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〇玖【 蛍・下 】

『アンタ、何で蛍が好きなんだ?』

もう一度、眼帯こと伊達 政宗に言われた言葉を、私―― は脳内で反芻した。

いや、何で好きって……別に眼帯には全く関係ないのでは??

答えない、という選択肢もある。
だが、未だこの眼帯を唯一怒ってくれそうな片倉 小十郎さんや、眼帯の臣下である良直さんたちが到着する気配がなかったので、時間潰しに答えることにした。

――って、暇な時間が出来てしまったのは、謎行動起こしたこいつの所為なんですけどね!!

「なんでって……キレイだし、見るのが楽しいから……です、けど」

本当は、それだけではない。
けれどそこまでこの腹の立つ眼帯に教える義理はなくて、口にするのは小恥ずかしくて、思わずしどろもどろと答えてしまった。

「Parents……親と見てたのか?」
「……」

そうじゃない。そうきっぱり言いたくなくて、思わずそっぽを向いた。

両親と見れたことなんて、これまでない。
それは両親が帰国する時期が、蛍が見れる時期ではないから。

だから一緒に見れたとしても、それは叔母とだけだ。
でも、その叔母だって元々家派(インドア)だから、毎年物凄く説得して付いて来てもらって、一緒に見ていた。

けれどそれも、やっぱりあの時の光景に――今も鮮明に残る思い出には及ばない。

静かな森のような場所で、開けた場所にある池。
水が澄んでいるからなのか、満天の星空を綺麗に映していた。

そしてその周りを、まるで池から浮かび上がって、空に戻っていくかのように、無数の蛍が飛び交っていた。

けれどその場所を、私は“日本”で見つけられなかった。

いくらネットで調べても、それに似ている場所はどこにもなくて。
もしかしたら穴場だったのかも、と地元を調べても、そもそも蛍の生息すらなかったという結果しかなかった。

幻想的でもあったあの場所は、もしかしたら夢だったのかもしれない。
でもそうなれば、一緒に見たあの人――名も知らない“お兄ちゃん”まで消えてしまいそうな気がして、未だにそうだとは認められなかった。

彼は確かに、昔の私に勇気と、変わるきっかけをくれた人だから。
夢ではないと思いたかった。

「――そういや、城から少し離れた場所に蛍が見れる場所があったな」
「え?」

「最近は行ってねえが……たしか、池があったぜ」

不意にそう言い出した眼帯の顔は見えていなかったが、その言葉に私はまるで引き寄せられるように立ち上がっていた。
竹筒を握り締めて、ふらふらと眼帯に近づく。

「もし運が良けりゃ、大量の蛍が――」
「そ、それ! どこで見れるんですか!?」

気づけば私は眼帯を強制的に振り向かせていた。
驚いたような隻眼が見えたけれど、私はそんなことも、眼帯がお偉いさんであることも忘れて“蛍が見える池”の話を聞こうと必死になっていた。

もし見れたなら、もしかしたらあの人のことも思い出せるかもしれない。
思い出せたのなら夢だったかも、なんて不安になる必要もなくなる――そんな淡い期待があったから。

驚いたように目を瞬かせていた眼帯は、少しして意地悪い笑みを浮かべた。

「アンタが、どうして蛍が好きなのか素直に話したら案内してやる」
「え……は、い?」

まさかの交換条件である。
案内に条件があることもそうだが、その内容にも私は驚いた。

何故にそこまで、私の“蛍好き”の内容を訊く??
コイツが気にする必要なんて――あれか、暇つぶしか!?

確かに未だ小十郎さんたちが到着しそうな気配はない。
だからただの場持たせに、私の小恥ずかしい過去話をさせる気なんだコイツ……!!

……でも、“蛍が見れる池”は行ってみたい。

――悩むまでもなく、私が取るべき選択などすぐに決まった。

「……わかりました。話すんで、ちゃんと連れてってくださいね」

掴んでいた腕を放して、私は頷いた。
けどコイツに恥ずかしがってる顔なんて見せる気もなくて、私は大きく深呼吸して、務めて平静になるように心がけた。

でもやっぱり、正面きって眼帯の顔は見れなかったので、俯きがちで私はゆっくりと話し始めた。

「……昔、小一のときに見たのが、凄く印象に残ってるから、です」
「しょう……いち?」

ああ、そうだった。こっちには“小学校”なんてものはないのだ。

「……小学一年生っていう、ええと……子供が勉強する場所です。
 歳でいうなら、確か六歳か七歳くらいの頃ですよ。

 名前も知らないお兄さんと一緒に、蛍を見たんです。
 もう顔も声も覚えてないですけど……大きな池で、凄く星が綺麗で、たくさんの蛍が飛んでて……

 一緒に見たのはその一回だけだったんですけど、私は凄く“綺麗だな、楽しいな”って思って……
 そ、それで好きなんですよ!」

けれど最後はやっぱり恥ずかしくなって、言い切ると共に背を向けていた。
座っていた場所まで戻って、「それだけです!」と言って、水筒を持ったまま腰掛けて俯いて――あ、水筒返せば良かった。と誤魔化すように明後日の事を思ってしまっていた。

「「……」」

って、感想も何も無いとか何だコレ……!?

え、アイツ一体何のために私にこのクソ恥ずかしい昔話させたの?
え、この暇な時間を潰すためだったんじゃないの??

アイツ何がしたいのマジで……!?

しかし抗議しようにも、未だ羞恥から私の顔は赤い。
その醜態をコイツに見られたくなくて、俯いたままどうするべきかと頭を悩ませた。

……できることなら、小十郎さんたち早く来て!!

そう渋い顔で祈っていれば、ふと影が差していることに気づいた。
え、と顔を上げる前に――何かが勢い良く頭に圧し掛かってきた。

「Ha! There is such a miracle!」
(こんな奇跡もあるとはな!)


そう頭上から楽しげな眼帯の声が聞こえ、何かが私の頭を掻き乱し始めた。
状況から察するに今目の前で影作ってるのは眼帯で、圧し掛かってきたのはコイツの手という事だろう。

って、何で撫で――っていうより髪ぼさぼさにされてんの私ぃ!?

「いで!? いでででででっ!!
 ちょっ! な、何なんですか!? 痛いんですけど!?」
「I thought it was the same as her…
 No way she was! !」
(色々アイツと同じだと思ってたが……
 まさか本人だったとはな!)

「はあ!? いっつ……っ! ちょ、訳分かんないですって!!」

長文でぺらぺらと英語を話されても、万年アヒルな私に分かるはずもなく。
ワザと英語にしているのでは、という考えもあって余計に苛立った。

止まらない手に私はとうとう掴みかかり、両手で引き剥がしにかかった。

――が。

「Let me do this a little more!」
(もう少し撫でさせろ!)

「は――ぎゃあああ! 抱きつくなああ!!」

どうやら引き剥がそうとしていたのは右手であったらしく、それに両手を使った隙を突かれて左腕を身体に回されてしまった。いつの間にか隣に座ってるし!!

別にその腕が胸に当たってるだの、そういうことはどうでもいい。
けれど身体が密着するのは駄目だ。羞恥というより恐怖を感じる……!!
慌てて片手ずつで頭と身体、それぞれに取り付く眼帯の手と腕を引き剥がそうと力を入れるが――流石は人外。まったくびくともしない。悔しい。

そして引き剥がす過程で眼帯の顔が見えて――そのとっても嬉しそうな顔を見て、私の中で何かが音を立ててキレた。

「っだあああああああ!!
 何だコレ!? あんた一体何がしたいんだチクショおおお!?
 こっちは恥ずかしい思いして過去バナしたらコレとか……
 てめえなんて衆道のウワサが立って片倉様から怒られちまえ腐れ眼帯めがあっ!!」

「Ha!
 アイツは『構うな』とは言ってたが、『嫌がらせをするな』とは言ってなかっただろ。
 だからこれは No problem ってことだ!」
 
「は……はああああああ!?!?」

なんか急に開き直られて、思わず引いた。ドン引きである。
え、ていうかなんなの? マジでこれ、“嫌がらせ”なの??

尚も我が頭皮を擦り殺す勢いで撫でてくる眼帯に私は戦慄し、余計に色々叫んで引き剥がしに掛かった。

盛大に叫んで喚いたのが功を奏したのか、数分後には馬の足音を微かに拾っていた。

はっと固まった私に眼帯も「Ah?」と止まり――その隙を逃さず、私は懇親の力を込めて眼帯の呪縛から逃れた。

着物が汚れるのも気にすることなく、脱出した私は河原を転がり、距離を置いて素早く立ち上がると咄嗟に持ってきていた水筒を眼帯に憎しみを込めて投げつけた。

が、あっさりと受け取られてしまう。

「くっそ――絶対その眼帯いつの日か引きちぎってやる!!」

と中指立てて私が宣戦布告のように叫んだのと、

「政宗様!!」

という救いの怒声が河原に響き渡ったのは、ほぼ同時だっただろう。

眼帯の馬のすぐ後ろに自身の馬を止めた小十郎さん。
その降りる姿を見た瞬間、私は驚く小十郎さんの背に全速力で隠れた。

そしてそこから眼帯をこれでもか、と睨みつけた。

「筆頭ー! 片倉様ー!……って、え?」
「何が……あったんだ……?」

そして少し遅れて追いついた良直さんたちは、そんな私たちを見て、固まったようだった。


「俺は政宗様と少々話してくる。あんたはあっちで休んでな」

と私は再び良直さんたちに預けられ、四人から囲まれるようにして再び先程の場所に腰掛けていた。
気を利かせてくれたのか、小十郎さんは眼帯をかなり私から引き離し、何かを話しているようだった。

今だ怒りが収まらない私は、穴でも開いてしまえ! と念を込めて眼帯を睨み続けていた。そんな私に良直さんたちは顔を見合わせた。

「と、とりあえず……水、飲むか?」
「ありがとうございます!!」

恐る恐る差し出された孫兵衛さんの水筒を受け取った。
――のだが、どうやら怒りの余波が残っていたらしく、「お、おう」と孫兵衛さんが結構引いてしまった。反省。

自分を落ち着かせるためにも、水をぐいっと飲む。
少しぬるくなっていた水だったが、飲んで少しは留飲も下がったらしい。

それでも残るいら立ちを吐き出そうと、私は長く息を吐いた。

「ところで、筆頭とは何を――」
「っ!!!」
「い、いや!
 俺たちはアンタが何か叫んでたことしかわかんねえから!」

慌てて取り繕った左馬助さんに、私は無意識に睨んでしまったことに気づいた。
目元を押さえて冷静になろうと深呼吸をした。

「……知りませんよ。
 何か、やたら私が蛍好きな理由を聞いてきて……

 ――でも!! 答えたらいきなりコレですからね!?」

そう言って私が指したのは自分のぼさぼさになった頭だった。
良直さんも「それでそんなに」と私の髪の乱れた原因に顔を引きつらせていた。

本当はもう一つの怒りの理由に“引っ付いてきた”というのもあるが……それをわざわざ口に出して思い出す気はなかった。

私は自分の手櫛で適当に髪を撫でながら、続けた。

「しかも途中からは『嫌がらせだー』とかワケ分からんこと言うし!!
 こっちは首がモゲるか頭がハゲるか心配で! おまけに痛いし痛いし!!
 しかも当の眼帯はずっとニヤニヤしやがってアンシクショウ……!!!」

思い出すとまた腸が煮え返りそうなぐらいに腹立たしい。
その怒りは自然と持ったままの水筒を力の限り握りしめていた。

それに気づいた文七郎さんが「落ち着け」と私の肩を叩いた。
ため息と共に肩の力を抜いた私を見て、四人はまた顔を見合わせたようだった。

「その、が蛍を好きな理由、俺たちも聞いていいのか?」
「え? ……はあ、まあ」

突然そんなことを聞かれるとは思わなかったが、もう既にあの眼帯には話してしまったことだ。今さら隠すほどのことでもない。
そう思って頷いたのだが、何故か四人はまた顔を見合わせた。

「大したことじゃないんですよ。
 ただ、小さい頃、知らないお兄さんと蛍を見たんです。
 その時に見た景色が凄く綺麗で、印象に残ってて……それで好きってだけですよ」

眼帯に話したときより内容を端折ったけれど、この話のどこにも変なところはないはず。
なのに話し終えればまた良直さんたちは顔を見合わせてしまった。……一体なんだというのだろうか。

「それって、どのくらい前なんだ?」
「うーん……だいたい七、八年前ですかね」

左馬助さんの質問に指を折って数えるが、大体そのくらいだったはずだ。

「その一緒に行ったヤツの特徴とかは? ……眼帯してたとか」

文七郎さんの眼帯、という単語(ワード)に思わず背筋がぞわりとした。

「はぁ!? いやいやいや、覚えてませんって!
 第一名前知らないですし、もう昔過ぎて顔も声も覚えて――あ」
「何か思い出したのか!? やっぱ眼帯だったか!?」

だから何故眼帯を推す。眼帯好きすぎるだろあんたら。

「たしか着物と袴だったような……?」

さっきからずっとこの話題ばかりだったから、だろうか。
なんとなくだが今一瞬、白い上に黒い袴で――なんというか道着っぽい出で立ちだったような光景が、過ぎった気がした。

でも背格好も、顔も、やはり霞の彼方だ。

「他には!?」
「え? いや、あとは私より背が大きくて、手も大きくて……?
 でもそれって大人の人だったらみんなそう、ですよね?」

更に良直さんから特徴を聞かれ、思い出せる範囲で言うが……これは当時の私より大人であれば全員当てはまってしまう特徴だ。
なんなら今の私だって、当時の私から見れば十分『大きい』と思われるだろう。

とにかく、眼帯ではなかった――はずだ! うん!
そんなにも特徴的なものをつけていれば、いくら小学生であっても覚えているはずだからだ。

「着物と袴かー!」
「それだけじゃあ、決め手に欠けるな……」
「というか普通だな」

一方、何故か私の答えに良直さんたちが頭を抱えて悩み始めていた。
もの凄く重大な案件のように悩む面々に、動揺してしまう。

「は? え、な、何が……?」
「あのな、。たぶんだが筆頭は――」

左馬助さんが何かを言おうとしたときだった。
ふっと影が差し、見上げれば小十郎さんがこちらに来ていた。

「おいお前ら。出立だ。行くぞ」
「「「「へいっ!!」」」」

慌てて立ち上がる面々に合わせ、私も立ち上がった。
そして気づいたことをすぐに聞こうと、小十郎さんの裾を掴んでいた。

「どうした?」

小十郎さんが私を見た。

「あの……
 ――今度はあの眼帯と一緒じゃないですよね?」

その声は、自分でも驚くほど低かった。
周りの面々も驚いたのか、小十郎さんを含めて空気が固まる。

「Ah? どうした。またオレと一緒に乗るか?」

その空気を感じているのかいないのか――いや、明らかに前者でワザとだろう眼帯がそうニヤニヤとした顔で尋ねてきた。

「誰が乗るかドチクショウめが。
 片倉様か良直さんたち以外だったら私はあそこの河に身投げします」

そう河を指さし、答えた私の声は、自分でも感心してしまうほどに冷たく早口だった。

先ほどまで燃えるような怒りがあったはずなのに、今の私にあるのは静かな、氷のような怒りだ。

……どうやら、人間怒りが一周するとここまで冷たくなれるようです。


間。


「ひ、筆頭! さあ早く出発しましょう!
 このままですと日が暮れちまいますんで!!」

と固まった眼帯を良直さんと孫兵衛さんが強引に馬まで引っ張って行き、

「だ、大丈夫だ。今度は俺と相乗りだ」

と何故かぎこちない笑みで小十郎さんが私の肩を叩いた。

「ですよね! あー良かった!」

伝えられた答えに、私はほっと胸をなでおろしていたのだが……

「あれってもう据わってる以前に、死んでたよな。目が」
「ああ……これはいま伝えても無駄だな」

と少し離れたところで左馬助さんと文七郎さんがそう話しているのが聞こえた。
誰の目が死んでいたのだろう? 眼帯か?

少しおかしな空気が流れていたが、面々はすぐに乗馬し、私も小十郎さんに乗せてもらうことで馬に跨がれた。
その後ろに軽快に乗った小十郎さんが手綱を握ったところで、私はあることを思い出した。

「あ。そういえば」
「ん? なんだ?」

少し覗き込まれる。

「えっと……
 凄く今更なんですけど、私って何て言うお城でお世話になるんですか?」

呆れられるかも、と少し思って引きつった笑いを見せてしまった私だったが、小十郎さんは「ああ、言ってなかったか」と至って普通であった。


「政宗様率いる伊達軍の居城――青葉城だ」

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ちょっとじれったいというか、ワザとじゃない?って思われるかもなーと思ったり。
で、でも普通はトリップすること自体が在り得ないですからね!

その点から『こいつじゃない』と除外しています。と、言い訳してみる(え

書き溜めていたのはここまでなので、ここから先は色々考えながら頑張って書きます!
目指せ、皐月も毎週更新!!

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