「……誰の事さ?
窓の外を見ながら不機嫌そうにボソリと呟いた王魔の言葉に、
「アイツに決まってるだろ! あの……とか言う小娘の事だ!」
忌々しそうにその名を口にする王魔。
怒鳴ってからハッとして焦り出すが、自分の両肩に触れてすぐにホッと肩の力を抜いた。
どうやら自分の
今の王魔は武装を解除している為、彼の感情に開天珠が反応して、発動する事は無いのだが……。
「――ったく、危ないなぁ!
またココを破壊して、
「チッ! ……それくらい、分かってる」
――二日前、ここ
バトル……と言っても、
まあ…。今現在、窓の外に広がっている壊滅状態にまで至ったのは、ここの
ちなみに
「今回の事、全ての責任を聞仲様が負われるとは……。何とお労しい……」
今まで飲んでいた茶杯を卓の上に置き、
隣に座っていた
回復したばかりの胸はまだ少し痛むのか、無意識に摩っている。
「聞仲様の為にと思ってやった事が、かえって迷惑を掛けてしまうとは……」
「……それも、これも全部あの小娘が悪いのだ! 俺達は悪くない!」
頑としてそう主張する王魔。
それを見てヤレヤレと、他の四聖達は肩を竦めた。
最初は妖魔の類かと思われていた娘は、あの惨事後の尋問で異国の仙人だと言った。
千年以上生きて来た四聖達も、異国の仙人に遭遇したのは初めての事。
歳は十八歳だと言う。その年齢からしてまだまだ半人前なのだろう。
術等は使えず、唯一超人的な身体能力だけが、普通の人間との差を表していたのだった。
なので半人前の仙人だと聞いた瞬間、王魔のプライドは大いに傷付いた。
自分は、たかが半人前の仙人にこれ程までに手こずったのかと……。
四聖の中でもリーダー格の王魔のプライドは高い。
聞仲の手前、無闇に手出しする事は無いと思うが、今の王魔の態度を見れば彼の中では『敵』として位置づけされてしまったのは言うまでも無い。
「――ま、その話は置いておこう。もう会う事もないだろうし……。
今回の事で俺達も早々にこの朝歌から出て行った方が良いと思うのだが?」
「楊森の言う通りだ。
最終的に聞仲様が責任を負ったとは言え、それまでオレ達が暴れているのを、太師府の皆は見ているからな」
「…………分かっている。
もうこれ以上、聞仲様が責任を問われている姿を見るのは嫌だからな」
「あ~あ。
せっかく下山して来たと思ったら、もう帰るのか……何かつまらないなぁ」
寝台に座っていた李興覇が不服そうに口を尖らせた。
そしてゴロンと横になった時、ふと部屋の戸口の方を見ると、
「あっれー?どうしたのさ烏煙。何か用?」
「皆さん、お取り込みの最中すんまへんなぁ。ちょーっと宜しいでっか?」
「?」
戸口が小さい為、身体の大きい烏煙はそれ以上、部屋には入って来れない様だ。
四聖達が何の用かと不思議に思っていると、烏煙の影からひょっこりとあの娘が現れた。
「こ、こんにちは……」
「「「「 ああ――――っ! お前は!! 」」」」
四聖達が一斉に大声を出したので、
「何をしに来た、貴様あッ!!」
「まぁまぁ、王魔はん。そう興奮しんといて下さいな。
この嬢ちゃんは、皆さんに謝りたいゆうて、ここに来なはったんやで」
「謝りたい……だと? 何を今更!?」
「皆さんにもやけど……、特に高友乾はんに謝りたい、ゆうてはりますんや」
「えっ? オ、オレにィ!?」
いきなり名指しで呼ばれたので、高友乾は戸惑った。
烏煙の影からチラチラと、遠慮がちに顔を出していると目が合い、思わず顔を赤くしてしまっている。
出会った当初から散々な目に合ってはいたが、高友乾は王魔程彼女を警戒していない。
と言うか、むしろ興味を抱いている様であった。
それは、初めて触れた異性だったからなのかもしれないが……。
だがこんな事を言えば、王魔の機嫌が損なわれるのは目に見えていた。
別に上下関係がある訳ではないが、後々面倒な事になりそうだったので、自分も娘には興味が無いのだというフリをする事にしたのだった。
ついつい緩んでしまう口元を気にしながらも、
「ほな、高友乾はんだけ、ちょーっとこっちに来てくれます?」
「なぜだ? 話しがあるなら、ここですればいいだろ!」
なお食い下がる王魔は胡散臭そうに烏煙を睨んだ。
王魔が反対するのは予測していた様で、烏煙はヤレヤレと言った具合に溜息を吐いた。
「そうしたいのは山々やけど、嬢ちゃんが王魔はんは恐いゆうてますんやわ」
「ぐっ……!」
ズバリと指摘され、王魔は言葉に詰まった。
実際、を敵視しているのだから、彼の態度がそう見えても仕方が無い事。
だが、王魔が言葉を詰まらせたのをチャンスとばかりに、烏煙は半ば強引に高友乾を連れ出したのだった。
烏煙としてもさっさとこの用件を済ませて、彼の
張奎もの事は王魔同様、快く思っていなかった。
上司・聞仲の頼みで無ければ、誰が自分の大事な霊獣を……それも胡散臭い異国の仙女に等、貸すものか! と烏煙にブツブツ文句を言っていたくらいなのだから。
自分の事を大事だと言ってくれた主に感激しつつも、烏煙自身は別にの事は嫌ではなかった。子供の様に屈託の無い笑みを向け、自分を慕ってくれているからだ。
確かに変わった娘ではあるが……。
が烏煙を呼び出す度、張奎の機嫌が悪くなっている。
なので、これ以上二人の間が険悪にならない様、気を使っていた……と言う訳である。
『通訳なら、黒麒麟はんでもいけるのに……手ェかかってしゃあないなぁ……ハァ』
烏煙の背中には上と下に気を使う、中間管理職的な哀愁が漂っていたのだった。
「さぁ嬢ちゃん、高友乾はんやで~。あんじょう言いや」
ここは四聖達の部屋から離れた一角。
太師府の者達は、書類移動や惨事の後片付けに追われていて、この付近にはほとんど人通りが無かった。
その場所で烏煙を間に挟み、向かい合う高友乾と。
何だかこのシーンだけ見れば、告白する為に呼び出された男子とその女子の様である。
顔を赤くしてモジモジしている態度も、更にそれっぽいシチュエーションになっていた。
「……何? 何? 高友乾ってば。イイ雰囲気じゃない?」
その二人を遠目に見る人影が三つ、建物の影から顔を覗かせている。
言わずと知れた残りの四聖、王魔・楊森・李興覇であった。
彼らは仲間である高友乾を心配……と言ったら聞こえは良いが、三人それぞれ差はあれど、まあ、興味があったから……と言うのが正直な所であった。
鼻息の荒い李興覇に、まだ少し覗き見に戸惑いを隠せない、楊森が答える。
「ああ……。部屋を出て行く時とは違って、顔が緩みまくっているな。
あれが本心だとすると、あのクールな態度は演技……だったのか?」
「高友乾のヤツ……!!!」
「ちょっ……!? 王魔!!」
その場から飛び出そうとする王魔を慌てて押さえ込む二人。
ここで彼に騒がれては、こっそり覗いている意味が無いのだ。
これから仲間の普段見せない、面白い一面が見られるかもしれないのだから。
面白い事が大好きな李興覇が、当然これに興味を示さない訳が無く、四聖一の堅物と呼ばれた楊森のこの行動もまた、探究心が生真面目さを上回った結果だと言えよう。
楊森に羽交い絞めされ、李興覇に口を塞がれた王魔がモガモガと抗議してはいたが、それを無視したまま、二人は高友乾達のいる方へと意識を集中していたのだった。
「高友乾……?」
「あ、ああ……。あんたは……だったよな?」
確認する様に自分の名を呼ぶ娘。
それに答えてから ふと、彼女がさっきから自分達の言葉で話している事に気付いた。
簡単な言葉ばかりだが、それでも何とか自分達とコミュニケーションを諮ろうとしている姿勢に、高友乾は感心する。
『へぇ~前向きだなぁ。色々と誤解はあったけど、結構素直で良い娘じゃないか♪』
そんな時、今まで何か言いたそうにしていた娘が、いきなり高友乾の両手を握り締めた。
「わっ!!!」
何をする! と言いかけて、の方を見た高友乾は、思わず言葉に詰まってしまった。
そう……、娘の顔が間近にあったからだ。ゴクリと息を飲む。
その大きな瞳は哀しげに潤み、揺れ動いている。
ほんのりと赤味が差している頬に、程よい肉付きの唇は何か言いた気に少し開いていた。
そんな魅惑的な表情で、頭一つ分低い位置から見上げられれば、男なら誰でも焦るであろう。
案の定、彼も異性に対して免疫が無い分、効果は抜群であった。
耳まで真っ赤にして、固まって動かない高友乾。
彼の
『お、お、落ち着け俺ッ! こ、これくらいで動揺してどうするんだぁッ!!!』
彼女の柔らかい手の温かさが心地良く伝わり、自分の心臓の音が更に煩く鳴り響く。
同時に高友乾の中で、今まで感じた事の無い感情が湧き上がった。
それは何千年も生きる仙人達には無縁とも言える、『欲情』と言う感情であった。(笑)
『違うッ! 俺は道士だ!!俗世の野郎共の様に女に惑わされたりは……』
イライラ ムラムラ湧き上がる衝動★ を必死に押さえている高友乾。
だが、そんな彼の涙ぐましい心の葛藤を嘲笑うかの様に、知ってか知らずかが更に追い討ちを掛ける発言をしたのだった。
「あの……高友乾?」
「へっ……?」
「高友乾……その……ウォーアイニー!」
「なっ!?」
「「「 なっ、何ィッッッ!!!!!! 」」」
その現場を見た全ての者達は余りの衝撃に、落雷でも遭ったかの様に動かなかった。
四聖の三人は当然だが、二人の近くにいた烏煙も顎が外れそうな程、口を開けていた。
烏煙としても、なぜがいきなり愛の告白をしたのか理解出来なかった。
直前までの彼女の様子を思い出してみても、とてもそんな雰囲気ではなかったからだ。
こちらの言葉で、ちゃんと謝ると言っていた。
なのに、今彼女の口から発した言葉は紛れも無く、愛の告白だった……。
『あ……! もしかして嬢ちゃん、言い間違いたんやないんやろか……!?』
言い間違いだったのか? と、烏煙がに聞こうとした所、皆が金縛り状態の中、一早く高友乾が、何かに弾かれる様に動き出したので、それに遮られてしまった。
真っ赤な顔のまま息を荒くし、に握られていた両手を振り解き、今度は反対に彼の方が握り締めている。そして血走った目で呻く様にに迫った。
「う……。お、俺も……俺も……」
【 え? 】
「俺も好きだぁ―――ッッ!!!!」
【 いやーッ!? 何? この人―――ッ!! 】
人が変わった様にに抱き付く高友乾。
そして勢いはそこで止まらず、そのままを押し倒したのだった。
どうやら彼の
原因はもちろん、彼女の言い間違いの言葉である。
烏煙の推測通り、この『ウォーアイニィー』の言葉を、まだは『ごめんなさい』だと思っていた。それを誰からも修正を受ける事無く、今に至った。
「ちょっ!? こっ、高友乾はん!!」
高友乾の余りの性急さにギョッとする烏煙。
いくら告白されたとは言え、こんな中庭で……それも人では無いが、自分もいるのにいきなり押し倒すか!? と、思わずツッコミを入れたい衝動にも駆られていた。
『人間ってホンマ、分からん生き物やで……』
一方、その衝撃的現場の一部始終を遠目から見ていた三人も、高友乾の信じられない行動に驚いていた。
仲間の面白い一面が見れるとは思っていたが、これは本当に想定外であった。
「ほえーっ。 こ、高友乾があの娘を襲っちゃってるよ……」
「し、信じられん。
あの高友乾がこんなにも性急なヤツだったとは……。見境無しだな」
「あ……あいつは一体何を考えているんだッ!?」
ポカーンと口を開けている李興覇に、口元を押さえて戸惑っている楊森。
王魔に至っては余程ショックが大きかったのか、ワナワナと握った手を震わせていた。
「ふぅ~ん あれが高友乾のタイプかぁ。
聞仲様もだけど……アイツも
「あの娘の方も大胆だが……
それに答えて、即 行動を起す高友乾もある意味凄いヤツだ」
「下らん事に感心なんぞ、してる場合かッ!? アイツを止めろお前ら!!」
先日の件をまだ誤解している李興覇の脳内には『聞仲様は青姦好き★』が、しっかりとインプットされてしまっている様だ。
一方楊森の方は、状況を冷静に分析しつつ感想を述べている。着目する点が少々ズレているのだけが、なぜか不思議だ。
そんなマイペースな二人に苛立つ王魔は、今はそれどころでは無い! と現場を指差した。
だが……
「えーっ! 何で止めるのさ王魔?
人の恋路は邪魔しちゃいけないんだぜ? 野暮だよ」
「む!
組み敷かれている娘の方は、何か嫌がっているみたいだが……暴れているぞ?」
「ああ、きっとあれは娘の演出だよ。
少し抵抗した方が相手が燃えてくれるからね♪」
「そ、そういうものなのか? 流石に人の男女間の秘め事は奥が深いな……」
「な、何の話をしている、貴様ら!!
それより仲間の心配をしろ!もしかしたら小娘が
なぜか話しが下ネタの方向へと向かっている……。
娘が術を高友乾にかけた可能性もあると言うのに……そうでもなければあの高友乾がこれ程までに人格崩壊を起す訳がない!
未だにそう信じている王魔だったが、その仲間である李興覇や楊森が危機感の全く持っていない状況で、自分にどうしろと……?
四聖と名乗りを上げて以来、初めて仲間の結束に不安を感じた王魔であった。
「そんな事よりオレが本当に心配してるのは、高友乾が上手く出来るかどうかだよ!」
「上手く……とは、何をだ?」
「何って楊森……、ナニ の事に決まってるじゃん!
オレ達が一緒に修行する間ナニ をそのテ・の事に使ってないんだよ……千年間も!」
「人体の機能上、興奮作用さえあれば使用出来る筈だが……。
子を成すのは無理だろうな。
千年以上生きている俺達には、精子を作る機能が失われて……」
「だあぁ―――――――ッッ!!」
だん だん! と足を踏み鳴らし、怒りを抑える様にその肩を震わせている王魔。
異様な彼の態度を目の当たりにして、今まで討論をしていた二人は思わず押し黙った。
「ヤツが不能だろうが、イカ臭い童貞だろうがそんな事はどうでもいい!」
「いや、オレそこまで言ってない……」
「うるさいッッ!!! もういい!
聞仲様が何て言おうが、俺は小娘をここから排除する事に決めた!!」
「お、王魔 待て! 早まるな!!」
楊森が制止するのを振り切って、王魔は達のいる場所へ、突進して行った。
雄叫びを上げて特攻する王魔の後ろ姿に、唖然とする二人。
少し間を置いた後、頭を掻きながら、半分呆れた様に李興覇がボソリと呟いた。
「排除ったって……どうやってするのさ?
宝貝無しであの馬鹿力に対抗出来るのかな?」
王魔達が仲間会議(?)を開いている最中、現場ではの貞操の危機が迫っていた。
高友乾に組み敷かれ、覆い被さっている下で、もがいている。
「きゃーはははっ! !やめッ! そこダメーッ! ひぃーッ!!」
「………………嬢ちゃん」
男に無理矢理襲われている場面ともなれば、もっと緊迫した雰囲気のはず。
だが、本来助けに入らなければいけない烏煙は、なぜか見ているだけであった。
そう……。烏煙の目の前に繰り広げられているのは、襲われたが大笑いしながら涙を流し、手形が付くほど地面をバンバンと叩いている場面であった。
の笑い声のお蔭で緊迫感は無く、烏煙もどう対応すべきなのか困惑しているのだ。
どうやら彼女は首筋が弱いらしく、最初にそこに高友乾の息が掛かってしまった為、今の状態に至った様であった。
最初に笑いのツボに触れたら最後、後はどんな所に触れても全て笑ってしまうのである。
個人差はあるが、の場合は極度の緊張がそうさせた様であった。
高友乾の方はそんなにお構いなく、彼女の首元に顔を埋め、その体を弄っている。
彼にとって真剣な行為だけに、烏煙にはそれが全て無駄であると告げられずにいた。
『高友乾はん……。あんさん、オナゴはんに慣れてなかったんやね……』
直感で『童貞』だと感じ取った烏煙は、少し哀れみの目で高友乾を見ていた。
人間の性行為に特に関心は無かったが、高友乾の姿に彼の主である張奎を重ねていた。
大きな声では言えないが、張奎も女に関しては彼に負けず劣らずかなりの奥手であった。
そんな彼だが、今では立派な妻女・
金ゴウ島で知り合った道士・仙女の間柄で、人前では夫を立てる見事な良妻だが、どうやらプライベートではその逆らしい。
つまり……ベットの中では彼女が『攻』で、張奎が『受』であったのだ♪(笑)
そんな特殊な二人でも、お互いが噛み合えば夫婦関係が成り立つのだと烏煙は思う。
張奎と高友乾の違いは、その噛み合う相手がいるかどうかの差であった。
このまま彼の『童貞』を卒業させてやりたかったのは山々だったが、相手は異国の仙女。
それも聞仲の食客である。
そんな娘に手を出したら、聞仲にどんな目に合わされるか恐くて想像出来ない……。
二日前の惨事を思い出し、烏煙はブルッと身震いした。
「さ、さてと……そう言う事やから、悪ぅ思わんといてや~高友乾はん!」
烏煙は嘴で高友乾の長い髪を咥えると、勢い良くそれを引っ張った。
髪が抜ける程強くはなかったが、それはの身体から引き剥がすには充分だった。
「うわあッ!? 何するんだ烏煙! 痛ってーッ!!!」
上体を起され、頭の痛みに顔を歪める高友乾。
烏煙を認識出来る……と言う事は、やっと正気に戻った様であった。
「ふぅ……。やっと正気に戻りはったんですか、高友乾はん?」
「痛ててて……。 はぁ? 正気……って何の事だ??」
クイクイと嘴で足元を示され、訝しげに下を見る高友乾。
下を見た瞬間、彼は驚きの余り、目を見開いた。
「 !!!!!! 」
下にいたのは、あの娘……であった。
なぜ自分の下に彼女が寝ているのか? それに、なぜその上に自分がいるのかさっぱり分からなかった。
彼女に『愛してる』と告白された所までは覚えているのだが……。
高友乾は混乱した。
『なぜだ!? 何で俺がの上に乗っかってるんだッ!? そ、それに……』
高友乾は自分の置かれた状態を、改めて見直した。
なぜだか分からないが、寝ているの開いた足の間に自分の体が入り込んでいる。
その上、彼女の姿は何かに襲われた様に、衣服が乱れていた。
そして極めつけはTシャツの裾が胸近くまでめくれ上がり、そこから素肌が見える。
襟元に至ってはズレた箇所から右肩が露わになっていた。
それも良く見ると所々赤い斑点がついて……。
『ええええッ!? これって もしかしなくても、キスマーク……だよな?』
一体誰が彼女にこんな事をした!? ……と一瞬怒りを覚えた高友乾だったが、今のこの状況で彼女にそれが出来るのは、どう考えても一人しかいなかった。
「は……はは……。も……もしかして俺がやった……のか?」
引きつった笑みで烏煙の方を見ると、烏煙はコクリと黙って頷いた。
その瞬間、岩で頭を殴られた様なショックを受ける高友乾。
ぐるぐると回る思考の中で、何度思い返してもその時の記憶が飛んでしまっている。
『本当に俺がしたのか? ……って言うか、俺に出来たのかッ!?』
烏煙の直感通り、高友乾は女を抱いた事が無かった様だ。
そんな彼が意識が無い時に、情事など出来るはずもない。
だが彼女の乱れた様子は、何かしらあった証拠である。
少し虚ろになっているその瞳は涙が滲み、息が苦しいのか胸を上下させている。
蒸気させたその顔は、まるで情事後の表情を彷彿とさせ、思わずゴクリと息を飲んだ。
高友乾は真っ赤になって固まった。
高友乾が一人で悶々としている間、の方は意識が朦朧としていた状態から回復しつつあった。
高友乾にとって官能的に見えた彼女の様子も、エロフィルター(笑)を通して見なければ只の笑い過ぎて酸欠状態になった、ねーちゃんなのだ。
実際、色気も何もなかったのだが……。
自分がそんな目で見られているとは、思いもしていないが、抗議をしようと息を切らしながら口を開いた。
「あ……こ……高友乾……」
「 !!!!! 」
だが、やはりエロフィルター(笑)を通して見ている高友乾の目には、のこの声も官能的に感じていた。
息を切らせながら自分の名を呼ぶ姿は、もっと……と懇願している様に見える。(おいおい)
再び高友乾の理性はレッドゾーンに突入し、脳内でアラームが煩く鳴り響く。
そんな時――
ポタッ……
「??」
何かがのお腹の上に落ちてきた。
最初、水だと思っていたそれは生温かく、一滴だけでなくポタポタと続けて落ちてくる。
一体何なのかと、お腹に触れて手に付いた液体を見てみた。
「 !!!!! 」
――それは真っ赤な血であった。驚きの余り、息を飲む。
一気に意識が戻り、どこから降ってきたのかと視線を巡らせた。
すると、ふと見上げた視線の先に、鼻血を止めども無く流す高友乾の姿があった。
高友乾は頭に血が昇り過ぎていて、自分が鼻血塗れになっている事に気付いてない様である。
「……お、俺は……」
「いっ……いやあああ―――――ッッッ!!!!!」
「………へっ?」
スプラッタ状態で迫ってくる高友乾に恐怖を感じ、は思わず彼の胸倉を鷲掴み、そのまま一気に『巴投げ』の技を繰り出したのだった。
本来の馬鹿力に加えて、火事場の馬鹿力もプラスされた渾身の一撃の技は、尋常でない速さで高友乾を投げ飛ばした。
後方に吹き飛ぶ高友乾。
だが……。
その方向には不幸にも、を排除する為こちらへ向かっている王魔がいた。
「うわあああああああ―――――!!!!!」
「ん? …………何いッ!?」
気付いた時にはもう遅く、王魔は巻き添えを食らって高友乾諸共、後方へと飛ばされた予想外の出来事に、避ける事も出来ずに吹き飛ぶ王魔。
勢いはそこで止まらず、更に後方の塀を付き抜け木々を薙倒し、その先の敷地外にある大きな庭石にめり込んだ所で、やっと止まったのだった。
烏煙を始め、楊森や李興覇もその威力に驚愕する。
恐るべし、異国の仙女!
「凄ぇーッ馬鹿力! あーあ、だからやめろって言ったのに……」
「ああ……。これは重傷間違い無し……だな」
この時、王魔は全身複雑骨折の重傷を負い、楊森の治療後もしばらく安静が必要な程容態は深刻であった。
一方、高友乾は王魔の体がクッション代わりとなって、幸い打撲程度で済んでいた様だ。
その為、四聖達の九竜島に帰る期日は、伸ばす事を余儀なくされた。
の些細な勘違いが、ここまで大事になろうとは……。
当の本人は未だに分かっていない。
そしてこの事は、聞仲の元にもしっかりと報告され、更に彼の頭痛の種が増えたのは言うまでもなかった……。
~後日談~
【 えええッ!
『ウォーアイニィー』ってゴメンなさいって意味じゃないの!? 】
「…………やっぱり、勘違いしてはったんやね嬢ちゃん(汗)」