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番外編:二人の少年

、起きてるかい?」



言葉と共にテントの口が開いて、一人の少年が顔を覗かせた。

少年の名はジョウイ・アトレイド。
スラリとした細身の体格で、灰色がかった亜麻色の長い髪を後ろに束ねている。


「あ、ジョウイ♪もちろんだよ!」


と呼ばれた少年は荷造りしていた手を止め、振り返って満面の笑みを向けた。

こげ茶色の髪に金色の輪っかが見え隠れしている。彼はジョウイより一つ年下だけなのだが、その屈託のない表情は彼の純真な人柄が現れ、更に幼く見せていた。






ここはハイランド王国と少年達の故郷・キャロを結ぶ、ただ一本の道。

周囲を険しい山に囲まれたこの場所に、二人が所属するユニコーン少年部隊は駐屯していたのだった。

母国ハイランド王国が都市同盟に戦いを仕掛けたのは、達がユニコーン少年部隊に入隊して半年後の事だった。
それからこの一年半、国境付近での小競り合いが続き、物資の輸送・伝令等の任務を任されたりと慌しい日々を送っていた。

争いは断続的に行われる事は無かったが油断は出来ない。その為、軍は戦略上重要なこの地に拠点を置いた。
都市同盟からは断崖の渓谷を越えなければならない事から、少数の兵力でも防衛が可能であり、その任にユニコーン少年隊があてられたのだった。

緊迫した期間が続き、誰もが大きな戦争が起こると予想していた。
だがこの峠に駐屯してから半年が過ぎた今日の昼頃、突然吉報が飛び込んで来た。

ハイランドとジョウストン都市同盟が、休戦協定を結んだというのだ。

達二人を含め誰もが皆、躍り上がって喜んだ。
これで故郷のキャロに帰れるのだと。

そして夜になった今、テントの中では明日のキャロへの帰還に備え、も仲間の少年兵達もせっせと荷造りに励んでいたのだった。




「気が早いな。もう荷造りを済ましてしまったのかい?」

「そう言うジョウイだってもう着替えてるじゃないか。人の事言えないよ~」


「ははっ。そりゃそうだよ。
 キャロの街に戻れると思ったら、軍服なんて着てられないさ!」

「あはっ♪ そうだよね。それじゃあボクも着替えるよ!」


ジョウイに負けじとも着替え出す。
勢い良く服を脱いだものだから、軍服のボタンが頭の輪っかに引っ掛かり、服と一緒に脱げてしまった。

カラン……と地面に転がる輪っか。


「あ!落ちちゃった」

「ほら!そんなに急いで脱ぐからだよ。相変わらず慌てん坊だな、は」


落ちた輪っかの土を払い、少し呆れた様にジョウイはそれを手渡した。
へへっと照れながら受け取る

それは十年前に今は亡き育ての親、ゲンカクから贈られた物。
当初、彼の頭にある傷口を押さえる為の物だったらしいが、今では隠す為の物になっていた。



「…………まだ傷痕は消えないみたいだね」

「え?そう? もう全然痛くないんだけどね~」


後頭部を摩りながらは困った様に肩を竦めた。

輪っかの幅と同じくらいの楕円形の傷痕は、見事なハゲになっていた。
この傷を負ったのが十年前だとすると、かなりの大ケガだった事であろう……。

ジョウイは当時の事を思い出し、の傷痕に触れながら懐かしそうに微笑んだ。



「……そうか。あれからもう十年になるのか。
 彼女がいなくなってから……」

「彼女……って、の事?」


「ああ、そうだよ」

「そっか、か懐かしいなぁ……。
 ボクがこのケガしてから消えちゃったけど、今頃どうしてるんだろうなぁ~」





「お~い、お二人さん。何の話してるんだ?」



二人が物思いに耽っていると、突然テントの外から声がする。
その声と共にテントに入ってきたのは、仲間の少年兵、スリスであった。
彼は入って来るなり、そばかすだらけの顔でプッと吹き出した。


「おいおい。もう着替えてんのか?帰るのは明日だって言うのに気が早いなぁ」


「ああ。待ちきれなくってね」

「えへへ。ボクもだよ♪」


気さくに話しかけるスリスにジョウイが笑顔で答える。
も着替えながらスリスの方を見て、嬉しそうに笑った。


「それじゃあ君はもう支度は終わったのかい? えーっと、その……あの……」

「??」


言葉を返したものの、なぜかはスリスに向けて指を指しながら、何か思い出そうとしている素振りを見せていた。
彼の不可解な様子にスリスは、いくつものハテナマークを浮かべ首を傾げる。

一方、のその様子にハッと何かに気付いたジョウイは、短い溜息を吐き呆れた様に声を掛けた。


「…………。『スリス』だよ彼の名前は」

「え!? あ!そっか」


「え?何??
 …………もしかしてオレの名前、覚えてなかった……とか?」

恐る恐る問い掛けるスリス。
の方を見ると悪びれる様子も見せず、頭を掻きながら照れ笑いをしている。


「え?やだなぁ。一年半も一緒だったのにそんな事無いよ…………えーっと?」

「今、言っただろ!スリスだって!! 何で覚えてないんだよ!?」



「ごめんよスリス。
 は小さい頃、事故で頭を強打してから人の名前が覚えられなくなってしまったんだ。

 だから悪気がある訳じゃないんだよ。た、多分……」


いたたまれなくなったのか、ジョウイは慌てて二人の間を割って入り、申し訳無さそうに謝った。

先程このテントに入る時に、チラリと見えた彼の後頭部のハゲはその名残だったのだろう。ならば仕方がない。
説明の最後の部分が、少々気にはなるのだが……。

いくら理由が有るとは言え、今の今まで仲間だと思っていたのに、自分の名前すら覚えてくれていなかった事に、スリスはショックを受けていた。
一年半もの長い間、一緒に訓練や行動を共にしていたのにも関わらずだ。

今までの出来事が走馬灯の様に、切なく脳裏に浮かんでは消えていく……。
そんな中、ある府に落ちない点にスリスは気付いた。


「ちょ……ちょっと待ったぁ!

 そう言えば他の班のジョンやミッシェル達の名前は覚えてたと思うけど、
 何で他の班のヤツは覚えてて、同じ班のオレは覚えてないんだ!?」

「う~ん。それは多分、彼らが配膳係りだったからじゃないかな?
 えっと……は食べ物をくれた人には強い恩義を感じるから、多分その関係だね」

はい、っとジョウイはスリスの掌に今朝配給されたビスケットをこっそり手渡した。
試してみろとでも言う様に頷く彼を見て、スリスは半信半疑のままそれをに渡す。



「こっ、これ……やるよ」


はスリスの掌の上にある物を見て、それが食べ物である事を認識すると、少し驚いた様にビスケットとスリスの顔を交互に見詰めた。

そしていきなり満面の笑みを浮かべ、ビスケットごとスリスの手を握り締める。


「あ……ありがとうスリス!! 君って本当にいいヤツだよ!!!」



まるで『一生恩に着ます!』とでも言う様な熱のこもった礼を言われ、スリスは思わず退いてしまった。

さっきはその場で教えたにもかかわらず、自分の名前を言う事すら出来なかったのに、こんなビスケットをあげたぐらいで易々と覚える事が出来たのだ。

彼の頭の中は一体どんな構造になっているのだろう……。
スリスはなんとも言えない複雑な気持ちになった。



そんなスリスにお構い無しに、彼は至福の表情でそのビスケットを頬張っている。

実際、ユニコーン少年隊でも不評だったこのビスケットは、長期保存が利くというだけで、味に関してはそれ程美味くはなかった。


『今にして思えば、
 あの料理ベタなジョンが食事当番だった時も、一人最後まで残って 美味そうに食べてたっけ……』


味覚が少々変わっているのか、はたまた日頃の食生活が貧しいのか、どんな物でも「美味い!」と言って食事を残す事はしなかった。

どちらにしろ、彼の家庭の事情に繋がる事なので、余り立ち入ってはいけない気がして、この件に対してスリスはこれ以上深く追求するのをやめた。

そして話を逸らす為に、慌てて別の話題に変える。




「そっ……! そう言やさっき、
 このテントに入って来た時に聞こえたんだけど、なんか女の子の話してなかったか?」

「女の子?」

意表を突かれた問い掛けに、今まで申し訳無さそうにしていたジョウイが目を丸くする。
の方はまだ食べるのに夢中になっているが……。



「そう!その女の子がいなくなったとか、どうとか言ってただろ?
 それって誰の事だよ。もしかして初恋の相手とか~?」

ニヤリと笑いながら小指を立てるスリス。
それを見たジョウイは、顔を赤くして慌てて否定した。



「は、初恋!? そ、そんなのいないよ!! そ、それに……
 さっき僕達が話してたのは女の子は女の子でも、その……人間の女の子じゃないんだ」

は『精霊』なんだよ♪」

やっと食べ終わったのか、が指についたビスケットの粉を丁寧になめながら
話に入ってきた。



? 精霊??」

「うん! 凄いだろ♪」

えっへん!となぜか誇らしげに答えるに、首を傾げるスリス。
彼の説明では端的すぎて話が今一つ飲み込めない様だ。

それを見兼ねて、ジョウイがすかさず助け舟を出した。


「話せばちょっと長くなるんだけど……」





ジョウイの話はこうだった――


まだ二人が出会う前、ゲンカク老師に興味を持っていた自分は、何度かこっそりと家を覗きに来ていた。そんなある日、自分の目の前に女の子が現れた。
彼女の名は

最初は普通の女の子だと思っていたのだが、宙に浮いていたり、体に触れる事が出来なかったりと、普通では有り得ない特徴があった。

お化けか!?はたまたモンスターか!?

驚いてそのまま飛び出した為、そこにいたゲンカクや達を巻き込んでの大騒ぎとなってしまった。
その後、自称『精霊』を名乗る彼女の説明で何とか落ち着いたものの。
そんなきっかけで自分達は出会ったのだと……。



「で……出遭いはともかく、彼女からは色々教わったよ。学問や歌やたくさんの物語を。
 だけどが大ケガをした後、急に消えてしまったんだ。別れも言わずに……」

「ふぅ~ん。 で、は何でケガしたんだ?
 その精霊が消えたのと何か関係あったのか?」


「うん。何でもが他のお母さんみたいに膝枕してくれって、彼女に頼んだらしく
 体を素通りするのも忘れて寝転がった時に、運悪く下に石が飛び出ていたんだって」

「うわっ!それであんなケガしたのかよ。……どんだけ勢いつけてたんだお前」

「えへへ♪」



「その所為で、
 それまで僕よりずっと頭が良かったのに、今じゃ人の名前すら記憶出来ないんだよ。
 ……その上ちょっと特殊だしね」

「えっ!ジョウイより頭が良かったのか!?ハッ、冗談だろ?」


「いや、本当なんだよこれが。

 だけど今は同じ計算問題でもお金に関するものしか計算できないんだ。
 どこのお店がいくら安かったとか、お買い得の食品を記憶する能力だけは未だに健在だから感心するよ。

 ……だからって、それがなぜなのか僕に聞かないでくれ、スリス。
 僕もこれに関しては理解不能なんだから」


後半の言葉を小声で耳打ちした後、ジョウイの深い溜息が漏れる。
その溜息の深さに、日頃マイペースなに振り回される彼の苦労が忍ばれた。




「は……はは」


彼の食べ物に対する執念と言うか、思い入れに並々ならぬものを感じ、スリスは絶句した。
の方を見てみれば、「難しい事はよく分かんないや~」と、ヘラヘラ笑っている。

これがユニコーン少年部隊で一、二の実力を誇る腕前の持ち主なんだろうか?
今まで彼の強さに憧れと感心を抱いていただけに、その落胆の色は濃い。

の隠された一面を知ってしまったスリスは、彼への考えを改めようとしみじみと思ったのだった。




『この分じゃ、ラウド隊長の名前も覚えてないんだろうなぁ……』

話数一覧

*******後書き*********
本っっっ当に久々に幻水書きましたッ!(外伝だけど…)
ちょッ!何年ぶりなんよ!?と思うぐらい久々ですな。
今回、本編入る前の下準備的なお話になっております。ウチのⅡ主の特徴は人の
名前が覚えられない子で。食べ物に対する執念が強く、それ以外はぽややんな性格
なのです。
ここでもすでに『未来のヒロインさん』が精霊として関わっていて、Ⅱ主を傷モノに
してました~。(笑)
詳しい経緯は、今後のお話の中で語られると思います。

幻水と言えば、今現在『ティアクライス』が購入最新です。
ですが、実は私自身がプレイしたのは幻水Ⅳまでなんですよね~。
Ⅴは確かに購入したけど娘にプレイしてもらったので、余り思い入れが無いって
言うか、王子の母上と叔母様の乳がデカかったのしか印象にないんですわ。実際。
後、チーズケーキ(ゲオルグ)様の渋さぐらいか?

嗚呼…!幻水ⅡもFFⅦみたいにリメイクしてくれないかなぁ♪
それかアニメーション&声入りを強く要望致しますぞ!!
(ドラマCDのフリック&ビクトールの声優さん。私の中では結構気に入ってます♪)

>20090826

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