんじゃ無くって、只の蘇生術だからその……」


「いやぁ……本当に驚いたよ、さっきは済まなかったねさん。
 あんな魔法の使い方は初めて見たもんだから…。
 君の国には凄い魔法があるんだね!」

「えっと……」


魔法じゃ無いと説明しようとしただったが、マークス達が余りにも感動するのでそれに水を差すのも悪いと思い、結局言い出せずに終わってしまった。

どうやらこの都市同盟領では、人工呼吸や心臓マッサージ等の蘇生術は無いらしい。
一番文化の進んだハルモニアという所なら、あるのかもしれないが……。
また機会があればその時に詳しく説明すればいいか……と、は肩を竦めた。

「そ、それよりマークスさん。この子を何とかしないと……」

「おっと、そうだった! 早く私の家に運ぼうか」


「それなら私が運びます!マークスさんは先に帰って準備しておいて下さい!」

「そ、そうだな……、さんは力持ちだったね。それじゃあ悪いが頼んだよ」


の馬鹿力はマークスにも知られていたので、一瞬彼は戸惑いながらも頼む事にした。

彼が家に戻った後、ピリカが傍らで見守る中、少年を抱き起こそうとした。
だがその背を支えた時、その動作に少年が目を覚ました。

ゆっくりと瞼を開け、まだ焦点の合っていない瞳が見詰める。
菫色の瞳と目が合い、は安心させる様にその頬を撫でると、柔らかく微笑んだ。

「私は。もう大丈夫だから安心してね」

「…………は…………た……」


の名を聞いて一瞬、驚いた様に目を見開く少年。
そして悲しそうに顔を歪ませた後、その瞳からは涙が流れる。

まだ紫色の唇を懸命に動かすが、肺に水が入っているのか掠れて言葉にならなかった。
驚いたは、涙を流しながら無理にしゃべろうとしている少年に戸惑う。

「まだ肺に水が入ってるんだから無理しちゃダメよ!
 今、家まで運ぶからがまんしてね」

「…………う……」


そう何かを呟くと、少年は意識を再び失ってしまった。

彼がしきりに何を語り掛けていたのか分からなかった。
だが最初に出会ったあの時の様に、懐かしさを滲ませた少年のその瞳に、はレックナートが言っていた『運命』を感じずにはいられなかったのだった。

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*******後書き*********
これまた久々の更新です!!////
やっとですが、ヒロインさんがジョウイに会えました~♪
ゲーム内ではピリカちゃんが発見してマークスさんが助けた事になってますが、ここでは
なんと!溺れ死んでる事になってます(汗)
なのでもちろん、ヒロインさんが施した蘇生術は只の人工呼吸ではありません。
『希望の紋章』の能力の一つになってます。(それについては、追々話の中で出す予定)

今回、熊さんが何か出張ってます!熊さんがヒロインに抱いている感情は家族以上、
恋人未満といった感じです。相棒のフリックに遠慮している事もあり、そこまで踏み
込めないのが正直な所でしょう。
日頃、女にはだらしがない熊さんですが、メンタル面は以外にも繊細なのかも?

次はやっとⅡ主が出てきます!!
外伝で変(?)な性格だった彼は、ヒロインと一体どんな絡みを見せてくれるのでしょうか?
乞うご期待???

>20110727

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